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第一章
放課後の雨宿り③
 突然の雨に、俺と神崎は雨宿りをすることにした。丁度近くに古いバス停があった。運よく天井つきだ。二人でそのバス停にかけこんだ。

「助かったな」
 
 俺はそう言って、びしょぬれの制服を見下ろした。明日までにかわくかな。隣の神崎に目をやると、俺におとらず上から下までびしょぬれだ。雨にぬれた横顔に、俺はつい見とれてしまった。

「分かってたんだけどな……」神崎はつぶやいた。

「え?」
「雨ふるの……分かってたの。朝、家でたときから」

 そこまで言って、神崎は俺に振り返る。にこっと微笑むとバス停のベンチに腰をおろした。

「小さい頃からね、天気とか……予想できたの。『分かった』ていったほうがいいのかな。雨がふる、とか……雪がふる、とか……直感的に『分かった』の」

 一体、何の話をしてるんだ? 俺はいまいち話についていけてなかった。

「つまり……」言いながら俺もベンチに腰をおろす。「予知能力?」

 予知能力……ね。自分で言ってておかしかったが、こんな世の中だ。遺伝子操作とかでそんな人間がつくられてもおかしくはないだろう。

「そういう超能力みたいなものではないと思う。才能、にちかいのかなあ」
「才能……」

 やっぱり、神崎の言っていることは理解ができない。
 俺がぽかんとしているのに気づいたのか、神崎は、あはは、とつくり笑顔をうかべた。

「ごめん、変な話しして。聞き流して」
「……」

 と、いわれてもな……どう反応していいのやら。
 俺が戸惑っているのに気づいたのだろう。神崎は無理やり、前の話題に戻した。

「それで、さっきの続きなんだけどね。小倉くんも今までと同じ目にあっちゃったんだと思うの」

 同じ目……?

「つまり……小倉は、神崎に近づいたために、神崎の『ストーカー』にやられたってことか?」
「うん」

 神崎は思いつめた表情でびしょぬれの革靴を見つめている。
 外の雨は激しさを増している。俺も神崎もしばらくなにも言わなかった。神崎はどういう気持ちだったのか分からないけど……俺はとりあえず神崎が話し出すのを待っていた。沈黙は雨の音にかきけされ、特に気にならなかった。
 かすかだが、神崎の息をすう音が聞こえた。俺は神崎に振り返る。丁度そのとき、神崎の口が開いた。

「夕べね……小倉くんにつきあってくれ、て言われたの」
「え!?」

 きゅ、急にそんなこと告白されても……俺はどう反応したらいいのやら。

「断ったんだけど……しつこく迫ってきて」言いながら、神崎はうつむいた。「うやむやにして、逃げちゃって」
「……そっか」

 俺に言えるのはそれくらいしかなかった。こんな『普通の恋愛話』、聞く機会なんてないんだ。俺に気のきいた反応をしろ、というほうがおかしい。

「それで、今日小倉くんと顔をあわせたらどうしようかな、て悩んでたの。そしたら!」

 神崎は顔をあげて、こちらを見た。泣きそうな表情だった。

「……あの怪我……それに、あの捨て台詞、か」俺は続きを言った。
「うん」

 神崎が、この一連のストーカー事件に相当参ってることがよく分かった。転校をつづけてる彼女だ。こんな話ができるような近い友人がいるとも思えない。両親はこのことを知ってるみたいだが……彼女の様子をみると、転校以外に何か手をうってくれているとは思えない。きっと……ずっと、一人で抱え込んでいたんだろうな。

「それで……俺はどうしたらいいの?」
「え」

 ここまできたら、神崎が俺になんでこんな話を打ち明けてきたのかは大体予想できる。神崎に近づいた男は大怪我をする。彼女はそれを知っているのに、俺とわざわざ二人きりで会った。つまり……

