1 私の場合
目的地も決めずに始まった当てもない旅路。私たち二人の旅路。
若葉に露が溜まる寒い朝も、真っ直ぐな日差しが照りつける暑い昼も、
日が落ち窓から見える空が曇る夕暮れも、暗闇迫る深い冷たい夜も
時代が作ったボタン一つでかけられる携帯電話と、伝言箱が一杯になるほど送ったメールが示すように
共有できる時間、暇さえがあれば二人は何時でも一緒だった。
人様から言えば禁忌とされるべき私たち二人の旅路。
でも我慢なんて出来ない。私はなんて我慢のできない人間なのだろう。
キラリと光る眼鏡をかけ、小気味いいチョークの音を教室中に奏でながら
ピシッと決めたスーツで教壇に立つ貴方の背中にどうしても愛おしさ感じてしまう。
そして私は貴方と旅に立つことを決めた。
春暖かな4月の空と舞い散る桜の花びらが私たちの旅路を祝福してくれた。
旅を始めて2ヶ月が経った。
この2ヶ月間、嫉妬と独占欲が強くなった気がする。
貴方が「可愛い」と言った物全てに嫉妬し、貴方が「欲しい」と言った物全てを取り上げた。
独りよがりな私と従順な貴方の旅路は、小さな躓きの連続だったかもしれない。
様々な局面と遭遇し、その度に私たちは衝突し、仲直りを繰り返し乗り越えてきた。
協力し合えば、二人はどんな困難も解決できると信じていた。
教え子と教師。
考え方、感覚、事実に襲い掛かる世間の目。
その差は歴然としているのに、どこか似ているようで似ていない二人の旅路。
貴方は私、そして私は貴方。
私たち二人はこれからも旅を始めた事を後悔しない。
そうだと今も信じてる。
2 俺の場合
目的地も決めずに始まった当てもない旅路。俺たち二人の旅路。
教師と教え子という奇妙な出会いから始まった二人の関係も、もうすぐ3ヶ月を迎えようとしている。
ワガママなアイツに振り回されて、俺はいつもクタクタだ。
従順だと思われるのは勝手だが、実を言うと支配されるのはそんなに好きじゃない。
毎日メールボックスを開くごとに目に入ってくるアイツの拙く他愛もない文章。
いちいち返信するのも億劫になってきているのを感じる。
だが、なぜだか俺は返さずにはいられない。どうしてだろうと考える。
同じ旅路を行く者だから?世間の常識だから?
答えはまだ見出せない。
ただ一つだけ、アイツとの旅路で判ったことがある。
アイツに出会って間も無く気づいたことなのだが、
自身すら見知らぬ自分の一面をアイツに『だけ』さらけだしているという事実に。
それに気づかせてもらえた分、俺は幸せと考えるべきなのだろうか。
それとも不幸と考えるべきなのだろうか。
けど、まだ二人の旅路は続いている。
3 私たちの順調な旅路、友人の小さな告白
私たち二人の旅路も8ヶ月が立った頃。
さして関係に関して噂もたたず、旅路は日に日に順調さを増していった。
この密なる学園生活もあと少しで、解放される。
年相応の子なら、これからの進路を憂い、考えるべき時期にさしかかっているのだが
私は今も貴方を征服する事で頭が一杯で、進路どころではなかった。
幸い私の両親は放任主義で、裕福な家庭環境の事もあり
まだまだ自由にやってていい時期と、勝手にタカをくくってた部分もあった。
「ねえ・・・さん?聞いてるの?」
「え?ああ、聞いてます聞いてますとも」
日差しが強い教室の窓際。
私の横の席に陣取る、笑顔の眩しい私の親友が話しかけてくる。
物思いにふけっていた私は、恥ずかしさを隠す反面
不審に思われてはいけないと思ってとっさに他愛の無い話で返す私。
差し込む太陽の光に白い歯を光らせ、微笑みの似合う彼女との付き合いも結構長い。
お互いに付かず離れずを繰り返して、適当な距離感と適度な刺激を分け与えてくれる彼女を
私は好きだ。親友と呼べる友達の中の一人だろう。
でも、そんな親友の前でも、私は貴方の事を思って妄想にふけってしまう。
