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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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外伝1-1 赤牛の憂鬱

 ――新生王国滅亡から六カ月後。
 星教会から都市ミラード周辺を治めるよう命じられたベローチェ・ゲールは、巡察と称してキュロス要塞を訪れていた。
 女性ながら長身で、男にも引けをとらない膂力を有している。得物は斧槍ハルバードで、重量を苦にする事なく楽々と振り回す。赤髪短髪で、一見しただけでは女性とは判別出来ない。己を誇示するように、兜の頂点部に長い赤羽根を着けている。
 白銀の重厚な鎧を身に着け、威風堂々とした容姿は歴戦の勇士を思わせる。
 齢24ながら、先の星教徒革命において数々の戦功を立てた事が評された。
 祖父譲りの武勇、苛烈な性分を受け継ぎ、率いる兵の士気、錬度も高い。本人の預かり知らぬところで『赤牛』の異名まで付けられてしまった。
 現在は荒れ果てた周辺地帯の復興作業に取り掛かっており、寝る間も削らねばならない程忙しいのだが。

「……シェラ閣下はどちらにおられるか?」

「閣下でしたら、日課の農作業をなさっている最中かと。恐らく中庭です」

「そうか、ありがとう」

 敬礼する衛兵に感謝を述べ、キュロス要塞中庭にある芋畑へと向かうベローチェ。
 その後に参謀のディマ、護衛兵の一群が続いていく。
 新生王国との戦いが終わったという事もあり、要塞の警戒態勢はそれ程厳しくはない。

「シェラ閣下は芋の栽培に力を注いでいるようですね」

 参謀のディマが眼鏡を持ち上げながら呟く。無表情で、何を考えているのか非常に分かりにくい。
 長い付き合いのベローチェは大体分かるようになった。どうやら興味津々のようだ。

「ああ、以前から仰られていたからな。この要塞で芋を作って、美味しいシチューを食べるのだと。絶対に守らねばならない約束だそうだ」

 シェラが直接世話をしているのは要塞内部だけだが、近隣一帯は見渡す限りの芋畑となっている。
 虫、病害に強く、栄養価もあり育つのも早いウェルス芋(シェラ曰くキュロス芋)。
 既に第一期目の収穫が終り、近隣住民達の食卓に並んでいるらしい。味はアレだが、とりあえず餓えに苦しむ者は大幅に減少したのは確かだ。
 今シェラが取り組んでいるのは、キュロス芋の品種改良である。評判が芳しくない味を向上させ、更に生産性を上昇させるべく副官のカタリナと共に日夜怪しげな実験を行っているとの事だ。

「素晴らしい事です。下らぬ権力争いに力を注ぐより遥かに生産的です」

「……もう少し、もう少しだけ野心があれば、大陸に覇を唱える事も出来るだろうに」

「それは閣下の本意ではないのでしょう。それとも、ベローチェ様が説得してみますか?」

「……意地の悪い奴だ。答えの分かっている事を聞くのは止めろ」

「申し訳ありません」

 全く悪いと思ってない顔で謝罪するディマ。ベローチェは顔を顰めながらも歩を進めていく。
 自分に英雄の器があるなどとは全く思っていない。だが、ベローチェが心から尊敬している女将官、シェラならば。
 そこまで考えて首を振る。是とは言わないだろう事が容易に推測できる。
 彼女の目的は二つ。新生王国を滅亡させる事、そして美味しい物を食べる事。それが満たされた今、わざわざ権力闘争に名乗りを上げるとはとても考えられなかった。

 ――畑には、泥塗れのシェラ、カタリナ、笑みを浮かべながら作業を行っている兵士達がいた。
 ベローチェ達が近づいていくと、こちらに気付いたようで作業を中断して立ち上がる。

「お久しぶりです、シェラ閣下!」

 ベローチェが背筋を正して敬礼すると、シェラが怪訝な表情を浮かべる。

「その言葉、先週も聞いた気がするわ。先々週も。その前も。全然お久しぶりって感じがしないのは私だけかしら」

「い、一週間もあけば、十分久しぶりの部類に入るかと思われます」

 口篭りながらも弁明するベローチェ。真正面からシェラに見据えられると、視線を下に逸らす。

「……ベローチェ。貴方、確かミラード周辺を治める領主だったわよね。領主ってそんなに暇なのかしら。本当羨ましいわ」

「ひ、暇ではありません! 忙しい合間を縫って、こうして周辺地域の巡察に来ているのですっ! その途中でこの要塞に――」

「じゃあもう来なくていいわよ。ここは私とカタリナがしっかり守りを固めているから。心配せずに職務に取り掛かりなさい」

 途中で遮り、手をひらひらと振るシェラ。冷たくしている訳ではなく、忙しいなら自分の仕事に専念しろと言っている。

「で、ですが――」

「貴方は忙しいんでしょう? 実は私も忙しいのよ。ようやく芋の品種改良が成功してね。甘味があってとても美味しいのよ。大量生産してマドロスとウェルスにも提供するの。見返りに色々くれるって。ね、楽しみでしょう?」

