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ダンジョンキャロライン

作者:sat
 神の血肉を頂く聖餐式を執り行う。神を信じぬ者は死刑。
「愛する兄弟達、今この日に聖餐の恵みに預かったことを感謝しましょう。自らを省みて、信仰を持ってこの聖餐に預かりましょう。人は罪のため、地の底より這い出る悪魔より死と苦しみを味わっています。しかし神は我々に、神の子としての命を賜れました。神は我々にそのことを忘れさせぬようこの聖餐を定められました。その恵みに感謝し、再生の日来たる時まで忍耐を持って奉仕しましょう。神が我々を愛されたように、我々も互いに兄弟として愛し合うべきます。聖餐の式を通して格別な神の恵みを得ます。古き兄弟達は我々のために命を捨てました。それによって我々は愛が分かったのです。次は我々が新しき兄弟達のために命を捨てましょう。そしてより深い恵みと愛とを知らせてください」
 従軍牧師が両手を、パンと葡萄酒を満たした杯の上にかざして祈る。
「神よこのパンと葡萄酒とを聖別してください。信仰をもって受ける我々一同を恵み、強め、奉仕を出来るようにしてください。兄弟達よ、失われた血肉が我々のために流されたことを忘れぬため、感謝して味わいなさい。取って食べなさい。この杯から飲みなさい」
 兵士達が、士官、下士官、そして王すらも貴賎階級の別無く順にパンを手に取って食べ、葡萄酒を飲む。神の前では平等。
「これは神との契約の血肉です。そして古い兄弟達から失われたものです。救いを信じなさい。罪を清めてくださる御力を信じる我々の罪を赦して下さい。我々に新しい命と力と限りない神の恵みを与え、再生の日まで耐え忍ばせてください。そして栄光がありますように」
 己の番となり、パンを取って食べ、葡萄酒を飲む。
「古き兄弟達はその身を捧げ、供物となって全人類の罪を贖いました。そして魂は永遠に至りました。何れ無くなるもののためではなく、永遠に至るもののために働きなさい。永遠に至る者は決して飢えることがなく、渇くことがありません。信じる者は皆、永遠の命を持ちます。そして再生の日に蘇ります。この血肉を得た者は永遠の命を得ます」
 皆が食べて、飲むまで聖句を唱え続ける。
「神よ、今この日に聖餐の恵みに預からせて下さったことを感謝します。この聖餐によって我々の俗世での罪は赦され、穢れは清められました。永遠の命を与えられました。我々は命の他、何も捧げるものが無い者です。この身を生きた供物として神に捧げ、我々が信仰の聖戦をよく戦い続けられますよう祝福して下さい」
 信仰心無き者は仲間を危険に晒す。信仰心無くして暗闇と悪魔の恐怖に打ち勝つことは出来ない。出来ると言う者は嘘吐きか兵士に不適な狂人。
 隧道を怖れてはならない。悪魔を怖れてはならない。畏れるべきは神のみ。
 命を捨てるには畏れと信仰しかない。
 聖餐式の解散と同時に連隊指揮官が「連隊整列!」と号令。
 包囲城が囲む、地獄の隧道入口前に我々は横隊で整列する。士官、下士官が各兵士の配置に異常が無いか点検し、誤りがあれば正す。
 我々近衛隊は近衛指揮官たる、青き血の義務を果たす王をお守りするように整列。
 整列の完了が確認され「連隊前進!」と号令。
 見送りの一団は包囲城城壁にいるが、声援を送ることは禁じられている。号令の邪魔で、そして今から死にに行くからだ。葬式で地下へ埋められる者に声をかけるべきではない。静かに見送るべきだ。
 軍楽隊の鼓手が太鼓で歩調を取る。前へ進む。
 太陽の下から、地面の下へ。
 薄明かりの反射光も消えていき、旗手が竿から吊るす鯨油ランプの灯りだけが暗闇の隧道を照らす。
 悪魔除けの笛を操り、笛手が悪魔が嫌う音を出して吹奏する。いちいち相手をするのも面倒な単独、少数の悪魔程度なら追い払える。奴等も集団でなければ勇気を出さない。
 この特別な笛の音には人間も苦しむ。これを聞きながら飯を食い、糞をして、寝る訓練を済ました我々には慣れた音であり、既に気にしないと聞えているのかどうかも分からない段階に至った。この音に鳴れず、頭痛に苦しみ、精神に異常をきたすまでになって訓練を脱落した者は多い。
 出発の段階からであるが、行進中は寡黙を保つ。騒ぐ奴は臆病者。実際的には余計な悪魔を呼び寄せないためでもあり、笛の音があっても人の声に誘き寄せられることがあるからだ。
 連隊横隊、隧道幅に合わせて四中隊で一杯。一個中隊百五十名。
 横隊縦深六列。銃兵二、槍兵二、銃兵二。何れも帯剣し、三角帽子を被る。
 横隊両脇は大男の、司教帽姿の擲弾兵が固める。
 短槍を持つ士官らは各隊の端に配置される。
 隊列の真後ろに斧槍を持った下士官と、隧道では軍旗に代わる鯨油ランプを吊るす頑丈な鉄竿を掲げる旗手が灯りを充分にするだけ、地上における旗手より多く。
 その後列に更に同じ四個中隊の横隊。その更に後方、我々近衛連隊百五十と連隊砲兵百。補助要員を含め、約千五百で進む。

