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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第一話 パンは美味しい

三人称の練習の為のお話。
オリジナルは初めてなので、試験的な作品です。
色々と悩みつつ試行錯誤中です。
 はじまりは、良くある話だった。
 戦禍に巻き込まれ、財産、食料、命が奪われる貧しい農村。不作続きで餓えに喘ぐ村人達の元に、容赦なく訪れた蹂躙者達。満足な抵抗すら出来ぬまま、剣、あるいは槍で哀れな命が刈り取られていく。

 村の至るところから悲鳴、絶叫が上がり、そして消えていく。
 欲望のままに嬲り、奪った後は家屋に火を掛けられ、痕跡一つ残すことはない。隙を見て村から脱出しようとした親子の背には、狙い済ました矢が射掛けられ、倒れ伏す。
 この地獄の釜からは、誰一人として逃げることは出来ないのだ。

 そんな煮えたぎる忌まわしい業火の中。
 痩せ細った一人の少女が、虚ろな瞳でボロ小屋に篭っていた。
身動きする気力と体力は、彼女には残されていない。少女の家族は逃げようと試みたが、途中で惨殺されてしまった。
 満足に農作業も出来ない少女は、村人だけではなく、家族からも厄介者だった。死んでくれればむしろ幸いだとも考えられていた。
 だからただ一人この家に取り残され、それが故にこの瞬間まで生き残った。包囲されているこの村から逃げる事など、誰にも出来なかったのだから。
 少女の心に、諦め、絶望、嘆き、悲しみ。色々な感情が入り混じる。

 だが、そんなことよりも、少女が強く思っていたのはたった一つだけ。たった一つの欲求が、それらに勝った。

 それは、『お腹が減った』という、人間の本能とも呼べる悲しくも浅ましい欲望だった。

 生まれてこの方、満腹になったことなどない。痩せた土地では満足な収穫も見込めず、その上に過酷な税が課されている。若者は徴兵で駆り出され、老人や女子供、身体が不自由な者で村は形成されていた。僅かに残された食料は、働ける者が優先される。狩りに出る者、農作業を行う者、子育てを行う者。
 何一つ十分に出来ない少女には、欠片ほどの食料しか与えられなかった。それでも生きていられるだけ、まだ幸せだとも言える。
 他の農村では口減らしの為、殺されることもあるのだから。


――だから、遂に蹂躙者が入り込んできても、少女は微動だにしなかった。侵入者がニタリと厭らしい笑みを漏らしても、少女は顔を背けなかった。体つきの良い兵士が、自分を押し倒そうと、手を伸ばしてきても振り払おうとはしなかった。

 大きな鎌を持った死神が、自分を見下ろしていても、恐怖を感じることはなかった。ただの幻覚か、それとも本物の死神で、自分の魂を刈り取るために待っているのか。
襤褸を纏い、白い仮面をつけた死神。だがそんな恐怖の死神が現れても空腹感は満たされない。
 死神と押し倒している男が重なって見える。いよいよ視覚がおかしくなってきたらしい。
少女は滲み始めた世界で、お腹が空いたと心の中で何回も呟く。
 少女の粗雑な衣服が乱暴に破られる。この後どうなろうと、最早どうでも良かったが、お腹はすいている。何か食べるものはないかと、少女は鼻歌交じりに辺りを見渡す。
 少女の突飛な行動に、押し倒していた兵士が怪訝な顔を浮かべる。視線が少女と合ってしまったとき、男は思わず後ずさる。何人もの人間を殺してきた、熟練の兵士が気圧されたのだ。

「お、お前は、一体――」

「……そう」

「な、なに?」

「貴方、とっても美味しそう」

 死神が取り憑いた男を見詰めて、少女の脳裏に浮かんだ事は、、
楽しそうに口元を歪め、歯を剥き出しにして思った事は、

『こいつの柔らかそうな喉元、とても美味しそう』だった。








 ムンドノーヴォ大陸における覇権争い、ユーズ王国とキーランド帝国の両国は、一触即発の様相を示していた。
 発端は昨年の大凶作からだった。凶作地帯の大部分を占めていたユーズ王国では、
食糧供給を他国からの輸入に頼らざるを得なかった。
 ところが、貿易相手であるドールバックス諸国連合が、突如として経済封鎖を宣告。
それに呼応して、キーランド帝国も不戦協定の破棄を一方的に宣告してきたのだ。