大人しかった思春期を今猛烈に体験するように、遠くなった少女の自分を埋めるように
私は貴方の事を考える。同じ空間を共有し、同じ空気を吸い、教壇に立つ貴方を。
「内緒にしてほしいことがあるんだ・・・」
「何?」
「私ね、告白しようと思ってる人が居るの」
「へぇ・・誰?」
いつも快活な彼女にしては妙に口の辺りをモゴモゴさせている。
余り興味が無さそうに親友の話を聞く私。
失礼極まりないと思って
「あのね・・・――センセイ」
キーンコーンカーンコーン
いつもの調子ではない小声で彼女が言う前に、授業開始の鐘の音が大きく響く
私は我に返ると、親友の思い人が誰なのかかも問いたださず
ばつが悪そうにそそくさとと自分の席に帰る親友の背中を見ていた。
「そっか、あの子も恋してるのかぁ」
私は小さくつぶやくと、何事も無かったように授業を受けた。
次の授業は、私の得意科目。旅の片割れ、恋し愛する貴方の授業。
太陽の差し込む教室の中で、私はまた物思いに耽っていった。
親友は、来春就職するらしい。
真っ赤なスーツを決めて、私たちの前ではにかむ親友の姿は本当に印象的だった。
4 俺たちの小さな躓き、小さな出会い
俺たち二人の旅路も1年が経った頃。
教師と生徒の間で関係を持つこと、ともすれば
お互いに一触即発の時限爆弾を抱えているようなものだが
まだ寒さ感じられる3月某日。教え子のアイツが卒業を迎えることによって
この旅路の最も危ない橋を俺たちは無事渡り終えたのだ。
そして、ひょんな事から、俺はアイツと一緒に暮らし始めた。
最初の頃は、俺も若さゆえか未知数の事物に対しての冒険心が
甘い期待感を秘めた妄想を支え、膨大に膨れ上がる妄想を試験、体験することによって
絶対上手くいくと思ってた。
・・・けど現実は違ってた。
四六時中一緒に居るってのは、どうも落ち着かない。
不自由の発生はストレスに変わる。でも舵取りさえ間違わなけりゃ
これはこれで楽しいって考えながら三ヶ月が経った。
久々の大ゲンカ。くそっ、どうして俺たちはこういう方法でしか解決できないんだろう。
どう考えても俺に非はねえ。でも、そんなこと言ったってアイツは認めないだろう。
始まりはアイツの些細な嫉妬だった。
教え子の一人から届いたどうでもいい一通のメール。
思春期も過ぎた頃の成熟へと向かいたいという背伸びがメールの文面に反映され
それがあまりにも『利きすぎた』のだ。
どうやらアイツには刺激が強すぎたらしい。
そんなこんなで猛烈な勢いで家から追い出され
俺は、まだ春遠い寒さに耐え切れず一軒の飲み屋へと足を運んだ。
静けさが包む落ち着いた店の雰囲気に俺は誘われるように
飲み屋のカウンターに座ると、きつめのカクテルを注文する。
ヒゲの生えた初老のバーテンが、俺のしょぼくれた姿に何かを察したのか
ニンマリと俺に向けて笑みを向け、カクテルを運んでくる。
「お客さん初めてだね?とりあえずこいつはサービスだ」
ニンマリと笑うバーテンに対して「お前に何がわかる」と不機嫌そうに俺が
強めのカクテルをぐいっと口から飲みこむ。
「いい夢を・・・」
バーテンが意味深な台詞を吐いて俺の前を去る。
どうやら次の客を相手にするらしい。
「・・・ふへぇ・・・」
口腔内を程よく刺激する、キツイそのカクテルを2、3杯やるうちに気分を良くした俺は
そのうち、いつの間にか隣に座っている女の客が気になった。
俺が知っている顔に良く似ている。
肩まで伸びた黒髪に赤いスーツ、黒光りする革靴とブランド物らしいバッグ、
椅子にはクリーム色のコートがかかっている。
俺より少し小さめだが女性にしてみれば身長は高いと思う。
どこかで会ったような、どこかで見知っているような気がするが
誰だかは思い出せない。でも誰かに似ている。
酔っていることを武器にするのは狡猾だが、いい手段だと知っている俺は
その女の客に失礼と思いながらジロジロ見る。
「何か私にようですか?」