一二三四
五六七八
 近
  砲

 歩調は太鼓に合わせ、左右踏み出す足さえ揃えて進む。統一された集団の動きは悪魔を威圧することが分かっている。姿だけで悪魔の一部が後退りしたと目撃した記録があるのだ。古い兄弟達は偉大。
 暗がりにいる、灯りにぼんやり浮び上がった老人と鼠を合わせたような顔の、子供程の体躯の小鬼が狼狽して逃げ出す姿が確認される。
 過去の記録では単独でもがむしゃらに突撃してきたり、鳴き声を上げて仲間を呼んだと記載されているが、今は違う。
 逃げる悪魔の姿を確認しながら統制を保って前進していくと、段々と逃げる悪魔達が集団になっていき、雑兵たる小鬼以外にも、斧や棍棒を持つ戦士たる太った大人程の体躯の豚鬼が混じって、槍甲冑で武装した稀に見る大男程の体躯の騎士たる馬鬼が混ざった段階で戦闘するに足る密集隊形を取り始める。
 笛の音に癇癪を起こした豚鬼が小鬼の頭を意味無く叩き潰した。
「連隊、早足!」
 号令で、ゆっくりとした歩みを早める。
 地上での教範よりも近く、五十歩の距離で「連隊、止まれ!」と連隊指揮官の号令と太鼓の停止で、連隊が停止。
 第一、二列の銃兵がしゃがみ、第三、四列の槍兵もしゃがみ、そして長槍の石突を地面に当てて構え、第五、六列の銃兵が小銃を一斉に構える。擲弾兵も準拠。
「連隊前衛、後列構え!」
 悪魔が駆け出し、引きつける。血走った悪魔の白目、灯りに目が眩んで思わず目を瞑ってやってくる表情が見える距離まで。
「狙え!」
 優先するのは馬鬼、ついで豚鬼。
「撃て!」
 号令で一斉射撃。屋外と違って狭い隧道全体を打ち付ける銃声、揃えた二百余りの銃口から銃煙と銃弾が吐き出され、鉄を弾いた高い音が複数。
 煙の向こうの、優先した豚鬼、馬鬼が続々と倒れる。馬鬼の鉄の甲冑は銃弾を防げない。
 耳の弱い悪魔共が立ち眩みを起こしたように一瞬身体を強張らせて足が止るか、走る勢いそのままにつんのめる。
 地上でも火薬の炸裂音は強力な武器だが、この音が反響し合う隧道内ではもっと凄まじい兵器となる。
 精神的主柱、上位たる豚鬼、馬鬼が数多く這い蹲り、小鬼共は恐怖したか腰すら引ける。
 銃弾には鉈で十字に切れ目を入れ、変形するので金槌で叩いて球形に戻す工夫がされる。これが当たるで敵の体内で砕け、巨大な牛鬼でもなければ胴体への一発で戦闘不能。豚鬼は言うに及ばず、馬鬼も甲冑を貫かれて死ぬ。
「装填!」
 発砲した後列銃兵は小銃へ弾薬装填。銃兵は目隠しをし、最低でも二十数える内に一発装填出来る用に訓練されている。
「連隊前進用意!」
 前、中列が立ち上がるが、長槍は前へ突き出されたまま。
 まばらだが悪魔達が悪魔の死体、負傷者を踏み潰して続々と前進してくる。
 蹄で隧道を高く鳴らして素早く突っ込んできた馬鬼を長槍が突いて抑える。至近距離から、悪魔を目前とする前列の銃兵が切れ目入りの銃弾一発で倒し、止めに銃剣で甲冑の隙間を狙って首を刺す。刀槍に弓矢で戦っていた時代には三人の熟練戦士でなければ倒せないと言われた馬鬼が今ではこれだ。
 このまま持ち応えることはしない。
「連隊前衛、前列構え!」
 突き出される長槍の壁に守られる前列の銃兵が小銃を一斉に構える。擲弾兵も準拠。
 一斉射撃の影響で、数もまとまらぬまま突撃してきた悪魔共の先鋒は半壊状態。だがまだ前進する悪魔も、銃声で面食らったが持ち直す悪魔もいる。
「狙え!」
 生き残りの豚鬼、馬鬼、そしてのっそり現れ、大斧を指揮杖のように振って再突撃を促す巨体の牛鬼は更に優先。小鬼達が体勢を立て直す。
「撃て!」
 号令で一斉射撃。再び隧道全体を打ち付ける銃声。馬鬼を射殺した銃兵を除く、揃えた二百より少ない銃口から銃煙と銃弾が吐き出される。
 倒すことが困難とされた牛鬼でも、切れ目入りの銃弾を二発三発と受ければその巨体を臥す。
 銃声に悪魔共は慣れるという。一度目より二度目の効果は薄いと。しかしそれは奴等の統率が保たれている時に限ると言えよう。牛鬼すらも軽く殺されては悪魔共は逃げ出すしかない。悪魔除けの笛の音の効果も合わせてあるだろう。
「連隊前衛、前列抜剣!」
 前列銃兵と擲弾兵が抜剣。良く刺せる刃だ。剣を右手、銃剣付き小銃を左手。士官も剣を抜き、短槍と共に持つ。
「中列構え!」
 中列槍兵が長槍を突き出す構えになる。
「突撃に進め!」
 突撃。鯨油ランプが朧に照らす銃煙を掻き分け、太鼓の連弾に促され、敵の到着、集結を待たずに先制攻撃で撃破する。
 這い蹲り、死に損ない、逃げ腰、銃弾に腕を千切られて混乱した、悪魔の集団の背中を剣と銃剣、槍で刺し殺す。
 昔は密集方陣が有効とされたが、それは悪魔共が最も勢い付き、最大の集団の勇気を揮う状態を作り出して戦う策であった。
 悪魔共が人では無い顔で恐れを見せて逃げ、走って追っては刺し殺し、踏みつけて前進する。
 揃えた隊列と歩調を悪魔共は恐れ、衝撃的な射撃と突撃には逃げ出す。蛮族程度とはいえ、奴等も知恵ある生物。
 前、中列が、追走して灯りを先に届ける旗手と供に前進攻撃を続ける。弾薬を装填し終わった後列がその後ろに続いて列の間隔を埋める。後続の連隊後列の四中隊、近衛連隊に連隊砲兵が続く。
 従来、悪魔とは肉薄して戦うことは禁止する向きもあったが今は違う。悪魔の敗走を狙い、その敗走の波を洪水になるまで煽り立てる。
 隧道幅は一定ではなく、時々狭まり、敗走する悪魔共はそこで詰まり、仲間同士で押し合い圧し合いをして踏み合って殺し合い、同士討ちすら始める。
「連隊、止まれ!」
 太鼓連弾が停止し、連隊の駆け足は散歩の猶予を持って止る。
 第一、二列の銃兵がしゃがみ、第三、四列の槍兵もしゃがみ、そして長槍の石突を地面に当てて構え、第五、六列の銃兵が小銃を一斉に構える。擲弾兵も準拠。
「連隊前衛、前列装填!」
 前列銃兵が剣を鞘に収めてから、しゃがみながら弾薬を装填。剣が曲がってしまった者は無理をしないで地面に置いて良い。
「前衛擲弾兵、擲弾用意!」
 前衛の擲弾兵が擲弾と火種を用意する。
「連隊後列、構え!」
 後列銃兵が小銃を構える。
「狙え!」
 ここで逃げるだけではなく、殿でも務めようというのか悪魔が、特に豚鬼が立ち向かって来る。馬鬼も前に出て、指揮をするように手を振ったり嘶いたり。奴等にも勇気がある。
「撃て!」
 号令で一斉射撃。三度目ともなればさほどの轟音に感じぬ揃った銃声と共に、放たれた二百余りの銃弾で殿の悪魔が軒並み倒れる。勇気ある者が倒れ、臆病者が残れば、その敗走の勢いは更に加速される。
「装填!」
 発砲した後列銃兵は小銃へ弾薬再装填。
「前衛擲弾兵、前へ!」
 前衛の擲弾兵は戦列から離れて前進する。
「投擲!」
 先の一斉射撃で更に混乱した、密集して背中を見せる悪魔の集団へ、擲弾兵が導火線に火を点けた擲弾を投げ込み爆破。
 爆発、破片の殺傷効果のみならず、銃に勝る音と光で混乱に次ぐ混乱で泡を吹いて倒れる悪魔すら出てくる。古い兄弟達に見せたら驚くだろう。
「元へ!」
 擲弾兵が隊列に戻って整列し直す。
 連隊指揮官が前列銃兵の弾薬装填を確認。
「連隊前衛、前列構え!」
 前列銃兵がしゃがんだまま小銃を一斉に構える。
「狙え!」
 ここで良く狙うべきは負傷した悪魔ではなく、逃げ腰ながら五体満足な悪魔。
「撃て!」
 号令で一斉射撃。銃声、爆音で臆病者になった悪魔共は総崩れ。これ以上混乱のしようがない敗走集団と化した。
「第二、第三中隊前列、抜剣!」
 前列銃兵、擲弾兵の中でも中央に位置する中隊が抜剣。もしくは剣を拾う。
「中列構え!」
 第二、第三中隊の中列槍兵が長槍を突き出す構え。
「突撃に進め!」
 道が狭く成っているので二個中隊幅で突撃、第二、第三中隊が逃げる悪魔の背中を再び刺し殺しながら前進し、狭く、悪魔が敗走を続ける道を進む。
 最前列で指揮を執る連隊指揮官も突撃を敢行。
 連隊副指揮官が残る第一、第四中隊の横間隔を詰めさせ、突撃に進む第二、第三中隊の後を追わせる。
 次いで連隊後衛の第六、第七中隊を前進させ、第五、第八中隊の横間隔を詰めさせてから前進させる。その後ろを我々近衛連隊と連隊砲兵が続く。

