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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第十三話 胡桃の赤いソース添えは妙な味がして美味しい

 作戦決定から1週間後、ダーヴィトは麾下1万5千を率いてベルタを出立。スラウェシ大橋の手前に布陣、軍団長旗を掲げた。
 対する解放軍もこれに呼応するように対岸に兵力を展開。渡河を阻止せんと意気を上げていた。折角手中に収めたアンティグアを、易々と落とされる訳にはいかないからだ。
 その布陣を見て、ダーヴィトはほくそ笑む。

「ざっと見たところ、4万はいるか。作戦通り敵の主力をおびき出せたようだな」

「こちらも予定通り、兵力が続々と増援が到着しているように偽装しております。後は敵を釘付けにするだけかと思われます」

 筆頭参謀の言葉に、ダーヴィトが頷く。

「決して油断しないよう、将兵に厳命しておくようにな。強行渡河してくるとも限らん。監視を強化するように」

「心得ております。川岸には斥候を放っており、警戒態勢は万全です」

「流石は筆頭参謀、相変わらず仕事が早いな」

「恐れ入ります」

 筆頭参謀は恭しく頭を下げる。

「これから長丁場になるぞ。私は本陣にて作戦の遂行をじっくりと見守るとしよう」

 ダーヴィトが踵を返すと、参謀達もその後に続いた。睨み合いは延々と続き、時折角笛や太鼓を打ち鳴らし、攻め入るぞという素振りを繰り返した。矢の一本すら放たれることなく、その日は夜を迎えることになる。




――アルシア川、渡河地点。
夜更けを待っていた工作兵が、小型の船を対岸まで並べて、木板を架けていく。今はまだ敵兵の姿は見えない。発見されてはいない。
 数時間で浮橋が複数架けられていく。工作兵の顔に徐々に焦りが浮かぶ。今敵に発見されたら、水中の自分達は単なる的にすぎない。皆殺しに遭うだろう。それでも彼らは任務を無事に完了させた。最後の一つを固定すると、工作兵達が陸へと上がる。荷馬車が通れるまでに補強すると、第一陣の騎兵達に合図を送った。
 空が白みはじめている。まもなく陽が昇る。

「浮橋、予定数設置完了しました。後はお任せします。我々は、第一陣が渡河次第、橋頭堡の陣地を設営します」

「任務ご苦労。後は我々に任せろ。一気に蹂躙してみせようぞ!」

 騎兵隊の指揮官、アレクセイ少将は力強く頷く。工作兵長が背筋を正して敬礼する。

「はっ、御武運をお祈りしております!」

 ひんやりとした空気が、緊張感を高めていく。
――戦の火蓋を切るのは我々だ。
 アレクセイ少将は剣を抜き放つと、麾下の兵達に号令を下した。

「第一陣、先遣騎兵隊出撃! 目標、アンティグア支城!」

「おう!」

「進軍開始! 隊列を乱すなッ!!」

 先遣騎兵隊1万は、浮き橋を利用してアルシア川を渡河開始。錬度が足りない騎兵が数人川へと転落するが、概ね順調に渡りきることに成功。敵に発見される事なく、アルシア平原に展開した。シェラ騎兵隊は、最後の後詰として渡りきる。

「結構揺れるわね。なんだか吐きそう」

「即席ですから仕方ないかと。落ちないように気をつけてください」

「尉官が落ちたら良い笑いものだからな、カタリナ少尉。気をつけろ」

「私は落ちないわよ!」

「馬が驚くから大声をあげないように。次やったら私が突き落とすわ」

 指揮官口調のシェラが釘を刺すと、カタリナは肩を落とす。隣ではヴァンダーがまぁまぁと気楽な様子で宥めていた。シェラ騎兵隊は脱落者なし。ちなみに新しい軍旗はまだ掲げていない。流石にまずいと、副官が止めたのだ。騎兵達はタイミングを見て、交換する気でいるが。


 第一陣渡河成功を見届けると、続いて工作兵はアルシア川渡河地点に陣地を設営開始。
 輜重隊を迎え入れる準備を始める。並行して第二陣の主力、第4軍混成歩兵師団が渡河を開始する。5万の大軍であり、渡りきるにはかなりの時間が要すると思われた。




