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第204話「明日のことは明日に」

 反乱軍の目的は、第一には王女であるアンシの死である。しかし、それがならないときには、廟室から祭器を奪う。そういう二段構えであったのだろう。祭器さえ奪えばアンシは戴冠の儀を行うことはできず、逆に奪った者が王位継承権を持っていれば、ヴァレンス王を称することができる。

「ですので、公子モウライは、領地のセマトー市辺りで、明日にでもヴァレンス王として即位するかもしれません」

 アンシは他人事のような口調で言った。

「王となれば、当然邪魔なわたくしを殺しにいらっしゃるでしょうから、宮殿の防備を固めなくてはいけませんね」

「ちょっと待てよ」

「はい?」

 アレスにはよく分からないことがある。

「そんな勝手に王を称して認められるのか?」

 宮殿に襲撃をかけたうえに祭器を奪って王と称した者を、みな認めるのであろうか。

「『みな』というのは誰のことですか?」

「大臣とかだよ」

 アンシはあっさりとうなずいた。

「五大臣は認めるでしょう。ミストラス卿はこちらについてくださるでしょうが、仮に公子モウライが王位についたとしたら、他の四大臣は向こう側につくでしょうね」

「どういうことだよ」

 まるで筋の通らない話である。そもそもミストラス卿を除いた四人の大臣が、宮中の大事にかけつけないことからして良く分からない。重臣であれば反乱軍の襲撃という王家の危機に対して立ち上がるのが普通なのではあるまいか。

「五大臣家は王が替わっても基本的に大臣でいられるのです。それがヴァレンスの慣習です。地位が保証されているのだから、特に王を助ける必要も無いのです。別の王になっても、その王のもとでまた同じ立場でいられるわけですから」

 アレスは唖然とした。それではアンシの周辺には味方がいないということになる。

「わたくしはまだ王ではありませんので、王になれば助けてくれると思いますよ。それが仕事ですから」

 アンシの声には皮肉めいた色合いは無い。五大臣に対しては何らの含みも無いようである。

 向こうからよろよろとした足取りで、グラジナの影が近付いてきた。アンシは彼女に、何も心配無いのでこの場で休んでいるようにと告げた。

「明日のことは明日考えましょう」

 アンシの声はどこまでも軽やかである。反乱軍に攻め入られ殺されかけた上、王室の祭器まで賊に奪われたというのに、悠揚迫るところのないこの態度はどうだろう。これまではそれを、未来を予測し尽くす緻密な計算を背景にした余裕であると考えることができたが、今夜の彼女は趣が違った。おそらく、この事態は彼女の計算には無い事態である。手際が悪すぎる。しかし、だとすると一体……。

 そこまで考えたところで、アレスは考えることをやめた。戴冠の儀が執り行われなくなったということは、戴冠の儀まで王女の護衛をするというアレスの役目も解かれたということだ。もう自分には関係が無い、と言えばそれはさすがに冷淡な態度であるが、

「優先順位を間違えるな」

 とは、かつてアレスがオソに言った言葉である。ここはここで大変な事態には違いないが、アレスにはアンシのことよりも優先すべき事柄がある。二兎を追う者は一兎をも得ることができない。アレスは、明日にでも宮中を出る決意を固めた。

 ミストラス卿の指揮のもとで、宮中の消火作業と生存者の救出作業が執り行なわれていた。アレスは、それには加わらず、卿の部下の指図の元、アンシや女官たちと一緒にミストラス邸へと避難した。アンシは消火作業を見届けたいと申し出たが、

「宮中の火災は不祥です。どうぞ御身をこの場からお離しになりますよう」

 と卿に懇請されて、それに従った。

 卿の屋敷に戻る途中、諜報部員の少女ロロが合流し、反乱軍は内壁を抜けて東に向かって去ったという情報を伝えてきた。賊を褒めることはできないが、なかなかの仕事ぶりだと言える。風のように宮中を襲い、目的を遂げるや否や、風のように去る。

「じゃあ、王都外郭部の東門で戦闘ということになるか」

 王都には外壁があるのである。内壁を抜けても外壁にも守備隊が駐屯しており戦闘は避けられない。

「挟み撃ちにすればいいんじゃないか? いまから反乱軍を追いかけて、こっちの軍と東門の部隊で」

 アレスが言うと、

「しかし、わたくしたちには兵がおりません」

 アンシは落ち着いた口調で言った。

 唯一使えるミストラス卿の軍は、火災の処理に忙殺されている。それを見越して火をつけたとすれば、なかなか手が込んでいることである。

「ロロ。東門の守備隊に、反乱軍には逆らわないようにして、門を通してあげるように伝えてください」

「御意です」

 少女は闇の中を去った。門へメッセージを伝える特別な方法があるのだろう。

「なんで門を通してやるんだよ?」

「反乱軍は当たるべからざる勢いです。戦ってもいたずらに死者が出るだけですから」

 そう言ったアンシの目が、ミストラス卿の家の前に、見覚えのある顔を捉えた。

「ルジェ殿下」

 隣国の王子とそのお付きのもの達である。

「ご無事でしたか」

 ルジェはホッとした顔を見せた。

「どうしてこちらへ?」

 偶然にしてはできすぎている。ルジェは困ったように微笑むと、後ろにいる銀髪の青年をかえりみるようにした。アンシは得心のいったような顔で、

「なるほど。わたくしたちのお友達には特別な力を秘めた人がいるようですね」

 と言って、アレスをちらりと見た。

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