二三
一四
六七
五八



 我が軍の標語は”止められぬ突進と完全なる規律”である。
 甲冑は着なくなった。敵が逃げるより早く前へ出て追撃に殺すのだ。騎兵、馬の乗り入れが基本的に不可能な隧道では歩兵も騎兵を兼ねる。防御よりも攻撃と機動。待ち構えていた時代は終りだ。防御は規律と信仰が補う。
 先鋒二個中隊が突撃に蹴散らし、後続六個中隊が銃剣と長槍で死体突きをしながら進む。
 悪魔が敗走し切り、喚き声も隧道の奥。
 あの悪魔共だって恐怖するのだ。我々は悪魔共にすら恐怖される存在となって突撃する。奴等だって、死を恐れぬ敵を恐れるのだ。
 隧道内の道幅は狭くなったり広くなったりとまちまちである。
 広い場所を見つけたら疲労した第一から第四中隊の前衛と、まだ戦っていない第五から第八中隊の後衛とを交代させる。
 疲労した中隊は負傷者を後送し、士官が死んでいれば代役を充て、壊れた武器を交換、小銃に弾薬を装填し直す。死人はその場へ放置するのが掟である。余裕があれば後に回収するとされるが、前例は少ない。
 列を交代した新たな前衛は道幅に合わせて四個中隊幅に左翼から第五、第六、第七、第八中隊に整列して前進する。まだ戦わぬ我々近衛連隊、連隊砲兵もそれに続く。

五六七八
一二三四
  近
  砲

 敗走の勢いは一定ではない。
「止まれ! 迎撃用意、任意射撃!」
 隧道の曲がり角に到達した時、銃撃が到達しない左への曲がり角の向こうから悪魔の逆襲が始まり、乱戦に持ち込まれた。
 槍兵は長槍を左手に持ち、石突きを地面に当てて壁とする。悪魔を殺すのは槍兵も抜剣して右手に持った、刺突に優れた剣なのだ
 一斉射撃の指示なく、各自が判断して発砲する。銃声に慣れぬ新手の悪魔が音を嫌がって身を竦め、立ち直ってから前進を再開するのだが、その立ち直りが遅い悪魔は後方からの他の悪魔共の勢いに飲まれて踏み潰される。一発の射撃は一匹以上を殺す。
 前列の銃兵が倒れ、槍先を悪魔が掻い潜って来るような乱戦となれば槍兵も剣を振るう。厳しい訓練を潜り抜けて来た槍兵の中でも熟達の者なら左で槍を繰り出し、右で剣を振るって悪魔を倒す。
 倒れた前列の兵士と交代しなくてよい後列の銃兵は、隙があれば弾薬を装填して、兵と武器の隙間、生きた銃眼から銃撃する。
 前列にて剣を振るう擲弾兵の後ろにいる他の擲弾兵は悪魔共の頭を通り越すように擲弾を投げ、後方の悪魔を爆殺。
 士官は前列の四中隊に死傷者が出れば、駆けつけた後方の四中隊から倒れた分に合わせて兵士を補充させる。補充兵は倒れて空いた隙を埋めつつ、至近距離から小銃を発砲し、剣を抜いて戦う。
 熟達の銃兵は左手で銃剣を繰り出し、右手で剣を振るって悪魔を倒す。
 乱戦となれば死傷者が出て横隊が乱れ始める。下士官がそれを修正しつつも、斧槍にて悪魔を刺し、打ち殺す。
「連隊前衛、一歩前へ! 押せ!」
 連隊指揮官は期を見て連隊の前衛を前進させ、隙有らば攻撃に繋げて悪魔共を後退させる。前のめりの感覚を持たせると勢いに乗ってくるからだ。
「一歩前へ!」
 絶え間なく、銃弾に後押しされながら長槍と銃剣と剣で突きながら少しずつ前進する。
「一歩前へ!」
 連隊指揮官の「前へ!」の号令に合わせて連隊の前衛は前進し、後衛は連隊副指揮官が前進させる。
 前進を志向するあまり、悪魔が少し漏れてくることがある。連隊前衛で出た死傷者の隙、連隊後衛から補充に出た隙、様々だ。
 二つの戦列を馬鬼が稀に、壁や兵の頭に肩を足場に飛び越える。跳ねて来る馬鬼は槍兵が止め、下士官が斧槍で叩き殺す。それでも不足ならば射撃を終えた銃兵が銃剣と剣で馬鬼を滅多刺しにする。
 そして地上における騎兵の投入のような折に現れた空飛ぶ鴉鬼、鷲鬼。連隊後衛の四中隊が味方の背中を撃たぬよう、飛び悪魔共へ射撃を開始する
 飛び悪魔共は頭上から鎌を振るうが、三角形の三角帽子頭を奴等は頭の形であると認識し辛いようで、更に羽飾りもつければ目算を誤って斬り損ねる。
 擲弾兵の司教帽も、頭と誤認して帽子だけを切り裂く。三角帽よりも司教帽を率先して狙う習性がある。空飛ぶ悪魔が何か一つ目的を持って行動しても司教帽の擲弾兵に釣られて数が分散する。
 それでも飛び悪魔は二つの戦列を越えて来る。王と王をお守りする近衛連隊と、まだ出番ではない連隊砲兵に近づく。
「近衛連隊諸君。”忠実なる盾”の義務を果たそう」
 近衛兵は皆士官であり、己の職務を良く心得ている。沈黙で返事とし、疑問がある時のみ口を開く。
 悪戯に騒ぐのは使命も分からぬ雑兵のすることで近衛兵のすることではない。であるから近衛連隊指揮官代理である私が指図することは常に少ない。激励する程度だ。
 軽量の騎兵銃、そして拳銃二丁で飛び悪魔共を狙い撃ち、落とす。墜落したならば剣で刺し、首を踏みにじるも良し。飛び悪魔共の骨は鳥に同じく比較的脆い。
 骨が脆いとはいえ、飛び悪魔を槍で突けても一度で落とせないことが多い。斧槍の鉤で引っ掛けるのも難しい。上下距離が最大の障壁となる。単純に武器を繰り出す手に腰が入らず軽くなるのだ。
 密集方陣を組んで、敢えて接近するまで待ち構えてから攻撃していたのが古い戦い方だ。
 新しい戦いでは取り回しのし易い騎兵銃で、冷静に狙って撃つのが最適解である。
 それに加えて散弾を発射する喇叭銃手もいれば充分。散弾程度では流石に死なないが、明らかに飛び悪魔共の攻め手を鈍らせ、動きを鈍らせる。
「連隊砲兵による空砲射撃を連続して行う!」
 砲兵隊長の号令で、人の耳では問題ないが、悪魔の耳には威力的な若干の火薬を用いた空砲を砲兵が放ち、これより定期的に発射する。この丁度良さの発見に長くかかったと聞く。
 飛び悪魔共を殺し尽くし、近衛兵がその隙に騎兵銃や拳銃に弾薬を装填する。
 連隊の前衛は未だ殺到する悪魔共を防ぎ、殺し、隙を見て前へ出て敵を押し返している。
「前進! ……止まれ!」
 先程よりも前へ出る頻度も距離も増している。悪魔共の後続集団の補充が追いついていない証拠だ。
 油断は出来ない。飛び悪魔共の襲撃の第二波がやってくる。正面から進んでくる悪魔共も、小鬼と豚鬼の数が極端に減り、隊列を組んで槍を並べる馬鬼に、大盾を持つ牛鬼が現れた。
 雑兵で疲れさせ、精鋭で勝負を決めるような戦術である。悪魔共を統制して烏合の衆ではなく軍隊へと変える猿鬼が後方にいると見てよい。
 先と違って飛び悪魔共は大将首狙いの眼だ。言葉は通じぬが意志は分かる。
 悪魔共は高貴な青い血を、中でも王は判別して狙うことがある。いかなる嗅覚を持って察知するのかは分からぬが、王は囮として最適という答えが長年の経験で分かっている。
 飛び悪魔は我々近衛兵も標的とするが、ほぼそれは二の次。王の首を狙って空中で殺到し、悪魔同士で衝突し合って墜落する程だ。
 王さえお守りすれば良く、虫取りのように飛び悪魔が殺せる。青き血の義務のみによって王はここにいらっしゃるのではないのだ。
 近衛連隊標語”忠実なる盾”。そのために我々がいる。
 王に殺到する飛び悪魔を撃ち殺し、刺し殺し、連隊砲の空砲で弱らせて更に墜落させて踏み殺す。猿鬼によって指令を受けた悪魔は粘り強くなるが、このように単調な繰り返しを行ってしまい、一挙に殺せてしまうことがある。
 まるで最大の脅威であるかのような槍の壁を作る馬鬼と盾持ちの牛鬼だが、隊列を良く整えているせいで歩みが遅く、擲弾兵が擲弾によって爆破して崩し、その間に銃兵達が乱射を加えて撃ち殺してしまった。
 歩兵連隊の断続的な攻撃によって悪魔共は死にまくり、精鋭の悪魔も撃ち破った。そうなれば悪魔共の生き残りは恐怖して逃げ出す。喚きながら騒々しく隧道の奥へと走り出しているのが音で分かる。
「連隊整列!」
 連隊指揮官が号令をかけ、士官下士官の指導で、乱戦で乱れた隊列を作り直す。欠員が当然にある連隊の前衛にはここで後衛から兵士が送られて補充を行う。
「前進!」
 我々はここで攻撃の手を止めない。
 殺した悪魔共の死体で悪くなった足場を越え、道が平坦になって来る。
「突撃に進め!」
 連帯は走る。銃へ弾薬を装填する時間は惜しんだ。
 一心不乱に逃げているようで、隧道で渋滞を起こし、慌て過ぎて転んでいる悪魔共の背中を追って殺して追い散らし、横に逃げ道の無い隧道をひたすら敗走させ、道半ばで屯っているであろう悪魔共に恐怖を伝播させて敗走の洪水をまた作り出す。
 このように長く走るためには鎧甲冑は不要。我々は己の命を捨てるかわりにより多くの敵を殺すのだ。
 敗走の洪水を止めようと督戦する馬鬼、牛鬼も見えるが、奴等とて豪気でも悪魔。悪魔とて生物。敗走する無数の悪魔の洪水の流れには逆らえない。
 敵の敗走する洪水が隧道幅一杯に詰まって肉の血栓と化したならば擲弾兵が擲弾を投げて爆破する。
 一挙に地獄門広場まで押して敗走させる。広場に屯する無数の悪魔共が敗走の流れを受けて一気に騒ぎ出し、混乱し、中には仲間同士で争う悪魔も音で聞き分けられる。
 敗走の洪水によって支離滅裂になることを狙った。この効果のためには休んでなどいられない。
「連隊、止まれ! 連隊前衛、任意射撃!」
 前衛の第五、六、七、八中隊の銃兵が、射撃号令に関係なく射撃と装填を開始。
「第四中隊、第八中隊の右につけ!」
 後衛の右端にいた第四中隊、前衛の右端にいる第八中隊の右隣に移動する。地獄門前広場は広いから前衛を横に広げないと回り込まれる恐れがある。

