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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第三十三話 ごちそうさまでした

 カタリナ戦死の報を受けたシェラ。土気色の顔を歪めて、激しく嘔吐する。
 跪き、血の混じった吐瀉物を地面へと撒き散らす。胃液のみで、食物の残骸はない。
 報告したダラスが、その小さな背中を撫でてやる。

「お、おい。大丈夫かよ」

「ええ。ちょっと気分が悪くなっただけ。直ぐに治るわ」

「……悪いな、無理矢理にでも止めるべきだった。すまねぇ」

「良いのよ。カタリナにはカタリナの考えがあった。ただそれだけよ」

「で、でもよ」

「またいつか会えるわ。私達騎兵隊は常に一緒だから」

 引き止めようとするダラスの手を払い、シェラは自分の部屋へと戻っていく。
 騎兵隊員が歩くのを手伝い、ゆっくりと歩を進めていく。
 最早一人で歩くのもままならない状況。それでも背中の大鎌を外そうとはしない。これがなければ戦えないから。
 部屋に入ったシェラは窓際に寄りかかり、そのまま床に座り込んだ。
 そして目を瞑る。疲れた。本当に疲れた。動きたくない。
 お腹は減っているが、食欲が沸かない。矛盾しているが何も食べたくない。
 目の前にご馳走があっても胃が受け付けない気がする。

「……なんだか、いつかの村を、思い出すわね。あそこは、嫌い」

 シェラが目を開くと、世界が滲んで見える。
 殺風景な士官室、一瞬だけ燃え盛る村の光景がフラッシュバックする。

 衰弱するシェラをじっと観察する黒い影。離れた場所からシェラを覗き込む。その機会を狙っている。

――まだ早い。




 サーイェフ要塞陥落から一週間後。キュロス守将のラルスは、断腸の思いで決断した。
 この時まで、無駄と知りつつ増援の到着を待ってみたがその希望は潰えた。
 食料は既につき、兵達の体力も限界に近い。
 餓死などという地獄を兵に与える訳にはいかない。だが降伏の申し入れは受け入れられなかった。

 ならば、敵陣に突入し、武人としての最期を迎える方が潔い。
 兵達に強制はしない。要塞に残り、解放軍の慈悲に掛けても構わないと通達する。無抵抗の者を虐殺するかどうかは解放軍の将次第だろう。
 ラルスは一人残らず殺されるだろうと予測する。情けのある相手ならば、先の降伏は受け入れられた筈だ。

「……まさか、私が突撃して玉砕などという手段を取るとはな。このような武人らしい最期はバルボラ閣下の方が相応しかろうに。私では分不相応だ」

 ラルスは自嘲する。足取り重く最後の命令を下しにいく。指揮官としては最低の命令だ。だがやらなければならない。それが兵を率いる者の役目である。
 オクタビオの様に自分だけ逃げ出すような事は許されない。
 兵は指揮官の命令の下戦い、そして死んでいくのだから。


――ラルスよりキュロス全守備兵に通達。
 夜明けと共に全兵力で要塞を出撃。敵本陣に切り込み賊将の首を上げる。
 但し、強制ではない。命令に不服な者は要塞に残る事を許可する。
 この日まで共に戦えた事を誇りに思う。諸君等の忠勤と敢闘に心より感謝する。





 シェラは騎兵隊の兵士を集め、最後の晩餐を共にしていた。
 他の部隊でも同じように食事を行っているようだ。隊長格を筆頭に悲痛な顔をしている兵士が多いが、シェラ隊は違う。
 食事は楽しく取らなければ意味がない。一人では味気なくても、仲間と一緒ならばいつもより美味しくなる。

 今日の豪華な献立は次の通りだ。
 一欠片食べるだけで満腹になるという、最高級の素材を用いたであろうパン。
 透明に澄み切った、まるで水と間違えてしまいそうなまで懇切丁寧に濾されたスープ。隠し味でほんの一匙程塩が振られているようだ。
 『熟練調理人の工夫が窺える』、シェラが真面目な顔で呟くと騎兵隊員達が笑顔を浮かべる。
 だからシェラもつられて笑った。ダラスも苦笑している。
 キュロス要塞に来てから、一番楽しく、最高に美味しい晩御飯だった。生涯忘れる事はないだろう。
 シェラは何だか身体が軽くなった気がした。黒い不吉な影が離れていく。

 キュロス守備隊の内、五〇〇〇名が突撃に参加する事を志願した。
 残りは要塞で最期を迎える事を選んだ者、身動きが取れない者、降伏に一縷の望みを掛けた者達だ。
 シェラ隊は二〇〇〇人の内、一〇〇〇が騎馬、馬を失った九〇〇が徒歩で随伴。残りの一〇〇が留守役を願い出た。
 彼らは先の会戦で重傷を負いまだ癒えていない者達。最後の突撃に参加する事は不可能だった。

