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第80話「正々堂々」

 一対三十。

 それが、アレスの置かれた状況である。しかも、その三十は、山賊などのような半端な強さしか持たない存在ではない。彼らの正体は分からないが、おそらくは人殺しを生業(なりわい)とする正規兵か、少なくともそれに近い存在である。仲間が地に沈んでも慌てず騒がないその落ち着きぶりは、訓練によって身につけたものだろう。

 戦闘では数の多寡(たか)は必ずしも勝敗の決定的な要因にはならない。むしろ数を(たの)む気持ちがあることで多数を揃えた側の腹が浮き、寡兵に負けるということはいくらでもある。しかし、

――こいつらにそういうことは期待できない。

 とアレスは見ている。仲間がいることに安心して三十の利を十にしてしまうような集団ではなく、むしろ各々が仲間の為に動くことによって三十の力を百にしてしまえるような集団である。タフな戦いになりそうだ。

 アレスはつい肩に入ってしまった力を抜いた。気負いは実力を半減させる。三十が相手でも、一人を相手にしたときと同じようでなくてはならない。剣を心で振るとはそういうことである。

「待て、待つんだ!」

 睨みあうアレスと騎士団の間に飛び込んだのは王子の声である。

 立ち上がったルジェは、アレスより前に出ようとした。

 アレスは内心で舌打ちすると、自ら斬られようとでもしているかのような行動をするアホ王子の腕を取った。

 ルジェは、自分の腕を取って前に行かせまいとする少年を睨んだが、

「ここから話せ」

 厳しい声とともに、取られた手首が軽く締め付けられるようになって眉をしかめた。仕方なくルジェは言われた通りにして、

「どういうことだ。一体、お前たちは誰の手のものだ? 誰から命令を受けて、ボクを殺そうとしている?」

 声を張り上げた。

 へえ、とアレスは感心した。ショックからスムーズに立ち直って事情を探ろうとするあたり、さすがに王族というべきか。しかし、その評価は見当外れだったようである。アレスがちらりと横目で見たところ、ルジェの綺麗な瞳にすがるような色が見える。どうやら兄から殺意を向けられているという事態を信じたくないがゆえの詰問であるようだ。

「我々はその問いへの答えができる立場にはおりません」

 おそらく一団の長であろう、集団より一歩前に出ている男が、答えた。

 ルジェは悔しそうに歯噛みしたが、殺意の対象からの問いかけに反応してくれるあたり律儀な方である。

――待てよ……。

 アレスはその律儀さに対して遊びをしかけてみることにした。うまくいったらお慰み。

「おい、あんた」

 アレスは王子から手を放すと、剣先をリーダーの男に向けた。男がアレスを見る。

 事務的な目で見てくる男に対して、アレスは一騎打ちを申し込んだ。続けて、

「見たところ、あんたらは騎士だろう。ミナンの騎士と言えば、礼節を重んじる、もののふの(かがみ)だ。多勢で一人を囲んでなぶり殺すなんていう悪趣味をやるわけないよなあ」

 からかいの言葉を投げた。

 男の目にムッとした色がかすかに現れる。

 脈がありそうだと思い、アレスは内心でほくそ笑んだ。

「まあ、本音を言えば、見逃してもらいたいんだけど、あんたらも任務上、そういうわけにもいかないだろうからな。だから、どうだ、一騎打ち。あんたから初めて、正々堂々の一対一で全員の相手になる」

 男は、一歩下がると、副長だろうか、部下の男の一人に何事か耳打ちした。アレスの提案を受け入れないのであれば、単にはねつけるだけで良い。どうやらうまくいったようである。

 その間に、アレスはヤナと目を合わせた。

 ヤナは微笑みながらウインクを返した。

 アレスは満足した。さきほど、アレスの目くばせに従って、フェイを速やかに殴り倒してくれた件といい、彼女とはこういう殺伐とした状況だと心を通わせることができるらしい。それが良いことなのか悪いことなのかは評価に苦しむところではあるが、とりあえず現状を打破するには都合が良い。

「いいだろう」

 男は太い声を出すと、部下たちに剣を納めさせた。剣を鞘に納める時に起こる鍔鳴りの音が、連なって青空に響いた。

 男は上段に剣を構えた。自分より頭一つ分高い男が剣を振り上げると大層な重圧感であるが、それは格好だけによるものではない。剣身からゆらりと立ち昇る殺気が濃厚であって、そういう気を発するには相当数の人を斬らなければならないことをアレスは知っていた。

 空気が斬り裂かれた。

 男の思いきりの良い踏み込みからの一撃。

 木でも倒れてきたのかと間違えるほどのプレッシャーである。

 アレスは男の斬撃をかわすと、一撃打ちこんだが、見事に受け止められた。即座に距離を取る。男は追撃せずに構えを直した。そのまま剣先を再び空へと上げる。静かに息を吐いて、アレスを見据える目は平らかである。どうやら、ちょこまか動いて隙を探るような流儀ではないらしい。

 アレスは、男を支点にして、じりじりと半円を描くように動いた。観客になっている騎士たちは声援を送るでもなくひっそりとしている。よほどしつけが行き届いているらしい。アレスは、男に留意しながら、横目で騎士たちを窺った。アレスの体は少しずつ彼らに近づいている。

 アレスがふと足を止めた。

 そのときを狙っていたかのように、上段斬りが襲いかかる。

 アレスは後ろに跳んでかわすと、地を踏んだ足に力を込めた。

 長は反撃に備えている。 

 しかし、アレスは攻撃せず、そのまま一騎打ちの相手を無視する格好で、走った。

 アレスが移動した先は、剣を鞘に納め長と勇者の戦いを見守っていた騎士連中のところである。

 アレスは彼らに剣を抜く間を与えなかった。

 雲の少ない青空に、悲鳴が続いた。

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