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第81話「戦いの流儀」

 光の剣が中空に鮮やかな軌跡を描く。その光線上に並んでいた騎士たちは、柄に手を触れさせようとした格好のまま悶絶して倒れた。呆気に取られる他の騎士たち。奇襲で仲間が倒されて、しかし、何もできずぼおっとしていた時間は長くはない。隊長の一騎打ち相手の唐突の襲撃に、頭で何が起こっているのか分からなくても、体が反応するようにできているのである。騎士たちは柄に手を触れた。しかし、それよりもアレスの動きの方が速い。柄に触れた段階で、斬られた騎士が数人。剣を抜いた段階で、気絶させられた騎士が数人。ものの一分もしないうちに、立っている騎士の数は半数に減った。

――さて、こっからだな。

 アレスは、騎士団から距離を取った。

 欲を言えば、全員を地に沈めたかったのだが、さすがにそういうお気楽を許さない頑強さを彼らは備えている。むしろ、シンプルなペテンに引っかけて半数を減らすことができただけ良しとしなければならない。

 剣を抜いた騎士たちは、散開してアレスを囲むように動いた。十全の訓練によって得られたそつのない動きである。だが、それゆえに読みやすい。囲んでから一斉に襲いかかるという腹である。ここでアレスは、囲いの外に出ようとするのではなく、あえて囲いの中へと向かっていった。一見、自ら命を捨てにいくような行いに見えるが、そうではない。逆である。囲いの外に出ようとすれば、それは敵の思惑通りに動くということであって、動いていった先には死が待っている。戦いというものは、虚を以て実を撃つことであるという意識がアレスには濃厚にあって、先のインチキ一騎打ちも、ささやかながら、そういう意識から生まれた行為である。

 騎士たちの作る包囲の袋に入ったアレスは、袋の口が縛られるのにも構わず猛進して袋の底を突き破るつもりだった。

 そこで、ふと立ち止まった。

 突然動きを止めたアレスに、つられるような格好で立ち止まる騎士たち。

 彼らに囲まれた少年は不敵な……というよりは、なにやら楽しげな笑みを見せた。

 その笑みがどういう意味を持つのかということを悟るには、彼らには、アレスのような人間と戦う経験が不足していた。

 騎士たちは、惑わされまいとするように、一歩踏み出すと、アレスを囲む円を狭めた。

 周囲から剣刃が突きつけられる格好になっても、アレスは笑っている。

 殺気で空気が張り詰めた。

 そうして、騎士たちが今まさに一斉に斬りかからんとしたとき、

「ところで、あんたらの隊長さんはどこだ?」

 殺し合いの場にそぐわないゆったりとした声が上がった。

――そう言えば……。

 と二三の騎士が辺りをきょろきょろと見回していくらもしないうちに、その中の一人が、「た、隊長!」とまだ若い声を上げた。 

 隊長は倒れていた。剣を手にしたまま、地面にうつぶせになっている。いつの間に、誰にやられたのか。その困惑はすぐに解決されることになる。

 一瞬後、アレスを包んでいる包囲の袋が外側から破れた。騎士のひとりが、糸の切れた操り人形のように、カクンと膝を落とすと前のめりに地に伏した。ギョッとした左右の騎士が、慌てて体の向きを変えた先に、一人の少女の慎ましやかな立ち姿がある。彼女はまるで、市街の路上に立ってでもいるかのようなさりげなさの中にいた。

 二人の騎士は対処に戸惑いを覚えた。斬りかかるべきかいなか。その迷いが、少女に十分な攻撃の隙を与えたことは彼らには分からなかった。顎先に何かがかすったような感覚がして、ついで景色が揺れた。二人は力なく崩れ落ちた。

 仲間が倒されたことでようやくすべきことが分かった騎士たちであったが、少女に注意を向けたことで、囲んでいる少年への注意が散漫になった。

 新たな虚である。アレスはそれを突いた。ヤナの近くにいた騎士二人を一振りで撃ちすえると、今度は囲ませる時間を与えず、瞬く間にひとり、またひとりと光の剣の餌食にした。その間にヤナはその場から離れた。

 十人以上残っていたわけだが、まとまりを欠いた集団は恐るるに足らない。

 残る敵は一人となった。

 最後の一人になった男は、剣を構えた姿に固さがあって、年も他と比べると若いようである。

「ク、クソ、卑怯者め! 隊長との一騎打ちをやめて、構えていない者に斬りかかるなど!」

 言うことも青い。

 卑怯という批判は命よりも名を重んじる者に対してしか効果を持たず、アレスはそういう暑苦しい類の人間ではない。しかも、三十人からで数名を襲おうとしているような人間に言われることでもないし、加えて言えば、

「隊長がやられたら、残り全員でオレを始末する気だったんだろ?」

 ということをアレスとしては確信しているわけであって、卑怯云々というのは的外れもはなはだしい批難である。 

「それに今は一対一の正々堂々だ。かかってこいよ」

 アレスの語気はこの上なく軽い。

「うおおおお!」

 裂帛(れっぱく)の気合と共に、振り下ろされた剣を、アレスは一歩横にステップして無造作にかわすと、かわしざま若い騎士の胴を薙いだ。若者はぐらりとして、体をひねらせると、仰向けになって倒れた。

 戦闘終了である。

 アレスは額の汗をぬぐう振りをした。

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