「貴方達を置いては行けないわ。どうせなら、この家で最後まで一緒に戦いましょう」

 黒鎧を装備したシェラが、騎兵に肩を支えられながら言うと、留守を志願した兵士が笑いながら首を横に振る。

「お気持ちは嬉しいですがお断りします。シダモ参謀からも言われていたでしょう。『騎兵は外で死ね』と。約束は守らなければいけません。そうでしょう、大佐」

 留守を志願した他の兵達も、その通りです、と口を揃える。
 彼らとて本当は上官と共に最後まで戦いたい。だが、馬を失い、満足に行軍できない有様では足手まといに過ぎない。
 それならばと、別の任務に就く事にしたのだ。

「…………」

「なに、心配いりませんよ。シェラ大佐の騎兵隊は無敵ですから。決して敗北はありません。いつか、迎えに来てくれるのを待っていますよ。いつまでも」

「そうです。それに、大佐と一緒に植えた芋が気になりますから。俺たちは、ここで面倒を見る事にします」

「実がなる頃には、きっと戦いも終わっています。その時には、腕によりを掛けて美味いシチューを作りますから。楽しみにしていてください」

「……分かったわ。必ず迎えに来るから。その時は、美味しいご馳走を一緒に食べましょう。約束よ」

 シェラが微笑みかけると、兵士達は強く頷いた。

「シェラ大佐に敬礼!」
「御武運をお祈りしております!」

「貴方達も、元気で。また必ず会いましょう」

「はっ!」

 要塞に残る一〇〇名は、門ではなくこの愛着ある畑を守備する事に決めた。寡兵で城門を守った所でどうにもならない。
 ならば、シェラが気に入っていたこの場所で戦いたい。死に場所を選ぶ自由ぐらいはある。
 王国ではなくシェラの為に。残った騎兵隊員に共通した思いだった。



 夜の闇を侵食する様に、空が白み始めてくる。
 正門に集合した兵士達に向け、ラルスは声を張り上げて顔を歪めながら告げる。
 『共に死ね』という命令を出さなければならない苦痛。それを押し隠しながら。

「諸君、今まで私についてきてくれたこと、心より感謝する。共に戦えたことを、私は心より誇りに思う」

『…………』

「これより最後の突撃を敢行する。……我らキュロス守備隊の意地、反乱軍に見せてやろう。王国軍精兵の武を思い知らせてやろう。必ず、敵将の首を上げて見せよう!」

『応ッ!』

「よし、城門開けっ! 死神の露払いだ! シェラ大佐を敵本陣に送り届けろ!」

『王国軍万歳! 第一軍万歳!』

「全軍突撃開始っ! 進めっ! 進めっ!」

『うおおおおおおおおおおッ!』

 跳ね橋が下ろされ、城門が開かれていく。
 ラルスが先頭を切って駆け始めその後に兵士達が続いていく。
 作戦は単純明快。ラルスと歩兵部隊が周囲の柵、杭、堀を突破した後、死ぬまで敵の増援を押し留める。その屍を乗り越えてシェラ隊が本陣に切り込むというもの。

 生還は期せず。

 シェラ隊の騎兵達も各々が槍を掲げ、突撃準備に入る。
 シェラが彼らの顔を見渡して、一度だけ頷いた。

「反乱軍の屑共を思う存分殺しましょう。最後の力が尽きるまで私は戦い抜く。だから、私に付いて来て欲しい。今までありがとう。皆とご飯を食べて来れて本当に楽しかった。本当に、ありがとう」

「大佐とご一緒できて光栄でした」
「大佐、ありがとうございました!」

『シェラ様万歳!』
『シェラ大佐万歳!』

「隊旗を掲げろッ! シェラ騎兵隊突撃開始! 皆殺しにしろッ!」

「突撃開始だ! 大佐に続け!」

 シェラが力を振り絞って馬を駆る。ダラスが怒鳴り、騎兵達が後に続いて馬蹄を響かせる。
 黒い旗、白い凶鳥が城門を潜り、野に飛び出していく。解放軍に死を振りまく為に。一人でも多く道連れにする為に。

――キュロス守備隊、シェラ騎兵隊突撃開始。




 王国軍の強襲を察知したディーナーは、本陣前に兵を集中、築き上げた防護柵を利用して壊滅させろと命令する。
 突破させる事なく、全員皆殺しにする予定だ。一人も逃がさない。

