忙しい。非常に忙しい。わたしは今非常に忙しいわけ。わかるか、猫!
―って、そんなばかなことしている場合じゃないんだ。とにかく、この忙しい日にバイトが二人もやめてしまった。世間でいう夏休みがはじまって、さぁ、いよいよ今年も忙しくなるぞってときに。きっと、店長のせいだ。店長があんなにふんぞり返ってるから若いバイト君の癪に障ったんだ。口だけでなんにもしないあの社長が。あー、もう。それに慣れているわたしもわたしだけど。
とにかく、夏は常時ギンギンにクーラーをきかせて、アイスでもいかがっすかーっていうこの態度が自分の首を締め付けている。おまけにここのコンビニはプールにも近いし、花火に最適な河原にも近い。あー、もう。儲かってしょうがない。
「ちょっとお前、酒買いすぎ」
「ほら、お菓子はいいの!」
「パン…パンかぁぁぁぁ」
「飲むヨーグルトってあるかな…」
なんだよ、それ。うるさいってば。ついでになんども出入りするし、外からきた人は熱気むんむんで暑い! だけど、だからって飲み物の棚を開け放つなってのに…。
「っと、二千三百四十四円になります」
「…あっ、あと唐揚げください」
「あげません。言うの遅いです」
なんていえるはずもなく悲しみの笑顔で別の袋に唐揚げを入れる。ああ、もう。これ、あと何回やればいいんだろう。めまいがしないのが不思議だった。
「ちょっと、これ賞味期限切れてるじゃないの!」
うわっ、まじですか。賞味期限切れてるのはあなたの顔ですよっていいたくなるおばさんが割り込んであたしに言ってきた。あたしはそれを受け取って確認するけれど、確かにそのサラダは賞味期限が一日過ぎたものだった。よく気づいたなってくらいに細かい字だったけど。
「申し訳ございません。少々お待ちください。 こちら、おつりの八十円になります」
あたしはとりあえず待ちぼうけていたお客さんにおつりを渡して、棚にそのサラダを並べていた店長を呼びにレジをでた。さっきまで並んでいたお客さんはおばさんの大声を聞いてもう一つのレジの列へと並びなおしていた。賢い。
「あの、店長。そのサラダ買った人が賞味期限切れてるって怒ってるんですけど…」
「…まいったな。じゃあ、とりあえず君はこれ並べておいて。僕がレジいくから。 …もーしわけございません、お客様!」
客相手だと店長はいやに腰が低い。くねくねと普通ならぎゃくにむかつくくらいに腰が低い。おばさんはちょっと勝気な笑顔を浮かべた。
あたしはそれを横目に問題のサラダと同じ種類のものをせっせと棚に並べる。こんなもの機械だってできるって単純作業。だけど、あたしはとんでもないことに気がついた。
「これ、三個に一個くらい賞味期限切れてるし!」
あー、もう。まじですか。つい口にだしてしまった。たまたま誰も―というかあたしが邪魔で誰も近くにいなかったのは不幸中の幸いだ。
これも、これも、これもか…。
あたしは仕方なく五個ほど賞味期限切れのものをピックアップして、こいつがいなければ! とむかついてそれらをゴミ袋に入れた。こんなもの、捨ててしまえ!
店の裏の路地にはさっき見た猫がちょこんと座っていた。なんだか、ゆったりとしていて幸せそう。それにとてもかわいい。
「でもね、君にあげれるもの、ないの。ごめんね」
こんな小さな命も幸せにできないってか。あー、もう。ごめんなさい。
裏口から戻ると以外に店が涼しいということに気づいた。なんだか、気持ちがいい。―ちょっと、休んじゃおっかな。
スタッフオンリーの扉の向こう。ドアのガラスはマジックミラーになっていて、こっちからは忙しい店内が見える。ちょっと、一服だけね。こういうときに弱い人は自分を積極的に肯定してしまう。だって、疲れたもん。もう十分頑張ったじゃんか。それは全部、言い訳。
イスに腰掛けてなんとなく開いた自分の携帯に電話がきていた。友人―いや、高校からの親友からだ。ああ、こいつもしかしたら。
いつもあたしがこの時間帯にバイトなのを親友は熟知している。それでも電話をしてしまうって時はきっと何かがあるときだ。そして、何かというのは必ず彼氏とのケンカだ。もう出合って七年。三年間は二人と一緒に過ごしていたので大体わかる。
さすがに電話をするわけにはいかないわたしはメールを書いた。
「自分に素直になるがいい」
二人ってことでさくらんぼの絵文字を添えた。
きっとこの一言ですぐに仲直りしちゃうんだろうな。あいつらの愛は本物なわけで。―ってあれ、今、親友の笑顔が見えた。気のせいか。
「次の人どうぞー」
店長の声。あー、もう。働きますよ。休みなんて終わり! さぁ、仕事、仕事! |