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第213話「行くか、留まるか」

――何を落ち着いているんだ、この子は。自分の言ってることが分かっているのか。

 後回しどころか、何よりも優先すべき事柄のはずではないか。そう思ったアレスは、思った通りのことを口にした。遠慮しててもしょうがない。

「キミの姉さんのことが、今、一番大事なことだろ?」

「違う」

 エリシュカはにべもなく言うと、抱きついているフィオナを離して立ち上がった。それから、テーブルを回ってアレスの前まで歩いてくる。椅子に腰かけているアレスは、エリシュカの顔を見上げる格好になった。

「キミは優先順位を間違えてるぞ、エリシュカ」

 アレスは言った。確かに、一カ月世話をしてくれたフィオナにいくばくかの恩を感じて、それを返したいという気持ちは分からないでもない。多分、フィオナはエリシュカによくしてくれたのだろう。しかし、恩を受けた順序ならば、姉代わりとなった少女からの方が先であり、彼女に対してこそ先に返すべきではなかろうか。

 アレスは滔々(とうとう)と自論を説いた。それからついでに、一カ月ぶりに会った婚約者に対して態度が冷たいことにも文句をつけた。

「抱きついてくるくらいのことしてもいいんじゃないのか?」

 アレスの冗談半分に、エリシュカは反応しなかった。何だか一カ月前とは様子が違う。もともと愛想の良い子ではないが、それに輪をかけてしまったような気がする。一体どうしてしまったのか、と思えば、考えられることは一つしかない。アレスは愕然とした。

「誰か他に好きな男ができたんだな? クソッ! 何てことだ! きっと八百屋のカインあたりに違いない。毎日の買い物のときに、ちょっと話をしているうちに少しずつ好意を持つようになったんだろ。キミはオレに興味がなくなったんだ。ちくしょう。この一カ月間、オレが死にそうな目に遭ってたってのに、何だよ、キミは!」

 アレスの声は、夜のしじまに無駄によく響いた。その響きがすっかり消えると、続いて死のような沈黙が訪れた。真面目な話をしているときに、くだらない冗談を言い出した少年に対して、満座は冷たかった。

「気が済んだ?」

 エリシュカの声に刺がある。アレスは、純心を疑われた少女の恨みの視線を受けて、小さくなった。

「あの日、研究所に姉様を殺しに行って、それがかなわなかったときに、一度姉様のことは諦めたの。だから、姉様の優先順位は高くない」

 あの日というのは、ミナンにある呪式研究所に、連れ去られた――というより自分から去った――エリシュカを追っていったときのことである。そう言えば、エリシュカを助けた直後に彼女から、「姉を殺せなかったからもう何もかもどうでもよくなった」的なことを聞いたことを、アレスは思い出した。

「もし、姉様の優先順位が高かったら、わたしはヴァレンスに来てない」

 エリシュカが静かに続ける。

 アレスはうっと言葉に詰まった。ルジェが太子の襲撃に遭って目的地をミナン王都からヴァレンスに変更しなければならなかったとき、エリシュカがあっさりと承諾してくれたのは、体を治すことを第一に考えたということだと思っていたが、そうではなく、彼女の姉に対する気持ちがそこまでのものではないということだったというわけか。

 アレスはちょっとがっかりした気持ちになった。そうなれるということは、認めたくないものの、エリシュカに対して期待するものがあるからで、その期待は好意から生まれている。

「キミは姉さんのことはどうでもいいってことか」

 アレスは確認するように訊いた。もしこれにイエスと答えられてしまったら、アレスはミナン王都に行く理由を失うわけであるが、そんなことにはならなかった。

「そんなことは言ってない」

 エリシュカは瞳に力を込めた。

「いや言ってたよ、今」

「言ってない」

「じゃあ、どうしてヴァレンスに来たんだよ?」

「アレスがそうしろって言ったから」

「何だよ、オレのせいか?」

 ふてくされたようなことを言ったアレスに、エリシュカは少し顔を近づけるようにした。

「わたしを助けてくれた人の方を優先したの。わたしの命を救おうとしてくれている人の方を大事に思ったの。だからその言葉に従った。悪い?」

 エリシュカの声はどこまでも透き通っていた。

 アレスは自分の思い違いを恥じた。それをすぐに行動に移せるのが彼の美徳である。アレスは、立ち上がると、「スイマセンした」と素直に頭を下げた。

 エリシュカは、うん、とうなずくと、アレスの頭を上げさせてから、

「わたしはここに残る。あなたもわたしのそばにいて」

 としっかりとした声で言った。

 アレスは返答に窮した。どうにもエリシュカのペースである。この一カ月で何があったのか。やたらとエリシュカは力強くなっている。

――でもなあ……。

 彼女の言う通りにすることには、やはり抵抗があるアレス。レティーツィアという少女がエリシュカの姉代わりであるということを知った以上は、彼女のことを赤の他人と同じに考えるというわけにはいかない。エリシュカの姉代わりという一点において、レティーツィアに対しても情があると言える。うーん、と考え込むアレスの前で、エリシュカは答えを急かさない落ち着きを見せている。しばらくその状態が続いたとき、

「リシュ。アレスと一緒にミナンに行ってらっしゃい」

 少し離れたところからそっと助け船が差し出された。

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