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第209話「夜の下の再会 パート3」

 師の姿を認めたフィオナは、驚きの色をすぐに嬉しさに染め直して、

「お帰りなさいませ」

 と丁寧な声で言ったあと、アレスを見て再びビックリと喜びを繰り返した。

 フィオナは二人をリビングへと導いた。リビングのテーブルには先客がおり、二人の姿を認めると椅子から立ち上がって礼意を示した。ヤナである。一カ月ぶりに会った彼女を見たアレスは、「見た目だけなら十点中九点をあげられる子だなあ」とふわふわ思った。十点にしなかったのは、いつか出会う運命の女の子のためである。ワンピースを身につけて、いつもポニーテールにしている髪をおろしたヤナの立ち姿には、荒野にひとり咲く花のような気高さがあった。ヤナはアレスと視線を合わせると、口元をちょっと綻ばせた。

 アレスはここに至るまでヤナのことを全く考えていなかったことを唐突に悟った。自分とエリシュカのことばかり考えていたが、それよりももっと大切なのはヤナである。今回のミナンからの旅でもっともひどい目にあっているのは誰あろう、ヤナだ。アレスと付き合ったばかりに、巨額の支払いを肩代わりし、ミナン王家に追われ、故国を追い出され、今は大した縁もゆかりもない少女の面倒を見させられている。それで不平不満を言わないのだから、頭が下がる。しかし、アレスのつむじを見たところで彼女の得には一銭もならないだろう。それは分かるが、今のところアレスにできることはそれしかないのであり、つまるところ何もできないというわけだ。いずれヤナには何らかの礼をきちんとしなければいけないことをアレスは感じた。

 アレスが心の中でヤナに頭を下げていると、フィオナが、

「この家の主であり、わたしとアレスの師です」

 とアレスの前にいた女性を紹介した。

 ヤナは目を丸くした。

 アレスにはその気持ちが良く分かる。なにせ、室内の灯りの下にいるその女性は、まるで十代半ばの少女のような溌剌とした容姿を備えており、とても人に剣を教えるような力の持ち主とは思われない愛らしさである。師の年齢についてアレスは一度だけ尋ねてみたことがあったが、分かったのは、女性に年を尋ねると時に死にかけることがある、という非常に有益な教訓だった。以来、師にその年を訊いたことはない。

 ヤナは、「アレスの妹弟子だったりするなら納得もいくけれど、師匠というのは……?」と言いたそうな顔をしていたが、結局、一言も発せず、

「一カ月前からお世話になっています。ミナン国イードリ、カラマルの子、ヤナです」

 そう言って片膝をついただけだった。如才ない。

 生まれと親の名のあとに自分の名を告げるのは、ヴァレンスの古礼である。

 師はほお、と感心したような吐息を漏らした。

「よく勉強しておられる」

 フィオナはお茶を入れるためにキッチンへとたった。

 アレスは師が上座についてから、ヤナの隣に座った。

「お久しぶりです」

 人前だからだろう、ヤナは外出用の言葉づかいで言った。

 そうこられると、アレスもかしこまらざるを得ない。

「お元気でしたか?」丁寧に訊く。

「はい、フィオナ様はとてもよくしてくださっています。アレスは?」

「平穏無事です。何回か死にかけたこと以外は大したこともありませんでした」

「それはようございました。しかし、おいでは三日後かと思っておりましたが」

「容易ならざる事態になり、そのせいで予定が早まりました」

「それは、今夜の王宮の火事と関係があるのでしょうか」

「大いにあります」

「どのような?」

「そのお話をこれからさせていただきたいと思うのですが、それはフィオナとエリシュカの前でということに」

 舌をもつれさせそうになりながら言うアレスが、もういい加減疲れてきたなあ、と思っていると、

「どこの貴族だ、お前ら」

 と、師から絶妙なツッコミが入った。

「エリシュカは?」

 口調を元に戻したアレスが頭をキョロキョロさせると、ヤナは、

「二階の寝室で寝ています」

 と丁寧な口調を崩さずに言った。

 この大変なときにすやすやと夢の中とはいかにもエリシュカらしい。寝た子を起こすのは気が引けるが、さすがにそんなことを言っている場合ではない。アレスは、ヤナに部屋の位置を聞くと、エリシュカを起こすためにリビングを離れた。灯火の無い暗い階段を上っていき、窓から射す月光を頼りにして、部屋にたどりつくと、静かにドアを開けた。そうして、こそこそとベッドまで近づいていく。

――何だか本当に夜這いに来たみたいだなあ。

 とコワイことを考えながら、近寄っていった先に、毛布を豪快に蹴飛ばしたエリシュカの寝姿があった。体を少し丸めるようにしてぐっすりと眠っているようである。アレスは慌てて目をそらした。ベッドの傍にある窓から月の光が忍び込んできて、少女の寝乱れた肢体を照らしている。下着から伸びる白い手足が鮮やかに輝いていた。

 アレスはそらした目を戻すと、これは不可抗力だと念じつつ、エリシュカの肩に手をおいて、その小さな体を揺すり始めた。

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