女が俺に話しかけてきた。
そして俺はそのまま酒の力を借りるように、その女と話をし始めた。
幸い、俺も彼女も相手がいなかった。
他愛ない話からし始め、砕けたところでお互いの身の上話もし始めた。
「・・・へぇ・・彼女とケンカして・・・追い出されたってワケね」
「なるべくココだけの内緒にしてほしいな。男としては恥ずかしいかぎりの話だし」
行きずり同士の話は止め処なく続き、店の中での時間は無限にも感じられた。
が、楽しい時間ほど過ぎるものの早いものはない。
俺も酒に呑まれながら、薄暗い店に飾ってあった古ぼけた時計を見る事
それだけは忘れていなかった。
「あんたと会話するのは楽しいな・・・だけど、そろそろお別れのようだぜ」
「え?なんで?」
俺は目の前に置かれたカクテルをグイッと飲み干すと、女に目をやる。
いつの間にかトロンとしていた女の目からは疑問の念が噴出し
どこかびっくりしたような声がカウンターに響いた。
「あれを見ろ」
店に飾られた古ぼけた時計を指差す俺。
時計は午前1時を回ったことを示していた。
「・・・もう1時だ。ここからは大人の時間だぜ?」
「まだ老け込むようなトシじゃないでしょ?なーにおじさんみたいな台詞いってんの」
目の前の女は、俺にそう言うとグラスをクイッと回しながら
残った青色のカクテルをグイッと一気に飲み干した。
「子供は門限を守る。お母さんにそう教わらなかったのかい?」
「子供扱いしないでよ!これでも私は大人よ」
女は不機嫌そうに立ち上がると怒ったように椅子にかけてあった上着をとり
店を出て行こうとした。
「待ちなよ。携帯忘れてるぜ?」
ガシッと俺の手から携帯を奪い取り鷲掴みにすると、
女は酔いつぶれそうになっている俺に向かってこう言った。
「ありがとう・・・さようなら・・・センセイ」
俺は酔っていたのか、最後の台詞が聞き取れなかった。
俺の名前を呼んでいたのだろうか?そのまま俺はまどろみの中に堕ちていった。
目覚めたのは夜が明けて、バーテンの「お客さん、店仕舞です」という声だった。
俺はバーテンが差し出した領収書を見ると、思わず俺は目を丸くした。
・・・しまった。飲み過ぎた。
店を出ると、俺はアイツとケンカしたことも忘れて
今日が日曜日であることを素直に喜べない強烈な二日酔いが襲う
鉛のような手、足、体を押して自宅へと舞い戻った。
ガチャン。
玄関に華奢で小さく蹲っていたアイツは俺の顔を見るなり
夜中泣きはらしたのであろう顔から、再び小ぶりの雨粒を降らし
子供のように俺に抱きついてきた。
「こんなこともあろうかと・・」
俺は目の前に泣きじゃくるアイツに、ポケットからスッとハンカチを挿し出す。
・・・目の前に子供のように泣きじゃくるアイツに貰った思い出のハンカチを。
二日酔いの頭にしては上出来過ぎる用意周到さに我ながら感心しつつも
俺たち二人は再び旅路をゆっくりであるが歩き始めた。
でも、いつの間にか癖になってしまったのか。
俺は旅路で躓く度に例の飲み屋にフラフラと行くようになった。
俺が行く度、いつもそこには例の女の客が居た。
知ってる顔だと理解しているが思い出せない、いつもそこにいる
肩まで伸びた黒髪に赤いスーツ、黒光りする革靴とブランド物のバッグを持った女。
旅の小さな躓きから始まった、小さな出会い。
いつの間にか、俺はその出会いに染まっていった。
5 私たちの亀裂、大きな代償
私たち二人の旅路も2年が過ぎた頃、去年のあの大ゲンカの日から
帰ってきた貴方の態度は朗かにおかしかった。
妙に優しくなったというか・・・我を通さなくなったというか・・・
従順さが増したというか・・・自分を出さなくなったというか・・・
怪しいと感じた私は、貴方が入浴していることを良い事に
いつものようにコッソリ貴方の携帯を覗き込む。
「それが普通」と、さも常識のように日々貴方の自由を意識的に奪っているとはいえ
