人肌恋しい昼下がり
土曜日の午後は、退屈だ。何もやることがない休日は、家の中でごろごろ、ごろごろ。
洗濯物はたまっているし、床の上にも髪の毛がいっぱい落ちているから、洗濯して、掃除して、そういったことはしなくちゃだけど、日溜まりの中でまどろんでいると、全くやる気がしない。
やる気がしないから、やることがなくて、退屈だ。
テレビをつけても、土曜日の午後におもしろい番組はない。適当に選んだお笑い番組は、ちっとも笑えなかった。あれはたぶん、誰かと一緒に見るから楽しいものなんだと思う。
ごろごろ、床の上を転がっていると、学校の鞄が目にとまった。鞄の口があいている。昨日、宿題をやろうとしてあけたんだっけ。結局やらなかったけど。
鞄にぶら下がっているクマの人形と目が合った。「早く起きなさい」お母さんのようなことを言っている、そんな気がした。
いや、たぶん幻聴だ。疲れているに違いない。こういうときは、やっぱり寝よう。疲れているから、やる気が起きないのかもしれない。
でも、朝の間に三回も短い睡眠を繰り返したから、全然眠たくならなかった。かといって、起きあがる気もしない。
テレビを消すと、部屋は急に静かになった。
隣の部屋から、掃除機の音が聞こえる。きちんと掃除をしているみたい。私も、しないといけない。でも、面倒なものは仕方ない。
ずーっと日の光にあたっていたからかな。お日様の匂いがする。服からだ。いい匂い。今日みたいな日に布団を干したら、きっと夜は気持ちよく寝られると思う。窓際に布団を持ってくるだけでもずいぶん違うかもしれない。
ごろごろ、ごろごろ転がって、ベッドの脇に到着。寝転がったまま、布団を落とす――のはさすがに難しかったから、床の上に膝をついて布団を抱えた。これくらいならまだ動ける。
ところが、だ。二段ベッドだから、一段目はいいんだけど、二段目は立ち上がらないといけない。立ち上がるのは、さすがに面倒だ。迷ったけど、二段目のベッドを使っているのは私。しかたなく、のろのろ立ち上がって、布団を引っ張り落とした。
それから日溜まりの中に布団を投げて、その上に体を転がした。床で寝るよりも気持ちいい。でも、意識ははっきりとしている。
「……早く、帰ってこないかな」
誰かがそこにいれば、少しは起きあがる気になるかもしれない。だけど、今この部屋には誰もいない。
一緒に暮らしている兄さんは、午前中からどこかに行ってしまった。今日は夜まで帰らないといっていた。夕食もいらないって言っていたから、たぶん、とうぶん帰ってこない。
「誰か、こないかな」
鞄から携帯電話を抜き出して、メールを確認するけど、何もきていない。
一人の休日が珍しいわけではないけど、たまには、人肌が恋しくなる日だってある。
ごろごろ、ごろごろ。
こうして一日を過ごすのは、なんだかもったいない。もったいない気はするけど、やる気がでない。気力もない。体力はあるはずなのに、心が動きたがらない。
――それからしばらく、時間が過ぎたと思う。
突然、インターホンがなった。
「……っ!」
ピンポーン、という音に反応して、すぐに起きあがった。
こんなにも、誰かの訪れを望んでいた日が、今までにあったかな? いや、たぶんない。
「はーい!」
声も自然と明るくなる。髪を手櫛で整えて、素早く玄関の扉をあけた。
「扉を開ける前に、まず誰がきたのか顔を確認しろよ」そんなことを兄さんに何度も言い聞かされているけど、今はそれどころではなかった。テンションが上がっていて、正直兄さんの言葉なんてどうでもよかった。
扉の向こうにたっていたのは、大きな段ボールを抱えたお兄さん。
「ああ、すみません。宅配便ですけど、山田様のご自宅でしょうか?」
「……えっと、山田さんは、この隣のアパートの人です」
私が住んでいるアパートの隣も、同じ名前のアパートだから、こうやって配達員さんが間違えてくることがしょっちゅうある。
「すみません。ありがとうございます!」
今日はいい天気ですね、そう口を開こうとしたけど、お兄さんはすぐに去ってしまった。
「……」
もう少し、相手をしてくれたっていいのに。
「…………早く、帰ってこないかなあ」
人肌恋しい、昼下がり。
扉を閉めると、また、退屈な時間がやってきた。