殺されたから殺すのです
お姉ちゃんが殺されました。
だから、私は一生相手を許さないでいようと思ったのです。
声が聞こえる。
幻聴だ。当たり前だ。ここは完全に締め切られた部屋で、外の声が聞こえるほど私の耳はよく無いし、第一上から寝具を被っているのだから余計に。
汚れひとつ無いシーツに身をうずめ、長い髪を広げながら少女は丸くなった。身を守るように。
外は怖いところだわ。だって、人殺しがいるんですもの。
だから少女は丸くなる。そんなことをしたって身など守れないと分かっているというのに。
外に見える日差しを見て、ああきっと私のこんな行動は、朝の遅い怠け者で世間知らずのお嬢様と内心で見下されるのでしょうね、と思った。
これでも、他の貴族よりは早いし、しっかりしてるのに。
お姉さまの基準で考えないで欲しいわ、と少女は瞳を閉じた。
郷に入りては郷に従えという言葉を知らないのかしら、と怒りか憤りか絶望からか涙を滲ませ、少女は思った。
わたしのおねえちゃんは、とってもわがまま。
じぶんかってだし、わたしのおにんぎょうさんもってっちゃうの。だからわたしはやさしくないおねえちゃんはだいっきらい。
でもたまに、おかあさんのつくってくれたおかしをはんぶんくれるし、せんせいにならったってこと、おしえてくれるの。
だから、そんなやさしいおねえちゃんはだいすきです。
ずっとやさしいままのおねえちゃんでいてくれたらいいのに。
あと、おにんぎょうははやくかえしてほしいです。
――とある子供の日記。
ここはいわゆる幻想が身近にある世界。
この世界の人々は、一定確立で特殊能力を持っている。もっとも、それはごく少数だ。天から与えられたといわれるその能力は、ギフトと呼ばれていた。
まあとにかくそんな僅かな超常現象は存在していたが、それはとても少ないため、大抵の人々は普通に暮らしていた。
またその世界は、貴族と平民などにより構成されている世界だった。
お姉ちゃんはある日おかしくなった。
今まで興味もなかったはずの軍事や経営に興味を示して顔を突っ込んで、そうして知らないうちに妙な人脈まで作ってた。そうしてその人たちは皆言うの。――こんな根っからな貴族と言うような家庭で、よくぞこんな素晴らしく育ってくれたものか、って。
平民だけど軍で取り立てられてる人や、貴族だけど変わり者な、そんな人たちは皆そういった。そうやってお姉ちゃんを褒めて、お父さんとお母さんを馬鹿にした。お金を使ってばかりの、典型的な貴族だって。
一緒にお話しましょう、っていっても、お姉ちゃんは微妙な顔をするばかり。仕立て屋や、ドレスの新型、どの子息が夫にいいかなどの話を、お姉ちゃんは心底馬鹿にしたような、見下したような、哀れんだような目で見てきた。そうして小さく言ったの。――仕方ないか、この時代の貴族なら。そう、育てられちゃってるんだし。
そんな風に育てられてかわいそうに、という雰囲気で。そうして同時に、自分はそうでなくてよかったと見下して。私はお姉ちゃんの、そんな上から目線の瞳が大嫌いだった。だって、馬鹿にされて嬉しいわけがない。
それからお姉ちゃんは、やれ商人と新規開拓の下見だとか、軍人と今後の兵の教育方法だとか、大臣と税についてだとか話していた。私には、分からない。でも私にもひとつだけ分かることがある。
それはあのお姉ちゃんが――ううん、あの女が、人殺しだってことだ。
あれはお姉ちゃんじゃない。私には分かる。なんでかっていうのはとっても簡単。それが私の――ギフトだからだ。
目の前の相手の"背景設定"を知ることが出来るのが、私のギフト。
まるで物語の登場人物の紹介みたいに、私は相手の今までの背景が見えるの。
~~出身。~~を志し~~に入学。そこで~~と出会い軍に入隊。現在は~~の任についている。~~へは好意を持っているようだ・・・・・・みたいに。
だからね、お姉ちゃんの後ろにも見えるのよ。
だからね、分かるの。お姉ちゃんがもうお姉ちゃんじゃないんだって。
だって見えたの。よく分からない単語もあったけど、分かったのよ。
■■■■。以前は日本でごく普通の大学生をしていた。専攻は経済、歴史。それらにはマニアックな知識も持つ。トラックにはねられ気が付いたら現在の体だった。本人は、自らはあの事故で死に、こうして今この体に憑依しているのだろうと思っている。もしかしたら乗っ取ってしまったのかもと言う罪悪感はあるが、それよりも今はこの国の制度を何とかするのに夢中。体は幼いが中身は大人のため、神童扱いは少し心苦しく感じている。現行の金を使うしかない暇をもてあました貴族には嫌悪感を抱いている。
――本当に、勝手なことだ。
だから私は、あの女が大嫌い。
でもあの女は国の重要人物に大層目をかけられているから、何も出来ない。
中身が大人なんですって。でも見た目は子供だから、過剰評価。そうよね、それは出来がいいわよね、中身が大人なんだもの。
ずるよ。
私はあの女が大嫌い。
「お姉さま、おはようございます。また今からお仕事ですの?」
私の声に反応してあの女が足を止め、困ったのに捕まったとばかりに微妙な表情を浮かべた。
そんな心の機微など読めぬとばかりに私はどこまでも貴族の令嬢らしく声を発する。
「ねえ、またお時間のあるときにでも、一緒にお茶会でもしましょうよ。お姉さまお仕事ばかりで、疲れてしまいますわ」
私のその言葉に、姉は「むしろ貴族の馬鹿娘連中と過ごすほうが疲れるっつーの!話わけわからんしループしまくるし!」とばかりの表情を浮かべている。
そんなの分からない甘やかされた貴族の娘という設定の私は、そうですわと手を合わせた。
「お姉さま静かなのがお好きですから、姉妹水入らずでお茶会もいいですわね。ふふ、幼い頃以来ですわ。ある日からお姉さま、いきなり勉強に目覚めてしまって私置いてきぼりでしたもの」
そうして上手く丸め込んで、また絶対にお茶会をしましょうねと約束を取り付けた。
しましょうね、しましょうね。絶対に、約束ですよ。
つい、と唇を撫で、小さく笑った。
思った事はけして口には出さない。誰かに聞かれたら台無しだから。
ああ楽しみです。なんて楽しみなのでしょう。
唇が自然に笑みを形作った。
準備は万端。お茶も特製のものですし、絶対に失敗なんてありません。困ったギフトの持ち主は、今は丁度遠征で隣国へ行っているし、帰ったときにはもうおしまいでしょう。ふふ、うふふ。姉妹水入らずだからと人払いをすれば、発覚も遅くなりますでしょうしね。
ああやっと、あれを殺せる。
毒入りのお茶も準備した。毒は猛毒、即効性。
やっかいな毒消しのギフトの男も今はいないし、移動のギフトも余所にいる。
流石に生き返らせるギフトなんてありはしない。
ああやっと殺せるのです。
それがとても嬉しくて。
両親に醜聞が行かぬよう、私も共に死に、何者かの毒殺に見せかけるという事実も全く気にならなかった。
お姉ちゃんが殺されました。
だから、私は一生相手を許さないでいようと思ったのです。
それの何が悪いのですか。
憑依系トリップに乗っ取られちゃった子の妹の話。家族奪われたし好き勝手されたので耐え切れず。
憑依側は、チート知識もちの財政系物語をイメージ。