 言わずもがな、マドロスとウェルスは犬猿の仲を通り越した血塗れの関係である。現在も変わる事なく憎しみあっている。
 だが、その指導者達と妙な人脈があるシェラを介し、マドロス、キュロス、ウェルスの奇妙な三角交易が成立していた。
 マドロスとウェルスは隣接しているのに無意味に遠回りしなければならないが、全員が利を得ている為、徐々に流通量も拡大している。
 最初は種芋、煮干、豆の一袋から始まった事を考えれば大幅な進歩である。

「そ、そうですね。はい」

「そうでしょう。それじゃ、そういう事でもう良いかしら」

「あ、え、そ、その。あの」

 手を払いながら笑みを浮かべるシェラ。一切の邪気を感じさせない無垢な笑顔。ベローチェは二の句が継げない。
 その様子を笑いを堪えながら眺めていたディマが助け舟を出す。

「閣下、ベローチェ様を苛めるのはそこらへんになさって下さい。ベローチェ様も正直に仰れば良いのです」

「デ、ディマ!?」

 目を見開くベローチェに構わず続けるディマ。星教会のローブを羽織り直し、眼鏡を持ち上げる。

「率直に申しますと、ベローチェ様はシェラ閣下に構ってもらいたいのです」

「……構う?」

 シェラが首を傾げるとディマが深く頷く。

「はい。最近ゆっくりとお話が出来ていないようですので。ミラードにいても心ここにあらずといった様子。お手数だとは思いますが、少しだけでも――」

 そこまで言ったところで、ベローチェがディマの胸元を掴み上げる。その顔は真っ赤で、恥と怒りで完全に血が上っているようだ。
 小柄なディマは宙に浮いた状態でジタバタしている。一応18になる青年なのだが、為す術なくもがいている。
 完全な文官型なので、勿論拘束を解く事など出来る筈がない。

「お、お、お前はッ!! じ、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「――く、くるしい、お、お待ち、下さい、し、死ぬ、ます」

「黙れ黙れ黙れッ!! いや、そのまま死ねッ!」

「ぐ、グェ」

「ベローチェ、そろそろ下ろしてあげたらどう?」

「し、しかし!」

「そのままだと、もうすぐ死ぬわよ」

 面白そうに見ていたシェラだが、ディマの顔が赤から青に変わったのを見てようやく止める気になったらしい。躊躇していたベローチェだが、シェラに見据えられてようやくその手を離す。魔の手から逃れた哀れな生贄は、膝をついて大きく息を吸い込んでいる。

「し、醜態をお見せして申し訳ありません。き、今日の所は、一旦お暇を――」

「良いのよ。作業も一段落着いたしご飯を食べましょう。一緒に食べた方が美味しいでしょう?」

「で、でも、宜しいのですか?」

「美味しくなったキュロス芋を食べていきなさい。何なら今日は泊まっていくと良いわ。貴方の好きなようにしなさい」

 シェラの言葉に涙目だったベローチェの顔がぱあっと輝く。相好を崩すと、元気良く返事をした。
 『赤牛』と恐れられている猛将の姿はそこにはない。

「は、はいッ! お言葉に甘えて今日は泊まっていきます! 是非色々なお話をさせて下さい!」

「分かったから、引っ張らないで。汚れが着くわよ」

「私は全く構いません!」

 基本的に祖父に似て単純な性格で、立ち直りも早い。うっかり火計に引っ掛かるタイプなので、優秀な参謀は必須である。
 戦闘技術はシェラとカタリナが徹底的に叩き込んだので、天性の素質に更に磨きがかかっている。
 一方の座学はカタリナが必死に教え込んだが、実を結ぶ事は残念ながらなかったようだ。

 祖父が戦死した後ベローチェはこの世に生を受けた。父は残党を集めて王国再興を図ろうとしたが、その企みは失敗。拘束されて行方が分からなくなった。恐らくもう生きている事はないだろう。
 母親は過労が祟り病死。ベローチェは幼くして天涯孤独の身となった。
 暫くして、ベローチェは祖父との親交があったケリー・マドロスにより保護された。故郷を離れ遠いマドロスの地へと匿われる。
 新生王国から懸賞金を掛けられたベローチェは完全に幽閉状態となり、外界との交流は一切絶たれる事になる。
 ケリーがゲール家の娘を匿っている事は公然の秘密となっていたが、新生王国は手を出せなかった。マドロスが離反でもしたら目も当てられない。使者を送り牽制する程度に留まっていた。
 そこに星教会に身を置いていたシェラとカタリナが現れたという訳だ。