 先陣を任されたアレクセイ少将は、難なくアルシア平原まで進軍していた。
 不思議な事に、敵兵が一人たりとも見当たらない。全兵力が大橋に向けられたのだろうか。アレクセイはそう考えた。後続の第二陣はまだまだ後方であり、現在の隊列は長い縦列陣となっている。先遣騎兵隊が注意を払うべきは、スラウェシ大橋に展開している敵主力の動向のみ。転進してきた場合は、それを迎え撃たなければならない。そこで膠着した所を、橋手前で陽動に当っていたダーヴィトの部隊が背後を強襲するのだ。

「よし、誰か! 大橋から敵主力が転進してこないか様子を見てくるのだ」

「はっ、お任せください!」

「もう一騎は、後続の進軍状況を確認にいけ。急がせろ!」

「了解しました!」

 親衛の2騎を偵察に向かわせ、第一陣は一旦停止する。敵の反抗が一切なかったので、進軍がスムーズにいきすぎたのだ。その間に馬に休息を取らせ、各隊員が食事を掻き込んで行く。
 シェラも手持ちの糧食を、貪るように消費した。
 時刻はまだ昼を過ぎたばかり。夜が来るまでにアンティグア前まで攻略し、布陣しておきたい。歩兵隊が即時攻城に取り掛かれるように。

 簡易椅子に座り、副官達と地図を広げて進捗を打ち合わせていたアレクセイの元に、一騎の兵が駆け込んでくる。そしてすかさず下馬すると大声で報告する。

「アレクセイ少将! 前方アルシア平原に敵兵の姿が見えます! 反乱軍首領の旗印、アルツーラのものです!! 歩兵数千を率いている模様!」

「なんだと!? 逆賊の娘がのこのこと出てきおったか!」

 思わず立ち上がり、アレクセイは叫ぶ。目の前に栄達への道が拓かれた。掴まぬ手はない。首を挙げれば出世は間違いない。行くべきだ。アレクセイは逸り、決断する。

「閣下、これはまたとない好機ですぞ。ここで討ち果たせば全てが片付きます。アンティグアを落とす必要すらなくなるかもしれません」

「一番手柄はアレクセイ少将の物となりますぞ!」

「分かっておる! 騎兵達に合図を出せ。直ちに攻撃開始する!」

「はっ!」

「アルツーラの首は、我らの手で挙げようぞ!! 褒美は望みのままだ!!」

 血気に逸るアレクセイの号令の下、第一陣騎兵隊は全力でアルツーラ隊へと襲い掛かる。
それを予期していたかのように、解放軍は迎撃せずに脱兎の如く後退を始める。
 遅れた小隊は騎兵の手に掛かり粉砕されていく。目の前に餌をぶら下げられた騎兵隊の勢いは凄まじい。
 アレクセイは気付いていないが、第一、第二の部隊は相当な距離が既に離されている。混成部隊である第二陣は、指揮系統が乱れきっており、進軍するだけで難儀である。脱走兵も多く、士気は低い。



 シェラ騎兵隊は、参戦不要と後詰に当てられていた為、その中間地点に位置していた。まかり間違って、小娘にアルツーラの首を挙げられては笑い話にもならないからだ。今が好機とばかりに、シェラの騎兵達は旗を付け替えている。黒地に白カラスの旗が、風を受けて誇らしげにたなびく。
 辺りは夕暮れに染まっている。間もなく危険な夜間となる。

「……我々は追撃しないのですか? シェラ少佐」

「命令だから仕方がないわ。諦めてここで道草を食ってましょう。奇襲の警戒だけは怠らないように」

 近くにいた騎兵に指示を出すと、警戒に当らせる。

「しかし、反乱軍首領の首を挙げれば、誰もが認めます!」

「毒の入った餌を食べる気は全くないわよ。そういう時は、誰かに食べさせるのが正解」

 下馬したまま、袋に入れておいたクルミの実を取り出し。大鎌で外皮を叩き砕く。実もつぶれてしまったので、その破片を口に入れていく。
 ヴァンダーが上官に聞こえないようにカタリナに耳打ちする。

