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第二章
空き巣の真相
 私はおそるおそる二人が座るチャーチチェアーに歩み寄る。

「着替え、終わりました。すみません、部屋をお借りしてしまって」

 そう言うと、藤本さんは頬を緩めてうなずいた。

「神崎さんが着ると制服も一段とかわいらしく見えますね」
「そんな……」

 藤本さんの言葉にいやらしさは微塵も感じられない。純粋な褒め言葉に私は照れてうつむいた。
 私は一日ぶりに、制服を身にまとった。緑のブレザー、緑のリボン、緑のチェック柄のスカート。ブレザーやスカートのデザインは凝っているのだが、配色に工夫はみられない。全身緑の地味な制服だ。緑じゃないのは、下に来ているシャツくらい。ただ……不思議なことに、男子のネクタイだけエンジ色。変なところに統一感がない。女子のリボンもエンジ色にすればよかったのに。

「そうか、昨日、制服も買ってたんだな」

 和幸くんがそう言って、チャーチチェアーから立ち上がった。

「う、うん。念のため、と思って……。あ、ブレザー!」

 私は思い出したように、和幸くんに駆け寄って、手に持っていたブレザーを手渡す。

「ありがとう」
「おう」

 軽く返事し、和幸くんはブレザーに腕を通した。いつもと変わらない和幸くんだ。私は無意識に和幸くんを凝視していた。

――俺はカヤを連れ出すべきじゃなかったんじゃないか……て思えて仕方が無い。

 和幸くんのその言葉が頭に響く。私は、二人の会話を聞いてしまった。着替えが終わり、藤本さんの部屋を出ると、和幸くんのそんな言葉が聞こえ、私は立ち止まってしまった。藤本さんの部屋から教会へ続く短い廊下で、じっと息をひそめていたのだ。盗み聞きするつもりではなかった。ただ、姿を現すタイミングを逃してしまった。あんな深刻な会話をしているときに、ひょっこり顔を出すなんてできないよ。

「カヤ、どうした?」
「え!?」

 気がつくと、和幸くんが目の前で手を左右にふっていた。いけない。ボーっとしていた。

「なんでもない」

 会話を盗み聞きしてたんだ、なんていえるわけがない。私はつくり笑顔をはりつけた。

「学校、行かれるんですね」

 藤本さんが横から心配そうに尋ねてきた。私は藤本さんに体を向けて、今度は本物の笑顔を浮かべる。

「はい。じっとしていても、考え込んじゃうでしょうし。学校に行ったほうが少しは気が晴れるんじゃないか、と思って」

 それに、私は劇のヒロイン。文化祭までもう間もないし、アンリちゃんを心配させるわけにはいかない。実のところ、私は張り切っていた。今まで友達もいなかった私は、学校のイベントなんて他人事で興味はなかった。楽しそうにしている周りを見て、私は余計に孤独感を味わっていた。イベントのたびに、自分が独りだってことを思い知らされる。でも、今回は違う。私は『参加』している。アンリちゃんは今まで会った女の子と違った。二ヶ月たった今でも、嫉妬や妬み、そんなものを一切感じさせない。きっと彼女は、単純に劇の成功が第一で他は気にしてないんだ。これで練習を休み続けたら、それこそ反感を買うのだろう。もちろん、だから練習にいきたいわけじゃない。劇の稽古は、私にとって大切な場所になっていた。クラスでは、いつも通り、私は浮いている。でも、劇のときは違う。私には役割があって、必要とされている。皆のために私ができることがある。私はチームの一員。それが、何より嬉しかった。

「それもそうですね」と藤本さんは微笑んだ。だが、心配しているのは隠せていない。ちらりと和幸くんに目をやると、「念のため、注意するように」と低い声で唱えるように言った。
 和幸くんは真面目な表情でうなずく。

「あ、そうだ」

 私は、とても大事なことをわすれていたことに気づく。藤本さんに会ったら最初に言わなくてはならなかったこと。それは……夕べの失敗。あれ、そういえば……さっき、藤本さんは『おつかい』のミスは許さない、て言ってなかったっけ。なんか、こわいな。