 元々ユーズ王国から独立した地域である連合、そして一応は停戦状態ではあるが、国境沿いで小競り合いを繰り返してきた帝国。王国の衰退は利益にこそなれ、不利益になどならない。いよいよ王国の息の根を止めんと連携して圧力を掛け、内部崩壊を狙ったのだ。
 この経済封鎖により、王国の財政は逼迫。民達に重税を課さざるを得なくなり、王国領で大量の餓死者が発生した。

 帝国は更に手を進め、現ユーズ国王の兄の遺児、アルツーラ姫を担ぎ出す事に成功する。
彼女に資金、兵力の支援を行い『王都解放軍』を設立させた。
 ブレーンとして帝国の青年士官を送り込み、副将には帝国第2皇子を就ける。
将来的には姫と婚約を行い、王国を乗っ取る算段なのは言うまでもない。
 解放軍側としても後ろ盾はなんとしても欲しい所であり、援助を拒む理由は見当たらなかった。傀儡とされる危険は承知の上だ。後継者争いで敗れ、散々に虐げられてきた彼らからすれば、帝国よりも現国王の方が不倶戴天の敵だったのだ。

 規模としては解放軍兵士総数は3万人と、そこまでの人数ではない。
 王国も当初はいつでも叩き潰せると放置し、帝国との小競り合いに力を注いでいた。
だが解放軍は本拠地『サルバドル城塞』に篭り、支配地域を少しずつ伸ばし、王国の圧制に苦しむ者の参加を呼びかけ続けていたのだ。
 その数は日に日に増しており、いよいよ見逃すことが出来なくなってきた。このまま増強を許していると、極めて厄介な存在になると王国首脳部は判断。
 王国はようやく重い腰を挙げ、窮する民から更に資産を搾り出し、出兵を行うことを決定した。






 ユーズ王国最前線に当るアンティグア支城。
中央国境地帯南部に位置し、帝国との国境線に睨みを効かせる重要拠点だ。ここから北部に、解放軍本拠地サルバドル城塞が存在する。アンティグアの城壁は多額の軍事費を注ぎ込み増強され、今まで幾度となく帝国の攻撃を跳ね返してきた頑強な城である。
 徴兵された新兵、雑兵と呼ぶに相応しい彼らはその半数がここに送られることとなる。
そして小競り合いで死ぬか、脱走して処刑されるか、生き残り端金を得るかのどれかを選ばされるのだ。
 勿論自ら望んで徴募に応じた物好きな輩もいるが、大多数の兵士が強制的に駆り出された若者達だった。

 顔色の悪い新兵に混じり、幸せそうな顔でパンと干し肉を頬張る彼女は、その物好きな輩に区分される。

「お前、相変わらず美味そうに食うな。そんなに美味くないだろう、それ」

「美味しいですよ。何せ、たくさん食べられますから。皆あまり食べたがらないので」

「腹が膨れるのと、美味い不味いは別問題だ。ったく、変わったヤツだ」

 新兵達を指揮する小隊長が呆れた様子で呟くが、少女は全く気にした様子を見せずに、水を一気に飲み干した。

「シェラの嗜好はどうでも良いじゃないですか。いつもの事です。それよりも小隊長、例の噂は本当でしょうか」

 初陣を経験していない小隊兵士が、心配そうに尋ねる。

「……何の噂だ」

 小隊長が厳しい表情で問い返す。

「いよいよ反乱軍に攻勢を仕掛けるってヤツですよ。お偉いさんもぞろぞろやってきたみたいですし」

 青年の言う所のお偉いさん。勲章を山ほど胸につけた大将やらの将官クラスが、ご自慢の親衛隊、参謀、そして兵を引き連れて乗り込んできたのだ。
 東部ベルタからの増援であり、アンティグア予備兵と合わせると、その数はおよそ10万まで膨れ上がった。久々の大規模動員である。
 数は十分、装備はそこそこ、錬度は言うまでもなく低い。いわゆる寄せ集めが半数を占めているのだから。


