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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第十話 豪華な食事はかなり美味しい

 シェラが手勢を率いてベルタに帰還すると、城兵達が歓声を上げて出迎える。彼らは留守役となっていた騎兵隊員であり、上官の帰りを今か今かと待っていたという訳だ。

「出迎えありがとう。今戻ったわ。頑張りすぎて気を失いそうよ」

 口に茎を咥えながら、颯爽と橋を渡って入城する。騎兵達が入り終わった後、跳ね橋が防御の為に再び上げられる。

「お帰りなさいシェラ少佐! 今日の首尾はいかがでしたか?」

「獅子さんに邪魔されちゃったわ。流石に警備が厳しくなってるみたい」

 邪魔をしてくれた獅子の旗を掲げた部隊を思い浮かべる。鋭い矢を放ってきた年若い男。致命傷となる矢を払うことを優先した為に、1本だけ捌き切る事が出来なかった。幸い怪我はなく、鎧が壊れただけだ。お返しにと手持ちの小さな鎌をぶん投げた所、もう少しという所で避けられた。実力があり、勘も良く、待ち伏せにも引っ掛からない。
 獅子の旗はみかけ倒しではなかったようだ。実に面倒くさそうな敵である。味のしなくなった茎を半分に折ると、バリバリと食べて消化した。

「シェラ少佐が大暴れしすぎたからですよ。さぁ、食事の準備は出来ております!」

 兵舎へと案内しようとする兵に、手を挙げて応える。

「ありがとう。ああ、その前に。新しい鎧を新調しなくちゃ。肩の所が壊れちゃったから。先に行ってて頂戴」

「少佐、やはり治療した方がよろしいのでは?」

 心配そうにシェラを気遣う騎兵。先の襲撃時に、甘い植物を差し出した兵士だ。シェラはそれを思い出すと、腰の小袋に手を入れる。

「大丈夫よ。身体は何の問題もないわ。それより、さっきは食べ物をありがとう。これで好きなものを食べてきなさい」

 光り輝く金貨を取り出す。食事どころか、1週間は食べ放題だ。過分ともいえる報酬に、騎兵が動揺する。

「い、いくらなんでも、これは貰いすぎです」

「文句があるなら、他の兵と一緒に行きなさい。お金は使わないと意味がないでしょう」

「しかし」

「良いから。それでも断るならここで投げ捨てるわよ」

「お、お待ちください!」

 投げ捨てる素振りをすると、慌てて騎兵が両手を差し出す。ひょいと放り投げると、騎兵は金貨を握り締めた。

「ありがとうございます、シェラ少佐!」

「別に良いのよ」

 敬礼する騎兵を尻目に、乗馬したまま先を急ぐシェラ。お腹が減りすぎて気絶しそうなのは確かである。食べても食べても、そのうちにまた腹が減る。それなのに、体重は増えない。食べた栄養はどこに行っているのだろうか。
 シェラには分からない。いつからこうなったのか。あの時、死神らしき何かを食ってからだろうか。これは一時の欲に負けた報いかもしれない。だけど、餓えて死にそうだった時よりはマシだと思っている。満腹感を味わう事は出来ないが、空腹を癒すことは出来るのだから。
 シェラは、現状にとても満足していた。いつの間にか偉くなり、お腹も少しは膨れ、食事を共にしてくれる仲間も出来た。ただそれだけで、シェラは良かったのだ。他の事はどうでも良かった。


