第201話「南門からの突撃」
ミストラス卿の指示の下、二百人の兵士たちが整然と隊列を組んで、大路を進軍した。
当然、敵には発見されるだろうが、コソコソする気は卿には無かった。王宮を襲撃するような不埒な賊相手に、邪道を踏むなど大臣の名折れである。正々堂々、真正面から立ち向かうのみ。であるので、卿は、
「どうか、殿下。いらっしゃるとしても、せめて中軍にお下がりください。ここでは矢が飛んできます」
すぐ隣を、まるで市中に散歩をするような軽装で歩いているアンシに向かって、衷心から言った。
「大丈夫です。わたくしの身はこの方が守ってくれます」
安心しきった口調で言う王女のそばに、光る剣を手にした少年の姿がある。
――何者か……。
ミストラス卿は内心で首をひねった。見たことの無い顔である。しかし、どうやら只者ではないらしい。ここまで王女をお助けして宮中から脱出してきたことといい、何より今のこの落ち着きぶりはどうか。これから戦に赴くというのに、まったく力みの無い自然体である。その静かなたたずまいは、歴戦の猛者の風韻さえ感じさせた。これよりももっと激烈な戦場を踏んだことがあるのだろうか。卿がそんなことを思っていると、
「それに、わたくしも力になれると思いますので」
王女が不思議なことを言い出したので、我に返った。
「どういうことでしょうか?」
と問うのは僭越に当たる。卿が黙っていると、
「それにそもそもわたくしのために、卿やみなが命をかけてくれるのです。ひとり刃の届かぬところになどいられようはずがありません。このアンシ・テラ・ファリアは、そのような卑怯者ではありません」
アンシが続けた。清々とした声である。
ミストラス卿の胸に感動が衝撃となって走り抜けた。やはり思った通りの方だったのだと心の奥深いところが震えたようであった。同時に、
――死ねばよい。
素直な気持ちでそう思った。王女の身を守るのであれ、反乱軍に突撃するのであれ、この身がどうなっても悔いは無い。これまで王女が喪中と称して政務を執らなかったことには何か深いわけがあるのだ、とミストラス卿は唐突に悟ったのだった。
この兵士の集団は王宮の南門へと向かった。南門はヴァレンスでは不浄の門であり、ここをくぐる者は呪いを受けると言われる。敵は、南門から攻めてくるとは思いもよらないはずであり、その虚をつくことができる。
「しかし、かつてそれを行ったのは、あの魔王クヌプスだけです。どうかご再考ください」
そう言ってミストラス卿は止めようとしたのだが、アンシは聞き入れなかった。
「他の門から攻めれば、それだけ人が死ぬことになります。門を破るのはわたくしですから、仮に呪いがあるとしても、この身がそれを受けるだけの話です」
それがヴァレンスにとって最も悪い事態である、と卿は心配したのだが、王女はどこ吹く風である。
「ヴァレンスには色々と戦うべきものがあります。それに比べれば、反乱軍など大したことはありません」
南門の前に至ると、宮殿からは依然火の手が上がっているのが見えた。門はしっかりと閉められている。既に斥候によって発見され連絡されていたようで、城壁の上には射手が見えた。しかし、数は少ない。南門から攻めるなどということはヴァレンス人にとっては信じがたいことなのである。
アンシは、少しの間、じっとしているようにと卿に言った。
「門を破ります」
「どうやるのですか?」
作戦指揮官として、これは訊き返しておかなければならない。
「わたくしが魔導士だということをお忘れのようですね。ミストラス卿」
忘れてはいない。王女だけではなく、ヴァレンスの王族はみな魔導士の力を備えて生まれてくるということは周知の事実である。しかし、それは例えば占いのような神事の場において発揮される類の力であって、戦場において利用できる力では無いはずだ。卿が、非礼ではあるが、王女の言葉を聞き流す形で魔法に長じた兵士を二十名ほど呼んで呪文で城門を破らせようとしたところ、
「石の表をくだき獣の皮をはぎし手で涙を拭い社より去らん……『破壊の光』」
王女がすたすたと歩いていったかと思うと、すぐ続いて朗々とした呪文の声が上がった。
前に出過ぎている王女を止めようと思う間もなく、アンシの体がまばゆいくらいの光に包まれ闇を押しのけたかと思うと、彼女が向けた手のひらから光線が走り、それは一直線に南門へと向かった。
王女が呪文を使えるということだけでも驚いた卿だったが、その後に起こったことは想像の範疇を超えていた。
光線は門へ到達したかと思うと、耳をつんざくような爆音が上がり、門どころか、門周りの城壁さえばらばらになって崩れ去った。
ミストラス卿はあんぐりとした。ここが戦場であることさえ忘れてしまうほど信じられない光景だった。魔法部隊を一部隊用いて何度も呪文を唱えさせなければ破れない門を、一人でしかも一回の呪文で破ってしまったのである。
ミストラス卿は、自分の主人の評価を全く改める必要性を感じた。