「敵は既に弱りきっている。落ち着いて矢を射掛けろ。狙い撃ちにして、全員殺せ」

「ディーナー様、準備完了です」

「宜しい、キュロス攻略を開始せよ。捕虜は必要ない。皆殺しにしろ」

「はっ!」

 伝令が掛けていく。守備隊主力が出撃した現在、キュロス要塞は空に近い。三方向から攻め立て、直ちに陥落させる。

 今回の兵糧攻めは、兵の損耗を限りなく抑える事が出来た。完璧な攻城戦だった。
 敵の無謀な突撃をいなす事は容易い。こちらには構築した堅固な防御線があるのだ。
 死神の騎兵はここまで辿りつけない。奴らに待つのは惨めな死のみ。

(まぁ要塞に篭っていても、地獄の飢えで死に行くのみだったがな。苦痛から解放してやる我らは、彼らにとっての救世主に違いない。ククッ、死神を助ける救世主とは、なんとも笑わせてくれる)

 心底愉快そうに笑い声を上げると、ディーナーは遠眼鏡を取り出す。王国軍の愚か者達の死。最高の喜劇になりそうだった。



 シェラ達が出撃した後、キュロス要塞には獲物に群がる蟻の如く解放軍が押し寄せてきた。
 ここで最後を迎えると決意していた者達が必死に城門を守備するが、難なく突破されてしまう。
 最早破壊槌など必要なかった。城門に取り付き、鉄槌で強引に破壊した。
 弱っている兵士達は、鋭気十分の解放軍に蹂躙され、容赦なく殺されていった。
 攻め立てる解放軍兵士にとって、勲功を上げる為の残り少ない好機。武勲を打ち立てる為にも徹底的に殺戮しなければならない。
 ここは戦場ではなく、ただの狩場なのだから。
 降伏など認める訳がない。獲物の命乞いを聞く必要などない。
 剣を捨てひれ伏す兵士達を蹴りつけ、槍で貫いていく。剣で何度も突き刺し首を刈り取る。
 負傷者も同様だ。王国兵の捕虜は不要。ディーナーの指示に従い、一人残らず討ち果たしていく。

 そんな中、最後まで果敢に戦う王国兵の一団がいた。
 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う王国兵とは異なり、要塞中庭で一〇〇名程が方陣を組み、必死の抵抗を続けている。
 彼らの前には解放軍の兵士の死体が散乱し、今まさに討ち取ったばかりの肉体から槍を引き抜き、獰猛な笑みを浮かべる。

「ハハハ、歯応えがないな。数だけは立派だが所詮は屑の寄せ集め」

「大佐がいれば、一分も経たずに皆殺しだったな」

「我らだけでも十分だ」

「道連れは多いほうが良い。一人でも多く殺すとしよう」

 シェラ騎兵隊は、畑を取り囲むように方陣を組み、中央に軍旗を立てている。
 それを包囲する解放軍兵士達は、逡巡して手が出せない。
 あの旗は死神の紋章。討ち取れば手柄になる。だが、勝ち戦で死にたくはない。
 功に逸り、勢いで斬りかかった者は既に肉塊へと姿を変えている。
 要塞の大部分が制圧されても、この中庭だけは頑強に抵抗を続けた。傷を負い、数を減らしても、決して畑には近づけさせない。
 死兵となった彼らには恐れる者などない。
 業を煮やした解放軍将官が、弩兵を引き連れて現れる。まさか、制圧戦で用いるとは思っていなかった為、準備に手間取ったのだ。
 まともな戦力は残っていないのに、圧倒的な数の歩兵で蹂躙出来ないなど良い恥さらしである。

「下劣な王国兵にしては良く戦ったな。褒めてやろう。だが、これまでだ。弩兵、構えろ」

 将官の命令により、弩兵が三列陣を組み、狙いを定める。
 騎兵達は、槍を構えてその時に備える。

『シェラ大佐万歳、大佐に勝利を!』

 騎兵達が斉唱すると同時に、将官の剣が振り下ろされる。
 弩兵は引き金を引き発射した。更に二射、三射。第一列の弩兵が矢を装填する。
 シェラ騎兵隊は無言で崩れ落ちる。槍を地面に突き刺し、倒れないように堪える者もいる。

「こいつらは最後の最後まで動くぞ。徹底的に撃て。遠慮はいらん」

 ディーナーやフィンから、騎兵隊の忌まわしさを聞いていた将官は決して近づく事はない。距離を保って攻撃を継続する。
 騎兵隊員の身体を、訓練用の案山子を射る様に、嘲り笑いながら矢を放つ弩兵達。
 一〇〇以上の矢を撃ち終わった時、生きている者は一人もいなかった。
 死体は針鼠の様に滑稽な姿となっている。解放軍兵士達が嘲り笑う。