 馬を預け、兵舎へと向かっている途中、シェラは大声で呼び止められる。

「どうかしたの?」

「はい、シェラ少佐が新しい鎧を探していると聞きまして。是非、これを使ってください! かなりの逸品ですよ」

 留守番だった騎兵隊の一人が、真新しい鎧をシェラに差し出す。漆黒に染まった鎧。肩の部位には白い鳥の刻印が入っている。

「随分と格好良いわね。しかも質も良さそうだし。どうしたの、これ」

 コンコンと手で叩きながら、尋ねると胸を張って兵士が答える。

「はっ、軍属の鍛冶屋に頼み込んで作ってもらいました。随分渋ったのですが、少佐が使うと言ったら態度をコロッと変えまして。一騎当千の少佐に相応しい鎧かと!」

「……ありがとう。今度奢ってあげるわ。どれ、早速付けてみましょうか。
大きさがあっていると良いんだけど」

「こ、ここでですか?」

「何か、問題があるかしら?」

「い、いえ。私もお手伝いします!」

 傷ついた鎧を放り投げ、新しい鎧をせっせと着け始める。なんだなんだと、周囲から野次馬が集まってくる。噂の少佐殿が、下着姿も同然で着替えているのだから。
 残念なことに色気の欠片もなかった。肉付きが良くない。目つきも悪い。手早く鎧を身に着けると、調子に乗った兵士が真紅のマントまで装着させた。髪をかき上げると、大鎌を振り回して様々な攻撃動作をとるシェラ。鎧が邪魔にならないかを試しているのだ。
 騒いでいた兵士たちが、思わず唾を飲み込む。鎌をおもむろに振りかざし、空を切り払い、口の端を歪める上官。彼らはその姿に、畏怖し言葉を失っていたのだ。

「……問題ないみたいね。後で鍛冶屋には代金を支払っておくから。私は食事に向かうから、何かあったら食べ終わった頃に来る様に」

 鎧よりも、ご飯のことが重要らしく、足早に立ち去ろうとする。周りで見ていた兵士全てが、直立不動で最敬礼する。

「は、はっ! 了解しましたシェラ少佐! 本当にお似合いですよ!」

「……?」

 怪訝そうな顔を浮かべるシェラだが、無言で立ち去っていく。残された隊員は、顔を見合わせホッとため息を吐いた。
――本当に、敵じゃなくて良かったと。







 兵舎食堂。黙々とパン、ステーキ、コーンスープ、野菜を消化しているシェラ。香ばしい臭いが、食欲をそそる。良く噛み、味を確認しながらゆっくりと食べる。今日も美味しいご飯が食べることが出来た。食べていると笑みが自然と零れる。
――そこに、無粋な言葉が投げかけられる。

「お食事中失礼します! 我々は――」

 先程からシェラの机の前で立ち尽くしていた新人2名が、痺れを切らして話しかけたのだ。
食事中に非礼だということは勿論承知している。が、既にかなり経ったが、上官殿はこちらを見ようともしない。挨拶するぐらいならば構わないだろうと判断し、思い切って声を掛けた。

 即座にドンと大きな音を立てると、笑みを消し殺気を露にして目を細めるシェラ。手にしたナイフがテーブルに深々と突き立っている。
 シェラの最も嫌いなことは、ゆっくりと味わって食べている時に邪魔されることだ。
戦闘中は興奮して味わえない分、こういう時に思う存分至福を噛み締めるのだ。それを邪魔されるというのは、いきなり水を浴びせられる行為と同様である。
 以前、尋問中の憲兵を殺しかけた時のように、攻撃性が通常時の数倍まで高まってしまう。悪癖としか言いようがないが、本人は全く直すつもりはないらしい。


「――黙れ。食ってるのが見えないの? 張り倒されたくなかったら、そこで静かにしていなさい。どうしてもというなら、止めないから好きにしろ」

「……も、申し訳ありません」

「…………」

 再び幸せそうに咀嚼を開始する。ただ食器を動かす音だけが響く食卓。緊張しきっていた2人は、生きた心地がしなかった。腹を空かせた虎の尾を、再び踏みたくなかったから。
――彼女の食事が終わったのは、それから1時間後だった。