「……ああ。近いうちに命令が下されるはずだ。俺達はそれに備えて、訓練に励めば良い。生きるか死ぬかは、日ごろの訓練の成果と、お前の運次第だな」

「うわぁ。やっぱり本当だったんだ。俺はまだ死にたくないってのに……」

「ご馳走様でした」

 シェラと呼ばれた少女が、満足げに両手を合わせる。それを見た青年が思わず文句を飛ばす。

「お前さ、食うことだけじゃなくて、先のことも少しは考えろよ。今日のパンと肉よりも、明日の命の方が大事だろ!」

「私にとっては、今日のパンと肉の方が重要よ。貴方の愚痴に付き合ってるより、よっぽど有意義だから」

「この屁理屈クソ女!」

「クソ女で結構よ」

「おい新兵ども、そこまでにしておけ。ほら、食事が終わったらとっとと訓練に戻れ!」

 小隊長が一喝すると、2人は敬礼して駆け足で練兵場へと戻っていく。

 青年の方はごく普通の若者だ。運が良ければ生き残り、悪ければ死ぬだろう。歴史に名を残すこともない、ただの兵隊、消耗品だ。

 それは言うまでもなく、自分も含まれる。ただ運だけで生き延びてきたという、自負があるから。
 小隊長は煙草を吹かす。煙が目に沁みる。
 だが、あの女。まだ少女といっても良い年頃の女兵士は良く分からない。軍の徴募に自ら応募してきたという奇異な人間。
 年は16前後だろうか。出身地は反乱軍に占領された農村らしい。志願してきた理由は、『お腹一杯食べるため』というふざけたもの。剣もまともに扱えそうにない少女が合格した理由はただ一つ。
 血塗れの格好で、反乱軍兵士の首を10個程持参したからだ。大きな皮袋に、首と兵の所属証を乱雑に放り込んで。ご丁寧に自称解放軍の旗まで持ち帰ってきたとのことだ。

 本来ならば大いに怪しむべきだが、そこは我らが誇る偉大な王国。敵を殺せる力があるのならば何も問題はないと、即断で入隊を認めたという訳だ。
 その際に、敵を討ち取った褒美として、少ないながらも報奨金が授与されたようだ。
 そして何の因果か、こうして直属の隊員として配属されてしまったという寸法。
 小隊を指揮するこの男は、その経緯を聞いて溜息しか出なかった。

「ったく。何かわからねぇが、嫌な予感がしやがるぜ」

 少女が訓練で素振りを行っている大鎌を見やりながら、思わず男はため息を吐く。
 剣を持たせても、全く話にならない癖に、どこからか持ってきた鎌を使うと易々と捌いてみせる。
 少女が初めて訓練に参加した際『分不相応な物は持つな』と取り上げようとしたが、余りの重量に地面に落としてしまった大鎌だ。新兵が2人がかりで、ようやく持ち上げられる(振り回したりは出来るはずもない)そのイカれた大鎌。
 この貧相な体つきの少女が、何故自由に扱えるのかは疑問だったが、剣を扱うよりかは戦力になりそうなのは確かだった。少女は剣術の方は全くと言って良いほど見込みがなかった。
 仕方がないので特例として認めたが、やはり武器としては中途半端に思える。射程では槍には勝てず、斬る事においては剣に劣る。見掛けは立派だが、それだけの武器。
 あのような鎌を実戦で見かけない理由は簡単だ。人間を殺すのに向かないからである。

 だが、嬉しそうな顔で鎌を振り回し、藁で作られた人形に刃を突き立てる少女を見ると、嫌でも連想してしまうものがある。誰もが恐れるであろう忌むべき存在。
 黒装束を纏い、人の魂を狩る異形。死の間際に現れる不吉の象徴。

――死神だ。


「おいシェラ。お前本当にその鎌で戦うのか? 邪魔くさいは嵩張るわで、良い事ないだろ。いくらお前がとんでもない馬鹿力でもさ」

 先程の青年が、心配そうに声を掛ける。口は良くないが、それなりに人は良いのだ。

「普通の剣だと、しっくりこないから仕方ないわ。こっちの方が、私には『馴染む』のよ。どうしてかしらね」

 シェラが片手で鎌を振りかざし、歪んだ刃で藁人形の首を跳ね飛ばす。
 シェラの茶色がかった黒髪が、その勢いで左右に揺れる。長くもなく、短くもない肩ぐらいまで伸ばされた髪。鬱陶しいといった感じで、左手で払う仕草を取る。
 それを間近で見て、呆れた顔をしながら首を横に振る青年。