五六七八四
一二三
  近
  砲

「第四中隊、任意射撃!」
 第四中隊も乱射に参加する。混乱している悪魔共は撃ち殺され続け、混乱で反撃するどころではない。銃声の轟音が続き、悪魔同士で衝突し合っているせいで敵である我々が正しく認識出来ていないのだろう。
「連隊後衛、装弾を確認の後装填! 装填の後、第三中隊は第四中隊の背後へ!」
 射撃に参加していない後衛三個中隊の内、小銃に弾薬が装填されていない銃兵が装填。
 そして比較的足の遅い連隊砲兵が到着して空砲の用意を行う。遅いと言っても軽量快速の連隊砲なのでちゃんと頃合に間に合う。そして既に装薬済みなので、砲口を味方に向けないようにするだけだ。
「連隊砲兵、空砲用意良し!」
 砲兵隊長の言葉を聴いて連隊指揮官が新たに指示。
「連隊前衛、射撃中止! 装弾を確認の後装填!」
 連隊前衛五個中隊は任意射撃を停止し、小銃に弾薬が装填されていない銃兵が装填を行う。
「連隊砲兵による空砲射撃を連続して行う!」
 射撃停止の隙を埋めるように空砲が撃ち鳴らされる。悪魔共が益々混乱する。もうこれ以上混乱のしようが無いかもしれない。
「前衛擲弾兵、擲弾用意!」
 前衛の擲弾兵が擲弾と火種を用意する。
「前へ!」
 擲弾兵は戦列から離れて前進する。
「投擲!」
 これも隙を埋める攻撃。悪魔の集団へ投じられた擲弾が爆発。
「元へ!」
 擲弾兵が隊列に戻って整列し直す。
 この間に第三中隊が第四中隊の背後に付く。

五六七八四
一二  三
  近
  砲

「連隊前衛、行進射撃!」
 前衛の左端、第五中隊の前列銃兵が中隊指揮官の号令で一斉射撃を行う。次に連鎖的に右隣の第六中隊が一斉射撃を行い、第七、八、四中隊と連鎖。太鼓の連弾が行動する速度を伝える。
 第五中隊は自らの射撃直後に中列槍兵は、一斉射撃後の装填作業を行っている前列銃兵の前に出る。更に後列銃兵が槍兵の前に出て一斉射撃を行う。同じく右隣の第六、七、八、四中隊が連鎖的に同じ動作を行う。
 第五中隊の後列銃兵は装填作業を行い、中列槍兵が前に出て、装填作業が終わった前列銃兵が更に槍兵の前に出たならばまた一斉射撃を行う。勿論右隣の第六、七、八、四中隊が連鎖的に同じ動作を行う。
 この繰り返しによる行進射撃により、常に中隊全体は一斉射撃を行いつつ、槍兵によって銃兵を保護し続ける。銃撃に怯まず遅い来る無謀な悪魔は槍の壁が阻み、槍か銃剣か至近距離からの射撃で倒れる。
 これでも微小に隙が生まれるが、そこは連隊砲兵による空包射撃が埋める。音に慣れてくる悪魔共であるが、空砲直後の衝撃には一瞬身体を止めるものだ。
 連隊の前衛が行進射撃を行いながら広場の悪魔の集団を圧迫する。同時に我が軍が占める領域が広くなって側面が危うくなってくる。
「行進射撃後整列! 整列後、一斉射撃反復!」
 第五中隊を基準に、行進射撃を連続して中止し、前列と後列の交互一斉射撃を開始する。
「第一中隊、第五中隊の左につけ! 第三中隊、第四中隊の右につけ!」
 二つの中隊が左右について前衛を更に横へ広げる。後衛に残る第二中隊は予備。欠員補充に消滅することも想定してある。

一五六七八四三
  二
   近
   砲

「連隊前衛、行進射撃!」
 五個中隊から七個中隊に増えた連隊の前衛が射撃と前進を繰り返し始める。空砲も合わさってか既に悪魔共は単なる射撃の的となって久しい。
 こうなってはもう悪魔共は広場より何処かへ繋がる別の道へ逃げていき、あっと言う間に消えていく。
「中隊副指揮官集合!」
 連隊指揮官の下へ、各中隊の副指揮官が集まる。細かい指示を出す時に使う号令だ。地獄門前広場から続く別の道をそれぞれの中隊へ個別に担当させて封鎖するのだ。
 封鎖に当たっては、行進射撃を行いながら各中隊は単純な前進ではなく、行進角度を微妙に調節しなが動いていって完全に悪魔共を広場から追い出さないといけない。連隊指揮官が行う号令で指示していては非効率。
 広場の悪魔共の排除は順調に進む。
 近衛連隊と連隊砲兵は地獄門に向かって対峙する。連隊砲兵はこれから組む方陣隊形に合わせて四隅に配置。
 地獄門。地獄へ続くとされる隧道を塞ぐように天井からぶら下がる巨大な芋虫で、悪魔が隧道堀りに使う家畜らしい。地面の下からあの巨大芋虫が突き出て、その後そこから悪魔共が這い出て来たという目撃情報がある。
 伝令に補給と援軍を呼ばせに行かせる。
「連隊、方陣!」