「はい?」と、藤本さんの柔らかな声が聞こえた。
「あの……」

 私はおそるおそる藤本さんを見つめる。

「夕べ、資料を手に入れられなくて……すみません」

 シスター・マリアほどとはいかないが、私は出来る限り丁寧に頭を下げた。偉そうに自分が行く、と言っておいて、何も手に入れられなかった。和幸くんに任せておけばこんなことにはならなかったかもしれない。藤本さんに、和幸くんに、申し訳なかった。

「神崎さん!」

 いきなり、藤本さんの声が響いた。やっぱり、怒られる? そう思ったのもつかの間、藤本さんのしわだらけの手が私の肩をつかんだ。

「やめてください」
「え……」

 私が顔をあげると、藤本さんが苦渋に満ちた表情で私を見つめていた。

「そんなこと、なさらないでください」
「でも……」

 藤本さんは、首を横に振る。何も言わないでくれ。そういう意味だろうか。

「和幸から、夕べのこと、全部聞きました」

 藤本さんは私の肩から手をはなすと、姿勢を正した。私も体を起こし、隣にいる和幸くんを見つめる。和幸くんは申し訳なさそうに微笑んだ。

「ご両親のこと、残念でした」
「!」

 このときばかりは、その言葉を素直に受け取ることはできなかった。藤本さんの言う『残念』が皮肉のように思えて仕方が無い。惜しい人を亡くしましたね。そんな意味で言ったのではないだろう。藤本さんや和幸くんは、両親が人身売買を斡旋していたのではないか、と疑っていたのだ。もしそうなら、両親はカインノイエにとって許せない相手。真相が分からなくなって『残念』だった。そういわれているような気がしてならない。

「……いえ」

 私は藤本さんの目を見ることはできなかった。

「頬のあざも、カインノイエの責任です。まことに、申し訳ない」

 私はハッとして頬のあざを隠すように触れた。隣の和幸くんがどういう顔をしているのか、怖くて見ることはできない。このあざを一番気にしているのは、和幸くんのような気がしてならない。和幸くんは優しい人だから、全部背負い込んでしまいそうで心配だった。このあざも、私が勝手な行動を取ってつくってしまっただけなのに。

「このあざは……」と、私はあざから手を離してはきはきと言う。「このあざは、空き巣に殴られたのであって、カインノイエのせいじゃありません」

 我ながら、正論だと思う。和幸くんに殴られたわけじゃないもの。誰かが悪いというなら、空き巣だ。両親の死をいいことに、人の家に入り込み、物をあさり、見つかると暴力で解決しようとした。護衛を頼まれた和幸くんが責任を感じるのも分かるけど……私には、だからといって和幸くんが悪い、というのは見当違いに思える。
 自信満々に藤本さんを見つめていたのだが、藤本さんはあっけにとられていた。私の言葉があまりに意外だったのだろうか。すると、藤本さんは眉をひそめ、和幸くんに目をやった。

「空き巣?」

 藤本さんがそう和幸くんに尋ねる。
 え? そこなの? 私のほうも、きょとんとしてしまった。

「和幸くん、空き巣のことは話してないの?」

 夕べのことは聞いた、と言うから、てっきり空き巣のことも話しているのかとばかり。いいえ、話しているはずだよね。空き巣の話がなかったら、夕べの出来事の何を話すというの?
 私と藤本さんに見つめられ、和幸くんは居心地悪そうに顔をしかめていた。

「わたしは空き巣の話は聞いていないぞ」

 藤本さんは腕を組んだ。カインのリーダーらしい、厳しい顔つきになっている。やっぱり、ただのおじいちゃんではないんだ。私は横目で藤本さんの表情を見てそんなことを心の中でつぶやいた。

「話してないからな」

 和幸くんが軽い調子でそう返す。

「どういうことだ?」
「空き巣なんていなかったからだ」
「え!?」

 二人のやりとりを見守っていた私だったが、思わずそんな声をあげてしまった。空き巣がいなかった? あれ? 和幸くん、あの指輪で見てたはずなのに。まさか、気づいていなかったの? 私は眉をひそめて和幸くんに迫る。

「いたの、空き巣が。それも四人も! (うち)をあさってたの。宝石とかいろいろバッグにつめてた」

 そのうちの一人が、私の頬を殴ったんだよ。そういいかけて、私はやめた。和幸くんに面と向かってそんなことはいえない。和幸くんは、きっと自分のせいだとおもっているに違いなかったから。

「ああ、なるほど」という藤本さんのため息交じりの声が聞こえた。

 なるほど? 何が?