「ああやってると少佐、小動物みたいだな」

「アンタは黙ってなさい!」

 そこに、先程アレクセイが派遣した偵察騎兵が血相を変えて帰ってくる。こちらはスラウェシ大橋主力に向かわせた方だろう。

「ア、アレクセイ少将はどちらに行かれたのか!」

「閣下なら敵首領を追撃してさらに西進された。一体どうしたのか。何を見たか、落ち着いて話せ」

 シェラが立ち上がり尋ねると、驚くべき方向をもたらす。

「スラウェシ大橋の主力は偽装だった。確かに数はいるが、半分は非武装の民間人だ。反乱軍主力は別にいるぞ!」

「直ぐにアレクセイ閣下に報告を」

「お前に言われなくても分かっている! 貴様達もさっさと合流しろ!」

 馬を駆り、アレクセイ本隊を追っていく。それを見届けると、シェラは腕を組む。

「さぁどうしようかしら」

「……主力が大橋にいないということは、アンティグアの守備に重点を置いた? いや、それは戦略的に意味がない。……まさか嵌められた?」

 ヴァンダーが手持ちの地図を広げて確認する。カタリナがその後に続き、意見を述べる。

「……少佐。我々はかなり危険な状況かと思われます。先程のアルツーラの部隊は、陽動の可能性が極めて高いかと」

「なるほど」

「迂闊に動けば、伏兵に襲撃される危険があります。直ちに偵察を――」

 更にもう一騎駆け込んでくる。こちらは血相を変えている。

「アレクセイ少将閣下はどちらか!! 至急の報告がある!!」

「閣下は敵部隊追撃の為に、進軍なされた! 一体どうしたのか!」

「渡河地点が強襲を受けている!! 完全に重囲されているぞッ!!」

「――な、なんてこと」

 カタリナが絶句する。ヴァンダーが地図に×印を加えた。騎兵は直ちにアレクセイ隊を追いかけて駆け出していく。

――アンティグア支城が袋の底。アルシア渡河地点が袋の入り口。
 地獄という名の『大袋』に王国軍は自ら入っていってしまった。スラウェシ大橋のダーヴィト隊が偽りの兵力であることは、完全に看破されていた。策としては悪くないが、機密が漏れていては最早策は体をなさない。
 内通者、脱走者を多数出している王国軍には、この作戦はそもそも不向きであった。更に諜報員が潜り込んでも、再編されたばかりの混成部隊なので、誰も怪しまない。情報は筒抜けだったのだ。

 第一陣の騎兵隊をアルツーラが釣り上げ、第二陣は敢えて渡河させる。渡りきった所で伏兵が浮き橋を襲撃、破壊。第三陣の輜重隊と分断。背後はアルシア川、前面は息を潜めていた解放軍が完全に包囲し猛攻を加えていた。浮き足立つ第二陣の歩兵師団は、屍の数を増やしていく。川に押し出され、溺死する者もいた。鎧をつけている為、川底が深い場所では満足に泳ぐことが出来ない。
 橋頭堡となるはずだった陣地は、現在地獄絵図となっている。

「私達はどうしたら良いか。ヴァンダー、カタリナ。意見を言え」

「は、はい。我々の手勢は僅かに1000。渡河地点の救援に向かった所で意味がありません。恐らく、待ち伏せを受けていると思われるアレクセイ少将と合流するべきかと。第三陣との合流が不可能な今、アンティグア攻略は失敗です。撤退を考えなければ」

 カタリナが意見を述べると、ヴァンダーが告げる。

「もう壊滅してる可能性もあるぞ。釣り上げた騎兵をどう対処するか考えていない訳がない」

「シェラ少佐。いずれにせよ時間はありません。ご決断を」

「よし、私達は――」

「少佐! 敵騎兵隊が接近中ッ! その数およそ1000!」

 警戒中の騎兵が、敵騎馬の砂塵を見つける。シェラは馬に飛び乗ると、大鎌を掲げた。

「迎え撃つぞ!! 私に続け!! 反乱軍の連中は、一人残らず殺せッ!!」

「おうっ!!」

 シェラとその手勢が敵騎馬に向かって駆け始める。白カラスの軍旗が、夕暮れの陽を受けて、血の様に赤く染まる。いつもと様子が違う上官の姿に戸惑いながらも、副官達もそれに続く。本当に同一人物か、自信が持てなかったから。