「全くそんなモノ、どこで手に入れたんだ? まさか、特注で作ったんじゃないだろうな」

「拾ったのよ」

「ウソ言え! そんな物騒なものがホイホイ落ちててたまるか!」

「どうしても知りたい?」

「教えてくれるなら、一応聞いてやるよ。話の種になるからな」

「……本当はね」

 急に声を潜め、妖艶に微笑むシェラ。いつものぶっきらぼうなものとは違うそれ。
 その表情に、思わずつばを飲み込む青年兵士。

「ほ、本当は?」

「――私、死神なの」

 耳元で告げられた言葉に、自分がからかわれたと気付いた青年が顔を真っ赤にして怒鳴る。

「こんのクソ女! 人が折角真面目に聞いてやったのに!」

「教えてあげたのだから、今度パンを頂戴ね。一緒にチーズもよろしく。約束よ」

 シェラが手を差し出したが、勢い良く跳ね除けられる。

「うるせぇ! お前なんか草でも食ってやがれ!」

 肩を怒らせて別の藁人形の元へと向かう青年。それを眺め終わると、シェラは再び訓練を再開する。

「草なら何度も食べたけど、美味しくなかったわ。苦くてお腹も全然膨れないし。人は馬や牛にはなれないもの。……今までで一番美味しかったのは」







「――あの時の死神ね」


 上段から縦一文字に大鎌を振りかざし、藁人形を真っ二つに引き裂いた。



 ユーズ王国軍第3軍団本部。軍団指揮官であるヤルダー大将の発案により、夜が更けると同時に奇襲を仕掛けることが決定された。夜の行軍はリスクが高い。脱走兵も発生する。

 奇襲を仕掛けるのは第3軍団でも精鋭と誉れ高い、ジラ少将麾下の総勢10000人程の師団である。この師団にアンティグア支城に配属されている予備兵を加え、敵本拠周辺に位置する兵糧貯蔵庫へ痛烈な一撃を仕掛けるという作戦だ。
 作戦が目論み通りに成功すれば、解放軍に致命的なダメージを与えることが約束される。

 当然敵の警戒も厳しいだろうが、『我が軍の精鋭ならば必ずや撃滅するだろう』というヤルダーの言葉の下、居並ぶ将校達の賛成多数によりこの作戦は決行されることとなる。
――シェラの所属する小隊も、名誉な事にこの奇襲作戦への参加が決定された。
 本人達にとっては不幸な出来事だろうが。戦えば死ぬ。死ぬのはかき集められた兵卒達からだ。

 この奇襲作戦は2段構えで構成されている。
 参謀達は、奇襲成功の後、反乱軍が必ず追撃してくると予測。
 その追撃進路上に、砦に篭っている第3軍の半数を伏兵として、森林地帯に配置することにした。
 そして、まんまとやってきた敵追撃部隊を包囲、完全に殲滅に追い込むという筋書きである。
 上手く決まれば、今回で王都解放軍を名乗る逆賊共を一撃で崩壊へと追い込めるだろう。

「……成功するかな、この夜襲。何だか不安だぜ」

「さぁ、どうかしら。ただ食料貯蔵庫は楽しみ。一杯ご飯があるものね。選り取り見取り間違いなしよ」

 粗悪な鎧を身に着けた青年とシェラが、小声で話しながら行進する。辺りは完全に闇に包まれている。奇襲作戦の為、当然ながら篝火は厳禁だ。静まり返った森林地帯を、兵士達は息を殺してただひたすらに進んでいく。

「……前から思っていたんだけどさ。お前の頭の中は、食うことだけか? もっと他にも考えることがあるだろうに」

「そうよ。知らなかった?」

「全く、お前は幸せそうで羨ましいよ。……俺はさ、怖くてたまらない。もう二度と帰れないんじゃないかといつも思う。まだまだやりたい事が一杯ある。死ぬのがとても怖いんだ」

