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第196話「闇の中の攻防」

 グラジナや他の女官たちにアンシを守らせて、自分は単身でここに残り、殿(しんがり)を務めるべきか。アレスは考えた。考えてやめておいた。自分がアンシの近くにいた方が、彼女の生存確率は高くなると思ったからである。その分、グラジナたちが生き残る確率は低くなるが、そこまでの面倒は見切れない。みんなで仲良く生き残ろうと考えれば、返ってみんなが死ぬことになる。そういう冷徹な場所が戦場である。

「殿下にはオレがつく。あんたらはここで守れ」

 アレスはぞんざいな声を投げた。

 それを聞いたグラジナは何か言いかけようとして口を開けて、しかし、その言葉を飲み込んだ。代わりに、部下数人に王女をお守りするように、と命令する。うなずく女官たち。グラジナ自身はここに残る覚悟である。この場を部下に任せて自身は王女についていてもいいだろうし、実際そうしたいに違いないだろうが、長としての責任を果たすつもりだろう。アレスは彼女を見直した。

「みなを置いて行くくらいなら、わたくしも残ります」

 アンシは特に悲壮感を漂わせるでもなく、普段の口調で言った。

 アレスはアンシの手を引いた。茶番に付き合っている時間は無い。

「じゃ、そういうことで。生きてたらまたな」

 軽い口調でグラジナに言って、歩き出そうとしたところ、前につんのめりそうになった。

 手をつないでいるアンシが立ち止まって動かないからである。

「アレス――」

 王女が何か言おうとするのをアレスは遮った。

「王女の代わりに死ぬのが彼女たちの務めです。務めを果たさせてあげてください」

 アンシはアレスの手を振りほどいた。アレスは内心で舌打ちした。しかし、意に反して、彼女が手を放したのは、駄々をこねるためではないようだった。

 アンシはグラジナに正対すると、

「これまでのあなたの忠誠に感謝します。そうして、これからもわたくしを助けてくださいますよう」

 そう震えの無い声で言って、彼女の頬に触れた。

「必ず、仰せに従います」

 答えるグラジナの声が揺れた。敬愛する主人に、生きろ、と励まされたのである。感動が少女の胸を満たした。

「約束ですよ。みんなも!」

 アンシは明るい声を薄闇の中に響かせた。周囲から歓声が上がった。自分の為に人を死なせるのであれば、それに値する自分でなくてはならない。そういうことが分かっているのがアンシという少女だった。

 別れを軽やかに済ませたアンシを、女官の一人が先導する。アレスは、王女のすぐ後ろを走った。

「反乱の首謀者に心当たりはあるんですか?」

 立ち止まったときにすばやく訊いてみると、

「わたくしを亡きものにしようとたくらむ者はひとりしかおりませんが、さあ、どうでしょう」

 他人事のようなのどかさで答えが返ってきた。

「誰です?」

「推測にすぎません。君主は推測ではものを言えぬもの」

「で、誰です?」

「公子モウライ、先王の叔父に当たる方です。第二王位継承者。わたくしが死ねば王になれます」

 もったいぶった割にはあっさりとアンシは、反乱のリーダーの名を口にした。アレスにとっては、初めて聞いた名である。もっともアレスはヴァレンスの重臣などではない。王族などを知っている方がおかしい。

 闇の中を一行は駆ける。

 喚声と金属音が遠くから近くから聞こえてくる。

 やがて夜の一角が明るくなった。夜明けではない。王宮に火が放たれたのである。

 アレスは考え続けている。今度は敵のことではない。アンシのことである。どうも腑に落ちない。反乱が起きたらしいということに少なからず気が動転して、考えもしなかったが、夜の下を走り抜けている間に、頭が冷えてきた。その冴えた頭で疑問に思ったことが、

――仮にこれがその何とか言う公子の仕業だとして、アンシがそれをみすみす許すようなタマか……?

 というそのことである。アンシは策謀家である。そのこと自体の良し悪しはともかくとして、策をめぐらす彼女がやすやすと敵の策に乗せられるだろうか。反乱計画などあれば、事前に、芽のうちに摘み取ってしまうのがアンシという少女の鋭さである。もちろん、彼女にもついうっかりということはあるかもしれないが、反乱の首謀者であるらしき者の名が挙げられるのに、その反乱に対して備えを怠っているというのは彼女を知る者としては考えられないことだ。

 アレスは、前を走る少女の背を見つめた。

 しかし、現実に反乱は起き、王女は逃げている。アンシにも間違いや手抜かりはあるということかもしれない。アレスはとりあえずそう自分を納得させておいた。そうではない方向に考えを進めていくのが怖かったせいでもあるし、また目の前に敵が現れたせいでもある。

 まるで闇からそのまま生まれたかのような黒い影が、十個ほどうようよしている。それぞれの手には白刃のきらめきがある。

 アレスは手にしていた魔法の剣を振るった。その剣の光が走る軌跡上に二つの影があって、連続して断末魔の声が上がった。アレスは、「王女を守れ!」と短く、女官たちに声をかけると、他の影に向かって斬りかかった。

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