飛べ飛べ、何処までも。
春の風をその身に受けて。
フライ・フライ・ダンディライオン。
「それでも……それでも俺は―――」
春の陽気に包まれてタンポポの咲き乱れる季節に、俺は屋上で今までで一番の大声を出した。
「はぁ〜。春って気持ち良いよなぁ〜」
屋上に寝転がり、壮大な青い空を眺める。
「う〜ん、授業をサボって昼寝も良いもんだ」
誰も居ない屋上を占領しているって事はかなり気持ちがいい。しかも、今日は快晴。こんな日に真面目に授業を受けてる奴の気が知れないね。
「えっと、今五限だから……よっし、三時間は寝れる」
屋上のやや中心から離れた、出入り口近くで、寝転がっている。うん、ちょっとの陰があって昼寝には最適だ。
何度も言うようだが、こんな良い天気に真面目に〜(略)〜知れないね。
その時、俺のいる場所のより少し上……つまりは出入り口の屋根に当たる部分だが、で、人の様な物が動いたような、動いてないような。
不審に思い、その方向に眼を向ける。
風が……一陣吹いた。
そこから見えたのは二本のスラリと伸びた白く長い足と………
「白」
俺は思わず呟いてしまった。
そこにいたのは、同級生の少女だった。肩口で切りそろえられた髪。綺麗なんだけど表情と言う物がない面白みの無い顔。学校で有名な“サボり魔”の少女だ。
「あっそう」
視られたのにも関らず、相手は如何程も恥ずかしがる様子は無い。
「……木村……普通、女子がそんな物見られたら恥ずかしがる物じゃないのか?」
「別に……。唯の布切れじゃない。別に視られても恥ずかしくないわ。大体、その考えで言ったら服を見られても恥ずかしがるって言う事になるわ」
……なるほど。
って、おいっ。なに納得してんの俺っ!?これは、そういうレベルの問題じゃなくて、こう男のなんていうか、こう……あ〜〜〜っ!!!!
一人、訳のわからない悶絶を繰り返えしている俺を尻目に、木村は空を眺めていた。
「つーか、お前はまたサボリか?」
「まぁね、水島君は、どうして保健室じゃなくてこっちに来たの?」
「外が気持ち良さそうだから」
そう言って、俺は目を閉じる。うん、気持ち良い。こんな暖かい日には保健室なんかより、屋上の方が絶対気持ち良い。
俺が眼を閉じたのが分かったのかどうかは分からないがそれっきり、木村は話し掛けて来ることは無かった。
それが、木村霞と話した初めての事だった。
それから数日、俺は木村と出会うことが度々多くなった。まぁ、屋上で出会うことなのだが。
クラスメートでもあるのだが、両方ともサボリ魔であるため教室で会うことは奇跡が起こる確率ぐらい低い。どれくらいかと言うと、まぁ、アレだ。ガン○ンクで、ス○ライクフリ○ダムガ○ダムに勝つ事ぐらいの低確率だ。
しかし、あのアニメはまだ、きちんと視てないな。まぁ、視たいとも思わんがね。
しかし、屋上でこいつと会う度にいつも疑問に思う事がある。
「なぁ、木村……」
「なに……水島君」
いつもの様に、木村が上にいて、俺が下。
いつもと同じ、変わらない日常。
その日常で、俺は日頃の疑問を口にした。
「なんで、いつも空ばっか見てんの?」
「楽しいから」
木村から帰ってきた言葉を聞き、つられて俺も空を見る。
……真っ青だ。雲すらねぇ……。
確かに綺麗なんだが……楽しくはねえだろう。
「何処が?」
つい俺は疑問の声を出してしまう。
「分からないの?」
木村が此方を見た後、溜め息をついて、再度口を開く。
……あれ?俺なんか変な質問した?別にそこまで変な質問じゃ無いような気がするんだけど?
