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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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最終話 おかわり。

 キュロス、サーイェフ要塞を陥落させた王都解放軍は、アルツーラを擁して最終目的地王都ブランカへと進軍した。
 権力を完全に掌握したファルザームは、実質上のクーデターを起こし国王クリストフを軟禁。王都ブランカを無抵抗で明け渡した。
 この際バルボラが自決している。ヤルダーとの約束を守れなかった事を恥じて命を絶ったのだ。出世を追い求め、望みどおり野心を叶えたバルボラ。最後は権力を剥奪され、誰にも看取られる事なく死んだ。
 王都の民達から、諸手を挙げて歓迎される解放軍一行。反乱軍などと呼ぶ者は一人もいなかった。誰もが開放感に満ち溢れた様子で迎え入れる。
 王国は、足元の国民からも見放されていたのだ。英雄を迎える歓声が溢れかえる。

「お待ちしておりましたアルツーラ姫。我ら家臣一同、忠誠を誓いまする」

 直臣を引き連れたファルザームが、アルツーラ一行を出迎える。
 ディーナーは冷たく見据えると、目の前の男を拘束するように命じる。

「奸臣ファルザームとその一党を捕らえろ。悪政の元凶だ。弁解を聞く必要もない」

「は、話が違うぞ! ディーナー!」

「今更自分だけ許されるとでも思っていたのか。貴様の罪は万死に値する」

「ふ、ふざけるな! 私を殺せばどうなるか分かっているのかッ! 姫! 再びこの国に戦乱を引き起こすおつもりか!?」

 ディーナーでは話にならぬと、アルツーラに向かい血相を変えて訴えるファルザーム。
 アルツーラはファルザームを睨みつけ、告げた。

「軍部のブルボン将軍、オクタビオ将軍は貴方ではなく、我らと行動を共にすると念書を交わしてあります。王都の有力者の方々もです。貴方の醜い保身欲のお蔭で、徒に血を流す事態は防げました。その点に関しては感謝しています」

「さ、最初から私を利用するつもりだったのか!」

「騙される方が悪い。貴方の行動理念ではありませんでしたかな。オクタビオ将軍、この愚か者を即座に拘束して頂きたい」

「はっ、お任せを。ファルザーム宰相、観念なさるのですな」

「オ、オクタビオ、貴様、助けてやった恩を忘れたのか!」

「何の事だか理解に苦しみますな。私は正当な王位継承者であるアルツーラ姫に忠誠を誓ったまで。専横を振るってきた逆賊に貶められる謂れは全くありませんな」

 オクタビオがほくそ笑む。ファルザームが時間を稼いでいる間に、ディーナーは独自に王国軍部の調略を進めていたのだ。
 ファルザームは、一人踊らされていた道化に過ぎなかった。
 他人を利用し這い上がってきた男が崩れ落ちる。周囲を武装した解放軍兵士が取り囲む。

「数万の民を死に追いやった罪は決して許されません。宰相ファルザーム。裁きの日まで、己の行いを悔い改めなさい」

「こ、こんな事は許されん! オクタビオ! ディーナー! いずれ貴様らも私と同じようになるのだ! 覚えておけッ! そしてアルツーラッ、いつまでも綺麗なままでいられると思うなッ!」

「……何を言っているのです?」

 怪訝な表情を浮かべるアルツーラに、ファルザームはいきり立って吐き捨てる。

「大義の下に貴様の兵が何をしてきたのか、お前は知りもしないのだろうなッ! 愚かな小娘がッ――」

「衛兵! この男を連れて行けッ! 妄言をこれ以上吐かせるな!」

 ディーナーが遮って衛兵に命じると、ファルザームは乱暴に引き摺られていく。

「はっ! 来いっ!」

「く、くそっ! 私は宰相だ! 宰相なのだぞ!」

 ファルザームを庇おうとする者は一人もなく、直臣からも見放された男に待つのは『死』のみであった。
 刑の執行前、泣き喚いて抵抗するファルザームに対し、ディーナーは己の素性を耳元で打ち明ける。
 自分が何者か、何故お前を陥れるのか、何故お前は死ななければならないのか。
 理解させられたファルザームは驚愕に目を見開き、そして苦悶の内に死を迎えた。
 小姓から宰相にまで成り上がり、思うが侭に権勢を振るった男の呆気ない最期だった。