この時ばかりは流石の私も罪悪感に苛まれる。
前に大喧嘩したときの原因もこれだった。
私の些細な猜疑心と嫉妬心。
いつも勘違いなのは知っている、でもやめられない。
私の前に悪魔が現れて勧めるのだ。
甘美な匂いを漂わせながら美味しそうに成る禁断の果実を噛じれ、と。
悪魔の誘いに乗り果実を噛じる私。
しかし、私は知らなかった。
禁断の果実を噛じるということが、どれほど愚かなことであるかを。
私はメールの一文を見ると、体中の血液がグツグツと煮え滾る思いをした。
顔は赤色に染まり、世間で言う鬼のような形相に私は一瞬にして変化した。
私が世界中で一番醜い私になる時だ。
「どういうことなのよ、これは!浮気でもしてるの?!」
入浴後でまだ髪も乾いていない貴方に、メールの一文を見せて申し開きを求める私。
いつもの貴方なら不機嫌そうに反論してくるはず、そう言わせたらコッチのもの。
私は貴方の必死で弁解する姿を見て、どこか快感に似たものを感じているのかもしれない。
さあ、その言葉を早く言って、早く、私の目を一心に見つめて今すぐ言って
「違う、誤解だ、君は勘違いをしている」って。
でも、貴方は私の思う通りの台詞を言わなかった。
「ごめん」
貴方の口から放たれた言葉、それは私の中を稲妻のように高速で過って
私の何かがピシッと音を立ててヒビ割れるような思いがした。
え、ちょっと、なんで、否定してよ。
なんで、なんで、なんで、なんでなのよ!
あやまるなんておかしいじゃない。いつもの調子で反論してよ!
ピンポーン
あっけにとられていた私を尻目に玄関で呼び出しベルが成る音が聞こえた。
「・・・ッ」
玄関へと逃げるように駆け出したのは私のほうだった。
今すぐに玄関に行かずにはいられなかったのだ。
なぜなら、貴方のメールの最後に来ていた相手からのメールにはこう書いてあったから。
『今から、あなたの家に行きます』
怒りを始めとしてあらゆる感情が噴出し
ドアを開けると、そこには肩まで伸びた黒髪と赤いスーツを着こなした知っている顔が現れた。
「あなたは・・・」
「・・・お久しぶりね、学生以来かしら?」
余りにも知りすぎている顔が目の前に。私の周りの空間が歪む。
今まで一歩一歩確実に歩んでいった足跡が砂嵐で消えていく。
辺りは静寂が支配し闇が広がっていった。
私が進んでいく道も、帰るべき道も、闇に飲まれ消えていった。
6、旅の終わり。
なぜ私たちの旅路はこうなってしまったのだろう?
永久にも感じられる時は無常にも私に解けない問題を投げかけた。
悪魔は私から貴方を奪い、私は残った『酸っぱくほろ苦くなった果実』をかみ締めた。
今までの旅路が終わる音が聞こえ、果実には涙の味がした。
でも、そんな私に再び悪魔が語りかけてきた。
「その果実を甘くする方法はあるぞ」と、
かみ締めていた涙の味のする果実は、悪魔にそそのかされ
言われるがまま憎悪と嫉妬の渦に包まれる。
・・・・・・・・・
もう、どのくらいたっただろう。
明かりがぼんやりとついているだけ。
ああ、手がこんなに汚れてしまった。
洗わなきゃ。
水道の蛇口をひねる。
冷たい水に手を触れると、みるみるうちに赤くなっていくわ。
洗面台に映る私の顔。
あれ・・・ルージュがはみでてる。
それに全身真っ赤。まるであの女みたい。
悪魔は事の後、最後に私に甘く囁いたの
「甘くない果実なんて捨ててしまえ」って
朱色に染まった携帯をスッと取り出すと
まだ青々しかった私たちの旅路が見え隠れする。
もう終わってしまった旅路なのに。
目的地も決めずに始まった当てもない旅路。私たち二人の旅路。
携帯を閉じ旅の終わりを告げる辺りに広がる光景に再び目をやる。
嫉妬と憎悪に満ちた私の口一杯に再び広がる
酸っぱくほろ苦くなった果実の最後の味を噛み締めると
赤い体を引きずりながら、迫る夜の闇へと逃げ出した。
|