「空ってさ、地球上で一番無限に近い、有限な物でしょう?それって凄くない?地面よりも、海よりも広い。私が見上げる空を、世界の何処かで、私と係わり合いの無い人が眺めている。今は、何人見上げているんだろうとかさそんな事を考えていると全然飽きる事ってないんだよね」
「へぇ……」
そのぐらいの反応しか出来なかった。
木村が唯の空でそこまで考えているなんて思わなかったから。
「なに、その反応?熱弁した私が馬鹿みたいじゃない」
「あっ、そう言う意味じゃなくて、木村の発想が凄すぎて、どう反応すればいいか分からなかったんだよ」
「それはそれで馬鹿にされてるような気が……」
「違うって!!そんな意味じゃなくて本当に感心してただけなんだって」
俺はあわてて弁解する。
何で、必死になってるんだろう?
「うーん、そんなに難しい発想だったかなぁ?私的には結構良い考えって思ったんだけど」
そして、木村は何かを考え出した。
「あー、木村?」
不思議に思い、木村へと声を掛ける。
「うーん、じゃぁこういった方が良いかなぁ?“空はキャンバス”私はそのキャンバスに“絵を描いてる”って」
………あー、木村ぁ?お前ってもしかしなくても電波系?
「あー、電波を受信するんじゃないですよー?」
俺は精一杯の慈愛の声を掛ける。
「やめてよ。その冷たい雨の日に捨てられた子猫を見つけた傷心のOLみたいな眼でこっちを見ないでよ」
……うん。説明的なセリフをありがとう。でも、アレだよ?突っ込みの時に表情が変わってないよ?口調も変わってないし。
「まぁ、要約すると『空を見ながら想像に耽ってた』ってこと」
「うっ、まぁ、そんなところ」
キーンコーンカーンコーン
チャイムが一日の終わりを告げる。どうやら今日は此処までのようだ。
「じゃな、木村」
「うん。また明日」
「おーう」
……また、明日……か。
その、明日と言う言葉に、なぜか頬が緩むのを感じた。
ぼーっと、空を眺めている。
今日も、雲ひとつ無い晴天である。
別に何か楽しいというわけでもない。
どちらかといえば面白くない。つまらない。
だが、他にする事も無いから眺めていると言うだけである。
ふと、視線を斜め上に向けてみた。
「………」
どうやら今日も木村は飽きることなく空を眺めるつもりらしい。
「木村ぁ」
取り敢えず声を掛けてみる。
「なに?」
此方を見る事はしないが返事はしてくれるようだ。
「なに考えてんのー?」
間延びした声が、空へと吸い込まれる。
木村は此方を見る。
「水島君」
「んぁ?」
「風に吹かれたタンポポの行き着く先を知ってる?」
「……はっ?」
タ……タンポポ?
「だから、タンポポよ、タンポポ。あの風に吹かれると綿毛が飛んでいくやつ」
「いや、言われなくてもわかっているが……」
最初は何の冗談かと思ったが木村の眼は真剣そのものだ。
どうやら、冗談の類ではないらしい。
「……地面」
俺はボソッと答える。我ながらかなり現実的な答えだ。ははっ、笑えるなぁ。
「現実的過ぎか?」
多少苦笑いしながら返答を求める。
「いや、いいんじゃない?」
しかし、返って来たのは予想とは違った物だった。
「はっ?」
思わず聞き返す。
「いや、だからさ、その地面って考え方。確かに地面に行き着くってのは凄く現実的かも知れないけど、それは見方を変えたら命の巡りを表していて、季節が巡る毎に、花が咲き、その花が綿毛になり、風に吹かれて飛び、その種が芽を出し、また花が咲く。そして、綿毛が飛ばされる。そして、その種からまた花が咲く。ねっ?そう考えたら綺麗なもんじゃない?」
「そう言う考え方もあるな」
「でしょ?」
そこで、一つあることを思いついた。
「なぁ、木村」
「ん?」
「お前だったら、何て答える?」
そう言うと、木村は空を見上げる。どうやら考え中のようだ。
「川」
ポツリと、その一言だけを木村は呟く。
「はっ?川?」
「うん。川」
しっかりと木村は頷く。
「なんで?」
その質問に、木村は空を眺めながら語りだした。