「馬鹿共が余計な手間を掛けさせおって。それにしても何なのだここは。何故要塞に畑が……」

 騎兵隊の屍を忌まわしそうに眺めながら、将官が呟く。
 兵の一人が、立て看板を発見し、声を上げる。

「閣下! この妙な畑はどうやら死神の物らしいですよ。署名入りで、荒らすなと書いてあります!」

「馬鹿馬鹿しい。畑を守る為にこの場で粘っていたというのか。一体何を考えているやら。狂人の行いは理解に苦しむわ」

 将官が不機嫌そうに吐き捨てる。

「何がシェラ大佐の為だ。頭がおかしいんじゃねぇのか?」

「こりゃウェルス芋か? 芋の為に死んだのかこいつらは」

 兵の一人が、畑に埋まっている作物を、汚らわしい物でも触るように引き抜く。そして勢いをつけて踏み潰した。

「まぁ良い。そんなに大事ならば、一緒に葬ってやれ。忌まわしい死神の兵だ、万が一蘇りでもしたら困るからな」

「了解しました!」
「へへっ、全部燃やしてやるぜ! おら、邪魔だ!」

 解放軍兵士達が、騎兵の屍を蹴り上げながら、一箇所に纏めていく。
 シェラが懇切丁寧に育て上げたウェルス芋の畑が、無残に荒らされていく。
 剣で弄ぶように切り裂かれ、槍で悉く掘り返され、軍靴で何度も何度も実が踏み潰される。
 死体の上からは油が撒かれ、作物の残骸と共に火が掛けられた。

「よし、要塞に旗を掲げに行くぞ。軍師殿に勝利を知らせねばならん」

「了解しました!」

「やれやれ、これでようやく王都か。長かったな」

 歩兵達が将官に従い、楼閣へと向かっていく。
 後には、燃え盛る死体の山と、荒廃した畑の焼け跡が残された。






 解放軍本営。ディーナーは目の前に広がる戦況に目を疑っていた。
 構築した防御線で敵を足止めし、待ち構える弓兵で悉く壊滅させる。単純明快な戦法だった。
 だが、目の前に広がる光景はどうだ。全く理解出来ない。

「な、なんだ。何故止められない!」

 王国軍は、屍で塹壕を埋め立て、矢を受けながら柵を破壊、杭を除去していく。
 その間にも兵は一〇〇人単位で殺しているというのに。
 敵将ラルスは既に討ち取ったと報告が入っている。戦意を失わなければおかしいではないか。

「ディーナー様。敵は死兵です。完全に逃げ道を塞いでいる為、彼らは戦うしかないのです」

「黙れ! 更に兵を前面に出せ! 決して近寄らせるな!」

「りょ、了解しました!」

 意見を述べた士官を下がらせ、部隊を前進させる。
 包囲を構築し、逃げ道を塞いだのはディーナーだ。彼らの降伏を認めず、全員圧殺しようとしたのも自分である。
 敵の残存歩兵が、味方の先陣と激突した。その後方からは、黒旗を掲げる騎兵が砂塵を上げている。
 勝利ではなく、怨敵を苦しめて殺す事を優先した為に、解放軍同志達の血が無駄に流れる。
 ディーナーは後悔するが、遅い。
 死兵達は、犠牲を出しながらこの本陣目掛けて突き進んで来る。
 解放軍も包み込むように攻撃を仕掛けるが、敵騎兵の勢いは止まらない。

「く、糞ッ! このままではッ」

「ディーナー様! 獅子騎兵隊です!」

「な、何!」

 ディーナーが陣を引き払うか思案し始めた時、獅子の旗を掲げる騎兵達が死兵の群れを薙ぎ払っていく。
 虚を衝かれた王国軍の歩兵達は、足を止められてしまう。
 ひたすら前進する事で勢いを保っていた兵士達だ。一旦止まると脆い。

「ディーナー様!」
「分かっている! この機を逃すな、フィン隊と連携し一斉に押し潰せ! 死にぞこない共にとどめを刺すのだ!!」

 ディーナーはいきりたって命令を発した。




 槍を豪快に振るい、機動力を活かして王国軍を打ち崩していくフィンと獅子騎兵。
 敵の士気は確かに高いが動きが鈍い。騎兵の俊敏な動きについて来れないようだ。
 兵糧攻めは、彼らの体力を確かに奪っていた。フィンは王国兵の首を断ち切る。

