藤本和幸。おもしろい人だな。
目の前で混乱している人を観察して、興味深い、なんて思ってるオレは、冷たい人間なんだろうか。
でも、本当に興味深い人だ。
さっきオレは「少なくとも『収穫の日』までは、オレは彼女を見守るつもりです」と告げた。その上で、「せめて、『収穫の日』まで神崎カヤに幸せを味あわせてほしい」と続けるつもりだった。
『人形』がこの人に惚れてるのは一目瞭然だったからね。藤本和幸に、あわよくばあと4ヶ月間だけでも付き合ってくれないか、と頼むつもりだった。
オレなりの、罪滅ぼしなんだろうな。ほんの少しでも・・・『人形』に幸せでいてほしいんだ。裏工作をしてでも・・・
オレは、本当に自己中心的な人間だよ。そんなことしても結局は自己満足だろうにな。
だが・・・この男は、アレが生き残る方法を探ろうとしている。神に創られた人形だと知ってなお、救おうとしてる。オレの話を信じてないわけじゃないだろう。話を受け止めて、その上で、変えようとしている。使命・・・運命・・・理・・・そんな、決められたルールを変えようとしている。
神にあらがう本能・・・そんなものを生まれ持ってるんだろうか。それがもし、『創られた子』である性だとしたら・・・オレもそれがあるのか? 神の子孫であり、『ルル』に『創られた』オレにも?
「問題はね、『テマエの実』がどこにあるか分からないことなんだ」
気づくと、話すつもりもなかったことをオレは切り出していた。
見たくなったのかもしれない。『創られた子』が何をしでかしてくれるのか。
「『テマエの実』は『パンドラの箱』の中に現れる。
『収穫の日』・・・つまり、『災いの人形』が17歳になる誕生日にね。
本来ならば、それまで『パンドラの箱』はある神殿で大切に保管されるものなんだ。
そして『収穫の日』、『マルドゥク』と『ニヌルタ』の王が決闘し、
『テマエの実』を奪い合う。それがしきたりだった。
オレもそのつもりで・・・『ニヌルタ』の王を討ち、『テマエの実』を得るために、
ずっと鍛えられてきた。
だが・・・ある人物が、それを破った。彼は『パンドラの箱』をどこかに持ち去ったんだ。
今も、どこにあるか分からない。
だから、こうしてオレは『災いの人形』を探し出した。
『パンドラの箱』がどこにあるか分からない今、
『災いの人形』を見守り、『テマエの実』を食べるのを防ぐほかないからね」
藤本和幸は、オレの話をじっと聞いていた。なにも言ってこない。
なんだ、もうあきらめたのか?
「『ニヌルタ』・・・てなんだ?」
「・・・・・・え?」
仕方ない・・・かな。あれだけ、一気に話して全部覚えろなんて無理な話だ。
オレも、リチャードに小さい頃から、毎晩のように聞かされたんだ。そこらの童話よりもずっとよく聞いた。
「『ニヌルタ』は、『ルル』を嫌う神『エンリル』の子孫だよ。
オレの一族『マルドゥク』は『ルル』を守るためにエリドーに残った。
だが・・・『ニヌルタ』の一族は違う。『ルル』を滅ぼすことを使命としている。
『災いの人形』に『テマエの実』を与え、『終焉の詩』を唱えさせ、
『ルル』を滅ぼす。それが彼らの使命」
「じゃあ・・・『パンドラの箱』もそいつらが持ってるんじゃないのか?」
「いい考え方だね♪
でも、違う。彼らも必死に探しているはずだよ」
そう、オレは知ってる。誰がそれを持っているのか・・・
藤本和幸もそれに感づいたのだろう。疑うような視線でこちらを見ている。
「どうやら・・・そっから先は俺が首をつっこむべきじゃないみたいだな」
さすがは、裏世界で生きる『カイン』。引き際も良く分かってるな。
藤本和幸は肩をすくめてため息をついた。
「ロウヴァー」
しばらく間をおいて、藤本和幸は急に深刻な表情になって言った。
「俺には『おつかい』がある。
『カイン』である俺には、『おつかい』は何よりも優先される」
「かまわないよ。あなたが神崎カヤの傍にいてくれるのは、オレも助かるから」
本心だ。こうして全部話してしまったのだから、なおさらだ。
彼女の正体を知っている人間に彼女の傍にいてもらえれば、心強い。
「正直言って、あの呪いは厄介だ。そっちは、なんとかしてくれるんだよな」
「もちろん」
「わかった」
藤本和幸は、すっかり冷静になっていた。さっきまで取り乱したり、興奮したり・・・と不安定だったけど・・・生まれた瞬間から複雑な世界で生きてきた人だ。適応能力は人並み以上なのかな。
「正直、まだ混乱してる」藤本和幸はそう言って立ち上がった。「とりあえず、今日一日復習してみて・・・考えることは考えてみるよ」
考えることは考えてみる?