「川ってさ、水が流れるじゃん。風に乗った綿毛は、その水の流れに乗りもっと遠くの……風では運べないような遠い所にその花を咲かせるんだ」
木村は俺に説明している今この瞬間もキャンバスに絵を描いてるのだろうか?タンポポが川の流れに乗り、全然違う場所に花を咲かせる風景を。
確かに綺麗だ。凄い発想かもしれない。だが、現実主義者的にはその発想には、一つだけ欠点がある。
「おいっ……木村……」
「ん?なに?」
どうかした?と言う顔で木村はこちらを見てくる。
「その考えだと、遠くに行っている内に種は腐っちまうぞ」
「………」
「………」
二人の間に変な沈黙が流れる。
おもむろに、木村は口を開く。
「やっぱり、現実主義者は駄目だね」
……おいっ。
それが、その日の最後の言葉であった。
それから数日の間俺は真面目に授業を受けていた。
なぜかって?それは定期テストが近いからだ。出席日数が少ない分はテストでカバーしなくちゃ成らないからな。
しかし、眠い……眠すぎる。
まぁ、一限目は現代文だ。別に寝てても大丈夫だろう。
窓際の最前列と言う、春の陽気と、教師の視線に包まれるベストポジションで、俺は夢の国へと旅立っていった。
「……い。おいっ、起きろ。起きろっ、祐っ!!」
誰かの声で、俺は目を覚ます。
「ん?なんだ。雪村か」
瞬きを繰り返しながら、自分の後ろの席を見る。
「一限目が終わったのか?次……なんだっけ?」
欠伸を噛み締めながら眼の前の男に尋ねる。
あぁ、雪村の事を知りたいなら、今度要が書く『兄バカ(またの名をシスコン)』でも読んでくれ。……気が向いたら書くそうだ。
まぁ、それは置いといて。
質問をしたら雪村は変な顔をしやがった。
喩えるなら、可哀想な子供を見る大人みたいな。
「おい……祐」
あっ、因みに祐ってのは俺の名前ね。
「もう、放課後だぞ」
「……はっ?」
What?Why?
「外を見ろ。外を」
そう言って、雪村は顎をしゃくって窓の外を指す。
「………」
外は真っ赤に燃え上がっている様にとても赤く、カァーカァーとカラスも鳴いている。
「カラスもお家に帰ってるな」
「あぁ、お前今日は八時間寝てたぞ」
「そうか……春とは恐ろしいな」
「俺はお前が恐ろしい」
とりとめの無い会話をした後、少しの間窓の外を眺めて席を立った。
「ん?どうした祐?」
「んー、屋上行ってくる」
「あ、そう」
「そう言えば……」
今の雪村を見て、疑問に思う。
「何でお前此処にいるの?」
「あぁ?妹を待ってんだよ。なんでも買い物に行くから荷物持ちだとよ」
雪村はそう言って、窓の外を眺めながらホロリと涙を流す。
「そうか……頑張れよ」
「……おう」
雪村の返事を聞きながら俺は屋上へと向かっていく。
別に理由なんて無い。
ただ、木村と話したかっただけだ。
いつも、ボーっとしていて何も考えて無い様に見えて、一切生活と関わりが無いような事を考えている不思議な変人木村と無性に話したくなったのだ。
コツコツコツと、階段を上っていき、屋上の扉に手を掛ける。
――もう、いないかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎりもしたがかまわずノブを回す。
木村はいた。ただ、いつもと違う。それは上にいるのではなく、下でフェンスの向こう側を見ていた。
その後ろ姿がいつもの様な感じではなく今にも消え入りそうな雰囲気を漂わせていたから俺は一瞬声を掛けるべきか迷った。
だが、木村はすぐに此方の方向に振り返った。
「「あっ……」」
二人の声が重なる。
「よっ。水……島君」
いつものように木村が俺に話しかける。
だが、木村はいつもと違っていた。
普段は感情を映す事が無い瞳が濡れている。そして、その雫は頬に流れ落ちていた。
そう、木村は………
泣いていたのだ。
俺はすぐにその場を走って逃げた。
怖くて……恐ろしくて走って逃げた。
何で、逃げたのかは、良く分からない。
いや、分かっている。
なぜ、怖がっているかを。
それは、木村が泣いていたからだ。
ただ、怖かったのだ。
木村が泣いていたのを見て、怖くなった。
だから、
俺は
