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第194話「王宮、急襲」

 もっともらしい別れ方をしたからには、もうアンシに会うことはないだろう、あるとしても時を置いたあとだろう、と勝手なことを思っていたアレスだったが、意外も意外、またすぐに会える機会を得た。

 アンシと別れて四日後のことである。

 アレスはまだ宮中にいた。アンシからはお役御免を言い渡されたわけであるが、ルジェの件がある。アンシの戴冠の儀が終わるまでは彼を守るとライザ諜報部員に誓ったのであり、誓ったからには行わなければならないという律儀さがアレスにはある。本当のところを言えば、ライザから聞いた、エリシュカの姉代わりの少女のことが気になるが、約束は約束なのだった。

「ボクのことは気にしなくていいですよ、アレス」

 ルジェが気を遣って言う。

 しかし、そういう言われ方をすると、ますます愚直になってしまうのが、アレスという少年の美徳である。

「エリシュカは世界一の美人だって言ってたけど、実際どうなの?」

「そうですね……もしこの世に妖精がいるとしたら、ああいう容姿に違いないと思われるような子です」

 麗しく整った容貌の持ち主であるルジェがそんなことを言うのだから、これは相当期待できる。近くに控えていたターニャはぴくりと肩を震わせた。

「断わるまでもないが、彼女を連れ出させてもらうからな」

 アレスが念を押すまでもないことを言うと、ルジェは弱弱しく微笑んで、

「ボクは亡命している身です。ミナン国内のことに関しては、何の権限もありません」

 答えた。

「ミナンに戻るのですか?」

 訊いてきたのはオソである。彼は、ヴァレンスの神器を守る巫女のその見習いであるミラーナにべったりとくっつかれてテーブルについたまま、声を出した。

「そういうことになるな。レティを取り戻す」

 レティとはレティーツィアの愛称である。アレスは会ったこともない女の子を愛称で呼ぶというはしゃぎぶりを見せた。

「リシュさんと一緒にですか?」

「それはあいつの体の経過次第だな。治ってたらいいし、足手まといになりそうだったら……分かるだろ?」

 エリシュカの完全回復までは半年ほどかかるということを聞いているアレスとしては、後者の選択をすることになるかもしれない、と思っている。その選択はエリシュカをまず間違いなく激昂させるだろうけれど、やむを得ないこともある。そこは将来アレスの妻になるつもりがあるのなら、わきまえてもらいたいところだ。

「オレはまだ亭主関白になる夢を捨ててはいないのだよ、オソくん!」

 オソはアレスの夢などどうでもいいらしく、何の反応も見せなかった。代わりに顔を沈んだ色に浸すと、じっとテーブルを眺めている。アレスは首をひねった。オソが何を落ち込んでいるのか分からない。その様子を脇から見ていたルジェは苦笑した。

 だんだんと室内が暗くなって、夕暮れが近付いてきたときのことである。遠くからかすかに何か聞こえた気がした。

「おい、ちょっと黙れ、みんな」

 仲間の歓談の口を閉じさせるとアレスは耳を済ませた。確かに聞こえてくる。アレスは戸を開けた。今度はもっと明確に聞こえた。剣撃の音である。ついで、さざなみのように喚声が寄せてくるのが分かった。

 アレスは腰から光の剣を抜き、魔法の言葉を唱えた。それから廊下の先を見据えるようにする。何も見えない。しかし――

「嫌な雰囲気だ」

 戦場の空気を感じる。血と鋼のにおいがした。宮中でなぜそんなものを感じるのかは定かでないが、大切なのは感じたというそのことである。

「ズーマ、任せるぞ。宮中を出ろ」

 アレスは銀髪の青年に向かってすばやく言った。あまたの戦場を踏んで生き残ってきた感覚が、この場所はヤバイと告げていた。

「お前は?」

 ズーマが席を立ちながら訊く。その言葉でアレスは自分がしようとしていることが明らかになった気がした。廟室にこもっているハズのアンシの身が気がかりである。

「王女を救ってくる」

 そう言って、アレスは走り出した。以前アンシのお傍付きの女官であるグラジナに廟室までの道を教わったことがあるので、場所は心得ている。何から救えばいいのかはさっぱり判然としないが、とりあえず敵っぽいのを斬って、アンシの身を確保すればいいのだろう。遠くから鋼を打ち合わせる音が聞こえてくる。走りながらアレスの脳裏に、

「反乱」

 という二文字が閃いた。突飛な空想であるようでいて、宮中に起こる異変などそれくらいしか無いのである。そうして、それはまさにその通りだった。アレスは、前から走って来た女官とぶつかりそうになった。

「何の騒ぎなんだ?」

 アレスが訊くと、女官は青い顔をして、避難してください、と見当違いなことを答えた。アレスはいらいらした。

「どうぞ宮殿の外にご案内いたしますので、わたしのあとについてきてください」

 アレスは歩き出そうとする女官の手を取って、「殿下は?」と短く尋ねた。

 女官は言いにくそうな顔をした。

 アレスの瞳が冷たい色を帯びた。

「どこだ?」

 女官はアレスの気迫に押されるようなかたちで、

「……ま、まだ、びょ、廟室に籠もっておられます」 

 どもりながら答えた。

「賊は?」

「じき現れる、と殿下はおっしゃってました」

「なぜ逃げない?」

「廟室には累代の王がお眠りあそばしています。それを捨てることはできないと」

 アレスは、彼女に逃げるように伝えると、風のように走った。

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