「おとり捜査……したいんだろ」
「!」

 神崎は目を丸くした。俺に言い当てられたのにびっくりしたんだろう。

「なんで俺を選んだのかはわからねぇけど…もう、終わりにしたいんだろ? そのストーカー騒ぎをさ」
「……」

 う……。神崎にそんなに見つめられると、俺もどうしたらいいのか。
 彼女は俺をじっと見つめていた。それも、潤んだ瞳で。俺はいてもたってもいられず、目をそらした。

「だったら、おびきよせて捕まえるのが一番手っ取り早いもんな!」

 それに……と俺は思った。これは俺にとっても好都合だ。このストーカー捜査を理由に神崎に堂々と近づける。うまくいけば、家を調べることもできるかもしれない。

「ごめんね」

 雨にかきけされるくらい小さな声で神崎が言った。

「え」
「ありがとう……」

 なぜか、神崎は泣いていた。
 
 それから、神崎は俺に、今までのことを話してくれた。
 彼女の容姿や才能が他の女子の嫉妬をまねき、ひどいいたずらがあとをたたかなかったこと。一連のストーカー事件で、彼女に近づくと怪我をするという変な噂がたち、皆に避けられていたこと。前の高校では、呪われている、とまで言われていたこと。
 話を聞いていて分かった。彼女は、『きれい』とか『かわいい』とか、褒められることに嫌悪感をもっている。それは、恐怖感なのかもしれない。彼女を孤独にしているのは、その完璧さだからだ。

「でも……」と俺はつぶやいていた。
「え?」
「でも……やっぱ、うらやましいよ」
「うらやましい?」

 雨がこぶりになってきていた。雲の間から、太陽がほんのすこしだけ顔をだした。

「それは、与えられたものだから」
「……?」
「見た目も、才能も……神崎がもっているものは全て神様に与えられたものだ。たとえ、それで嫌な目にあったとしてもさ……」

 神様、という言葉に神崎は驚いたようだった。一瞬、目を丸くしたのが視界の片隅にみえた。
 そりゃそうだろうな。神様、なんて本気で語る男だとは思ってなかっただろうし。急にそんな単語を会話に出されたら驚くに決まってる。でも……俺にとって、それは大事な存在なんだ。本当にいるかどうかは別として……

「与えてもらったものをどう使うかは自分次第だ。神崎はそれをうらんでるみたいだけど……俺は、もったいないと思うよ。全部、神崎しか持ってないものなんだ。それだけで、充分、価値があるものだよ」
 
 神崎はきょとんとしている。俺の言ってる意味が分からないんだろう。それでもいい。別に、分かってもらおうと思って話したわけじゃない。この感覚は神崎に分かるはずがないんだ。カイン以外の誰にも……分かるはずはない。
 とにかく、と俺は微笑んだ。

「神崎は、もっとそれを有効活用すべきだよ。せっかくの贈り物なんだから」
「……」

 神崎はぽかんとしている。俺……くさすぎたか? なんだか照れくさくなり、いてもたってもいられなくなった。そわそわと立ち上がると、雨のやんだ明るい空を見上げる。

「いやあ、通り雨だったなあ」なんて、気のぬけたことを言ってみる。
 すると、「驚いた」と神崎がぽつりとつぶやいた。

   *      *        *

「驚いた」と、つい口をでていた。
 藤本くんは、振り返って私を見つめた。顔は少し赤らんでいる。

「え? ああ、確かに。いきなりやんだなしな」

 あはは、と笑う彼の表情はぎこちない。また、あの笑顔だ。

「あ、うん」と私はごまかしたが……驚いたのはそこじゃなかった。

 彼のさっきの話……。あれは、前、アンリちゃんが私を劇に誘ったときにしてくれた話と一緒だ。私が劇を断り続けていたある日、アンリちゃんは私の家を訪ねてきた。どうしても、劇の注目度をあげたいんだ、と懇願する彼女に、私は注目をあびたくない、と話した。正直に、今までのことを、さっき藤本くんに話したように打ち明けた。
 すると、彼女も藤本くんと同じことを言ったのだ。それがなんだ! と彼女は一蹴し、せっかくの容姿なんだから有効活用しろ、と私に言った。そして、ある秘密を話してくれた。あの劇に隠された秘密を……。

「ねえ、もしかして……藤本くんもアンリちゃんに聞いたの?」

 思い切って私は藤本くんに問いかけた。

「え? 何が?」
「だから、さっきの話…」
「さっきの……? どこ? なんで、急にアンリ?」
「……ううん。やっぱり、勘違いだった」

 私は、両手を振って笑って見せた。藤本くんはきょとんとしている。本当に、アンリちゃんから聞いたわけじゃない……みたいね。じゃあ……偶然? それとも……

「さて、雨もやんだし、帰るか」藤本くんは、そう言ってのびをした。
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