 解放軍の旗を掲げた騎兵の側面に、黒い軍旗の騎馬が衝突する。シェラは流れるように4人の首を叩き落し、更に怒声を上げた。指揮官を先頭にクサビ型の陣形で突撃したシェラ隊は、敵を2つに分断する。

「な、なんだこいつらはッ!」

「どこの隊だ! 貴様達、王国軍かッ!?」

「死神の騎兵よ。分かったらとっとと死ね!」

 萎縮してしまった騎兵を、後ろの者を巻き込みながら薙ぎ払う。上半身を失った騎兵が、そのままに前進していく。馬を駆り、前後左右、大鎌を振るって切り捲る。
 突き出された槍は穂先を飛ばされ、大外を回って戻ってきた鎌により、兵の首は吹き飛ぶ。果敢に剣を振りかざしてきた男には、兜ごと縦から切断する。血と脳漿が混ざって飛び散り、果実を齧ったときに滴る液体のようだ。
 頭蓋骨を砕くときの感触。先程食べたクルミのようで、思わず食欲がそそられる。外は硬くて中は柔らかい。食べ物はとても不思議だ。そういえば、クルミはまだ袋に入っていた。
シェラはクルミを取り出し、血で染まった手に力をいれて握りつぶした。
 実が誰かの血と混じり、ドロリとしたソースのようになる。
試しに舐めてみたら鉄の味がした。美味しいかは良く分からない。
もう一度舐めてみようかと考える。

 そこに邪魔者が現れた。シェラは口元を拭って振り返る。


「お前が指揮官か! 貴様らの軍は既に崩壊しているぞ! 諦めて降伏しろ! 命だけは助けてやる!」

 身分が高いと思われる将が、シェラの奮闘に声を荒げながら肉薄してくる。

「アハハッ! 冗談はお前の顔だけにしろ!!」

「――無駄な抵抗をッ!!」

 槍と鎌が交差する。馬を止めての鍔迫り合い。得物を握る力を強めていく。男の顔が苦悶へと変わる。

「つ、強い、な、なんなんだお前はッ!」

「ほらほら、だんだん鎌が近づいてるみたい。頑張らないと刺さるわよ?」

「く、や、やめろ。や、やめてくれッ」

「それは無理よ。貴方、反乱軍だから」

――鍔迫り合いを制したのは、シェラだった。
はじき返すと同時に、鎌の切っ先が将の顔面に突き立つ。シェラは更に突きたて、陥没させていく。

「う、ぐげッ」

 解放軍将官の身体が激痛の余り痙攣する。まだ生きている。

「冗談みたいな顔になったわよ。おめでとう」

 ゆっくり引き抜くと、血飛沫が舞い上がる。シェラはそれを浴びて真っ赤に染まる。敢えて止めをささず、馬から叩き落す。数秒後には意識を失い死ぬだろうが。ピクピクと痙攣するその様は、陸に打ち上げられた魚みたいだと思った。
 指揮官が討ち取られると、隊は浮き足立つ。シェラ隊は散々にかき乱した後、敵騎兵隊を潰走させた。

 カタリナは驚愕しながら、上官の労をねぎらう。想像通り、いや想像以上の強さに感動していた。上手く舌が回らない。副官としての頭が働かない。

「お、お見事でしたシェラ少佐! 我が隊の被害は軽微。圧倒的勝利です!」

「よし、このままアレクセイ少将と合流するぞ! 騎兵隊、私に続け!」

「はっ!」

 シェラ隊は夕暮れの中を疾走した。シェラの体は血で染まり、鎧に刻印されたカラスは赤に変化していた。大鎌からは、途切れることなく血が滴り落ちている。今日だけで何人の命を刈り取ったのか。本人にも分からない。





 一方のアレクセイ率いる先遣騎兵隊、約1万騎。アルツーラの陽動にひっかかったまま、アンティグア付近まで侵攻していた。なんとしてでも討ち取りたいという野心は、最早止めようがなかった。