「大佐! 正面より死神ですっ。死神の騎兵が突貫してきます!」

 副官のミラが剣を振るいながら叫ぶ。王国歩兵が切り開いた道を辿り、死神の騎兵が一直線に駆け下りてくる。
 先頭はシェラ。大量の返り血を浴びている。肩で息をしながら馬を駆っている。

「やはり、最後は死神ですか。彼らは兵糧攻めで大分弱っている筈。今度こそ負けませんよ」

「大佐!」

「何、一騎打ちではありません。これは殺し合いです。遠慮なく行きましょう」

「はっ!」

「行くぞ! 死神を討ち取り名を上げろ! 獅子騎兵の強さを思い知らせてやれ!」

 フィンが号令すると、騎兵達が応じて突撃を開始する。
 フィンの名声は既に確固たる者だが、ここでシェラを討ち取ればそれは極まるといって良い。
 目の前にぶら下がっている名声、栄光。それを見逃す手はなかった。
 王国軍の歩兵四〇〇〇は、ようやく気力と体力が尽きたらしく勢いが弱まっている。
 後は各個孤立させ確実に撃破すれば良い。敵の一〇倍の兵力で包囲しているのだ。最初から負けはなかった。

 獅子騎兵が死神騎兵と交錯する。
 フィンはシェラに狙いを定め、槍を握る力を強める。すれ違い様の一撃。そこで決めるつもりだった。
 シェラは大鎌を両手で持ち横手に構えている。その刃は血塗られており幾人もの魂を刈り取っている。

「死神シェラ! その首貰った!」

「…………」

 突如として、シェラが大鎌を前方高く放り投げた。咄嗟にそれを見上げてしまった瞬間、フィンの両肩に小鎌が突き刺さった。
 シェラが腰から、二本の小鎌を投げ飛ばしたのだ。

「――な、なに」

「お前と遊んでる暇はないの。狙うのは総大将の首だけよ」

 激痛で崩れ落ちるフィンに見向きもせず、シェラと騎兵隊一〇〇〇騎は走り抜けていく。
 落馬したフィンに馬群から汚泥が掛けられていく。泥に塗れてのたうちまわり、悲鳴を上げた。
 気付いたミラが駆け寄るまで、延々と激痛に苦しむ事になる。



 放った大鎌を掴み、シェラは再び手綱を握る。
 フィンの獅子騎兵隊を突破したシェラは、防御柵を破壊しながら敵大将旗の上がっている本陣目指して駆け抜ける。
 追いすがる敵を食い止めるため、騎兵隊員は独自の判断で足止めに回っていく。
 シェラはただ前へ、前へと進む。付き従うのは、ダラスと残り二〇〇騎余り。残りは死兵となって敵の包囲を蹴散らしている。

「――ハアッ、ハアッ」

「もう直ぐです大佐! あれが糞野郎ディーナーの旗印だ!」

「アルツーラじゃないのが、残念ね」

「贅沢言うもんじゃないぜ! ここまで来れただけでも奇跡みてぇなもんだ!」

「奇跡なんかないわよ。あるのは憎悪と執念だけ」

 歯を食いしばりながら鎌を振るう。もうすぐ動けなくなる。残り時間は少ない。
 降り注ぐ矢を払い落とし、シェラは突き進む。
 前方に、鋭い顔を歪ませた比較的若い男の姿が目に入る。他の兵と違い整った軍服を着ている。
 男は唇から血が流れ出る程噛み閉めている。どうやら激怒しているらしい。
 小鎌を投擲してやろうかと思ったが、それは先程の獅子野郎に使ってしまった。
 やはりこの大鎌で脳天を抉ってやるのが良いだろう。シェラは鎌を振りかぶる。
 後一撃だ。後一撃はもつ。最後の獲物はあの糞野郎だ。必ず殺す。
 後方の騎兵達も数を減らしながら、続いてくる。後もうすぐ。もうすぐ。
 怨敵の首まで、後数秒、後一歩というところで。

「――弩兵、放て!」

 聞き覚えのある声が叫んだと同時に、シェラの身体を数本の矢が貫いた。
 衝撃でシェラは馬から振り落とされそうになる。手綱を引っ張って耐える。
 歪む視界で、声の主を確認すると裏切り者のヴァンダーだった。懐かしい顔を見てシェラは思わず笑ってしまった。

 ああ、ベルタ城が懐かしい。カタリナ、シダモ、ヤルダー。面白い人間が一杯いた。
 ダーヴィト、コンラート、ダラス。妙な人間も一杯いた。
 ディーナー、ヴァンダー、オクタビオ。不愉快な人間も沢山いた。
 本当に色々あった。この一年間、本当にいろいろあった。そしてとても疲れた。
 口から血を夥しく流しながらシェラは馬にもたれかかる。それでも大鎌は手放さなかった。