神の遺伝子をもつオレには、言語の壁はない。生まれつき、全ての言語をマスターしているといっていい。だが・・・『考えることは考えてみる』という言葉は理解できなかった。
「どういう意味?」と聞くと、藤本和幸はフッと笑った。
「今後の身の振り方を決める、てことかな。
今は、何を考えればいいのかさえ分からない。俺が考えるべきことなのかも分からない。
神サマは・・・こんなに身近じゃいけない存在だからな」
「?」
結局、返答も理解できなかった。
「あ、そうだ」
玄関に向かう背中をオレは呼び止めた。
「ロウヴァーって呼ばれるの慣れてないんだ。
リスト、て呼んでくださいよ。先輩」
先輩は、振り返りもせずに鼻で笑った。
「お前も、先輩、なんて使うなよ。寒気がする」
* * *
和幸が去った部屋で、リストはナンシェの写真を手にしていた。
「ロウヴァー・・・。オレが『創られた』ことを隠すためにでっちあげた苗字。
マルドゥク家で呼ばれることなんてなかったからな・・・
こんなに呼ばれて嫌な気分になるとは知らなかった」
ナンシェの写真を見ていると、リストは鏡を見ている気分になることがあった。
見た目が似ているとはよく言われたが、そういうものとは違う。
ナンシェの人生は、リストがもし『創られた子』でなかったら歩むはずのもの。
そして、リストの人生は―――――――――。
ナンシェは、リストにとって、自分のもう一つの人生の可能性を映す鏡のようだった。
もちろん、ありえないことだとは分かっている。だが、ナンシェを見ていて、リストはそんな空想を描いていた。
「リスト」
ふと、キラキラと星のくずのような光とともに、ケットが後方に現れた。
リストは、ナンシェの写真を棚に戻し、ため息をついて振り返る。
「ケット。また勝手に現れて・・・
本来、オレが名前を呼んだときにしか現れちゃいけないんだよ」
リストは、わがままな弟をたしなめるように優しくしかると、ケットの頭をなでた。
「ごめん」
「勝手に藤本和幸のあとをつけたりして・・・
結果的に、いい展開になってるからいいけど。
なんのつもりだったの?」
リストは、そういいながら、テーブルのティーカップをかたづけ始める。
ふと、コップいっぱいに残った紅茶をリストはしばらく見つめた。和幸は一口も口をつけなかった。リストは、どこか寂しさを感じた。
「友達に、なりたくて!」
ケットが突然、ぎこちなくそういった。
「ええ!?」
リストは、なぜか動揺してケットに振り返った。
「ちょっと、話がしてみたかったんだ。かずゆきと・・・」
「・・・・・・あぁ・・・そう」
リストは変に自分が緊張しているのに気づいた。明らかに自分は動揺している。それが不思議だった。
その様子にケットも気づいていた。
「どうしたの?」
ケットは心配そうにリストの顔をのぞきこむ。
「なんでもないよ」と言うと、リストはティーカップを持って台所へと向かった。
その様子に、ケットは悲しく微笑んだ。
「やっぱり・・・友達になりたいのは、リストのほうなんだね」
ケットは知っていた。リストが『創られた子』であることは、最大の秘密。
神の一族が、クローンに関わるなど、絶対にあってはならない。だから、リストは自分の正体を誰にも言わずに生きてきた。ずっと、一人で背負ってきた。ナンシェにも言えずに、ずっと一人で。
しかし、今は・・・・・・
ケットは、さっきまで和幸が座っていたソファに手をかけた。
「やっと話せる相手を見つけたんだね」
台所から水が流れる音が聞こえてきた。
ケットの周りにまた光の粒があらわれ、ケットは姿を消した。
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