「……お待たせしたわね。で、何か用なのかしら?」

 口をナプキンで綺麗に拭うと、食物への感謝を捧げ、兵士へと視線を向ける。その場に立ち尽くしていた2名は姿勢を正すと、敬礼を行い改めて名乗る。

「本日付でシェラ少佐の副官に任じられました、カタリナ少尉です!」

「同じく、ヴァンダー少尉です!」

「ああ、シダモ参謀が言ってた人達ね。私の代わりに指揮を執ってくれるとか。これから、よろしくお願いするわね」

 立ち上がり、悠然と敬礼を行うシェラ。その背丈は彼等よりも小さかったが、背負っている気迫が違っているように思えた。事実、副官2名はどこか気圧されていたのだから。

「い、いえ、指揮官はシェラ少佐です。私達は、あくまで補佐を」

 カタリナが慌てて訂正するが、シェラは首を横に振る。

「私は正式な士官教育を受けていないから。出来るのは生きる為に鎌を振るうだけ。貴方達には期待しているわ。騎兵達の事頼んだわよ」

「全力を尽くします!」

「宜しい。それじゃ、私は部屋に帰るから。何かあったら来て構わない。
食事中以外なら、いつでも良いわ」

「了解しました!」




 シェラが鼻歌交じりに立ち去るのを呆然と見送った後、顔を思わず見合わせるこれは大変な上官を持ってしまったと。

「……英雄は規格外って訳ね。私、他にも似たような人知ってるのよ」

「英雄への見方が変わるから、詳しく説明しなくて良いぞ」

「頼まれても喋らないわよ」

「そりゃ助かる。しかし、想像していたのと大分違うな。もっとこう、なんというかな」

 腕を組んで、椅子に後ろ向きに座るヴァンダー。立ちっぱなしでくたびれてしまったらしい。

「……でも、噂は本当だと思う。本当に殺されるかと思ったもの」

「前に聞いた話じゃ、憲兵を半殺しにしたとか。どうやらあれも本当みたいだな。少佐の優雅な食事を、邪魔した罰が当ったんだろう」

「でも、味方にしたら頼もしい事この上ないわね」

 眼鏡を持ち上げると、興味津々と行った様子で考えに浸るカタリナ。英雄を間近で見届けることが、彼女の夢だったのだから。
 ヴァンダーは首を振ると、付いていけないと呆れ気味に呟いた。






――翌日。ようやく着任した第4軍指揮官ダーヴィト大将が、早速将校を集合させていた。
数隊に分けて増派された兵士数は約4万。第3軍残存兵力と合わせて8万になったことになる。
兵はベルタ城を主体として、各砦に分散されて配置された。

 ダーヴィト大将は、なんとしても反乱軍を殲滅しようと、功を焦っていた。次期元帥候補の一人であるダーヴィトだが、猛将と名高いヤルダーが失敗した今、最大のチャンスが巡って来た事になる。反乱軍を壊滅させる手柄を挙げれば、最早確定といっても過言ではない。
 ベルタへの途上、王都に立ち寄った際に、元帥のシャーロフからは『決してアルシア川を越えるな』と厳命されていた。
 が、そんな事は知った所ではない。作戦指揮はこのダーヴィトが一任されているのだから。王家を創設した家系に連なる上級貴族の生まれであり、現国王との繋がりも深い。
そんな誇り高き彼が、たかが階級如きでバザロフ家のような成り上がりに命令されるのは、非常に癪に障るのだ。

「諸君、私が第4軍指揮官のダーヴィトだ。私が来た以上、もう心配は不要だ。即座に逆賊を誅し、この中央国境地帯に勝利と安定をもたらす事を約束しよう」

「お初にお目にかかりますダーヴィト閣下。第3軍筆頭参謀のシダモであります。再編計画書と、反乱軍についての情報を纏めておきました」

 シダモが手渡した書類を一瞥すると、不要とばかりに放り投げる。

「敗軍の参謀が纏めた情報などいらん。お前達は、栄えある王国軍の歴史に泥を塗ったのだ。よくもおめおめと生きていられるものだ。恥というものを知らんのか?」

 ダーヴィトが罵倒すると、頭を下げるシダモ。横に控えている文官も彼を軽蔑したように見下す。良家出身の者で集められた、ダーヴィト派とでもいうべき者達だ。

「……申し訳ありません」

「何が筆頭参謀だ。お前は惨めに食料管理でもしておれば良い。作戦は我々第4軍の参謀が考える。貴様は明日の食事の献立でも考えていろ」

「全く、良くこの席に顔を出せたものです。誇りがないようだ」

「所詮は没落貴族の出。面の皮だけは厚いらしいですな」

 一人の参謀が痛罵すると、他の将校も口々に同意の声を上げる。下賎な者が功績を挙げているのが、腹立たしくて仕方がなかったのだ。ヤルダーは軽薄ではあったが、家柄で差別することだけはしなかった。シダモは屈辱に肩を震わせる。

 そこに空気を読まない音が響き渡る。バリバリと、何かが砕かれる音。音を立てたのはシェラである。一応佐官である彼女は、この軍議に嫌々ながら出席していた。いきなりの軍議召集で、朝食を食べ損ねたシェラは不機嫌極まりない。
 何事だと部屋が静まり返るが、素早く咀嚼して飲み込んだ為、誰にも気付かれなかった。
隣の大男が、チラリと見てきたが、全く知らないととぼけておいた。