「死神をやったぞ! 奴の首を取れ!」

 ヴァンダーの掛け声と共に、歩兵が殺到してくる。援護するように更に矢が放たれる。
 シェラを庇うように、騎兵達が前に立ち両手を広げて死んでいく。
 ダラスが崩れ落ちたシェラの馬の手綱を取り、強引に引き寄せる。

「大丈夫か! おいッ!」

「……これで、終り、かしら」

「馬鹿が! まだだッ! まだ糞野郎の首を取ってねぇぞ!」

「でも、ちょっと、疲れたわ」

「うるせぇ! 死神の泣き言なんざ聞きたくねぇ! おいお前、大佐を連れて落ち延びろ! 全力でどっかに逃げろッ!」

「し、しかし」

 ダラスの声に、若き騎兵が動揺する。
 自分は死を覚悟しているのに、何故逃げるのか。理解出来ない。仲間を見捨てて逃げられない。

「奴らへの嫌がらせだ! こいつを逃がしたとなりゃ、あの糞野郎に一泡吹かせられる! ほら、さっさと行け! 振り返るなッ!」

「りょ、了解しました!」

 シェラの身体を乗せると若き騎兵が後退する。それを護衛するように、数騎が突進していく。
 ダラスはほくそ笑むと前を振り向く。絶好の死に場所を得た。女を庇って死ぬのならあの糞親父も文句は言うまい。最高だ。

「へっ、これが最後だ! シェラ、あの時の借りは返したぜ!」

 ダラスと残存騎兵は力を振り絞って突撃。
 弩兵の集団へと切り込み、矢を浴びながらも奮戦した。まるで悪鬼の如く。
 彼らは本当に良く戦った。シェラが逃げるまでの時間を稼ぐため、ディーナー本陣を荒らしまわった。
 一人十殺、いやそれ以上の戦果を上げ、誰もが歴戦の戦士の様に勇猛果敢に戦い抜いた。
 最後は、怒り狂った歩兵の群れに馬から引き摺り下ろされ、四肢を串刺しにされ、全員嗤いながら死んだ。
 ダラスも、マドロス家の為ではなく、ただのダラスとして戦い死んだ。




「……なんだ、これは」

 ディーナーは呆然として、半壊した己の陣を見渡す。
 目の前には、解放軍兵士の死体がある。
 死神の騎兵の死体を見ると、満足気味に嗤いながら死んでいる。その顔は、ディーナーの無様を嘲るようだった。
 ヴァンダーが近づき、声を掛けてくる。

「……ディーナー様。お怪我はありませんか?」

「なんなのだこの様は! 私はまた死神にしてやられたのか!?」

「落ち着いてください。死神は打ち払いました。貴方が勝利したのです」

「これのどこが勝利だ! 兵糧攻めで消耗させ、無駄な犠牲を抑えるつもりが何たる有様だ!」

「…………」

「わ、私は。何故、何故逃げ道を用意しなかった。何故敵を死兵にしてしまったのだ。知らぬ間に慢心していたのか」

 七〇〇〇のキュロス守備兵に対し、五万で囲み兵糧攻めにした。今回の敵の突撃により恐らく、七〇〇〇以上の犠牲は出ているだろう。
 ディーナーの判断ミスで必要のない犠牲を払ってしまった。敵を無駄に追い詰め、その全てを死兵に変えてしまった。

 包囲戦では、敵に一箇所だけ逃げ道を用意するのは鉄則だ。ベルタ攻めでも同じように逃げ道を用意した。
 生への希望を僅かに残し、敵が覚悟を決めて死兵となるのを防ぐ為だ。分かっていた筈なのに。悔やんでも悔やみきれない。
 命を弄び、愚弄しようとした代償がこれだ。あの時降伏を受け入れていれば。

 ディーナーは前に崩れ落ちる。勝者の姿はそこにはなかった。
 以前の自分ならば、このような判断はしなかった。解放軍勝利の為に、己の憎悪など掻き消していた筈だ。解放軍は自分の全てだった。
 いつから自分は変わった? 死神に対する憎悪が、解放軍同志の命に勝ったのはいつからだ。
 ディーナーは己の変貌に苦悩する。だが、死神への憎悪は消えていない。

