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第208話「夜の下の再会 パート2」

 今から二年前、諸事情あってここ王都ルゼリアにやってきたアレスは、これまた紆余曲折を経て、現在目前に立っている女性の世話になった。衣食住の面倒を見てもらったのである。それだけではない。その小柄でまるで童女のような外見からは全く想像もつかないが、女性は剣の達人であった。アレスは彼女に師事することになった。というより、

「お前は見所があるから、わたしが特別に稽古をつけてやろう」

 初めて会ったそのときに唐突なことを言われて、半ば強制的に弟子にされたのである。しかし、この弟子入りはアレスにとっては得難いものになった。そもそも故郷で剣を習っており、凡百の剣士相手であれば抜きん出た実力を持っていたアレスだったが、女性にはまるで歯が立たなかった。全くレベルが違う。上には上があることを知ったアレスは、謙虚に教えを受けた。真摯に剣術に向き合うアレスに、師は優しかった。

「おらおら、はやく打ち返して来い。このグズが」

「もう、田舎に帰れ。チキンヤロウ」

「第一線を退いたわたし相手にこのザマか。才能ねーんだよ、やめちまえよ」

「素振りだからって手を抜くな。抜けてるのは頭だけにしておけ」

 そういう数々の激励の言葉をかけてもらったことを、アレスは今でも懐かしく思い出す。忘れられない思い出である。若干、忘れたくもある。

 鍛えに鍛えてもらったおかげだろう、アレスは魔王退治の一助となることができた。今のアレスがいるのは彼女のおかげである。彼女のせいである、と言わないところに自分の慎み深さがあると、アレスは思う。

 その師が今、目の前にいる。実に一年ぶりの再会である。胸が震えた。ついでに身も震えた。

「せ、先生におかれましては、ま、ますますご健勝のご様子、お、お、お、お喜び申し上げるでござる」

 さらには声も震えた上に、語尾もおかしくなった。

「どうした? 緊張してるのか?」

 肩に手が触れるのを感じたアレスは、

「さあ、顔をよく見せてくれ」

 優しげな声を聞いて、いっそう顔を深く伏せた。

「上げろ」

 小さいが鋭い声を師は落とした。

 アレスはすぐに顔を上げた。てっきり殴られることを覚悟していたが、意に反して、一瞬後、アレスは抱きしめられていた。顔の後ろに手を回されて、思い切り引き寄せられる。頬に当たる温かさが師の胸のそれであることが分かって、アレスはどぎまぎしつつ、

――こんなところを誰かに見られたら死ぬしかない。

 と恐れつつ、しかしどこかでホッとするものを覚えていた。柔らかな胸の温かさが師が寄せてくれる気持ちそのものであるようで、心地よかった。

 やがて、解放されたアレスは、

「それで、こんなところで何やってる?」

 と師から問われ、かいつまんで現在の状況を説明した。かいつまむにしろ、エリシュカと出会ったころの話から始めると、大分時間がかかり、両膝を地につけた格好でいたので、足がしびれてくるほどだった。

「なるほど」

 師は重々しくうなずくと、

「まあ、立ち話もなんだから、家の中に入るか、とりあえず」

 今さらなことを言い出した。

「その子を連れていくかどうかは、体のこともあるんだろうが、とりあえずその子自身に訊いてみろ。そうして、『行く』といったら一緒に行け。望みをかなえてやれ。将来のことをちまちま考えているうちに寿命がくるってこともいくらであるからな。その時できることを精一杯やって、その時喜ばせてやることを第一に考えろ」

 立ち上がったアレスは、隣から師の言葉を聞いた。

 師とはありがたい、とアレスは、これは心底から思った。エリシュカのため、と思って行動することが、彼女を傷つけてしまったらどうしようもない。そういう単純極まりないことに、いや、単純だからこそ返って気がつけないのが、世の常である。

 師の言葉にすっきりと心が洗われたアレスは、とりあえずエリシュカに会って話をして、

「ミナン王都にはオレひとりで行きたい」

 ということを正直に告げ、それで彼女が「良し」と言えば良し、「ふざけろ」と言えば以前からの約束通り一緒に連れて行けば良い、と思った。

「それにしても、ようやくお前の面倒を見てくれる女の子が現れたか。喜ばしいことだな」

 師は歩き出しながら上機嫌の声を出した。

 アレスはその後に続いて門をくぐった。「自分の面倒くらい自分で見られます」

 師は笑った。

「いや、男にはそれは無理だ。だから女がいる」

「そういうもんですか」

「お前はまだ若いからな。分からないんだよ。だから、諾々と年長者の言葉に従っていればいい」

「年の功ってヤツですね」

「次言ったら破門にするぞ」

「はい。ところで、先生はどちらに行ってたんですか?」

 一カ月前にここを訪れたとき師は不在であり、そしてエリシュカのことをまだ知らない口ぶりであることから、今まさに帰ってきたところなのだと判断したアレスが尋ねると、

「まあ色々とな。お前のような子どもと違って、大人は忙しいんだ。惚れた腫れただけをやっていればいいってわけにいかないからな」

 と言ってから、お前には関係ない、とダメ押しのようにつれないことを言われた。

 アレスは家のドアまで来ると、師の先に立ってノックをした。

 すぐに扉が開いて、フィオナが姿を見せた。

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