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イチ
作:秋原


控えめな音を出す目覚まし時計のスイッチをオフにして男は起き上がった。
着替えを終えてから寝室を出てキッチンと繋がっているリビングに入る。
「おはよう」
一人暮らしの部屋に、それは似つかわしくない言葉。
男は今日に、朝に、届く訳ない人に、見えない何かに、お世話になっている道具たちに意味もなく声をかける。そんなことをしても部屋には一人だけで、独り身には変わりない。
朝の仕度を黙々とこなし男は家を出た。
独りの男は人で賑わう構内を一人で歩き、満員電車に一人で乗り込み、一人で電車を降り、一人で街を歩き、一人で登校する。
男は大学でも一人だ。
一人で腰掛け一人で講義を受ける。
幾ら人の居るところへ出掛けても男は一人だ。
人混みの中でも男は一人で、人といても男は一人で、話していても男は一人で、一人でいる時もやっぱり独りで、いつでもいつでも男は独りだ。
そんな男は昼食も一人で食べる。
オトモダチに誘われることもあるが男は断ることにしている。食事をしながら喋る気にはなれないからだ。けれど本当は一人じゃなくオトモダチと食事をしているはずなのに独りな気がしてしまうからだ。
男は午後の講義を受けてから一人で大学を後にする。
一人で本屋に寄り、一人でコンビニに寄り、一人で電車に乗り、一人で歩く。
道往く人と擦れ違い、後ろから人にぶつかられ、ティッシュを渡されて、鳴った携帯を手に取っても男は独りだ。
一人と独りは二人じゃない。独りと独りは二人じゃない。たくさんの人たす独りの男はたくさんの人じゃない。一人たす独りは一人と独り。独りの男は、独りの男。

イチ、イチ、イチ。
イチタスイチはただの二なのに男はナニをタシテモ受け付けない。どうしても外せないカッコをツケテイルかのように。

「ただいま」
男は今日に、部屋に、届く訳ない人に、見えない何かに、お世話になっている道具たちに意味もなく声をかける。だがその言葉を返してくれる人はいない。
本当に一人だけの男の部屋。
安心するようで、寂しい男の部屋。
「おやすみ」
疲れたのか、それとも寂しさを紛らわす為か男は外も明るいのに就寝の言葉をリビングに言ってから寝室で丸くなって寝てしまった。その言葉を返してくれる人は、リビングにいないというのに。

この部屋で男はまだ、一人だけの生活を送っていくのだろう。

カッコを外すコウシキを、知っているのはダレなのか。














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