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民警官は、ひた走る! 作者:春夏

プロローグ

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プロローグ

 ここは旧市街。あたまに超が三つ付くぐらいにくそったれた、俺たちの仕事場だ。

 足を踏み入れて十分もすれば、正装姿の死神があっという間に誰かの命をかっさらう。

 そんな仕事場に半月ぶりに復帰すれば、死にゲーとしか思えないどうあがいても絶望クラスの窮地が次々に押し寄せ、それらをどうにか切り抜けた先に待ちかまえていたのは、あれだ。

 揺らめく炎の紗幕の向こう側で鳴り響く、腹を揺り動かすような低く濁った駆動音と、なにかが爆ぜる音。地響き。廃ビルの倒壊音。熱風が土埃を高々と巻き上げ、濃厚な砂埃の霧を黒煙の頭上に生み出す。また地響き。地響き。足音のように続く地響き……。

 強化服スーツのスクリーンが眼球の動きを読みとり、俺の視点が拡大表示されると立ち籠める炎塵の中から、ぬぅっと、ひどくひしゃげた鈍色の頭が躍り出てきた。摩天楼と肩を並べるそいつは朽ち果てていたはずの巨大ドローン――レックス。

 全身を金属とセラミックの積層構造で覆われ、内側は人工筋肉やナノチップがぎっしり詰まっている。それを支えているのは鳥脚型の二本足。摺り足のような歩容だが、爪先をしっかりと地面に突きたてて、アスファルトの道路を板チョコのように砕きながら進撃している。

 とある怪獣好きの研究者によって設計されたレックスは、実験導入から一ヶ月も経たずに稼働中止となり放置されていたはずだったが、テロリストの生み出したウイルスによって覚醒し、そして暴走したのだ。

 レックスが開口し、光学兵器を吐き出した。家屋を超える身の丈から照射された光線が廃ビルを肩口から斜めに切断し、曇天の空を切り上げる。この攻撃であちらこちらで火災が生じ、燐粉のように火の粉が強化服に纏わりつく。

 それでも悲鳴を上げる者はいない。ここでどんな地獄絵図が繰り広げられようと、嘆く者はいない。なぜならここは旧市街。煤けた色の廃墟ばかりが肩を寄せ、風が吹けば灰塵が舞い上がり、夜になれば闇が支配するゴーストタウンなのだから。

 過疎化によって機能を果たせなくなった街――旧市街は、右肩下がりを続ける国内総人口に反比例して増殖し、今やちんけな泥棒からテロリストまで潜伏する無法地帯となった。

 国の予算から管理費を捻出するとオリンピックによる経済効果がふっ飛ぶぐらいの経費が毎日のようにかかるので、政府はてっとり早くコンクリートの絶壁によって居住区と隔てる方法を推し進め、内側の警備を給料の要らないドローンと、俺のような警察もどきに一任した。

 レックスを睨み上げた時、両腕から震えが伝わってきた。

 俺が抱きかかえていた彼女に目を向けると、彼女はすがりつくように手を伸ばしてきた。

 上半身の装甲が抉られた強化服から身を起こそうとする様は、まるで繭から目覚めようとする蝶のようだった。「お願い……」

 その眼差しは、驚くほど強かった。

「ヤツを、倒して……拝托ピンイン

 数年もこの仕事をしていれば言葉のすべてを額面通り受け取るほどのウブさは消える。『殺人犯にも同情すべき動機が』などという社会的な悪者が実は善人でした系の話を耳にしたところで動揺はしない。
そんな俺でも今の言葉は。彼女の終の信託だけは何があっても叶えたかった。

 がっくりと彼女の手が落ち、肩から流れた鮮血が指先から滴り落ちる。女神のような美貌だが、彼女の死顔は安らかにはほど遠い。インナースーツも引き裂かれ、下半身の装甲の裂け目からは血とも潤滑油とも判別のつかない液体が滲み出している。時折大きく足が動くが、これは強化服が筋電流を操作信号と感知したことで勝手に動いているだけ。