走った。
あの日から、俺は少しずつ木村を避けるようになった。
元々、人付き合いが苦手でクラスから浮いていた俺は雪村ぐらいとしか会話をする事もなくなり、また、その会話もたまに交わすぐらいになった。
つまり、屋上に行く前と同じになった。
話し相手が一人減った。ただ、それだけだ。
授業を受けるのもめんどくさくなって俺は保健室へと入る。
「おや?どうした?最近顔見せなくなったから死んだのかと思ったぞ」
眼の前で白猫が声を上げる。
「別に……具合が悪いんで寝させてもらいます」
「あぁ、別にいいさ。好きにしろ」
因みにこの猫はシロと言う名前でこの保健室の番人だ。
一度驚いて突っ込んだところ『ちっぽけな常識で物事を縛り付けるな』といわれた。
保健室のベットに入り天井を眺める。
別に眠たくは無いので、ずっと天井を眺めている。
「なぁ、水島」
「なんすか?」
シロさんがカーテンの向こう側から話しかけてくる。
「逃げた気分はどうだ?」
「………」
俺は声がでなかった。
「いや、実は私もあそこにいたもんでね。じっくりと話を聞かせて貰ったよ」
「それで」
別に興味が無いという風な声を出す。
「なぜ、逃げ出した?もしかしてまだ怖いのか?人が」
代わりにシロさんは、物凄く面白そうな声を出す。
この人は……完璧Sだな。
「どうでもいいでしょう。そんなの」
「じゃあ……」
シャッと、カーテンが開けられる。
しかし、眼の前にいたのは銀髪の美人さんだ。この人もシロさんだ。
俺が保健室通いを繰り返しているうちにわかったのだがどうやらシロさんは人と猫に姿を変える事が出来るらしい。
「あの、木村霞の異変について教えてやろうか?」
わざとらしい笑みを浮かべてシロさんは口を開いた。
「だから、どうしろってんです」
シロさんの話を聞いた俺の開口一番の言葉がこれだ。
「別に。動くかどうかはお前次第だ」
――此処まで話しておいてその後の行動は俺任せかよ。
心の中で毒吐く。
「ん?嫌そうな顔だな。もしかしてその年で何も決められない子供と言う訳でもあるまい。だが、もしもそうなら私がどうすればいいかを教えてやってもいいぞ?」
意地汚く笑いながらシロさんは返答を待つ。
「………」
何も言わぬまま俺は立ち上がる。
「ん?動くのかい」
「具合が悪いので早退させて貰います」
「そうかい」
そう言って、シロさんは早退了承書とか言う早退する旨を伝える紙を書いて俺に渡す。
「んじゃ、さっさと帰んな。悪ガキ」
「へいへい、不良教師。そうさせていただきますよ」
そう言って、俺は保健室を後にした。
「たくっ、あのボーズは世話が焼ける。気に成ってんならさっさっと行動しろっての。後悔してからはおせーんだぞ」
自分しか居ない保健室でシロは先程までいた少年に向かって毒吐いた。
「まぁ、考える暇も無く物語りは進むがな……」
「どうしようも……ないだろ」
先程のシロさんとの会話を思い出して、自分のベットに転がる。
そう、どうしようもないんだ。俺に出来る事なんて殆んど無い。
いや、皆無だ。
だが、それでも……
――動くかどうかはお前次第だ。
そう、シロさんは言った。
一番どの方法がいいは分かっている筈の癖に……その癖にあいつは自分で決めろといった。強制はさせなかった。
なら、これが俺の選択だ。
逃げる。向き合う前から勝負を捨てる。
それが、選択だ。
「ははっ。卑怯だな俺……」
時計を何気なく見る四時十分……。もうすぐ学校も終わるな。
そのとき、屋上での光景を何気なく思い出していた。
ヴゥゥゥ……ヴゥゥゥ……ヴゥゥゥ……
携帯のバイヴが鳴る。
どうやら、メールのようだ。
そのメールを見てみる。
発信元木村霞。内容――
「ははっ。木村……これは安直過ぎだろ」
――動くかどうかはお前次第だ。
「あんの野郎……動かなきゃいけないだろ。これは」
そう言いながら、自分の家を飛び出した。
走って、走って、走りぬいて、着いた場所は屋上へと続く階段。
悲鳴を上げる脚に鞭を打ち更に地面を蹴る。
あのメールを貰ってから十分……。待ってくれているだろうか?