 
 国王クリストフは、黙したまま何も語らず、抵抗する事なく裁きの日を待った。
 国を治めるべき立場にありながら、政治を省みず、民達を虐げ、幾万人もの死者を出した罪人として裁かれる事になる。
 判決は死刑以外に有り得なかった。
 王都解放から二週間後、クリストフは悪名と共に断頭台の露と消えた。
 ディーナーが復讐を成し遂げた瞬間でもある。
 諜報隊員として身を粉にして働いてきた彼を見捨て、使い捨ての駒としたファルザームとクリストフ。
 ディーナーは大義の下に、罪深き者達を見事に討ち果たしたのだ。
 国王の処刑後、王都では祝賀祭が大々的に開催された。新しい世の訪れ。希望に満ち溢れた未来。誰もが目を輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。苦しみの日々は終りを告げ、戦いは終わった。後は復興を成し遂げるだけ。

 人質となっていた帝国第一皇子アレク・キーランドは解放された。この後、アランの尽力により平和条約が締結される事になる。
 王国は変わる。美しき希望、アルツーラの下、王国は新しく生まれ変わるのだ。
 アルツーラ女王とユーズ新生王国の誕生である。
 王国全土が大いに沸き立ち、新生王国と新女王の誕生を祝った。

 

 
 ユーズ新生王国、歴史編纂室。ディーナーの命により創設されたこの部門は、王国の成り立ちを後世に正しく伝えるための役目を与えられた。
 千年王国を目指すディーナーは、解放戦争の正当性を記録に残さなければならない。決起から王都解放までの経緯を『解放戦争記』として纏めるように指示を出した。
 編纂室の書記長が、一人の年老いた偏屈な男を叱りつけている。己の私見を入れようとしているので、修正させているのだ。

「何度言わせるのだ。お前の私見で記録を纏めるなと言っているだろう。印を入れた箇所は全て修正するように」

「書記長。私は正しい歴史を記そうとしているのです。何も間違ってはおりません」

「正しいかどうかは私が判断する。お前はただ『真実』を書けば良い」

「ならば修正の必要はありません。私は偽りなど書いていない」

「死神については女士官だったという事以外は不明で構わん。農村出身の少女だなどと不要な事を書く必要はない」

「しかし事実です。書類も発見し、聞き取り調査も行いました」

「くだらん。王国の将達は皆私利私欲の為に戦ったのだ。それ以外は記録に残す必要などない。解放軍将兵達の素晴らしい戦いぶりについて、詳細に記述すれば良いのだ」

「それでは一方的過ぎます。これらの修正の必要を認められません。記録は中立的な視点から纏めなければ意味がない」

 書記長が修正を要求してきた他の一例を挙げると、『解放軍は、王国と帝国が小競り合いを行っている隙を突き、サルバドル城塞において武力蜂起した』の部分。

「これは誤りだ。解放軍は、民達からの必死の懇願を受け『止むを得ず』決起したのだ。望んで自ら武力を行使した訳ではない。間違えるな」

「事実は事実です。他にも、テナン反乱についての真相は未だ不明です。これについては更に詳細を調査しなければ……」

 老いた書記官が述べると、書記長は必要なしと吐き捨てる。

「真相は明らかだ。当時のベルタ司令官、賊将ダーヴィトによる指示である事は明白。証人は幾らでもいる」

「ダーヴィトが指示を出したという明確な証拠はありません」

「犠牲者は確かに存在する。そして虐殺を行ったのは王国兵だ。客観的証拠は幾らでもある」

「そもそもの発端が不明瞭です。テナンの領主は、何故農民に攻撃したのか。押し寄せた農民は大人数で、手を出せばどうなるかは分かっていた筈です。更に、臨時徴収を行った筈なのにその記録が存在しない。奪った物資は一体どこに流れたのか。疑問点が多すぎます」

「ふん、何の問題もない。領主は私腹を肥やそうとしたのだろう。奴らは己の事しか考えていないからな」

 納得しない書記官に、書記長は付き合ってられないと書類を叩きつける。

「一番の疑問点は、テナンで蜂起した農民達が何故解放軍の旗を掲げるのか。誰が軍旗を持ち込んだのか。余りに手際が良すぎる。まるでそれが分かっていたかのように、解放軍はベルタへと――」