「しょ、少将閣下、流石に突出しすぎではありませんか? 後続が――」

「構うものか。どうせ目的地はアンティグアではないか。面倒がはぶけてむしろ好都合というものだ」

「し、しかし」



 副官が注意を促している最中、アンティグア支城の跳ね橋が下り、城内から勢い良く騎兵隊が飛び出してくる。
 獅子の旗を掲げたフィンの精鋭部隊である。彼らは力を溜めて、ずっと待機していたのだ。潰走を装っていたアルツーラ隊はそれに合流し、向きを変えて反撃を加えてくる。

「閣下! 敵が打って出ましたぞ!」

「うろたえるな! 敵は寡兵、冷静に迎撃するのだ!」

 アレクセイの指示により、前面に騎兵が押し出されていく。包み込むように騎兵隊が陣形を変更する。両翼を広げた布陣へと。
 そこに再び報告が入る。

「一大事です閣下! 我々の策は見破られています!」

「どういうことか!?」

「敵主力が渡河地点を強襲、第二陣は重囲を受けております!! 第三陣は渡河できず立ち往生しています!! 我々は完全に孤立しました!」

「な、なんだと!?」

「敵の新手です! さ、左右からやってきます!!」

 広げられた2枚の翼。それをもぎ取る為に、獣が牙を剥きながら駆けてくる。

「――そ、そんな馬鹿な、どうしてだ。な、何故敵の主力がこちらにいるのだ……」

 アレクセイが驚愕し、呆然としているところに、左右の伏兵が戦鼓を激しく打ち鳴らして、果敢に突撃を開始する。手薄になった本陣に、敵兵が迫ってくる。解放軍の将ベフルーズの指揮により、手足の如く動きまわる精兵達。
 アルツーラの陣頭指揮により、士気は最大まで高まっている。誰も恐れを抱いていない。
左右から圧力を受け、密集体型を無理矢理にとらされた先遣騎兵隊は、徐々にその数を減らしていく。
 騎兵は機動力が命。包囲されると脆い。主を失った軍馬が当てもなく走り抜けていく。
声を枯らして統率を行おうとしたアレクセイであったが、戦況は既に彼の手には負えなくなっていた。混乱した兵士を落ち着かせるのは、どんな名将であっても至難の技だ。
 そこを突いて、獅子の騎兵が軍勢を断ち切って押し入る。先頭はフィン中佐。槍を回転させながら狙いを定める。アレクセイの親衛を打ち払い、怒涛の勢いで接近する。

「ええいっ! 取り乱すな!! 貴様ら、私の命令を聞かんかっ!! 敵兵を私に近づけるな、防げっ、必ず防げっ!!」

「王国軍少将、アレクセイ殿と見受ける!! その首頂いた!!」

「だ、黙れ下郎がっ!」

 剣を取って立ち向かったアレクセイだが、その心の臓を長槍で貫かれた。彼の野心が、己の命と共に霧散していく。とどめとばかりにその首が横から断ち切られた。戦場に歓声が上がると、士気が底まで落ちた王国騎兵は最早これまでと四方へと散っていく。
 解放軍の執拗な追撃は続き、その半数が討ち取られた。第一陣はほぼ壊滅である。数多の王国兵と、軍旗が無残に打ち捨てられた。




 先遣騎兵隊と合流しようと移動していたシェラ達は、敗残の王国騎兵達を発見する。追撃の解放軍騎兵数十人をシェラが強引に薙ぎ払って追い払い、事情を聞く。

「アレクセイ少将はどうされた? ご無事か」

「……アレクセイ閣下は戦死されました。敵の包囲により完全に壊乱状態に陥った我々は、命からがら四方に散りました。その後どうなったかは分かりません」

 息を整えながら、窮地を救われた兵士が呟く。助けられた騎兵達は、皆手傷を負っていた。動けない者はいなかった。そのような者は、既に置き去りにされ敵の手に掛かっているだろう。

「そう、死んじゃったのね。貴方、良く無事に戻ったわね。とても幸運よ。
さぁ、今直ぐに手当てすると良いわ。死んじゃったら勿体無いもの。――誰か、この者の治療をしてやれ!」