「……まぁ良い。第3軍の始末はシダモ参謀。お前がつけろ。働きがよければ、使ってやらないこともない」

「はっ、全力を尽くします」

「――ふん。ところで、最近噂になっているらしい英雄殿はどこにいるんだ。腑抜けた第3軍で随分と活躍したそうではないか。本当か嘘かは知らんが」

 ダーヴィトが将校の顔を眺めると、ある一点で止まる。特徴的な黒鎧を身に着けた小柄な少女。この席に不釣り合いな人物。

「お前か? 敵に死神の異名をつけられた士官というのは」

「はっ、死神かは分かりませんが、シェラ少佐であります」

 シェラが敬礼を行うと、周囲から苦笑が漏れる。ダーヴィトは己の顎鬚を撫でた後、深く嘆息した。

「……ヤルダーも随分耄碌していたようだな。無様な醜態を晒したのも頷けるというもの。しかも己の権力を使ってこんな下賎な者に貴族の名を継がせるなど。階級は少佐だと? 軍隊は子供の遊び場ではないんだぞ」

「全く、反乱軍にしてやられるのも頷けますな。どういう指揮を行っていたのやら」

「――然り。この様では、鋼鉄師団などというのも所詮お飾りだったのでしょう。一撃で粉砕されるなど、ただのハリボテにすぎません。見掛け倒しですな」

「この小娘を無理矢理英雄に仕立て上げて、士気を上げていたのでしょうな。ククッ、実に涙ぐましい努力ではありませんか」

 呆れきった様子で、シェラを口々に馬鹿にする。失笑、嘲笑が含まれており、誇りある武人ならば激昂していただろう。だが、嘲りを受けた当の本人は、全く気にしていなかった。

「……次の戦で、然るべき功を挙げなければ、貴様の階級を剥奪する。下賎な小娘如きが、我々誇り高き貴族と肩を並べるなど、怖気が走る。本来なら、さっさと一兵卒に落としてやりたいぐらいだ」

「――はっ、シェラ少佐了解しました」

 ふんと不快気に鼻を鳴らすと、ダーヴィトは更に続ける。

「貴様が私と口を聞けるのもこれが最後になるだろう。全く、実に馬鹿げた話だ。ヤルダーの愚か者めが」

「ダーヴィト閣下。そろそろお時間が――」

 ダーヴィトの副官が注意する。彼の予定は完全に詰まっている。軍議の後は、ベルタの有力者達との打ち合わせ、更には歓迎式典も催されるのだから。己の威光を知らしめ、ベルタでの地盤を固める為に精力的に動く必要がある。野良犬に構っている時間は全くもってない。

「ああ、もう良い。第3軍の将官だった者は一人残らず出て行け。後は我々が決める。貴様達は精々己の剣でも磨いておれば良い」

 手を振り払うと、心底嫌そうな顔で退出を促すダーヴィト。
 気を利かせた将校が、会議室の扉を開けて、首で促す。さっさと出て行けと。第3軍だった者は仕方なくとぼとぼと退出していく。主を失った者の扱いなど、所詮はこのようなもの。誰一人文句を言うことなく、重い足取りで己の不幸を噛み締めていた。

――シェラだけは、にこやかな表情、軽い足取りで先陣を切って退出していたが。
 ようやく糞みたいな話が終り、待ちに待った美味しい食事にありつけるのだ。文句が出るはずがなかったのだ。





 兵舎食堂。シェラはご機嫌で朝食を取っていた。隣には副官カタリナ。黙々と食べている。上官に合わせて、ゆっくりと。ヴァンダーは騎兵隊の訓練状況を確認に向かっていた。
 ようやく食べ終わると、シェラは大きなため息を吐く。馬鹿の長話のせいで、どうも気分が宜しくない。

「お食事は、御済になりましたでしょうか?」

「ええ。とても美味しかった。まだまだ食べれるけど、今はこれぐらいで」

 どれだけ食べる気だと、カタリナは眉間に皺を寄せる。眼鏡が少しだけずれたので、指で慌てて戻す。

「……軍議はどうでしたか? 途中で退席されたみたいですが」

「ああ、顎髭つけた馬鹿がなんか言ってたわね。次活躍しなかったら、一兵卒に落とすとかなんとか」

「しょ、少佐! 他の者に聞こえたら、上官侮辱罪で牢に入れられますよ!
このベルタの最高指揮官なんですから」

 口元に手を当て、声量を下げろという仕草をとる。その本人の声が一番でかい。

「入れられたら抜け出せば良いのよ。そうでしょう?」

「そうなる前に、回避する努力をしてください!」

「そうね。貴方の言う通りよ。それじゃ頑張ってね、カタリナ少尉」

 笑顔で肩を叩くと、それじゃと立ち去っていくシェラ。後には、上官より更に深い溜息を吐く副官が残された。
+注意+
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