 書記官の言葉を遮りように、書記長は乱暴に机を叩きつける。

「黙れ! 良いか、別にお前でなくても代わりは幾らでもいるのだ。納得がいかないのなら、今すぐ職を辞すように。貴様の様に旧王国に未練がある者は必要ないッ!」

「馬鹿馬鹿しいですな。捏造した歴史を記すぐらいならばその方が百倍マシだ。私は失礼させて頂く。後はお好きな歴史を作られるが良いでしょう。千年王国を目指す? 精々百年もてば良いですな」

「貴様、どうなるか分かっているのだろうなッ!」

「どうぞご自由に。今更この世に未練などありはしません。恫喝は相手を見てする事ですな」

 纏めていた書類を破り捨てると、年老いた書記官は編纂室を退出していく。
 扉を乱暴に閉めた後、老いた書記官は、暗澹たる表情で嘆息した。

「歴史は勝者が作る。それでは何も変わらない。歴史から学び、反省し、過ちを繰り返さない事が重要なのだ。それを何故分からないのだ」

 すれ違う将兵達の表情は皆一様に明るい。今は良いだろう。だが、何時の日か再び過ちを繰り返すかもしれない。
 だから、戒めるためにも正しく歴史を記さなければならないのだ。何故それが分からない。理解しようとしない。

「……変わらないのではなく、変われないのか。だから、愚かな過ちを繰り返す。実に空しい事だ」

 王宮広間に飾り付けられた、アルツーラの肖像画。これが完成するまでには半年以上は必要だっただろう。
 結局何も変わらないのではないか。己の心配が杞憂に終わる事を祈りながら、老書記官はそれを見詰めていた。

 
 祝賀祭の期間中、王都ブランカの有力者達と会合を行っていたディーナー。
 周囲に武装した諜報隊員を引き連れて、王宮へと引き返していた。剣呑なまでの護衛をつけているのには理由がある。
 先日、降将オクタビオの惨殺死体が発見されたのだ。
 それも兵士達で溢れかえる兵舎、衛兵の警備が厳しい将官室でだ。
 オクタビオは凄まじいまでの拷問を受けた様子で、形容するのもおぞましい死に様となっていた。
 ディーナーは口外無用ときつく緘口令を敷き、犯人の捜索に当った。だが、捜査状況は思わしくない。
 権力を失ったオクタビオを今更殺して、得になりそうな人間など新生王国にはいない。狂人による無差別殺人か。それとも怨恨関係か。いずれにせよ厄介事だった。
 故に、新生王国の重要人物には更に堅固な護衛をつけ、予防策を取っているという訳だ。

「……どこの狂人かは知らんが、あの殺し方は人間の仕業とは思えぬ。まさに――」

 悪魔か、死神。そう呟こうとしたディーナーの背筋に、突如として戦慄が走る。
 ここは王都の大通り。先程まであった人影がなくなっている。夜更けとはいえ異常だ。
 酒場はまだ営業中、客もいる筈だ。娼婦の呼び込みも鬱陶しい程までにある。夜の歓楽街では絶対に起こりえない事態。それが何故。
 霧が濃い。気付けば、ディーナーの四方から、自然の物とは思えぬ濃霧が発生している。
 変装しているディーナーの格好は、商人が着る身軽な物である。武装と言えば、懐に忍ばせた短剣程度。
 身の危険を感じたディーナーは、周囲に潜んでいる諜報隊に指を鳴らして合図する。
 周囲を見渡し、もう一度合図をする。

