ラブレター零・ZA・音編
同じ設定で書こうという第一弾のお話です。「グループ小説」で共同制作の方の小説が読めますので是非、読んでみてください。
俺は一人、教室に残り、考えていた。どうしてこうなったか…。
なんであの時、言えなかったのか…。それが今でも俺の頭の中を巡っていた…。
「何してるの?…帰るよ。俊哉」
俺を呼ぶ声で我に返る。見れば、ちょっとご立腹な様子の静香が立っていた。
「あぁ…今行くよ」
「遅いよ…まったくとろいんだから」
「お前がせっかちなだけだ」
「私は、普通でぇ〜す」
舌を思いっきり出して、可愛くおどけてみせる静香。付き合い始めたばかりの俺の彼女だ。
ただし、俺が好きな人…ではない。
間違えてラブレターが渡ってしまった相手である…。
* * * * *
毎日、今日こそは!と…決めていたが、いざ行動に移すと緊張するものだ。
俺の手の中には、思いを篭めたラブレターがある。今日こそは、これを渡して告白するんだ。
「よしっ!…行くか」
俺は気合を入れて目的の場所に向かって行った…。
「えっと…確かここだよな」
目的の場所─それは下駄箱。オーソドックスに俺は、ラブレターをここに入れる事にした。
朝一番、まだ誰もいないこの時間を狙ってきたのだ。…失敗する訳にはいかない。
念入りに確認して、俺は下駄箱を開けてラブレターを入れた。
「どうか…思いが伝わりますように…」
下駄箱を拝んで俺はその場を後にした。後は野となれ…山となれ…。
神様に任せて教室を目指した。
まだ誰もいない教室は静かで何だか寂しい気がした。誰か早くこないかなと思っていたら、扉の開く音がした。
「…あれ?…今日は早いんだね。俊哉君」
「ふぇ…あっ、お、おおお、おはよう!沙紀さん」
「ふふふっ…どうしたの?何か今日は変だよ」
口元を押さえて笑っている沙紀さん。とても優雅で可憐だ…。
優しく微笑む顔はまるで天使のようで…俺の全てを射抜いていく力を持っていた。
「今日は日直だから、私が一番だと思ったのに…まさか先に来てる人がいるとは思わなかったよ」
「えっ…あぁ、そうなんだ」
俺は、平静を装いつつ…内心かなりびびっていた。もし、もう少し遅かったら鉢合わせていた事になる。
なんで、日直の事に気づかなかったんだ…俺は!
「そういえば…今日は静香は一緒じゃないの?」
「あいつは多分、まだ寝てるんじゃないかな」
「そっか、まだ早いものね…でも、起きれるのかな?」
時計を見ながら聞いてくる沙紀さん。俺も腕時計を見たが、多分間に合わないだろう…。
あいつの寝坊は筋金入りだから…。昔から変わらない事だ。
「だけどうらやましいな…幼なじみって」
「そうかな…あいつはうるさいだけだよ。名前が合ってない」
「確かに静香って言うけど…静かじゃないけどね」
「そうだよ」
そう言って俺達は笑い合っていた。凄く自然でいい雰囲気だ…今なら告白出来そうだ…ってそう言えば!
俺、沙紀さんの下駄箱にラブレターを入れたんだ。今頃になって緊張してきた。
「どうしたの?…俊哉君」
「えっ…いや、なんでもない」
「そぉ?…ならいいけど…」
俺と話しながら日直の仕事をこなしていく沙紀さん。俺はラブレターの事が気になり、ソワソワしていた。
沙紀さんの姿を確認しながら俺は考えていた。沙紀さんは何も言わない…まだ見てないか?
ラブレターの存在がどうなったのか…沙紀さんの思いはどうなのか…今すぐにでも聞きたい衝動を押さえていた。
今ここで聞いて駄目だったら怖い。なら…もう少しこの時間を大切にしたい。
この二人っきりの時間を堪能したい!楽しい時間をもう少し長く味わいたい…って思う俺ってかなりの臆病者?