砲一五砲
二 近 六
三  七
砲四八砲

 悪魔共を追い払ったことを確認してから、近衛連隊を中心に入れる形での方陣を組む。四隅に連隊砲を配置し、今までは横隊の両端に擲弾兵を配置していたが、方陣の時は横隊中央に配置する。
 地獄門破壊の後の悪魔共の噴出は横隊では抑えきれないと判断されているが故の方陣だ。
 地獄門側から一方向に突進してくるのなら押さえ込み、逆に押し返せるが、この広場には道が複数ある。一時排除した、地上から帰還してきた悪魔共が戻ってきたら側面、後背を突かれてしまう。即ち全滅。
 悪魔共の死体を方陣の外へ出し、土嚢代わりに配置をしたら休憩をする。塩と蜂蜜の入った水を飲む。
 しばし待つと補給と援軍が到着した。
 地獄門を破壊し、尚且つ経験側として門の内側から溢れて出てくる悪魔共を粉砕する重砲を地獄門正面、方陣正面に配置する。
 臼砲を方陣中央に配置。主に空砲用だが、散弾を込めれば飛び悪魔を撃てる。

  重

砲一五砲
二 近 六
三 臼 七
砲四八砲

 欠員が発生している各中隊へ歩兵が充足され、一度組んだ方陣を士官が再度点検する。
 軍医が一人一人を見て回り、無傷であったとしても消耗が激しい兵士を見つけたら地上に帰す。興奮して負傷に気付いていない者、義務感が過ぎて負傷を隠す者も見つけて帰す。次の戦いのために古参兵を温存する以上に、簡単に倒れられては隊形が崩れてしまって危険なのだ。
 中隊定数より溢れた者達は方陣中央に欠員補充用に待機する。出番は直ぐにやってくる。
 武器も交換する。酷使された槍や剣、銃剣は刃毀れ激しく、柄や軸が歪んでしまっている。小銃も銃身が歪んだり、火打石が磨耗したり、火薬の炸裂や銃剣の刺突、銃床の殴打の衝撃で機械が歪む。予備の武器は方陣中央に置く。
 飛び悪魔の鎌に切られた帽子の交換も重要だ。汗を吸い、血糊で着辛くなった軍服の交換も行う。動き辛い衣服は死に直結する。数は少ないが、壊れた軍靴も取り替える。
 本来なら完全に部隊を交代したいところだが、悪魔共との戦いで足手まといにならない基準が厳しく、そこまでの兵士を揃えることが出来ていない。戦いは地下の隧道だけではなく、地上でも行われているのだ。
 伝令を出し、この広場での戦いに備える次の指示を地上に伝える。