「誰か! 返事をしろ!」

 大声を出し直接呼びかけてみる。

 ……応答がない。誰もいないのか。ディーナーが警戒を強める。
 前方の霧に、黒い人影が映り始める。

「無駄よ。全員殺したから。後はお前だけ」

 少女の様な高い声が語りかけてくる。

「だ、誰だ! 諜報隊、奴を殺せ! 誰か! 聞こえないのか!」

 ディーナーは慌てふためき、周囲の護衛を呼びつける。誰からも応答はない。

「オクタビオの屑は殺したわ。後は、お前に思い知らせてやろうと思って。その為に、わざわざここまで来たの」

 霧の中から小柄な人影、更にもう一つの影が映る。黒い襤褸を纏い、大鎌を携えた人外の化け物。
 少女と死神の二つの影がディーナーに近づいてくる。

「し、し、死神シェラ・ザード! き、貴様、まだ生きていたのかッ!」

「また、食べられたから元気になったの。本当に美味しかった。何度食べても飽きない味よね。……さぁ、そろそろ始めましょうか。先にヴァンダーが逝って待ってるわよ」

「ふ、ふざけるな! 地獄に戻れ、死に損ないめがっ!」

 ディーナーが短剣を取り出し、死神に向かって突き出す。自分はこんな所で死ぬ訳にはいかない。
 これからが始まりだ。正しい政治を行い、新生王国を豊かにする。アルツーラを助け、更に盛り立てていかなければならない。
 嫌だ。死ぬのは嫌だ。死にたくない。これから栄華を掴むんじゃないか。その為に己の全てを賭けて働いてきた。汚泥に塗れても耐え抜いてきた。
 千年王国の足がかり、その土台を築くまで、まだ死ねない。死ねる訳がない。

「フフッ、死ぬのは絶対に嫌って顔してるわよ。でも大丈夫。死にたくなるようにしてあげるから」

 突き出した白刃は死神によって容易く遮られてしまった。何とかしようと必死に力を篭める。歯を食いしばる。

「私はまだ死ねない! 新生王国の土台を築くまでは私は生き続ける! その為に私は――」

「駄目よ。お前は絶対に殺すって決めたんだから。楽に死ねると思わないでね。時間を掛けてゆっくりと始末してあげる。好きなだけ泣き喚いて良いから。遠慮はいらないわよ?」

「分からないのか!? 私を殺せば、今まで払った犠牲が全て無駄になるのだ! 私ならば数万、いや、数十万の民をッ」

「黙れ」

 耳障りと言わんばかりにディーナーの短剣を掴み奪い取る。赤い血を滴らせる死神。
 濡れた手で獲物の顔面を撫で回す。ナイフを肩に突き刺す。悲鳴を上げるディーナー。

「――グ、グアアアアアァッ! や、やめろッ!」

「本当、ついてないわね貴方。でも、人間諦めも肝心よ?」

 腰から粗末な小さい鎌を取り出し、生贄に嗤いかけると、死神は作業を開始した。

 

 
 ――数時間後、大通りの濃い霧が晴れると、そこにはディーナーの成れの果てがあった。
 オクタビオと全く同じ死に様。死に顔は、安らかな物とは程遠い。

 解放戦争勝利の立役者、軍師ディーナーは、新生王国の発展を見届ける事なく非業の死を遂げた。
 公式には事故死として処理され、その後王都に死神が現れる事はなかった。
 アルツーラはディーナーの死を悼み、大々的に葬儀を執り行った。用意された宰相の座は暫くの間空席となる。
 ブレーンの死は、アルツーラにとっても痛かった。一番大事な時に頼りになる人物が消えたのだから。
 忠誠心に溢れ、知恵と決断力に富む軍師。陰から主を支える模範とすべき補佐役と『解放戦争記』には記されている。
 真実はどうであれ、当時の人々からは評価されていたのは確かである。
 それで満足したかどうかは、当人にしか分からないだろう。

 

 

 アルツーラ率いるユーズ新生王国は、多神教に肯定的な姿勢をとった為、星教会から徐々に敵視されるようになる。
 更にクリストフが行っていた多額の寄付の打ち切りを決定。星教保護政策の撤回を発表した。
 これにより関係は完全に悪化。アルツーラは星教会から異端扱いされる羽目となる。
 また旧王国、新生王国有力者達の派閥争いも激化し、アルツーラはその舵取りに苦心させられる。
 ディーナーが無理矢理押さえ込んでいたものが一気に溢れ出したのだ。
 政治というのは取捨選択である。誰もが幸せになれる世などありはしないのだから。
 理想と現実の狭間で悩み、苦しみ、最後は絶望し、心労から病に倒れた。
 彼女は齢三〇にて早世した為、その後はアランが後見役となり幼い長子が新国王となった。
 国家同士の諍いはひとまず収まったように見えたが、利権、宗教、人種による対立が激化するのはこの時代からである。
 アルツーラの目指した、『誰もが苦しまず、希望を持つ事が出来る世界』とは程遠い現実がそこにはあった。


