プロローグ
やらなければ……やらなければならない。
この、漫画の世界で「作者が満足するエンディング」まで持っていければ、僕は元の世界に戻れるんだ。
悪役である、僕『冷泉院 桜子』は、この作品の作者が満足する働きをしなければならないんだ!
頑張って、ヒロイン『葉月 桃香』の幼馴染である『神崎 シン』を保健室まで呼び出すことに成功した。
(ここから、何をすればいいの?)
通信機である手首のブレスに触れて、心の中で、神様――見た目は五歳ぐらいの幼稚園児で、身長は一メートル程度しかないのに、二メートルに届きそうな銀髪を靡かせた女の子――に呼びかける。
(ギシアンじゃ。そこからギシアンに持ち込め)
「ぎし餡? それ、どんな餡子?」
こし餡、粒餡、白餡、ぎし餡……?
あんこに持ち込むってどういうことだ。
が、この神様の言うことがわからないのはいつもの事だ。
大体、「天国に行かせてください」ってお願いしたのに、無理やり僕をこんな世界に放り込んだ諸悪の権化なのだから。
僕、転生とか望んで無かったよ。元の世界に戻れるっていうから頑張ってるけど、ぶっちゃけ辛い。男だった僕が、女の子の体に入ったってだけでも辛いのに、更に、桃香さんをいじめろとか、四人の男とフラグ立てろとか無茶ブリ過ぎる。
(餡子の話じゃない! エッチじゃ。エッチなことをすればフラグ成立じゃ)
(えっちなこと……)
(セックスじゃ)
「うわああああああ!! ち、近寄るなああああ!!!」
僕は切れた。
手元にあった救急箱を神崎先輩に投げつけてもんどりうって逃げ惑った。救急箱はあっさり受け止められてしまったけど。
(何をしている!! ギシアンしないとフラグが立たないぞ!!)
神様の怒声が聞こえる。
(フラグなんてどうでもいいよ! ていうか無理無理無理無理!!)
(貴様、元の世界に生まれ変われなくてもいいというんじゃな? ……まぁ、それもいいかもな。リタイアするなら、地球で転生させてやろう。しかし。貴様の来世はゴキ○リのメスじゃ! ゴキ○リの雄とエッチなことをしたほうがマシなら、そのままリタイアするのじゃ!!!)
うわあああああ!
僕は泣いた。
床に座りこんで、号泣ってレベルじゃなく、赤ちゃんみたいに火が付いたような勢いで泣いた。
「ご、ごめんな……お兄さんが悪かったよ。なんで泣いてるのか見当もつかないんだけど」
神崎先輩が謝っているけど、まったく頭に入ってこない。
ゴキさんの雄とエッチな事をするのと、目の前にいる、この男とエッチな事をするの、どっちがマシかなんて判りきってる。
先輩とするほうがマシだよガチで!
しゃくりあげながらも、ぶるぶる震える手で、神崎先輩の手に触れようとした――――その瞬間。
「こらああああ! シン!! あんた私の桜子に何してんのよぉお!」
この漫画の世界のヒロイン、桃香さんが飛び込んできて、神崎先輩の頭に蹴りを入れてふっ飛ばし、僕を抱き締めてくれた。
「怖かったでしょう桜子……! 可哀相に、もう大丈夫よ。私が来たからちゃんと守ってあげるから……!」
苦しげな声を搾り出す桃香さん。
僕は、この桃香さんを苛める悪役なのに、一つも上手くいってない。