 死神が、優しく肩を撫でると、傷ついた兵はビクッと硬直した。近くにいた兵が、最敬礼を行いながら了解する。

「はっ! 了解しました」

 敗残兵の治療を指示した後、シェラは副官に向き直る。

「この後どうするべきか、意見を言え」

「……もうすぐ陽が落ちます。夜に紛れて行軍し、何とか渡河する場所を見つけるしかありません」

「しかし、渡河できる場所は数少ない。どれも抑えられているとみて良いかと。我々が向かいそうな所には、確実に伏兵がいますよ」

 ヴァンダーが地図の数箇所の地点を示す。現実的なこの男は、降伏もやむを得ないと考え始めている。王国への忠誠は、殆どないというのが本心である。同僚のカタリナは何を考えているか分からないが。分かりやすい性格に思えるが、どこか妙なところもある。
 それは、この歳若き英雄殿にも言えることだが。違和感がある。

「渡河地点はどうなってると思うか?」

「……分かりません。ですが、楽観的に考えるのは危険です。
最悪を考えて行動するべきです」

「ダーヴィト大将が偽装に気付いて橋を渡った可能性は?」

「それは、分かりませんが、恐らくは対峙したままかと」

 十中八九動けないだろう。ダーヴィトは最初の作戦に執着し、橋は渡らない。同じく渡河地点に増援も出さないだろう。カタリナはそう私見を述べた。


「……よし、もう少し『北上』した後しばし野営する。敗残兵を回収して、撤退を図りましょう」

「ほ、北上ですか? そちらはスラウェシ大橋方面ですが……」

「つまり、そういうことよ。堂々と帰れば何も問題がないわ。浮き橋なんて架けなくても、既に大きいのが掛かっているじゃない。私はそこを使って逃げてきたこともあるし。分かったらとっとと出発するわよ。まずは腹ごしらえをしないと」

 大鎌を肩に担ぐと、先頭を駆け始めるシェラ。その後を、無言で白いカラスたちが追い始める。槍を斜めに掲げ行進を始める。恐怖の感情がなくなったのだろうか。騎兵達の目から光が消えている。ただ、上官であるシェラの指示に従うだけ。不安の声を漏らすこともない。規則正しく、馬を前へと進めていく。前方の闇を見据えて。
 ヴァンダーはそれがとても不気味だった。
 カタリナは、歓喜に震えていた。自分は間違っていなかったと。この女は、やっぱり死神なんだと。確信した。眼鏡に付着した血を綺麗にふき取ると、シェラの横に馬を並べる。
 生きて良かった。本当に良かった。カタリナは声を大にして叫びたかった。



 シェラ隊は敵に発見されにくい場所で夜営し、敗残の第一陣の騎兵を回収に当った。その総勢を2500とし、スラウェシ方面への転進を図る。敗残の騎兵達はその全てがシェラ隊から引き抜かれた者達であり、まるで死神に魅入られたかのように、シェラの野営地に一直線に落ち延びてきた。
 ヴァンダーは絶句し、背筋を凍らせていた。そんな馬鹿なことはありえないと。敗残の兵が、どうやってこの場所を知る事ができるというのか。常識ではどうやっても考えられない。場所など知らせていないし、篝火など焚く訳がない。目立たないようにジッと息を潜めているのだ。何故? どうして? 疑念に包まれる。
――そして、一番恐ろしいのは、誰一人としてそれを疑っていない事だ。
当たり前の事として、騎兵達は彼らを笑顔で迎え入れている。落ち延びてきた者も、命が助かった事より合流できた事を喜んでいる。
 ヴァンダーにはどうしても理解できなかった。
 カタリナはありのままを受け入れた。そうなるのだから、それが正しいと。


――闇に溶け込んだシェラ隊の軍旗が、己を誇示するかのように高く掲げられる。
 どこか狂ったような笑みを浮かべながら、兵士達がそれを振りかざす。
疲れを覚えることがないかのように、いつまでも。いつまでも。
 ヴァンダーを除く全ての兵士が、それを見上げている。
黒い空間を彷徨う鳥。生と死を司る凶鳥。彼らは、黒旗を目標に帰ってきたのだ。
 シェラはそれを眺めながら干し肉を齧り、楽しそうに嗤った。
+注意+
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