カノン
硝子と秋のマンションで初めて逢った美村蒼は 数々の海外のコンクールで賞を獲得している若手NO1ピアニストだ。
父親は昨年ウィーンフィルでも振った指揮者、美村創一朗 。母親は ピアニストの美村小夜子。
正真正銘のサラブレッドだ。
確か 私たちより五つ年上だったと思う。
香音と友達になってからクラシックを聞くようになったから、有名人なら少しは判る。
今年から美村創一朗さんは、パリのオペラ座の常任指揮者だ。
「香音 なんかおとなしいね?」
ニヤニやしながら英明が私に話しかけた。 私もそう感じていた。
そうなんだ。香音の雰囲気が何処かしら違う?
「そ そんなこと無いよ!いつもと一緒でしょ?」
毛を逆だてて怒ってる。図星何だろうな?キット・・・
香音は 蒼さんに好意を持ち始めている。けれど香音自身 自分の気持ちに気付いていないのかも知れない。もしかしたら、自分の中に初めて生まれた感情に戸惑っているのかも?
それはそうと、肝心の若夫婦は何処へ行ったの?
二十畳はあろうかと思えるリビングに二人の姿は無い。存在感のある黒いソファーには香音と美村さんが座っている。まだ学生の二人らしく、作り付けの本棚にはビッシリと経済や法律の専門書と、硝子の大好きな小説が並んでいた。秋が好きなオーディオが無機質な光を放っている。右と左にあるドアの片方が寝室 片方が書斎だそうだ。
「ねえ硝子? 部屋見ていい?」何処にいても聞こえるだろうと思って大きな声を掛けた。
「いいよ!散らかってるけど」キッチンから硝子の声が聞こえてきた。
「昼飯 まだだろ?食べるだろ?」秋も一緒にいるみたいた。
「おお。まだ色々打ち合わせしないといけないんだよ。」英明がいつの間にか私の後に立っている。
「もう少し待ってね?」硝子がすまなそうに返事をした。
英明と一緒に左のドアを開けた。此処は書斎のようだ。
六畳程の部屋は二つの机と沢山の本で溢れていた。二つの机の間にはデスクトップのMacintoshがあり、秋の机と思われる方には同じくMacintoshのノート型があった。シンプルな白いデスクが真新しい。
秀才の二人の知識が詰まっている部屋だ。
「らしいな?」英明も同じ事を考えているみたいだ。
右のドアを開けると私は思わず歓喜を上げてしまった。
「きゃー可愛いい!メチャクチャ可愛いい!」
その声に驚いて、香音と蒼も入って来る。
「素敵!まるでプリンセスのベットみたい」香音が瞳を輝かせて叫んだ。
そこには、ヨーロッパの宮殿にでもあるような天外つきのベッド。最近は天外つきのベッドも見掛ける様になったがここまで本格的な素敵なベッドは余り見たことは無い。白いシーツにはレースと刺繍が施されている。
ポカンとしている英明の後ろから秋が顔を覗かせた。
「柄じゃないだろ?」
「あ〜 いや何と言うか〜硝子の趣味か?」顔を真っ赤にして英明が秋に返す。
確に秋のイメージではない。いや、硝子のイメージでもないような気がするんだけど?