◆◆◆

 休憩を終えた。
「重砲射撃用意、各自備えろ!」
 重砲の砲口へ火薬袋に次いで、取っ手付きの重砲弾が二人係りで持ち上げられて装填される。その間に各自耳を塞いで口を開けて対策する。
 点火孔に錐が差し込まれて火薬袋に穴が空き、その上に点火薬盛られる。そして準備が完了。
「目標地獄門、射撃始め!」
 導火竿の先に付いた火縄によって点火薬に点火。
 音が反響し合って衝撃波にすらなる隧道内では、対策をしなかったら人事不省になりかねない轟音と共に、放たれた重砲弾が動かぬ地獄門の体を一撃で引き千切る。
 破壊された地獄門の身体から、胡瓜の入った野菜籠でも引っ繰り返したように白い幼虫が零れ落ちる。不気味な光景だが、重砲砲手は目標を変え、狙いをつけて再び砲撃して地獄門を始末していく。
 朽ちているのか幼虫に体内を食われたのか、地獄門は地面に落ちる皮だけになった体が砕ける。
 幼虫が四方に跳ねて這い回るが、あれに知恵や敵意は無い様子。偶然方陣に近づいた幼虫や槍に刺されて逃げるか、動かなくなる。
 幼虫は子犬を三匹程連ねた程度の大きさ。肉食のような口を持っていたから噛まれると酷そうだが、集団として襲撃してくるわけではない。あれなら小鬼の方が恐い。
 地獄門の破壊後、地響き。
「射撃用意、引き続き各自備えろ!」
 再び重砲へ砲弾薬が装填されて準備を完了する。
 世界各地で確認されている通りに、地獄門の破壊後は地獄の方から悪魔の守備隊とも言える集団が攻撃してくる。
 小鬼、豚鬼、馬鬼、牛鬼に、鴉鬼と鷲鬼も一緒に噴出するように一斉に飛び出てくる。
「目標前方敵集団、射撃始め!」
 重砲に点火がされ、重砲弾が放たれて先頭の悪魔からその背後の背後まで腐った果実のように粉砕して何頭も貫く。
 そしてその巨大な砲声で粉砕されていない悪魔までもが倒れ伏し、飛び悪魔は墜落する。敵の先鋒はこれで挫ける。
 そんな中、音には鈍感なのか革の襤褸を纏った、兎に近いよう悪魔が真っ先に出てきて、その襤褸で幼虫を回収し、噴出の流れに逆らって発達した脚で跳ねて地獄の方へ消えていく姿が見られた。
 地獄門の養殖をしているようだ。あれを殺すだけでも戦果があると世界に知らしめよう。
 再び、やや遅いものの重砲による射撃が行われる。重砲弾は砲声で麻痺している悪魔の先鋒集団を粉砕。門から外に出た兎鬼が砲声にひっくり返りながらも幼虫を拾おうとする。
 砲声に慣れ始めたか悪魔共は再び動き出し、殺到する。その悪魔共に、砲声で転んだり身を竦めた悪魔も、体勢を戻し損ねた兎鬼も、地面に転がった幼虫も踏み潰される。
 重砲砲兵達が、残る砲弾薬に取り付けた長めの導火線に火を点けてから方陣内に退避してくる。我々はまだ耳を塞いで口を開けている。
 地獄門から噴出した悪魔の大群の新たな先鋒が重砲の位置に到達し、爆発。
 閃光も轟音も爆風も凄まじく、またもや悪魔共の先鋒を粉砕し、その後続も光と音にやられて倒れ、しゃがみ、もがいて頭を抱えて苦しんで動きを止める。
 少し敵に運が向いたか、その爆発後に地獄門側以外の、我々が来た道以外の道から悪魔共が溢れ出て来た。正面、地獄門の噴出に比べれば小数だが、横隊だけを組んでいたのなら敗北は確実だった。
「連隊各中隊、個別に判断して迎撃!」
 まずは各中隊の判断で、突撃してくる悪魔共を十分に引き付けてから一斉射撃で薙ぎ倒す。
 一斉射撃を乗り越えた悪魔共の足元には擲弾が投げられて、最前列が擲弾を通り過ぎたぐらいで炸裂。脚を砕いてまだ勢いのあるその突撃速度を殺す。悪魔の死骸に悪魔が躓いて更に鈍る。
 鈍った悪魔共に対して銃兵は各自任意に射撃、乱射する。接触する悪魔共との白兵戦があるので一斉射撃は基本的に最初の一回だけ。悪魔の接近までに余裕がある中隊は二度三度と行う。
 槍兵は中列で槍の壁を作り、剣も使って近接する悪魔を突く。槍で殺しづらい馬鬼、牛鬼でも突かれて牽制されている内に、個別に狙って射撃する銃兵に瞬く間に撃ち殺される。銃兵は牛鬼を最優先にする。
 四隅の連隊砲も射撃を行う。弾種は散弾。火薬量が多く、放つ無数の銃弾は小銃以上の威力で複数の悪魔を一度に屠る。
 臼砲が連隊砲の射撃間隔を埋めるように空砲を放つ。やはり銃声より砲声の方が悪魔の耳に効く。
 動きが鈍っている悪魔は良い的であり、死んだ悪魔は足場を乱す障害物で、常に鳴り響く銃声と砲声は悪魔の動きを止めて鈍らせる。
 それでも爆音で墜落、失速、不安定になって衝突し合いながらも飛び悪魔が上から殺到する。ただ墜落してくる飛び悪魔いるが。
 近衛連隊が騎兵銃、喇叭銃で飛び悪魔共を射撃する。殺到する密度と頻度が高く、装填が間に合わなければ拳銃を使って撃つ。
 それでも掻い潜る飛び悪魔は士官が短槍で迎え撃ち、正面の悪魔に専念する銃兵、槍兵を守る。下士官も同じく守るように、斧槍の鉤で引っ掻き落としてから叩き殺す。踏み蹴りでも、石突での刺突でも良い。飛び悪魔は骨が脆い。
 飛び悪魔は猿鬼の指示であろうか、皆一様ではないが、積極的に王を狙ってくるので動きが単調で狙い易い。
 時に飛び悪魔の数が酷すぎるのならば散弾を装填した臼砲で直上を撃ち、一掃する。
「連隊指揮官戦死!」
 このような報告は士気が下がって統率が乱れるものだ。
「連隊副指揮官が引き継ぐ!」
 しかし我々は統率され、指揮系統が明確であり、連隊副指揮官への指揮権移譲が確認されて終了する。混乱無く、以後連隊副指揮官は連隊指揮官となる。
 ここで更に新たな連隊指揮官が死んでも、たった今連隊副指揮官になった先任士官に指揮権が移譲されるだけだ。
 統率の崩れぬ我々は銃弾、擲弾、散弾で常に悪魔共を殺す。
 殺さずとも銃声砲声、擲弾の炸裂音で悪魔共は耳をやられ、転がり、苦しみ、発狂して暴れ、後続に踏み潰され、衝突して喧嘩になって同士討ち。
 そして近寄っても槍が防ぎ、剣、銃剣で刺す。至近距離からの銃撃ならばほぼ確実に一発で仕留める。牛鬼でさえも頭を撃てば一発だ。