「ディーナー様。シェラはまだ死んではおりません。追撃の許可を。私が討ち取り同志に対する手向けとします」

「……討ち取れ。なんとしてもだ。ヴァンダー、確実に殺せ。奴は、生かしておいてはならん。必ず殺せ!」

 虚ろな瞳で呟くディーナー。常に冷静沈着で、余裕ある態度は、完全に消えていた。

「お任せを」

 ヴァンダーは手勢を連れて追撃を開始。シェラが落ち延びていった方角へと駆ける。





 キュロス西部の小さな森林地帯。シェラと若き騎兵はそこに逃げ込んでいた。
 他の騎兵の姿はない。全員、陽動となり、敵を引き付けて戦死した。
 大木にシェラを寄りかからせ、若き騎兵は怪我の手当てを行う。馬は先程潰れてしまった。限界を超えて酷使した為だ。
 これからは徒歩で逃げなければならない。
 突き刺さった矢を慎重に抜き、鎧を外し、一つずつ止血していく。やせ細った肌が目に入ると騎兵は視線を逸らす。

「……もう良いわ。矢には、毒が塗ってあったみたい。ここで、良い」

 シェラがか細い声で呟く。弩兵の矢には、猛毒が塗られていた。
 死神に対して彼らが用意した処刑用兵器。
 毒はシェラの身体を急速に蝕んでいく。残り僅かの体力は、まもなく尽きる。蝋燭の残りはもうない。
「……そういう訳にはいきません」

「命令よ。軍隊では階級が絶対。良いから逃げなさい。私は、ここで良い」

 大鎌を握り締めようとするが、手に力が入らない。もう動く事が出来ない。
 若き騎兵は、逡巡した後、諦めたような顔を浮かべて軽く微笑んだ。

「死んだら、腹が減らなくなりますよ大佐。死人は、腹が減りませんから」

 悪戯気味に呟く兵士を、シェラは凝視する。いつかどこかで聞いたような言葉。あれはいつ、どこだったか。

「……貴方は?」

「パンとチーズを奢る約束をしていたでしょう。チーズはありませんが、パンはあります。どうぞ」

 小さな、本当に小さなパンの切れ端を、シェラの口に押し込み、若き騎兵は立ち上がる。
 パンは血で湿っていた。シェラは味が良く分からなかったが、美味しいと感じた。

 周囲が騒がしくなる。潰れた馬が発見されたようだった。
 間もなく、ここにも敵兵がくる。若き騎兵は剣を抜き、シェラの前に立つ。
 解放軍の将が、茂みを掻き分けて現れた。その手には白刃煌く凶器が握られている。

「ようやく見つけたぞ。お前、今なら見逃してやる。そこをどけ」

「断る! 最後まで俺は戦い抜く! シェラ隊に敗北はない!」

「そうか。無理にとは言わん。死ね」

 解放軍の将と、若き騎兵が衝突する。剣が交差し両者の死闘が繰り広げられる。
 意気込みは若き騎兵の方が勝っていたが、技術と才能、経験は解放軍の将が圧倒的に上回っていた。
 十数合打ち合った後、若き騎兵は正面から斬り捨てられる。
 最後はシェラの方へと手を伸ばし、死んだ。死神に救われた青年は、死神を庇って死んだ。

 解放軍の将が鮮血滴る剣を握り締めて、シェラへと近づいてくる。
 男の名はヴァンダー。シェラの元副官だった人間だ。

「お久しぶりですね、少佐。いや、今は大佐でしたか」

「……ヴァンダー少尉か」

「いえ、俺も今では少佐に昇進しました。あの時の貴方にようやく追いついたという訳です」

 ヴァンダーは剣を鞘に納め、シェラを見下ろす。もう虫の息だ。何もしなくても死ぬだろう。毒矢は確かに死神を貫いた。

「…………」

「俺は、あの時の貴方に恐怖を抱き解放軍に身を投じた。ですが、結局どこも一緒でしたよ。綺麗な軍隊なんてありゃしない。この歳でそれが分かるなんて、俺もどうしようもない人間です」

 ヴァンダーは自嘲しながら語る。両方の軍隊に所属し、汚い面を嫌と言うほど見てきた。ディーナーはいわゆる汚れ役を担う人間だ。その直属のヴァンダーも既に汚れきっている。

「…………」

「貴方が死神になった原因。ようやく分かりましたよ。どうして解放軍にそこまでの憎悪を抱いているのか。……貴方の故郷を滅ぼしたのは、我々解放軍だったんですね。ディーナー様から聞かされましてね。実に世の中狂ってる。大義なんてどこにもありはしません」

「……そうか、ディーナーか」

 シェラは刻み込むように呟く。絶対に忘れない。殺す。絶対に殺す。

「ええ。一が汚れ、一〇を生贄とし、一〇〇〇を救う。これは仕方のない事なんです。誰かがやらなければいけない。誰かが動かなければ、愚かな為政者により万の人間が死ぬのですから。俺は汚れる覚悟を決めた。だから――」