 青年は震えを押し隠すように、拳を握り締める。
 シェラは小袋から、煎り豆を取り出して口に放り投げた。渋味が口内に充満する。どうやらはずれのようだ。

「死んだら怖くなくなるから、良かったじゃない。余計な心配をする必要がなくなるわ」

「……お前も死んだら腹が減らないから、良かったな。死人は腹が減らないぜ」

「それもそうね」

「そうだろう?」

「おい、静かにしろ! 敵に聞こえるぞ!」

 小隊長の声が一番でかいと思いつつ、顔を見合わせた後2人は押し黙った。

 ――もう1時間は進軍しただろうか。それとも2時間だろうか。先鋒はすでに攻撃を仕掛けているのだろうか。そもそも、自分達は、本当に発見されずに奇襲など出来るのだろうか。
 青年は、自問しながら歩を進める。物音を出来るだけ立てないようにしながら。
 先程の問いの答えは、この直後に分かった。いや、分からされたというべきか。

『――王国の間抜けどもめ!! ここで一人残らず死ぬが良いッ!!』
『弓隊ッ、斉射開始! 皆殺しにしろっ!』

 威勢の良い号令と共に、周辺の木々の合間から篝火が灯される。
同時に、風を切るような音と共に、火矢が王国軍へと放たれていく。

「て、敵だ!! 反乱軍の待ち伏せだ!!」

「な、なんということだ! 奇襲は見抜かれていたかっ! とにかく退け、退けッ! 退却だッ!!」

 奇襲部隊を率いているジラが、怒声を上げながら命令を下す。敵の油断を突き、一気に潰走へと追い込むのが『奇襲』というものである。それが待ち伏せを喰らっては、立場は逆転する。まんまと誘い出された格好の獲物という事だ。指揮官は直ちに態勢を立て直さなければならないが――。

「火の回りが早すぎる! か、閣下、油が撒かれています! も、森の至る所から火の手がッ!!」

「とにかく血路を開くのだ! このままでは全滅するぞッ!」

 奇襲作戦そのものが反乱軍には筒抜けであり、進軍経路上の森林地帯にはあらかじめ、干草と大量の油が撒かれてあった。そこに大量の火矢が降り放たれる。
 混迷状態に陥ったジラ師団に、成す術は最早なかった。森林にて焼け死ぬか、外に出たところを敵の歩兵隊により串刺しにされるか。
 指揮官のジラ少将は、何とか脱出しようと兵を叱咤し続けたが、最後は反乱軍の将に討ち取られた。
 その顔には、日頃の自信に満ち溢れた表情は一切なく、『死にたくない』と絶叫しているかのようなものだった。

 シェラ達後続に位置する小隊も、炎の渦に飲み込まれようとしていた。矢は止むことはなく、間隙なく降り続いている。激しい乱戦で小隊兵士にも戦死者が出た。
 戦死したのはシェラの顔見知りの兵士達で、以前彼らにはパンを奢ってもらったことがある。ポケットにいれた小さなパンの切れ端を、口に放り投げ咀嚼する。
 もう奢ってもらえなくなるのは、とても残念だった。

「このままこうしていても焼け死ぬだけだ。一か八か森の外に出るしかねぇ。覚悟を決めろ」

 小隊長が声を押し殺して、兵士達に告げる。

「し、しかし小隊長。外も完全に包囲されているんじゃ」

「そんときは運が悪かったと諦めろ。嫌ならここに居ていいぞ。軍規違反には問わんからな。ただし、焼け死ぬのは俺が保証してやるぜ。……腹を決めた奴は剣を抜け。俺の合図で一気に突撃だ」

 小隊長と壮年の兵士達が、得物を構えて右側面を見渡す。木々の切れ目からは平野部が見えており、敵兵の姿も見当たらない。当然ながら、兵を伏せている可能性は十分にある。
 前方からは黒煙と悲鳴、火の手が上っており、それぞれの兵士達が決断を迫られている。

 後方にいた別の小隊が、奇声を上げて平野部へと躍り出た。それと同時に小隊長も号令を下す。

「突撃開始ッ!! とにかく突っ込め!!」

「うわあああああああああああああああああ!!!」

「進め進め! 後ろを振り返――」

『――放てッ!』

 小隊が果敢に飛び出たところを、矢が水平に飛んできた。今か今かと解放軍兵士は待ち続けていたのだ。敵に見つかるように待ち伏せする兵隊などいない。偽装し、矢を番え、槍をしごいて殺意鋭く息を潜めていたのだから。
 後続にいた別の小隊は、既に壊滅状態だった。矢が突き刺さった死体が散乱している。
 先陣を切った小隊長の額には矢が貫通していた。胴体にも鎧の上から数本突き刺さり、悲鳴を上げることすら出来ずに小隊長はあっ気なく戦死した。

