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預言者 エノク②
「へ?」
「フェスティバルだ」
「ど、どうしたの?」

 リストは身を翻すと、足早にフェスティバルが行われている通りへと進みだす。
彼は、何かを感じていた。それは、変な胸騒ぎだった。でも、嫌なものじゃない。漠然と何かが分かったような気分だ。

「リストー、まってよ」後ろからケットの呼ぶ声がして、リストは立ち止まって振り返る。
「ごめん、ケット」

 ケットはぱたぱたとリストのもとへ走ってくる。彼には、リストがなぜ急ぎ始めたのかさっぱり分からなかった。

「とにかく、フェスティバルにいこう」リストは、ただそれを繰り返す。
「何度も、それはきいてるよ…一体、なにがあったの?」

 二人はまた足並みをそろえて歩き出した。今度は、リストもケットをおいていかないようにゆっくりと歩いている。
 リストはしばらく黙り、またさっきのカードを見つめた。

「エノクは…きっと、気づいている」
「!」エノク、という言葉にケットの顔つきがかわった。しかし、リストはそれに気づくこともない。緊張しているようなこわばった表情でカードをみつめていた。
「きっと…全部、分かってるんだ。もしかしたら、オレが会いに来ようと思うもっと前から…オレが来ることを知ってたのかもしれない」
「……そうだね」ケットは、静かに言って、微笑んだ。
「それが、エノクというものだからね」

* * * * * *

 エノク、という存在がいることは、リチャードから幼いときからきいていた。きっと、それはあいつには分かっていたからだ。オレが、エノクを必要とする日がくることを。
 オレには情報がたりなかった。使命も運命もわかってる。ただ、それをなすための情報が欠けていた。

「リスト! あそこじゃない?」

 ケットはそう言って坂の上を指差した。坂には大勢の観光客と大道芸人がいる。この風景、見覚えがある。

「すごいね、リストちゃん!」

 オレの頭の中で、ナンシェのそんな声が響いた。もう、あのときのように、ナンシェと旅をすることはないのかもしれない。今度、ナンシェと会えるのはいつなんだろう。というより…また会うことはできるのか?

「リスト? どうしたの?」
「え?」

 急に、ケットの声が耳にはいってきた。

「いや…ちょっと考え事」言って、ケットがさっき指差した『占星術の館』なるものに足を運ぶ。占星術、というから、もっと怪しげな店かなんかだと思ったが…どうやら普通の家みたいだ。
 扉を開けると、リビングには、歳も国も様々な客がイスに座っていた。入ってきたオレを、皆がいっせいに見つめてきた。

「…どーも~」小声でそう挨拶するが、誰も答えることなくまた顔をもとにもどした。
「なんだか、変な雰囲気だね」
「そうだなあ」

 それにしても、これは皆、客なのか? だとしたら、本当に有名な占星術師だ。
 だが、それらしき人はどこにもいないし。そもそも、受付、とかはないのか? 部屋はただのリビングで、イスやソファがあるだけ。オレはあたりを見回し、とりあえず、近くに座っているめがねをかけた少女に聞くことにした。

「ごめん。聞きたいことがあるんだけど…」

 少女は黙って、めがねをとった。なんか…妙な雰囲気の子供だ。

「ここに有名な占星術師がいるってきいて」
「あそこの部屋に行きましょう」
「え?」

 少女はめがねをささっとふくと、またつけた。なんなんだ、この子は?

「部屋って…あぁ、そこが受付なの?」
「ふふふ」
 
 笑い声はオレの後ろから聞こえた。振り返ると、そこにはソファに座っている老婆いた。なにも、笑われることは言わなかったと思うけど。

「何か、変? おばあちゃん?」

 すると、老婆は得意そうに微笑んだ。

「ここの占星術師様には、受付なんていらないんだよ。誰が来るかなんてもうわかってらっしゃるんだから」
「へ…」
「アイーダおばあさんには何度も言ってるのよ。あまり一度に物を買うな、て」

 少女は高い声でそう言った。ため息まじりだが、どこか楽しそうに話している。

「アイーダおばあさん?」

 何の話だ? 誰かと人間違いでもしてるのか?
 しかし、少女はなにも疑いも迷いもない、自信に満ち溢れた表情をしている。

「会ったんでしょ? 手伝ってあげたのよね」

 少女はくりっとした目でオレを見上げた。不思議な光をもつ、碧眼の目だ。
 じっと、その目を見つめていると、ふと、さっき助けたあのおばあさんのウィンクがうかんだ。

「あ!」

あわててポケットにしまっていたカードを取り出す。
『占星術の館 ポリー・マッコーネル』

「ポリー…マッコーネル? 君が?」

 まさか…この女の子が占星術師? 
少女は、ただニコッと微笑んだ。それは、ただの子供の笑顔にしかみえない。

「ポリー・エノク・マッコーネル」

 それまで、おとなしくしていたケットがいきなりそういった。オレは驚いてケットに振り返る。

「エノク?」

 ケットは真剣な表情で少女を見つめている。ポリー・『エノク』・マッコーネル? ケットは今、そう呼んだよな。ということは、この子がエノクってことか?
 でも、確かに、それなら納得できる。彼女が有名な占星術師であることも、そしてオレがここにたどりついたことも。

「驚くことないはず。マルドゥクの子。どこか、予想はしてたんでしょ? ここで私と会えるだろう、て」
「え…」

 オレを、マルドゥクの子と呼んだ。やはり、オレのことも全部分かってる。
この少女が、エノク。
 呆然としているオレを気にする様子もなく、エノクはケットへと視線をうつした。

「エンキのエミサリエス…ようこそ、いらっしゃいました」
「ケット、でいいよ」

 少女は口元だけ笑みをうかべた。しかし、その視線は真剣そのものだ。
 二人の間には、妙な雰囲気がある。はりつめた緊張感だ。
二人はしばらく黙って見つめ合っていた。まるで視線で会話をしているみたいだ。オレは、ただそれをみているしかできなかった。

「さて」と、少女の高い声がその沈黙をやぶった。「ここで話していても仕方ない」

 少女はイスから立ち上がると、にこりと微笑んだ。その笑顔は、無邪気な子供にもどっている。

「ごめんなさい、皆。もう少し、待っていてね」
 
 周りに座っている客にそういうと「皆には、先約がいるからって待ってもらってたのよ」とオレに小声で言った。
「せんやく…」

オレはハッとした。そうか、ここで待っている客は、オレのせいで待たされてたんだ。彼女は、オレがこの時間にここに来ることを知っていたから。
そして…オレは気づいた。オレは偶然、エノクに声をかけたわけじゃない。彼女は、オレがこの席で座っている『少女』に話しかけるのも、知っていたから、そこに座っていただけだ。
でも、意外だ。オレは少女の背中を見つめて思った。

「もっと、おばあさんだと思った?」いきなり、エノクはそう言って振り返る。
「え?」あっけにとられた。

 少女は、いたずらっぽく、クスっと笑い、奥の部屋へと歩いていく。

「今…心を、読んだの?」オレはふとつぶやいていた。
「違うよ、リスト」すかさず、ケットが答えた。
「違う?」
「リチャードから聞いてるでしょ。エノクは、永遠の秩序を知る者。彼女はただ、知ってたんだよ。君が何を考えるのか」
「……」知ってた? オレが何を考えるかも? 本当に、エノクは全てを知ってるのか。でも、それってどういう感覚なんだ?

 でも、だとしたら…やっぱ、彼女なら、オレの答えも知ってるのかもしれない。

「ケット、行こう」

 力強く、足を踏み出し、彼女が入って行った部屋へ向かう。
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