 悪魔共の数はそれでも圧倒的。正面の敵が一番多く、両側面、後背は薄かったが、段々と正面の敵が側面に回って、更に後背に回って四方が敵で埋め尽くされて行く。全面から一気に押し潰されていないのは、火薬の爆音が悪魔共の身の自由を奪っているからだ。
 死傷者が段々と目立ってくる。方陣中央の補充兵が隊列の穴埋めを行う。
 永遠にこの戦いが続くような気になる。
 壊れた武器の交換が行われた回数で数えれば、まだ一回か、多い者で二回か、それくらいだ。
 突然に突撃喇叭が鳴る。間違いなく騎兵の、それもかつては敵だった共和国の喇叭の音。方角は我々が来た隧道の方角。
 悪魔の大群が鳴らす地鳴りとは異質、装蹄された馬の群れが作る地鳴り。
 有翼騎兵だ。共和国の隧道用の馬は特別で、目も耳も鼻も完全に塞ぐ兜を被り、更に二つの飾り翼もバタバタと音と振動を立て、馬の五感を徹底的に誤魔化して悪魔相手でも混乱しない。そして感覚を遮断する代わりに騎手の指示通りにしか動かないような特別な調教がされている。
 有翼騎兵は整然と隊列を揃えて突撃する。有翼騎兵にも鯨油ランプを掲げる旗手がいる。
 拳銃を一斉に撃ち鳴らして銃弾と銃声で悪魔の動きを止め、長い騎兵槍で悪魔を貫き、柄は折れて、折れた柄で更に突き打って捨てて抜刀。長刀で刺して叩き斬り、密集した巨大な馬の体当たりで悪魔共を撥ね、蹄で踏み潰す。有翼騎兵の突撃は前後に間隔を開けた二列の厚みになっており、前列が仕留め損ねた悪魔を漏れ無く殺す。
 やってきた隧道側、共和国の有翼騎兵が暴れ回る方角にいる中隊は、中隊指揮官の指示で小銃の発砲を、絶対に外さない至近距離でのみ行うようにする。連隊砲も有翼騎兵には向けないように散弾を放つか空砲に切り替える。
 二列の横隊の前列の勢いが削がれたところで有翼騎兵は反転し、後列が前列の背中を守るように削がれつつある勢いで悪魔共を倒してから反転して戻る。
 その期に合わせ、第二波の騎兵突撃が悪魔共に行われる。
 第一波の騎兵突撃で側背面を強烈に破砕され、無秩序なりに我々の方陣を囲んで正面に捉えていた悪魔の集団の指向が乱れてしまった中で、である。
 同じく拳銃を一斉に撃ち鳴らし、騎兵槍で刺し、柄が折れても折れた柄で更に突き、抜刀して馬の勢いを借りたままに高いところから振り下ろして頭を斬り割る。
 第二波の前後列は突撃の勢いを失いつつある中で反転したところで、第一波が後方の従士隊受け取った騎兵槍を手に再度突撃を行う。
 有翼騎兵が何度も突撃を反復して悪魔共を撃ち、貫き、打ち、斬り、撥ね、踏み潰す。
 従士隊は有翼騎兵が掃討した場所へ前進し、近寄る悪魔、倒れたがまだ息がある殺し損ねを小銃に刀槍で殺しつつ、突撃から反転して戻ってきた有翼騎兵に新たな騎兵槍を渡す。引いた荷車に大量に立てかけてある騎兵槍の本数が彼らの自信の表れだ。
 我々、王国の方陣が悪魔共を引きつけ、その側背面を共和国の有翼騎兵が破砕し、恐怖して悪魔共が撤退を始めた。
「連隊、散兵戦!」
 連隊指揮官の出す散開の号令で隊形を解散し、それぞれ武勇のままに残る悪魔の背中を追って傷つけ殺し、広場から追い払った。
「残敵掃討!」
 追い払い、そして無数に転がる悪魔を全て死体に変えるべく皆が刺して叩いて回る。負傷した生き残りや、怯えて死体の陰に隠れた悪魔もいて、勝利の後もしばらく悪魔の悲鳴が響く。
 そんな中、共和国の騎兵指揮官である頭領と、我が王国の王が握手をする。
「素晴らしい騎兵突撃でした」
「そちらの鉄壁の方陣もさるものです」
 約束通りのわずか二百騎、されどこの隧道では本来あり得ぬ二百騎がやってくれた。
 共和国の有翼騎兵と従士達が勝利の喚声を上げる。これは我が王国の流儀ではないが、王が手を上げて許可を出す。
 我が王国の兵達も喚声を上げた。逃げ出した悪魔を更に遠くを追いやるように叫んだ。
 この場での勝利の後に我が王国と共和国の増援、補充、補給部隊が到着して休憩する。
 増援部隊は地獄へ続く道、そして我々が来た道以外を土嚢代わりに悪魔の死体を使い、物資を運んできた荷車に悪魔を重りに詰め、悪魔の武器を死体に刺したり挟んだりして重ねて固定して逆茂木を作り、大砲に旋回砲も配備して封鎖。
 後方の安全は確保した。隧道を攻撃的に進軍する我々と比べれば錬度の低い者達ではある。
 人も馬も軽い食事を取って、軍医の診断で良し悪しを判断されて帰還命令を出された者が「まだやれます!」と反抗して、怒られて帰る。
 休みながらだが各中隊の残存人数が確認され、そして補充兵を足して定数に満たす。その補充兵の中には先に軍医の指示で地上に帰ったはずの者もいる。回復する者はいるのだ。
 人だけではなく、馬も共和国の獣医が見て回る。元気な馬もいれば、興奮してか怯えてか制御が難しくなっている馬もいる。暴走するようであれば拳銃であっさりと射殺され、騎手が悲しむ。
 地獄の軍団が進出する隧道は一つだけではなく、今も我が国土を荒らし回っている。共和国も同様であるのに切り札ともいえる有翼騎兵を出してくれたのは奇跡に近い偶然だ。
 共和国側では悪魔の活動が停滞する冬季に白竜が討伐され、そちら側での地獄の軍団の活動が一時休止し、その隙に隧道全てに包囲城が築かれ、隧道の入り口が塞がれた。一部では実験的に灌漑を繋げて水と土を流し込んで泥沼にしたという。
 討伐後も少しして地獄の軍団の活動が再開されたが、まだ静かと言える状態。これからまた活発化すると予測されている。この偶然、二度と無いと言えるほどだ。
 食事休憩も終わって隊形を組み直す。
 地獄門から地獄の先への道は広いので一列横隊で問題ない。連隊砲の位置を左右、中央に分散して配置。背後は近衛連隊と有翼騎兵と、従士隊が守る。
 有翼騎兵達は皆高貴な騎士であり二百騎。従士達は彼らの忠実な僕であり、一騎につき従士は槍持ち、馬丁、従騎士の三名が付いて六百。
 尚、騎乗する騎士が倒れ、馬が無事ならば従騎士が騎手を代わりに勤める。