 三十年が経ち解放戦争の記憶も薄れて来た頃、歴史は再び繰り返した。千年王国は成らなかったのだ。
 実質的な政務を執り行ってきたアランの死後、帝国は介入を強化し王国を併呑せんと再び圧力を加えてきた。
 国王は恫喝に屈し様々な要求を飲む事になり、王国の財政は徐々に逼迫し始める。
 これを補う為に、一度は削減した税率を再び上げざるを得なくなる。
 国王の惰弱な施策に反発する諸侯達が独立の気運を高め、王国は再び内乱状態へと突入する。
 そして致命的だったのは、国王が独断で行った星教弾圧政策である。星教会に対し『信仰税』を課すという暴挙に出たのだ。
 『教徒の数だけ一定の金額を王国に納めるべし。さすれば王国内での信仰は保障される』。
 国王の唱えた弾圧政策に対し、星教会は新生王国との決別を宣言。
 『不当な弾圧に抵抗し、武力により異端を滅せよ』との勅令を全教徒に下す。
 これにより王国内で星教徒達による武力蜂起が頻発する事になる。各有力諸侯もその一団に加わり、武力蜂起はやがて革命へと繋がっていく。
 仮初の平和は終りを告げた。






 ――黒煙の上がるキュロス要塞。
 苔むした無名の石碑の前に、一人の女将官がいた。祈りを捧げているわけではない。ただ興味深そうにジッと観察しているのだ。
 女将官の傍に、ピンクのローブに身を包んだ魔術師が近づいてくる。ローブには星教会の紋章が刻まれている。
 顔はフードで隠れている為に窺う事は出来ないが、病的なまでに青白い首筋が覗いている。

「閣下。何をご覧になっているのですか?」

「これを見てね。面白い物があるらしいから探してたの。私の慰霊碑らしいわよ、これ」

 女将官は一冊の本を取り出すと、魔術師に放り投げる。本には『解放戦争記』と記されている。
 内容を一瞥した後、魔術師は不快そうに鼻を鳴らした後、手から炎を迸らせ、一瞬で本を塵灰とした。

「こんなくだらない本はこの世に存在していてはいけません。都合よく捏造された下劣な本ですから。閣下の歴史は、いずれ私が纏めますのでご安心を」

 凄まじく美化されたとんでもないモノが出来そうだと思ったが、口には出さなかった。
 万が一出来上がってしまったら、世に出る前に始末する事を決定する。

「死人の癖に血の気が多いわね。そういうものなのかしら」

「はい。そういうものです。この身体になってから多少凶暴性が増してしまいました」

 そうなんだと呟くと、女将官は立ち上がり、大鎌を振るって慰霊碑を粉砕した。
 屑共によって作られたこんな紛い物は必要ない。彼らにはもっと相応しいものがあるのだから。

「すっきりしたって顔しているわよ。顔色は悪いくせに」

「閣下がなさらなければ、私がやっていました」

 フードの下で、眼鏡の位置を直している。口元が程よく歪んでいる。

「貴方に任せると要塞ごと吹き飛ばされそうだから、私がやったのよ。ここは懐かしの我が家だから」

 以前よりも伸びた茶髪を掻き上げて、大きく伸びをする。清々しい風に、照りつける日光。
 きっと良い作物が育つ事だろう。例え枯れてしまっても、焼き尽くされてしまっても、また育てれば良いのだ。