 ヴァンダーは、シェラの横にある大鎌を拾い上げる。大鎌は見た目に反してとても軽かった。妙に手に馴染む。以前から使っていたかのように。

「俺は貴方を殺します。死神の存在は新しい世の中に不要なんです。貴方は殺しすぎた。やり過ぎたんだ」

 ヴァンダーは大鎌の刃を、シェラの首筋へと当てる。シェラは抵抗しない。
 シェラの滲む視界からは、ヴァンダーが歪んで見えている。
 いつかどこかで見覚えのある、黒い影が、ヴァンダーに憑いている。
 シェラはその首筋に目を向ける。柔らかそうな喉下。シェラの食欲がどこからか沸きあがってくる。力が少しだけ戻ってくる。目に暗い光りが灯りはじめた。

「せめて苦しまないよう、今楽にして差し上げる。シェラ大佐。――さらばです!」

 ヴァンダーが大鎌を振り翳した瞬間、シェラは大地を蹴って飛び掛った。
 瀕死の人間が突如とった行動に、ヴァンダーは慌てふためく。手から大鎌が落ちる。
 シェラの柔らかく細い腕がヴァンダーの首に艶かしく回される。
 耳元に生温い息が吹きかけられると同時に、シェラが一言だけ呟いた。

「――いただきます」






――アルツーラへの報告。
 解放軍キュロス方面部隊は要塞の攻略に成功。敵将ラルス、死神シェラを討ち取った。
 また、混戦の最中に、ヴァンダー少佐は行方不明となる。
 以上。






・『解放戦争記』よりシェラ・ザードについての記述


 生年、出身地不詳の旧王国軍女性士官。宰相ファルザームが組織した諜報隊出身という説もある。
 解放戦争初期から騎兵隊を率い、並ぶ者のない武功を挙げていった。
 戦死したジラの養子となり、ザードの家名を継ぐ。
 最終的には大佐まで昇進。キュロス要塞にて戦死した。

 女の身でありながら優れた武勇を誇り、特徴的な大鎌を得物とする事から『死神』の異名を持ち、兵達からは非常に恐れられた。
 解放軍将兵に多大な犠牲をもたらし、旧王国では『救国の英雄』として士気向上の為に讃えられていた。
 その一方で非戦闘員を無意味に虐殺するなど、残忍で短慮な一面を持つ。
 テナン虐殺にも志願の上で加担し、女子供に至るまで積極的に殺し尽くした。
 我欲が強く卑しい性格で、食料から金品に至るまで略奪し、その全てを独り占めしたと伝えられている。
 周囲の諫言を聞き入れる事はなく、暴勇を奮うしか能のない浅ましい人間と、味方からも忌み嫌われていた。

 ベルトゥスベルク会戦での獅子将フィンとの一騎打ちは、お互い譲らずの引き分けに終わった為、その武勇に疑いようがないのは確かである。
 一説によると、落馬したシェラをフィンが討ち取ろうとした際に、横槍が入り邪魔をされたとも伝えられている。
 自らの武に驕り、突出しすぎた所を包囲され孤立するという失態を招いている事から、指揮官としての能力には疑問が残る。孤立後は味方歩兵部隊を囮として、僅かな兵と共に逃げ延びた。

 キュロス要塞では、度重なる降伏勧告を撥ね付けて無益な篭城を続けた。
 降伏しようとした守将ラルスを脅迫し、徹底抗戦を訴えたと記録には残されている。
 酷薄な性格は生涯変わる事はなかったらしく、食料が不足した後は部下の死肉を食らって飢えを満たしていた。最早人間としての感情など持ち合わせてはいなかったのだろう。

 最後は無謀な突撃を敢行の上、兵を見捨てて単騎での逃亡を図ったが失敗。
 虐げてきた民兵達に包囲され、槍で致命傷を負わされた挙句、八つ裂きにされて死亡した。
 何ら同情すべき点のない、自業自得といえる末路である。

 血塗られた生涯を哀れに思ったアルツーラ女王は、キュロスに無銘の碑を建てた。
 名を刻まなかったのは、民や兵達に破壊される恐れがあったからだ。それ程までに死神は憎まれていたのだ。
 シェラが犯した罪が消える事はないが、この最期の場所で己の所業を悔い、贖罪している事だろう。

 人々の記憶から『死神』の恐怖が消え去るまで、彼女が許される事は決してない。


次で最終話です。まだ終りじゃないです。
3つめの願いは叶いましたが、まだやる事が残っています。
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