砲一二三四砲五六七八砲
     近
     臼
  騎従   従頭

 もう一戦してもまた補給が利くように第三の補給を要請する。補充兵もほぼ尽きてきたのでこれからが厳しい戦いとなる。
 地獄門前広場の恒久的な中継拠点化は何れの国でも成功しておらず、次はそこから再開出来るということは無いと考えられている。
 広場から地獄門の先へ進む。地上への道に比べて非常に広い道である。
 道には重傷で動けなくなったり、逃げる途中で死んだ悪魔が点々と転がっている。
 隊列を崩さぬために下士官が前に出て、斧槍で倒れている悪魔を刺したり、大上段に叩いて生死を確かめつつ止めを刺す。
 道の脇に五体無事な悪魔が残っていたりもするが、悪魔除けの笛の音で逃げ出す。
 道は螺旋状になっているようで、右曲がりの下り勾配がひたすら続き、段々と深さを増していく。

◆◆◆

 道は広いままに下り勾配が終わる。そして土や岩を掘り抜いた隧道から、地獄の森へと様相を変える。
 森は茸や、根と蔓と果実だけの植物が茂って葉は地上のように無い。植物に必要な水分だが、暖かくて硫黄が香るお湯、温泉が周辺に流れている。湿気が強く、火器の不発が懸念される。
 森には不気味な地獄の虫に小動物はいるが思ったよりも害は無く、逃げ去るだけ。こういう生き物に関してはかえって地上の方が手強いのかもしれない。
 キノコや果実を採集中の兎鬼と小鬼を見るぐらいで、悪魔除けの笛の音を嫌がって逃げる。不気味だがしかしのどか。
 悪魔除けの笛の異音と歩調合せの太鼓の連弾、労働者のような悪魔に虫、小動物の動く音に鳴き声、後はお湯が流れ、滴る音。
 これに変な音が混じる。根や蔓を折って、削ってる? 悪魔共の伐採作業か?
 その音へ段々と近づく。進路方向からだ。そして頭上から聞こえる段階になって、旗手が竿の端を持って出来るだけ鯨油ランプの先を高く掲げて天井を照らすようにした。
 黒い生き物が、巨体を微小に揺すりながら天井に張り付いて木の根を齧っていた。
 見上げる皆の口が開いた。
 呆気に取られていると天井から落ちて来て第四中隊を六肢で踏み潰し、勢いに膝が曲がって腹でも潰す。腹の下の兵はしゃがんで無事な者も、首と腰を圧し折られた者いる。ただ無駄死にではなく、槍と銃剣で腹を突き刺しているのも見えた。偶然の反撃が多いが、一矢報いたのは間違いない。
 その恐ろしい巨体を見るに、南の国々を焼き払った悪名高い赤竜とは別の、翼は無いが六本脚の黒竜。地べたに這うような姿勢だが、脚一本が巨木の太さ。
「連隊、散兵戦! 距離を取れ、騎兵の道を空けろ!」
 歩兵達は隊列を崩し、黒竜の巨体へ銃撃出来る兵はしながら散開する。しかし湿気で不発、遅発が多い。
 有翼騎兵が一旦後退し、加速のために距離を取る。王をお守りするために我々近衛連隊も下がる。
 黒竜が巨体を捻りながら尾を振る。一体何十人が一度に薙ぎ払われたか不明だが、直撃した者は皆即死したであろう爆発に似た圧壊音。近くに飛んできた死体は全身が砕けて人の形をしておらず、全身から血と内臓を吐き出していた。
「砲兵が竜を狙う! 射線から出ろ!」
 この尾の薙ぎ払いで幸か不幸か、黒竜への道が出来た。
 共和国の突撃喇叭が鳴る。
 左翼配置の有翼騎兵第一波が突撃を敢行。横五十、縦二列。
 有翼騎兵が拳銃を撃つが、不発が多い。逃げ遅れた我が王国の歩兵が馬に撥ねられて踏み潰される。これは許容範囲だ。皆、こういう覚悟をして挑んでいる。
 目があるかも怪しい黒竜の口が開いて、草食獣のような鈍い臼状の、下手な鋭い牙より不気味な歯が並んで見える。
 口から何か吐き出した。人も馬も喚きだして倒れて転がり回って動かなくなる。
 第一波の左翼側が十余り、右翼側が三十余り無事に突進を成功させて黒竜の脚に騎兵槍を突き刺し、柄を折り、通り過ぎて抜刀、抜き様に斬りつける。
 痛そうに黒竜が、柄が折れて槍が刺さったままの六本の脚と尾を振り回す。残る四十騎余りの有翼騎兵が殴り潰されて倒れる。数騎は無事で、黒竜の背後へ回ったようだ。
 強烈に鼻を刺す臭いがしてくる。黒竜に何かを吐かれた有翼騎兵を見れば、既に武具諸共に人馬が溶けて崩れている。
 有翼騎兵が去ってから、それぞれに散開した歩兵達は黒竜を遠巻きにして銃撃を加え始める。湿気で不発が多く、射撃回数は少ない。
 鯨油ランプを竿に吊るす旗手達は陣形が崩れたことに合わせ、大きく広がってこの地獄の森全体を照らすように工夫している。未だ致命傷には至らぬものの、体中から血を流し、折れた槍を林立させるその姿は無敵の化け物ではないと教えてくれる。
 笛手は演奏を止めない。ここで悪魔の横槍を少しでも入れられたら終わりだ。黒竜に近寄ることはしないかもしれないが、絶対とは言えない。
 鼓手も太鼓の連弾を止めない。神のみを畏れる我々でも迷う時がある。それを少しでも迷わせぬためには聞き慣れた、動きを統率させることを思い出させる太鼓の音が必要だ。
 期を見た砲兵が黒竜へ向けて砲撃を行う。二人ほど兵士を砲弾で抉って巻き添えにするものの、着弾箇所から鱗と肉が剥がれ落ちて黒竜が鳴く。
 まだ鳴き、音が高く、異様に高く、あの悪魔除けの笛の音に慣れた我々でも頭を抱える程に高くて大きい。意識を持っていかれた兵士が倒れる。共和国の側でも耳を塞いでも暴れだした馬を処分するのに拳銃使用を躊躇わない。
 鳴いてから黒竜が跳ね、壁伝いに走る。あの六肢は根や蔦に、隧道の天井や壁自体を握って虫のように動き回る。
 視界が悪い地獄の森の中で、ましてや壁伝いに動き回る目標に射撃など出来ない
「弾薬を装填して機会を待て!」
 左翼の有翼騎兵の、主を失った従士達が黒竜憎しと追い始める。騎兵としては優秀だが、歩兵としては共和国はどうも駄目だ。
 黒竜がその従士達を仕留め易いと判断してか、壁から横飛び。死の覚悟を決めている従士達は槍に剣を前に突き立て、不発は多いが銃で迎撃して、背中からの体当たりに潰され、勢いのままに滑る巨体に擦られて消える。均された肉と服の跡が地面に張り付いた。
 共和国の歩兵が駄目というのは訂正する。彼らは命を捨てたが、やったのだ。
 右翼側の頭領率いる有翼騎兵が突撃喇叭を鳴らして二回目の騎兵突撃を敢行する。今潰れた従士達は囮として役に立ったのだ。
 背中を地面に、ひっくり返った甲虫のように足掻く黒竜の体側に有翼騎兵が拳銃を撃ち込み、そして騎兵槍を前に突っ込み、足掻く脚に潰され、吹っ飛ばされながらもその体側全体に騎兵槍が深く突き刺さって折れる。後続も槍を打ち込んで柄を折る。
 これで死んでくれと思うが、黒竜は体を丸めてから跳ね起きる。
 頭領は素早く有翼騎兵を後退させ、第一波の生き残りと合流し、従士隊の方へ戻る。次の騎兵突撃の準備だ。
 黒竜の脚を止めなければならない。
「突撃に進め! 動きを止めろ!」
 散開状態からの突撃。隊列も何もないが、規律によって一つになっている。六の脚に潰されても怯まず動きを止めに行く。
 銃兵に擲弾兵は懐に飛び込んで小銃で撃ち、銃剣で刺し、剣でも刺して根元まで抉り込む。
 士官、下士官、槍兵が六肢と尾に槍、斧槍を刺して引っ掛け、突き出して動きを出来るだけ鈍らせる。
 近衛兵も最低限の王の守護を残して攻撃へ移り、黒竜の柔らかい腹、喉、尻の穴を狙って騎兵銃も拳銃も撃ち、剣を突き刺して動きを止める。
 剣をいくつも体に突き刺し、刃の梯子を作って黒竜の背中へ上って傷口を抉りに行く兵士も現れる。
 擲弾兵が広げた傷口に点火した擲弾を捻り込んで爆発させる。味方が爆発を受けぬよう、擲弾が傷口から離れぬように手で押さえ、体を盾にしたままだ。当然腕ごと千切れる。
 黒竜は噛み付きはしないので難しいが、時折開けるその口に擲弾を放り込んで口内で爆発させた者もいる。
 軽いが故に早く動ける連隊砲が至近距離まで走って近づき、柔らかい腹に砲弾を抉りこむ。
 重傷と、剣や槍に刺されて無数の人間に体重を掛けられ、鈍りながらも暴れる黒竜の脚と尾に潰される兵士は常に数多。
 振る顎に潰され、量は減ったが吐き出される消化液が掛かって重傷を負う者、死ぬ者がいる。消化液に脚を滑らせて全身に浴びて死ぬ者も出るが我々は恐れない。畏れるのは神のみ。
 予備の武器を預かる者達も前に出てきて新たな武器を受け取る。黒竜の体に槍に剣を突き立て刺し込み続け、武器を林立させる。
 非常にこちらの兵士の数が減ってしまったが、遂に黒竜が、脚から力が抜けて体勢を崩す。
 有翼騎兵の突撃喇叭が鳴る。長めに鳴る。退避する猶予を与える長さだ。
「散開しろ!」
 我々は黒竜から一度距離を取る。足をやられて動けぬ者は小銃を持ち、受け取って撃ち続ける。
 頭領の有翼騎兵が三度目の騎兵突撃を行う。
 拳銃を射撃して近寄り、騎兵槍を突き出し、黒竜の頭から尾の付け根まで百から大分減じたの騎兵槍が突き刺さって柄が折れる。その課程で直前まで黒竜に銃撃を加えていた兵士の一部が馬に踏み潰される。
 黒竜が遂に倒れる。しかしまだ死んでいない。
 近接砲撃を行った連隊砲は軒並み潰されたが、遠くに控えた予備の連隊砲がある。そして黒竜の頭目掛け、止めを刺すために何度も砲弾を撃ちつけて頭蓋骨を砕く。
 項垂れて荒く呼吸をする黒竜の首の下に、持ってきた火薬を放り投げて集積して、擲弾をそこに投げて爆破。勢い良く跳ね上がり、爆音に負けず黒竜の太い首が折れて響いた。
 黒竜の荒い呼吸は止まった。頭部から脳みそこぼれている。
 勝利、しかし損害過多。
 歩兵連隊は三百名を下回って四分の一。近衛連隊も半数以下。士官と下士官の多くが死んだ。大砲は残り一門で火薬が無い。出番の無かった臼砲は首を折るのに火薬を使って置物と化した。
 生き残った者は疲れ切り、負傷者多数。共和国の部隊も半数以上を失っている。
 そして黒竜の消化液だが、あの臭いの酷さは毒の域に達しているようで、皆が疲労以上に具合が悪い。負傷者以外でも、太鼓を連弾していた鼓手ですら倒れた者がいる。共和国の馬も少しずつ疲労以外が原因で倒れている。
 そしてここで悪魔の集団が地獄の方からゆっくりと、まるで隊列を整えたかのように進んできた。その先頭にはこちらを嘲笑うかのように横に上に跳ねて踊る、悪魔共の指揮官である猿鬼。宝石で飾り、人間を舐めくさった面が気に入らない。
 この疲れ切った状態で皆が悪魔から逃げられるわけがない。
「諸君、ここで死のう」
 殿を近衛兵と歩兵と従士達が務める。我々は分かっている。
 有翼騎兵は馬を失った騎兵と、従騎士の中でも高貴な者、そしてわが国の王と、それから余裕があればとこちらの負傷した士官達を乗せて撤退する。地獄門前の広場には守備部隊がいるから大丈夫だろう。
 ここで方陣を組む? 否、我々を足止めをするのが仕事である。
 陛下さえ戻れば今回の戦、大勝利である。地獄門の情報が得られて、尚且つ竜も一頭殺した。奴等が地上に現れて数百年経つが、地下でのここまで決定的な勝利は無いのではないか。共和国とて白竜を討伐したのは冬の地上でのこと。
「では行こう」
 沈黙の肯定から、突撃へ移行。受けに回れば悪魔共は勢い付いてしまう。ならば前進攻撃あるのみ。
 前へ出る。王の保護を共和国の頭領に預けた以上、近衛連隊は全てを捨てて前へ出られる。
 予備の拳銃で猿鬼を狙って撃つ、不発。捨てる。嗤われる。
 二つ目を手に取って撃つ、不発……?
 猿鬼は大盾を持った牛鬼の肩へ飛び乗る。
 狙いを定め続ける。
 猿鬼は牛鬼の頭へ這い上る。
 ……遅発。
「勝ったぞ!」

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