バンッ!!
勢い良く扉を開ける。
――何処だ。何処にいる。
辺りを見回す。……いたっ、フェンスの向こう。
「木村っ!!」
大声を出して呼び止める。
すると、木村は意外とあっさりと此方を向く。
「来てくれたんだ。水島君」
木村の眼に、力なんて無かった。
いや、何も写してなかったのかもしれない。
「死ぬのか?」
その問いに、木村はゆっくりと頷いて口を開いた。
「うん、そのつもり。最期は自分の好きな風景を眺めながら死ぬんだ」
さっきの考えは訂正しよう。
木村の眼は案外スッキリしていた。
多分その眼は、何もかも諦め、“死”を覚悟した人の眼なのかもしれない。
俺はゆっくりとフェンスに近づいていく。
ゆっくりと、酷くゆっくりと一歩、一歩を意識しながら。
それは、木村にかける言葉を捜すため。
だが、無情にも距離だけが近づいていく。
そして、あと四歩……三歩……二歩……一歩。
何も……思いつき何てしなかった。
「あのさ……話し聞いてくれる?」
どうすればいいのか迷っていた俺より先に木村が口を開いた。
「この前、私泣いてたよね。それさ、両親の事でなんだ」
目尻が濡れている。先程までまた泣いていたのだろうか?
「元々さ、人付き合いが苦手でさ……それで、学校もあんまり馴染めなくて。屋上か家にいる時ぐらいしか、落ち着く時が無かったんだ。友達なんて、呼べる人もいなかったし」
そうだ……。そういう意味で木村と俺は“同類”だったんだ。
“表情なんてあんまり変わらなくて、人間味の欠けた無機質な人形”
それが、木村と俺の“共通点”だった。だから、俺は素の自分を出せたんだ。
「それでね……両親が離婚しちゃうんだ。まだ、してはいないんだけどね。あんなに仲が良かったのに人が変わったみたいに連日喧嘩ばっかでさ……」
そうだ……その事が切欠で気付いたんだ……。
木村が泣いていたのを見て、木村が人形なんかじゃなくって人間なんだって……。
それから、怖くなったんだ。木村が自分の知らないモノになったみたいで。
「それでさ……、なんかもう色々と疲れたなぁって思ってさ。だから……休もうかなって思って……」
木村の声が段々と震えてきている。
「あのさ……」
俺はゆっくりと口を開く。
「俺も……人と関りあうのが嫌だった。ずっと独りでさ。それで良いんだって思ってた。だからさ、そんな俺と似た考えの奴に出会えて嬉しかったんだ」
「水……」
木村が何か言おうとしたがそれを無視してまた口を開く。
「でもさ……俺逃げたんだ。アンタが泣いてるのを見て逃げたんだっ!!」
「水島……」
「ごめん……。怖かったんだ。アンタが泣いてるのを見て……どうしようもなく怖かったんだ……」
か細くて、聞こえているのかどうかも分からない位小さい声だった。
「そう……。ごめん」
木村から突然の謝罪が来た。
「えっ?」
頭がついていかずに出た言葉はかなり困惑していた。
「下、騒がしいからもう行くね」
木村が言ってから下が騒がしい事に気がついた。
「死……ぬのか?」
俺の言葉に、木村は笑って頷いた。
「そう……か」
ゆっくりと木村は屋上の段差の縁に足を掛けた。
俺は、ただ、その動作を見ていた。
――いいのか?