等と考えていたら、いつの間にやらクラスメイト達で周りがガヤガヤとしていた。
時間も後少しでHRの始まる。都合よくチャイムが鳴り、これまた都合よく先生が入ってくる。
「お〜らぁ…席に着けぇ」
やる気の無い先生の声で始まるHR。出席を取り始め…次々と名前を呼ばれていく。
俺が呼ばれ、沙紀さんが呼ばれて…そろそろあいつの番だと思っていた、その時…
「間に合ったぁ!…はぁはぁ…」
静寂を打ち破る音と共に、現れたのは遅刻常習犯の静香。短く切った髪が汗で額に張り付いている。
荒い息を吐きながら、教室内を見渡している。しかし、静まりかえった教室に先生の無情な一言が…。
「…遅刻」
「嘘っ!…セーフでしょ!」
「ギリギリアウトだ」
「そんなぁ〜」
その場に力なくヘナヘナと座り込む静香。何とも哀れな感じだ。
「早く席につけ…」
「はぁ〜い…」
先生に言われてガクっと、肩を落として歩いてくる静香。足取りが重たいようだ。
「よぅ…また遅刻か」
「そうなのよ…って、なんで俊哉がいるの!…あっ…今日起こしに来てくれなかったでしょ!」
「うるさいぞ…静かにしろ」
終いには怒られる静香。舌を出し可愛くおどけて席に着く…って俺の後ろだけど…。
そんな感じで始まる授業…しかし、後ろでは何やらうるさい静香。本当に落ち着きの無い奴だ。
昔から無意味に元気で、よく俺は泣かされてたっけ…。猪突猛進爆裂娘…一言で言えば、バカ。詳しく言えば…馬鹿。
それだから、今でもこいつだけは苦手だ…色んな意味で…。
そうこうしている内に昼休み。俺は昼飯を…
「一緒に食べようよ!俊哉」
食べに行こうとして捕まった。ガッチリと捕獲されたとも言うが…。
「俺は、飯がないだが…」
「それなら大丈夫♪朝、コンビニで買ってきたから」
「遅刻した奴が言う事じゃないぞ…静香」
「いいから、気にしない!ほらっ♪」
そう言って手渡されたのは…パン。しかもクリームパンとジャムパン…そして、アンパン。
俺に病気にでもなれと言うのか…この組み合わせは。トドメは極甘いちご牛乳…もう何も言えない。
しかし…それと同じものを目の前で、平然と食べている静香。
「ん〜〜!やっぱり、ジャムパンはおいしいね♪」
「よかったな…」
「うん!」
力なく返事をした俺に、満面の笑みで返す静香。俺とは、正反対だ…どうして好みまで反対なんだろうか…。
静香は甘党…俺は辛党。こうも合わないとは、珍しい事だ。
「ふぉふぉろへ…ふぉふぇふぁ…」
「食べてから喋れよ…まったく、少しは落ち着いたらどうだ」
「………うぐっ…ぷはぁ〜!ところで俊哉…」
「まったく聞いちゃぁない…なんだ?」
「さっきの休み時間、沙紀から手紙もらった」
「……はぁ?」
俺は何とも間抜けな返事を返してしまった。静香が言った意味が分からない…誰が何をくれたって?
そんな俺を他所に、鞄から何かを出してくる静香。それはとても見覚えのあるもの…。
「これ…ラブレターだよね」
「そうだろうな…不幸の手紙には見えない」
「だよね…どうしようかな」
「何が…」
何かを悩んでいる静香。俺はそれ以上に困惑して悩んでいた。なんで静香が俺の書いたラブレター持ってるんだ!
それに、沙紀さんが静香に渡したってどういう事だ…。訳が分からなくなって頭を抱えてしまった。
「困ったなぁ…」
「何がだよ…」
お前以上に、俺の方が困っているとは口が裂けても言えない。
「私…好きな人いるし…」
「……はぁ?」
今度は驚いた。今…何言った?こいつに好きな人がいるだと…それは初耳だ。
「でも…行かないと失礼だよね」
「…それとこれと…何の関係があるんだ?」
「えっ?…だって、このラブレター…私宛に来たものだもん」
「………はいっ?」
「だ・か・ら…これは私に来たラブレターなの!『朝、下駄箱に間違えて入ってたの』って沙紀がくれたの」
「っ!…ちょっと見せろ!」
「あっ…俊哉」
俺は静香の手からラブレターをもぎ取り、確認した。確かに俺の字だ…間違いない。
だけど、これは沙紀さん宛てに書いたもので…
「あぁーーーーー!」
「ど、どどど、どうしたの?俊哉」
驚いている静香を無視して俺は震えていた。なんてこった…俺、やってはいけない事をやってしまった。
ラブレターを書くのは、初めてで緊張していた俺は、慣れる為に色々と書いてみた。
その時に、名前がないと真実味がないので…静香の名前を書いたんだ。こいつの名前なら恥かしくないし…と思って。
それを間違えて送ってしまったんだ!だから、中を見た沙紀さんは静香に渡したんだ。
俺の大馬鹿野郎!…せめてもの救いは、俺の名前を書いていない事だろう。
「どうしたの?ねぇ…俊哉」