「……戦いが終わったら、ここに?」

「ええ。彼らとの約束を守らないといけないわ。要塞を埋め尽くすように芋畑にするの。取れた芋は、私と仲間達で美味しく頂くわ。貴方は死んでるから、いらないかしらね」

 悪戯っぽく微笑みかけると、魔術師は口を尖らせる。

「私も閣下の副官ですから勿論頂きます。どこまでもお供します」

「でも、死人はお腹が減らないんでしょう? 昔聞いた事があるのよ」

「いえ、減りますよ。死んでるから余計に減ります。死んでから分かりました」

「そうなんだ。それは新発見ね。それじゃあこれをあげるわ」

 布袋から胡桃を二つ取り出すと、死霊術師に手渡す。

「ありがとうございます」

 顔色の悪い女は、嬉しそうに微笑むと手でコロコロと転がし始めた。

「油断すると直ぐに別の物を転がしているから。趣味が悪いから止めろと言っているでしょう」

「も、申し訳ありません」

「何度言えば分かるのかしら」

 軽口を叩き合っている両者の下に、黒の法衣を纏った伝令がやってくる。

「閣下! 出撃準備が整いました!」

「――分かったわ。直ぐに行くとベローチェに伝えなさい」

「はっ!」

 ベローチェ・ゲールが率いる黒の重装歩兵。祖父譲りの荒々しい気性を受け継いだ女士官。
 今回の戦いでも大いに活躍する事だろう。不屈のヤルダーの名を継ぐ者として。

 伝令が立ち去るのを見届けると、死霊術師が話しかける。

「これで、終わりますね」

「いや、これからよ。『反乱軍』の連中は皆殺し。そう決めているから。忙しくなるわよ」

「お任せ下さい。あの時の借りを返してやりましょう」

「期待しているわ。何なら貴方とベローチェが指揮を執っても良いのよ? 私はそういうの向いていないから」

「……それは遠慮しておきます。以前も申し上げた気がしますが」

「そう? それじゃあ仕方がないわね」

 マントを翻すと、死神は大鎌を担いで悠然と歩き始める。
 その後に死霊術師が恭しく続いていく。背後には黒鎧に身を包んだ『殉教者』達が隊列を組んで行進する。

 死神がふと空を見上げると、白いカラスが塔の周りを飛んでいた。
 塔には黒地に白い凶鳥の紋章が入った軍旗が誇らしげに掲げられている。

「三度目の機会は、どうやらなさそうね」

 死神は心から愉しそうに笑った。















 ユーズ新生王国に解放戦争当時の勢いはなく、主な将官と王家の一族は全て虐殺された。
 ユーズ王国の血統はこれで完全に途絶える事になる。
 英雄の一族も、ベフルーズ、フィンを筆頭にその殆どが死に絶えた。民達の為に戦った英雄の子孫達が、皮肉にもその民に殺されたのだ。
 星教徒達の武力蜂起は帝国、諸国連合にも伝播し、ムンドノーヴォ大陸は地獄の釜ともいうべき状態に陥る。
 星教会の旗の下に覇権を争い、領土拡張を目指していく群雄割拠の時代。平和な時代の訪れはまだまだ先になりそうだった。


 また、星教徒革命の一団に、『死神』の姿を見たという者もいたが、詳細は一切不明である。
 ただ、大鎌を持った若き女将官と黒き騎兵達が、比肩する者のない戦果を挙げたと星教会の資料には記録されている。
 王都制圧後、手勢と共に行方をくらませたとだけ記され、女将官の名前は残されてはいない。
 消息を絶つ前夜、ある屋敷跡にて賑やかな祝賀会を挙げていたという奇妙な逸話も残された。

 

 

 

 
 ――死神は、約束を守る。








 最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。
 この話にて物語は完結です。ここまでこれたのも、皆様の感想のお蔭です。

 ちょっとした外伝や、武将ファイル的なものをまだ書くつもりでいますので、その際は一旦完結を外そうと思っています。


・食べられてしまった死神さんの小話
 死神さんは、欲や野心が強い人間の死に際に現れ、それを直接刈り取ろうとします。呪いの死神を食べようとしたアレな人は、シェラさんが初めてだったようです。
 オクタビオ、ディーナーさんをぶっ殺せたので、死神さんも多少は満足したかもしれません。

 ハッピーエンドのようなバッドエンドのような。どちらだったかは皆様の判断にお任せします。
 救われない方が綺麗だと思われる方は前話で終了でも問題ありません。

 最後に、この『死神を食べた少女』の書籍化が決まりました。
 詳しくは活動報告にて書きたいと思います。

 感想、レビュー、イラスト、本当にありがとうございました!


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