 強化服の吸気フィルターが故障したのだろうか。それまで断絶されていた、血と燃える金属の臭気が渾然となって鼻孔に届き、死が嫌というほどのリアリティーをもって迫ってきた。

 理想を実現しようとするあまりテロリストへ変貌し、そして己の過ちを悔いたまま彼女は死んだ。犯罪者を擁護する気はないが、せめて罪滅ぼしを終えてからでもいいものを。まったくもって、死というのは理不尽で容赦がない。

 たかが一機の強化服がレックスに挑むのはおこがましいだろうか。一匹の蟻が騒いだところで星の軌道は変わらない。それどころか星は蟻の存在にすら気付かない。そうとわかっていても。例え可能性がゼロに近くとも。それでも精一杯、悪あがきはさせてもらう。今の俺には職務だけでなく、彼女の遺言を叶える義務があるんだ。

「TAS、起動」

 音声入力を合図に、合成獣の表皮を覆っていた流体金属が動き出す。基礎骨格の防御も兼ねているそれが動けば、合成獣の外見も大きく変わる。胸部に埋め込まれたメインジェネレーターが露わになり、四角張った肩や脚部が丸みをおびる。無骨だった合成獣が猛禽のようなフォルムに変形し、細くなる体躯とは逆に流体金属の集合先である背部は徐々に盛り上がる。

『交戦データから女王蜂の背翼を複製。展開まで5、4、3、2、1……』

ばさっと、巨大な翼を打ち下ろすような衝撃の後に、天使のような銀の背翼が合成獣の背中に生えていた。「君の力をかりるぞ」

 できるだけ安全な処に彼女の遺体を下ろす。もしも彼女が今の合成獣を見れば驚くだろう。重量級だったはずの合成獣が流麗で鋭角的な姿に変貌し、女王蜂と同じ四編背翼まで装備しているのだから。
俺はハンドグリップを握りしめると、思いきりフットペダルを踏み込んだ。

 ほんの一瞬の浮遊感に包まれた次の瞬間、分厚い空気の壁にぶつかったような衝撃に圧される。電線や高架線、さらにはビルさえ飛び越えて、ついにレックスと同じ目線に飛翔した。

 ライフルをかまえるとロックオンカーソルがレックスの後頭部を捕捉し、全自動フルオートで射撃補正が行われる。スクリーンの右下に表記された『9』という数字は、装備中のライフルの残弾数。挨拶代りにこれら全弾叩き込むと、お返しとばかりに光線が照射される。猛然と吼えた光学兵器が寸前まで合成獣がいた空間を嘗めるように貫通する。建物の合間を縫うように飛行して回避すれば、今度は無数の誘導弾が押し寄せてきた。

 打ちっ放し能力をもったこいつらを回避する為、合成獣を急降下させる。

 地上を肉眼で捉えると左右のハンドグリップを同時に引き上げて機体を持ち上げてやれば、合成獣は背翼の唸りを残して道路を蹴立てるがごとく超低空を横滑り。それと同時に後方で着弾音が続けざまに轟く。合成獣に追尾できなかった誘導弾が地面に衝突したのだ。

 だが、さらにその後方からついてきた残り数発の誘導弾が、緩い曲線を描いて追尾に取り付いてきた。思わず舌打ちしそうになるが、妙案が浮かんだ。

 レックスの股をくぐり抜け、胴体を下からなぞるようにはてしなく上昇を続けると、頭部の脇ぎりぎりをすり抜けて上昇した。追尾していた誘導弾は俺の動きについて来ることができず、レックスの胴体に次々と着弾。今だ。爆煙の帳を突っ切ってレックスの頭部へ奇襲をしかける。

 ハンドグリップを握りしめてドアノブのように回すと、合成獣の右腕から刀剣ブレードが伸びる。俺はその切っ先を突き出してフットペダルを踏んで加速。かすかな勝機を盲信して、俺は雄叫びを上げ
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