 慌しく食堂へと走っていくベローチェとシェラを眺めながら、カタリナが呆れながら呟く。
 顔色は相変わらず悪いが、ピンクのローブは絶好調に眩しい。右手に握った胡桃がコロコロと乾いた音を立てている。

「ベローチェ、いや、ベローチェ様は相変わらずね」

「呼び捨てでも構わないと思いますよ」

「そういう訳にはいかないでしょう。階級は絶対よ」

「そうですか。ならばお好きなようになさって下さい」

 言い切るディマ。冷淡そうに見えるが、こういう喋り方しか出来ない人間なのだ。
 カタリナは今は亡き懐かしき参謀を思い出す。

「……そういう所、貴方の叔父さんにそっくりね。頭は堅かったけれど優秀だったわ」

「私は会った事がないので、そう言われても反応に困ります」

「貴方が困っても、私は全く困らない。だから何の問題もない」

「そうですか」

 ディマが不機嫌そうに眼鏡を直すと、カタリナも眼鏡を得意気に持ち上げる。
 青年の名はディマ・アート。戦死したシダモ参謀の甥に当る人間だ。
 シダモの姉、マタリ・アートの二男。カタリナがベローチェの参謀に相応しいだろうと、教団本部から引き抜いてきた。
 予想通り相性は抜群。性格の凸凹が丁度良く合致している。これほど相応しい主従関係はそうはないだろう。
 だが一番は自分とシェラであると結論を出し、話を再開する。

「ベローチェ、最近様子がおかしかったから心配してたのよ。少しだけね」

「階級は絶対じゃなかったんですか?」

 いきなり呼び捨てにするカタリナに、すかさず突っ込みをいれるディマ。

「本人がいないから気にする必要はないわ」

「そうですか」

「そういう事よ」

 眼鏡を持ち上げる両者。表情は窺えない。

「……ベローチェ様は、あの一件を気にしていらっしゃるのです」

「あの一件?」

 働いた悪行は数知れず。一体どの事だとカタリナは頭を回転させる。

「キュロス攻略戦において、シェラ閣下の戦功を奪ってしまった事ですよ」

 シェラ率いる星教会マドロス・ウェルス連合軍がキュロス要塞へと攻勢を掛けた戦い。
 星教会の要請を受けた帝国はウェルス地帯の兵を派遣する事を決定。シェラは教団私兵を率いて合流。
 更にケリーを恫喝し、攻略予定地だったマドロスの兵力を組み込む事に成功。
 ベローチェは武と統率力を買われ、師団長として攻略の先陣を任されていた。

 要塞守将は獅子将ミゼル。解放戦争の英雄フィンの息子に当る将官である。
 齢60に近づいていた英雄フィン・カテフは第一線を退き、ミゼルに獅子将の名を譲り渡した。
 とはいえ完全に引退した訳ではなく息子共々キュロス要塞の防衛に当っていた。妻であり副官だったミラは新生王国の窮地を見る事なくこの世を去っている。それはむしろ幸いだったのかもしれない。

 亡国の将ヤルダーの孫娘と、救国の英雄フィンの息子。
 予期せずして対決する事となった両者だが、立場はかつてと逆転していた。
 星教徒連合軍は5万。一方の新生王国守備隊は僅か5000。各地の新生王国軍は既に敗北を重ねており、王都ブランカでの最終決戦の為に兵力を結集しようとしている最中だった。キュロス要塞は時間稼ぎの為の捨石である。
 それを理解した上でフィン親子はこの要塞守備を志願した。粘って戦いを長期化させれば、何かが起こる可能性はある。星教を統率する教皇の号令で集ったとはいえ、野心剥き出しの諸侯が多い。
 主導権争いで同士討ちでも起こればまだ分からない。それが、老いた英雄フィンの僅かな希望だったのだ。

「……ああ、まだ気にしてるの、あの牛頭は」

 カタリナは片目を閉じて、あの時かと記憶を呼び出していた。
 シェラは全く気にしていないだろう、とある一件。というよりもベローチェに非は全くないのだが。

「立ち直るのは早いのですが、意外と尾を引く方なのです。たまに思い出しては深い溜息を吐いていますよ」

 そんなどうでも良い事を気にしていたのかと、カタリナは深く嘆息した。
 
不定期で外伝、後日談を書いていきます。

※キャラ紹介

ベローチェ・ゲール
24歳の女士官。赤い短髪、長身、ハルバードをぶんぶん振り回す人。
うっかり火計に引っ掛かるタイプ。シェラさん大好き人間。
ヤルダーの孫娘。『赤牛』。

ディマ・アート
18歳の青年参謀。黒髪、小柄。
幼年時より教団に入り修練を重ねていた。
カタリナに引き抜かれてベローチェの参謀兼相談役に。
剣はからっきし、運動音痴、頭でっかちタイプ。
シダモの甥。
+注意+
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