俺は自分に問い掛ける。
――また、あの時みたいに逃げるのか?
その時、俺は行動に出た。
ガシャンッ!!
フェンスに掴みかかる。
「死ぬなっ!!」
陳腐なセリフだと、自分で笑えてくる。
木村の動作が寸での所で止まる。
「死んじゃ駄目だっ!!」
ガシャンッ!!
また、フェンスを揺らす。
どれだけ叫んでも、どれだけ声をからしても人一人救うことが出来ないかもしれない自分に嫌気が注す。
「なんで?」
木村は少し困ったような微笑を浮かべる。
「俺は、アンタがどれだけ悩んでいたか分からない。きっと、死ぬって事を選んだのは、必死に悩んで、悩んで、悩み抜いてでた結果だと思う」
俺は叫んでいた。必死に……。
なんで必死なのかは自分でも良く分からない。
いや、分かっているのに、分かっていない振りをしているだけだ。
「だったら死なせてよっ!!なんで、休ませてくれないの?これでも私必死になって考えたよ?考えて、行動して……でも、どんどん悪くなっていくだけで……。それで悩んで、悩んで、悩みぬいて……。もう、ほっといてよ」
「死ぬなっ」
また、同じ言葉を叫ぶ。それだけしか出てこない。
いつの間にか俺は泣いていた。多分、泣いたのは十年ぶり位だろうか?
「死ぬなっ!!生きろっ!!」
単調で、説得にすらならない言葉しか出てこない。
それでも、俺は必死に叫ぶ。
「なんで?」
木村は淡々と言葉を返してくる。
必死になっている俺が場違いに思えるくらいに。
俺は、一瞬言葉に詰った。
「なんで?なんで死んじゃいけないの?」
別に、死んだらいけないって言う確固たる理由があるわけじゃない。
多分、唯の俺のエゴだ。
「……死んで欲しくないから」
俺は呟くように言う。
理由なんて身勝手で、理不尽で、全然救いの手を差し伸べる事にすらならないけど……
「死んで欲しくないんだっ!!」
それでも、俺は叫んだ。
「そう」
木村から帰ってきたのは短い言葉。
「でも、私は死にたいから」
必死になっている俺を尻目に、淡々と木村は飛び降りる準備を進める。
このまま、黙って見ているしかないのか?
「嫌だっ!!」
黙って見ているのは嫌だ。厭過ぎる。
足掻けるまで、足掻いてみよう。
どんなにカッコ付かなくても、必死になりすぎて笑われても、俺は最後まで足掻いてみたい。
「生きろっ!!死ぬなっ!!」
何度も、同じ事を叫んだ。
「なんで?」
「生きてて欲しいから」
ガシャンッ!!
フェンスに掴みかかりながら喋る。
「アンタに生きてて欲しいからにきまってんだろうっ!!」
顔なんて涙と鼻水でぐしゃぐしゃでカッコなんて全然付かなくて、他人が見てたらきっと笑っているだろう。
「いっつも空ばっか見てて、なに考えてんだか良くわかんなくて、辛い事があっても平気なように振る舞って………」
「それでも一生懸命、悩んで死ぬことを選んだんだって思う」
「けど、生きて欲しい」
この言葉は、今言うべき言葉じゃないかもしれない。
けど、言わなかったらきっと後悔する。
けど、その気持ちを言葉にすると、在り来たりで、窮屈な服を着せてるみたいで。
でも、その言葉を伝えるしか知らなくて。
「アンタが好きだから生きてて欲しいんだよっ!!」
理由はめちゃくちゃ身勝手で、相手の苦しみを分かってるとは思えなくて……
それでも
俺は
叫んだ。
「木村っ!!俺はアンタの事が好きなんだよっ!!」
ガシャンッ……
フェンスの揺れる音が聞こえた。
空を飛ぶタンポポの綿毛が、地面に墜ちた。
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