 青年は幸か不幸か、肩と右膝を貫かれただけで致命傷は負わなかった。だが運命は変わらない。早いか、遅いかの差だけだ。弓から槍に持ち替えた敵兵達が、ジリジリと間合いを縮めてくるのだから。周りのの負傷した小隊員達も、既に戦える状態ではない。
 援軍もない。後ろの小隊は既に黄泉路へと旅立っている。

「う、うああッ!」

 体勢を崩しながら、剣を相手に向けるが意味はない。剣を放り投げて降伏しようかと考えるが、すぐに振り払う。一兵卒を捕虜にとることなどしないだろう。
――自分はここで死ぬ。
 青年は心の底から死にたくないと祈った。

「小隊長、死んじゃったわね。色々と食べ物を奢ってもらったのに。本当に残念ね」

「――え?」

 シェラのいつもと変わらぬ声が耳元で聞こえたかと思った瞬間、何かが敵兵に突っ込んでいった。あまりに素早くて、青年は目で追うだけで精一杯だったのだ。
 そして、赤い血飛沫が篝火の中を舞うど同時に、悲鳴が轟く。

「う、うぎゃあああああああああああああああッ!!」

「よいしょっと」

「――な、なッ!」

 大鎌で敵兵の右腕を切り落し、その隣で呆然とする男の首を跳ね飛ばした。
 鎌の切れ味は鋭く、まるで雑草でも刈るかのように、解放軍兵士の首は刎ね飛んでいった。
右腕を飛ばされた男は、何が起こったか分からないといった様子で倒れ伏せた。
 出血が激しいため、死は避けられないだろう。

「おい、何をしているんだ! 相手はたった一人だぞ! 囲んで突き殺――」

 指揮を下そうとした隊長格らしき男の顔面に、鎌の先端の直刃が突き立つ。そのまま横に凪いだ為、顔面が歪な形に切り裂かれた。いつの間にか、鎌の射程距離まで接近していたらしい。

「ひ、ひいいいいいいッ!!」

 敵兵の悲鳴が響き渡る。先程まで生きていた人間の惨状を見れば、誰でもそうなるだろう。

「数が多いと、結構面倒くさいわね。でも、一人残らず殺すわ。反乱軍の連中は皆殺しよ」

 独り言を呟きながら、繰り出される槍を飄々と交わしていく。その度に相手の頭上に大鎌の先端を深々と突き刺していくのだ。辺りはあっと言う間に血の海と化す。物言わぬ屍が散乱する。

 恐慌状態に陥った解放軍兵士が、震えながら矢を放ってくる。シェラは鎌を回転させて、何でもないかのように払い落としていく。
 まるで伝説に出てくる豪傑や英雄のようだと、青年は思ってしまった。

 一人、また一人と敵兵が後ずさっていく。
 気迫で打ち負けたとき、雪崩をうつように軍隊は崩壊していくものだ。
 シェラが薄ら笑いを浮かべて、右足を出した瞬間。

「――た、助けてくれ! こ、こいつは死神だ!!」
「ば、化け物だ!! 勝てるわけがねぇ!」
「こんなところで死にたくねぇ!!」

 生き残っていた数名が、悲鳴を上げて退散していく。
 シェラはそのうちの一人に狙いを定めると、手にしていた大鎌を勢い良く放り投げる。
鎌は前方の大木に突き立ち、その途上に位置していた兵士の体は二つに分かれ、ピクピクと臓物を垂れ流しながら痙攣を始めた。即死である。

 青年と、生き残った小隊兵士達が呆然としている中、シェラは小走りで大鎌を取りにいく。鎌を肩に構え、炎を背景にして心底嬉しそうに微笑む姿。
 顔は血塗れ、鎧も血塗れ。鎌には肉片や内臓やらが付着している。直視できない惨状である。

「…………」

「ひ、ひいっ!」

「……どうしたの? 顔が青いわよ?」

 濃厚な血の臭いが充満する中、死神が、青年の下へ向かってくる。ゆらめく明かりが映し出した、シェラの影。
 黒襤褸を纏ったかのような、髑髏の化け物が青年の視界に映し出される。不吉な大鎌が、ゆらゆらと揺らめいている。次の獲物を求めるかのように。

 それが、青年が意識を保っていられる限界だった。
+注意+
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