「神崎さん」と、私に真相を打ち明けたのは和幸くんではなく、藤本さんだった。「彼らは空き巣ではなく、警官です」
「え……?」

 自分の耳を疑った。警官? あの人たちが? そんなわけあるはずがない。

「そういうことだな、和幸」

 藤本さんは、腕を組んだまま和幸くんに目をやる。

「ああ」と短く返事をしてから、和幸くんは心配そうな表情で私に諭すように言う。「カヤも見ただろ、警察手帳」

 ハッとする。そういえば、ひげの男が提示してきた。でも……

「偽物じゃないの?」
 
 私はおそるおそる和幸くんに尋ねる。偽物だと信じたかった。

「本物だ」

 俺にはわかる、と言いたげな自信に満ちた表情だ。

「でも、あの人たち、家をあさってたよ。父の宝石まで持ち出そうとしてた。あれは、捜査だったっていうの?」

 夕べの男たちの様子が頭に思い浮かぶ。まるで録画した映像のように、はっきりと鮮明に思い出せる。笑いながら、父の私物を欲望のままにあさる男たち。誰もいないのをいいことに、スーツをその場で試着している男もいた。そして終いには、私を殴った。ずきっと頬が痛んだ気がした。傷がうずく、てこういうことをいうのかな。とにかく、彼らが警官のはずがない。
 和幸くんは、私の肩に手をおいた。

「あれがあいつらの捜査なんだ」
「……」

 返す言葉が見つからない。頭が混乱して目が泳ぐ。

「事件の現場で捜査とかこつけ、物を盗む。よくあることなんですよ、神崎さん」

 藤本さんが遠慮がちに切り出した。でも、そんなこと信じられない。へえ、そうなんですか。なんていえる話じゃない。

「警察は、もう機能していません。腐敗しているんです」
「!」

 藤本さんは恐ろしい言葉をさらりと言ってのけた。私は、思わず藤本さんに振り返った。藤本さんは難しい表情を浮かべている。

「もちろん、模範的な警官も中にはいます。しかし、組織、というものは、一人、二人がどうにかできるものではありません」
「そんなことって……」

 私は気が遠くなった。警察も信用できない、てことなの? 思わず、チャーチチェアーに腰を下ろす。和幸くんはあわててしゃがみ、私の顔をのぞきこんできた。

「大丈夫か?」

 和幸くんは、いつもそう尋ねてくるな。私はいつも心配させてばかり、てことかな。

「警察が腐敗しているというなら……」

 私はぎゅっとスカートを握り締めた。

「両親を殺した犯人は……誰が見つけてくれるの?」
 
 何かあれば警察に電話すればいい。それが常識だった。困ったときは警察が助けてくれる。そう信じていた。でも、もしそれがもう成り立たないとしたら……一体、誰が助けてくれるの? 誰に助けを求めればいいの?

「カヤ……」

 和幸くんは、スカートを握り締める私の手をつつむように左手を置いた。

「腐敗しているといっても、警察は警察だ。仕事はする。きっと、犯人を捕まえてくれる」

 私は、何も答えられなかった。和幸くんの優しさは有難かった。でも、その言葉を信用していいのか分からなかった。犯人はきっと捕まらない。そんな気がしてならない。

「カインノイエが出来ることは、全てしてみましょう」

 まるで慰めのような、そんな藤本さんの言葉が聞こえた。
たびたび、警察に関するイメージを悪くするようなことを書き、申し訳ありません。繰り返しますが、フィクションです。
あくまで、設定上のことですので、ご了承ください。
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