第十三話 言葉は姿を持たず
来た時とは違い、拍子抜けするほどに静かに魔女たちは去って行った。
オーリは緊張が解けたようにしばらく壁に寄りかかって目を閉じていたが、急に顔を上げてしかめっ面をした。
「まったく君というやつは! こっちは気を使って厳しい師匠を演じてたのに“フリをしてる”なんて言うから焦ったぞ。あの三魔女がどんなに怖いか知らないだろう」
ステファンは反論しようと口を開きかけたものの、おぇ、と小さく呻いて口元を押さえた。
「なんだ、まだ眩暈してたのか――そういう時はガマンするよりもいっそ吐いちまったほうが楽なんだがな」
オーリの表情が同情するような苦笑いに変わった。そんなカッコ悪いことできるか、と思いながらステファンは首を振るのが精一杯だ。
開け放した扉から新鮮な風が吹き込んでいる。止まっていた時間が動き始めたようだ。青々としたハーブの匂いが胸の中を吹き清めてゆく。オーリもまたその風を吸い込んでいたのだろう、せいせいしたように伸びをしてからステファンの隣に座った。
「でもたいしたもんだ。僕がステフくらいの頃は自分が何を考えてるかなんて到底言葉にできなかった。悔しくてよく癇癪を起こしたけどなあ」
「うそ、ぜんっぜん駄目だ!」
ようやく吐き気から解放されたステファンは床に寝転び、両手両足を投げ出すと思い切りわめいた。
「あーっもう、あんなことしか言えないなんて! もっといっぱい言ってやりたかったのに。くそばばあとか、馬鹿にすんなとか、えーとえーと」
「うん、その手の語彙はまだ乏しいみたいだな」
オーリは魔女の姿が消えたことをしっかり確認してから嬉しそうに言った。
「あとでエレインに聞いてみるといい。とびきりの悪態語を教えてくれるはずだから」
「ふつうそんなこと勧めないよ、大人は」
ふてくされた顔でステファンは起き上がった。回復するにつれ、子どもっぽい師匠に改めて腹が立ってくる。
「だいたいあの魔女のことだってさ、先生知ってたんでしょう。査定って本当はどんなだか言っておいてくれたら、ちょっとは怖い思いしなくて済んだのに」
「悪いがそれはできないな。教える側には守秘義務ってのがあるんだよ」
オーリは長い髪を掻きあげ、ふと難しい顔をした。
「あの三魔女はね、査定する相手の力を恐怖によって引き出そうとするんだ。だけど強い恐怖なんてロクなもんじゃない。僕は代わりに“怒り”で引き出そうととしたんだが……」
「わざとぼくを怒らせたってこと?」
ステファンは、査定官の前で剣を取らせて挑発するような態度を取ったオーリの姿を思い出した。
「そう。恐怖は人を萎縮させるが怒りは時に心を解き放ってくれるからね。それに君はどうも剣術が苦手のようだから、ルゥカーにも手伝ってもらってへろへろに弱らせてからなら、執行者が出てきても危険は少ないだろうと踏んだんだ。君が急に眠りに落ちたのは計算外だったけど、結果的にはうまくいったんじゃないか?」
しれっとしてこんなことを平気で言う師匠に、ステファンは口を尖らせた。
「先生だって充分怖かったよ!」
「そりゃどうも。でも“恐怖”ってほどじゃなかったはずだ。そのくらいの信頼関係はあるとおもってたが」
呆れる。ステファンはため息をついて黙ろうとしたが、すぐに大事なことを思い出した。
「それじゃ、ルゥカーは! ぼくのためにあんなバラバラにされちゃったんですか」
「バラバラ? 君の目にはそう見えたのか。ほら、ちゃんとそこに立ってるよ」
オーリの指差す壁を見て、ステファンは驚いた。最初にこの修練場に来た時に見たままの姿――つまり甲冑の腕だけの部分が宙に浮いて剣を持つ姿――で、ルゥカーはそこに居た。思わず駆け寄って顔を近づけてみたが、古い金属の腕は、まるで何百年もそうして同じ形を保っているように鈍く光り、壊された形跡など見られない。
どこまでが夢で、どこまでが現実だったのか。分からないまま、ともかくも安堵しながら、
「よかった、無事だったんだ」
と思わずつぶやいた。ルゥカーは確かに生き物ではないけれど、少なくともステファンを庇って立ちはだかった時は、まるで生きている騎士のようだった。オーリには悪いが、あの甲冑姿はじつにカッコよかった。
「ひとつ聞きたい、ステフ。君は夢の中で長く“あいつ”と会話してたね。樫の扉から出てからは査定官でさえ追えなくなってしまったのは、何か強烈な思念に邪魔されたからなんだが。“あいつ”は君に何と言ってた?」
ステファンは振り返り、答えようとして戸惑った。目が醒めた時には確かに鮮明に覚えていたはずだが。記憶に残っているのは夢の光景ばかりで、そこで交わした言葉など逃げ水のようにどこかへ消えてしまった。ただ不愉快な思いだけが曖昧にこびりついているけれど。
「よく覚えてないんです」
罰が悪い思いで答えると、オーリはただ頭をポンと叩いただけで、それ以上問う事はしなかった。
「そうか……じゃあもう出ようか。査定の結果がそろそろ分かる頃だ」
扉の向こうには明るい陽の光りが踊っている。ステファンはうなずくともう一度ルゥカーに向かい、オーリに聞こえないように小声で言った。
「ええと、あの時はありがとう。ぼく、本当は剣って嫌いだけど、いつか誰からも庇ってもらわなくてもいいように強くなるから。そのうちまた勝負してくれる?」
答えるべき声を持たないルゥカーはしんとしている。当然だろう。ステファンはため息をついて出口に向かおうとした。
その時、背後で金属の触れる音がした。振り返ると、ルゥカーは剣を掲げ騎士の敬礼の姿勢を取っている。ステファンは満面の笑みを浮かべて手を振り、外へ駆け出した。
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