「えっ…いや…別になんでもない」
なるべく平静をとりつつ、俺は考えていた。どうする?…こいつからこれを奪うか…それともここで本当の事を話すか…。
どっちしろ、俺が血を見るのは明らかだ…こいつには勝てないから…昔から、一度も喧嘩で勝てた試しがない。
「よしっ…決めた!私、行って来る」
「…はぁ?」
「だから、このラブレターくれた人に会ってくる。そして断ってくる…好きな人がいるって」
「いや…それは…あのなぁ…」
「と…言う訳で、俊哉…着いて来て」
「はぁ〜…何でだ?」
俺を指差しながら言う静香に、間抜けな顔で返事を返した。ラブレターを書いたのは俺だ。
なんで、ラブレター書いた張本人が、着いて行かなきゃならないだ。
「私がもし、襲われたらどうするの!」
「俺は、相手に同情する…」
「何ですって!いいから着いてくるの!分かった?これは命令…絶対服従のね」
「はぁ〜…おかしいだろ。絶対に何かおかしいだろ…」
目の前で鼻息荒く、俺を見据えている静香。やっぱり…俺はこいつが苦手だ。
頭が痛い…。俺は痛む頭を押さえて残りのパンを食べていた。味なんか分かったもんじゃない…。
「遅い!」
「…落ち着けよ」
俺達は、ラブレターに書かれた場所にやってきていた。俺が書いたんだけど…。
屋上には誰もいない…俺達二人以外は…。
「いつまで待たせるのよ!まったく…」
「……はぁ〜」
いつまで待っても来ませんよ…とは口が裂けても言えません。現に書いた張本人は横にいるのだから…。
かなり、ご立腹の様子の静香。顔が物凄く怖い…今更、本当の事言えない。そんな雰囲気じゃないし…。
「きぃ〜!出て来い畜生ぉ!」
「おいっ…落ち着けって…」
「うきっ〜!」
「お前は猿か…」
暴れ出した静香を何とか押さえつけて、思案している俺。どうしよか…このまま待っているのも何だし…
「帰るか?」
「いやっ!」
即答で返された。こうなれば、絶対に引かないのが静香の性格。この際、俺が犠牲になるか…。
「あぁ〜、もう!…」
「あのな…静香」
「何…?俊哉」
「あのラブレター…俺が書いたんだ」
「……えっ?」
物凄く間抜けな顔をしている静香。しょうがない…本当の事を話して一発殴られよう。
「実はな…あれは…」
「本当に俊哉が書いたの?」
「あのなぁ…よく見てみろ。俺の字だろうが…」
「………あっ…本当だ。俊哉の字だ」
ラブレターを読みながらがフムフムと頷いている静香。
「それでだな…その手紙は…」
「うれ…しい…」
「…はぁ?」
「嬉しい…俊哉、私の事好きだったの?」
震える声で返事をして、手紙から顔を上げた静香の顔。それは今まで見た事のない顔をしていた。
女の子…それも恋する女の子の顔と、でも言えばいいのか…頬を染めて瞳には薄っすらと涙を溜めていた。
「いや…だから、それは…」
「私も…俊哉の事好きだよ」
静香が俺を見詰めている。その瞳は真剣で…でも、それでいて優しく揺れていた。
好き…俺が今まで言いたくても言えなかった言葉。それを静香は躊躇う事なく言っている。
「……じゃぁ…お前が好きな奴って…俺?」
無言で頷く静香。一粒…雫となり落ちる涙が綺麗に輝いていた。
「ずっと…ずっと好きだったの」
「えっと…あの…」
そうして、俺を見詰める瞳に俺は…言葉を失っていた。それは何とも言えない…一種の魔法みたいなもの…。
俺は、沙紀さんが好きだ。だけど、静香にここまで言わせておいて、今更、「違うんだ。嘘でした」とは、
とてもじゃないが言えない。殺される…どうしたらいいんだよ。このままじゃ…俺、静香と付き合う事になるのか?
「俊哉…大好き」
その一言は最早…最終通告だった。俺は、断る勇気も持っていないみたいだ。
ただ…その場の雰囲気に流されて頷いていた。俺って、本当に駄目な奴だ。
静香が微笑む…それを見て俺も笑う。顔が引き攣っているのは……ご愛嬌だ。
* * * * * * * * * *
「早く帰ろうよ!俊哉」
「分かったって…」
教室の扉の前…俺を急かす静香はどこか楽しそうだ。ただ、一緒に帰るだけ…それは今までも同じ。
理由を聞いたら静香に『私達の関係が変わったからよ』と恥ずかしそうに言われたしまった。
俺はこうなった事に、何とも言えない感情をこめて…ため息をついた。
「俊哉…」
そんな俺の心情を知らずに、微笑む静香は夕日に照らされて、とても幻想的で綺麗に見えた。
いつまでこの関係は続くのか…続けられるのか。俺たちはこれからどうなるのか…それは分からない。
でも…楽しそうな静香を見ていると…何も言えない。俺の気持ちも知らないで…。
「さて…帰るか…」
俺は苦笑しながら、静香のそばに歩いていった…。