第56話「勇者の人となり」
センカから夕飯セットを受け取るやいなや、アレスはガツガツと食べ始めた。女の子に裏切られ、情報屋協会という闇の組織に助けを求め、インチキくさい研究所で山賊やにせ獣人と戦い、とにかく盛りだくさんな一日であった。エネルギーを著しく消費した。回復に努めなければならない。
「これ、あんたのおごりでいいよな? 王子?」
アレスは口の中に物をほおばりながら訊くと、ルジェは、「あ、はい」と今気がついたかのような顔でうなずいた。アレスは、「さすが、王子、太っ腹!」と調子の良いことを言うと、すぐそばでなぜか幸せそうな顔をしてこちらを見ているセンカに、追加の料理を頼んだ。自分の分と、あとヤナの分である。
「あたしの分はいい」
「なに、ダイエット中? それ以上細くなってどうする気? ヤナは男と付き合ったことないから分かんないかもしんないけど、男って、女の子が思うほど細い子が好きなわけじゃないんだゼイ」
そう言って、グッと親指を立てたアレスを、ヤナは視線だけで刺し殺そうとするかのような凶悪な目で見た。アレスは構わず、センカにヤナの分を大盛りで頼んだ。さっきのことはあったが、そこは客商売、センカは素直にうなずいて、厨房の方へと歩いていった。
フェイは、もりもり食べている少年を見下ろしながら顔をしかめた。
――こんなヤツがアレスであるものか。
諜報部に所属している関係上、他国の情報もそろそろと入ってくる。フェイが聞いたところによると、昨年、ヴァレンスの大乱をおさめたアレスとは以下のような人物だった。
その一。弱冠、十五、六の少年。黒髪黒目。
そのニ。中土――これはヴァレンスの身分で、下級貴族に当たる――の出。
その三。剣と魔法の達人。伝説の魔獣である大竜を倒した経験あり。
その四。品行方正、仲間思い。弱きを助け強きをくじく、騎士道が服を着て歩いているような人物。
その五。眉目秀麗。都の乙女にモテモテ。
この情報で当てはまっているのは、黒髪黒目くらいのものである。年齢だって一年前に十五、六だったら現在は十六、七であって、どう見ても十四、五くらいにしか見えず、そうして現に訊いてみたところ十五だという答えが返ってきて、計算が合わない。
不信感でもんもんとするフェイの前で、
「ずずずーっ」
アレスは音を立ててスープを飲み干すと、げふ、とげっぷしてみせた。
フェイは、もう一度、主の目を覚まさせるため、
「いや、絶対違いますって、コレ! こんなのが勇者なわけないでしょう」
強い声を上げた。
ルジェは形の良い眉をひそめた。
「フェイ。いい加減にしないと、ボクも怒るよ」
「何でスか。何か変な呪文でもかけられてるんじゃないスか、王子。……いや、言わせてもらいますよ。これまで会って来た人たちはそれなりのオーラを持ってました。でも、コイツにはそんなの無いですから。オーラ、ゼロですよ。一般市民ですって。逆に訊きますけど、王子は何でコイツが勇者だと思ってるわけですか?」
「ボクの感覚がそう言ってる」
「王子……諜報部は感覚じゃ動かないんです。客観的な事実が無いと」
「事実も大切だけど、それだけじゃダメだ。ミナンの現状を見てくれ。客観的に見れば、この国は大国三つに挟まれて、明日にでも滅ばされかねないところなんだ」
「そうはいってもですね――」
侃侃諤諤やり合い始めた二人の主従の前で、アレスは黙々と食べていた。もともとうまいメシが、空腹であることと、無料で食べられるということから、余計にうまく感じる。やがて満足したアレスはナプキンで口元を拭うと、
「なんかモメてるみたいだけど、百年の友情にヒビを入れるくらいなら、連れてかない方がいいんじゃない? オレは別にどっちでもいいし。行っても行かなくてもさ。ミナンでダメでも、一応、ヴァレンスにもつてはあるから」
とげとげしい目で互いを見ている二人に愉快そうな声を投げた。
アレスを見たルジェは慌てて首を横に振ると、「これ以上つべこべ言うのは無しだ。ボクに従ってくれ、フェイ」と隣の青年に言って、彼の顔を仏頂面にさせたあと、もう一度アレスに向かって、王のいます首都まで同行してくれるよう念を押したあと、
「ところで、あなたはヴァレンスでは冷遇されたのではないのですか。だからミナンにいるのでは?」
と今しがたのアレスの発言に疑問を投げた。
アレスは、うーん、と伸びをしながら答えた。
「冷遇か……それは、当たりっちゃ当たりだけど。でも、それとこれとは話が別だ。オレは常に必要なことをする。必要な分だけな」
「その考えに賛成です」
「王子と気が合うとは光栄だね」
「ボクのことはルジェとお呼びください」
「その方が目立たなくていいな。と言っても、この部屋にいるやつらは誰もあんたのこと気にしてないみたいだけど。さっきから、散々、王子、王子って言ってるのに振り向きもしない」
ルジェは苦笑した。
田舎だからだろ、とフェイは吐き捨てるように言った。