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第一章
おあいこ
「ねえ、和幸くん」と、カヤの落ち着いた声が聞こえてきた。

 緊張に体が強張る。罵られるのを覚悟した。当然だ。俺は、騙してたんだ。カヤの両親を調べるために、友達面してカヤに近づいた。最低……だよな。しかも、いい顔してカヤの相談に乗って……。
 カヤが今ここで泣き出しても、俺には謝ることしかできない。泣かすようなことをした、と自覚している。

「謝るときは、人の目を見て謝るものよ」
「!」

 ぎくりとした。
 ソファに寝転がったまま、背もたれを睨みつけるようにじっと見つめ、深く息を吐く。
 そうだな。カヤの言うとおりだ。
 俺はむくりと起き上がり、カヤのほうを向いて座り直した。それでも……顔を上げるのは躊躇われた。
 ごくりと生唾を飲みこんで、膝においた手に力をこめる。
 情けねぇな。なに、びびってんだよ。何を……恐がってるんだ? なんでこんなにカヤと目を合わせるのが恐いんだ?

「和幸……くん?」

 心配そうなカヤの声に、俺ははっと我に返った。なにをぐだぐだ考えこんでんだ? 
 調子を取り戻すように咳払いをし、短く息を吸って顔を上げる。そして目があったのは――微笑を浮かべる、天使のような少女。思わず、息を呑んだ。何度でも、カヤを目にするたびに、時間が奪われる。彼女を見ると、時間が止まってしまう。見とれてしまうんだ。どんなに優れた彫刻でもここまで完璧な美を創りだすことはできないだろう、と漠然と思った。
 たまらず、目をそらしそうになって――なんとか、堪えた。
 照れてる場合じゃないだろ、と自分を叱咤する。
 言わなきゃいけない。俺はもう嘘はつきたくない。嘘でしか創れない関係は、もうたくさんなんだ。

「悪かった」

 カヤの目をじっと見つめて、そう言った。
 カヤは、真顔で俺を見つめている。分からない。怒ってるのか? それとも……

「うん」と、カヤは急に微笑んだ。何事もなかったかのような、満面の笑み。俺はあっけに取られた。「は」とすっとんきょうな声がこぼれる。

「こちらこそ、ごめんなさい!」

 そう言って、カヤはぺこりと頭をさげた。

「え……」

 ごめんって……謝られるとは思いもしなかった。

「なにが……だよ」

 こっちは、深刻になって謝ったっていうのに……なんだよ、これは? 気がぬけた。
 俺が戸惑っていると、カヤはくすくすと笑いながら顔をあげた。

「おあいこだもの」
「え?」
「私だって、和幸くんのこと利用したんだよ? おとり捜査のために」
「あ……」
「ね。あおいこにしよ」
「……」

 カヤは顔を赤らめて微笑んだ。
 この笑顔だ。俺は、彼女の笑顔を見ると、救われる気がする。

「そっか」

 俺も、つられたように笑ってしまった。
 
「それにね……」

 カヤは、静かにそう切り出した。

「和幸くんが親切にしてくれたのは、カインのお仕事のためだったかもしれない。でも……嬉しかったから」
「へ」

 俺、親切にしたか? いつも、カヤの前に居るときは、何かとあわてて……親切するほどの余裕もあったとは思えなかったんだけど。

「それに、こうして助けに来てくれた。私が売られるかもしれない、て思って……連れ出してくれたんでしょ?」
「ま……まあ、な」
「始まりなんてどうでもいいと思う。大事なのは、今の気持ち。私は今、嬉しい。両親のことはショックだけど……きっと、向き合えると思う。――和幸くんが、居てくれるから」
「え……」

 俺が、居てくれるから……? どういうことだ?
 今度は、カヤが俺と目をあわそうとしない。なんだか……照れてる。

「あ……」

――『災いの人形』は、あなたに恋をしています。

 リストの言葉が頭をよぎった。うそ、だろ。
 俺はまたカヤを見つめた。相変わらずもじもじしている。
 かわいい……って、いや、そんなこと考えてる場合じゃないんだよ! カヤの両親は人身売買を斡旋してて……俺は、こうしてカヤをその家から連れ出した。
 とりあえず、カヤは安全だ。これから、カヤの両親がカヤを誰に売ろうとしていたのか……なぜ、売ろうとしていたのか。いろいろ、調べなきゃいけない。明日、藤本さんに話しに行かないと。
 それに……『災いの人形』だ。そう、彼女は『災いの人形』なんだよな。まだ、信じられないけど、俺はケットとかいう天使にも会っちまった。俺なりに、受け止めていかなきゃならない。

「和幸くん?」
「へ……」

 カヤが、上目遣いで俺を見てきた。
 ちょっと待て。よく考えてみろ……
 なんだ……このおいしい状況は? なんか、まずくないか? 俺の鼓動が、いきなり超特急だ。

「え……なに?」

 俺は無理して笑顔をつくった。絶対に、違和感ある笑顔になってる。

「和幸くんって……」

 ごくり、と喉を鳴らす。これは……砺波のもってた漫画でしかみたことのない……アノ状況か?

「和幸くんって、アンリちゃんから聞いたの?」
「……え」

 アンリ?

「あの劇の秘密……知ってるんでしょ」

 あ……そっか。アンリ、言ってたな。あいつ、カヤにあの劇が実話だってこと言ったって。
 にしても、俺、アホみたいだな。なに、変な想像を……
 砺波の『中学生か!』というツッコミが聞こえてくる。

「まあ……」気を取り直し、俺は質問に答える。「想像ついた、つうか……。分かったよ。アレが実話だ、て」
「やっぱり! だから、同じこと言ったんだね」
「え?」

 同じこと? アンリが? 一体、何の話だ?
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