二人ともシンプルな北欧のインテリアが好きだといっていた。
「硝子の母親のたっての願いなんだ。昔うちの母さんと話していたんだそうだ。娘が結婚したら絶対 こんなベットを持たせるんだと・・」いつもぶっきらぼうな秋が照れたように真っ赤な顔をして教えてくれた。何だか違う人みたい。秋は硝子に出会ってからずいぶん変わった。硝子も秋と暮らし初めて呆れるぐらい変わった。勿論いい方向に。
しかし、秋がどんな顔をしてこのラブリーなベッドに寝ているのか? キャー 想像したらこっちが赤面するわ。
「何 一人でにやけているんだよ。気持悪いな?」英明にほっぺたをつねられた。
「出来たから座って!」ダイニングテーブルには食欲をそそるチキンのハーブグリルと、サラダ。フレッシュトマトがたっぷり入ったパスタが並んでいた。
「硝子って料理出来た?」香音が驚いた声を上げた。それは、英明と私も感じたこと。だって、高校時代はそんなそぶり見せなかったんだから。
「あー こいつ こう見えて結構上手いんだよ。煮物なんて絶品だぜ。」
硝子に代わって秋が口を開く。秋ってこんなに喋った?いつもムッツリして、何か尋ねても最小限でしか答えなかったのに・・・
「ハイハイ。新婚さんはお熱いこと。」香音の毒舌が炸裂しそうになる。
「じゃあ秋君と硝子さんの結婚を祝って乾杯しましょう?」蒼が香音の声を遮ってにこやかにワイングラスを持った。爽やかな微笑みが香音に注がれている。ハァ まるで王子様だよ。
テーブルにはキッチン側に硝子、秋、英明が座り、向かいには私、隣に香音、そして蒼さん。
英明と硝子はノンアルコールのビールを、他の四人は蒼さんの持ってきたワインをグラスに注いでいる。
「「カンパーイ」」
食事をしながら、式の打ち合わせが始まった。人数が人数だから、あまり凝ったことは出来ない。バイキング型式にすることはホテルとの打ち合わせでわかっている。ただ、座席をどうするかだ。誰と誰が友人かだなんて、いくら顔の広い英明と私でも全て把握していない。これで夕方から頭を捻っていたのだ。
「そんなの来た順でいいじゃない?どうせ友達同士なら一緒に来るんだし、男子なら少し席が離れてもどうってことはないんじゃない? バイキングだから席は代れるとおもうけど。先生の席だけ決めておけばいいじゃない!」
硝子の合理的な面が顔を出す。
「それでいいよ。このパーティーは堅苦しい親戚はいないんだし、俺たちもテーブルを回って話ができるしな?」
硝子と秋が目と目で分かち合っている。二人の周りだけ温度が二度ほど高いんじゃないの?
・・・ヤッテラレナイワ・・・
「じゃあ、香音と蒼さんのリサイタルは途中の硝子のお色直しの後でいい?」
「ええ。それでいいわ。三曲ぐらい演奏するつもりだから!」
「ね?」
香音と蒼の回りも何だかピンク色に染まっている。
もう 当てられに来たみたい。
『ピピ ピピ 』誰かの携帯が鳴った。
「ごめんなさい。僕だ。」
蒼が椅子に架けていた上着から携帯を取りだしベランダの近くで耳に当てた。
「もしもし。三村ですが?」
「えっ!瑠璃が?・・・はい・・・はい・・・・ いや、今大阪に居るんだ・・・・判った。世話を掛けたね。ありがとう。今からそちらに向かうよ・・・・うん。両親には僕から連絡しておく・・・うん。ありがとう・・・・・今から発つよ。東京駅に着いたら連絡する・・・じゃあ」
蒼の口調からただ事ではないと判る。香音も心なしか震えているみたいだ。
「何かあったの?」香音が蒼の青い顔をみて尋ねた。
「瑠璃が、妹が倒れた。今 彼女の友達からだった。主治医が両親に連絡を取ってくれといっているらしい。」蒼の表情から、余り良い状態では無いことが判る。何事にも動じない冷静な普段の蒼からは考えられないほど動揺している。
「直ぐ東京行きのチケットを用意するわ。」香音がバックから携帯を取り出した。
「いや、京都駅で直接買ったほうが早い。俺飲んでないから送って行きますよ。」英明が既に立ち上がっていた。
「悪いけど頼むよ。秋君達にも迷惑かけるね。パーティーは大丈夫だから、後の事は香音に任せる。良いね?じゃあ、行ってくる。」
「着いたら電話してね?何時でも良いから。」香音が玄関で靴をはいている蒼の背中に声を掛けた。
「うん 判ってる。大丈夫だから。心配しないで。ね?」蒼は香音のオデコにキスを落として今にも泣き出しそうな彼女を抱き締めていた。
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