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第191話「本当のデートのお誘い」

 安全圏とおぼしきところまで出ると、アレスはホッと一息ついた。アレスはけっして好戦的な性質ではない。一見戦闘好きに見えるが、アレスにとっての戦闘は色々と面倒なことを一気に解決するための方便であって、戦闘によって解決しないことであったり、あるいはもっと簡単な解決策があったりすれば、戦闘をすることはない。そういう場合にはバトルを控え、別の選択をすることができる。

 アレスはアンシの手を放した。しかし、彼女の方は手を放そうとしない。

「あの……」

「何か?」

「手、放してくれない?」

「嫌です」

「えっ、何で?」

「嫌だからです」

 なるほど、嫌ならしょうがない。アレスは改めて王女の手を握って、来た路を逆にたどった。

「良かったのか、さっきの人」

「良かったんです」

 宰相に迎えようとしている重要人物にすげなくされたのに、アンシはからりとしている。アレスが納得のいかない顔で、アンシの横顔を見ると、

「彼女は天才かもしれませんが、わたくしは行動しない天才などに興味はありません」

 すっきりと澄んだ声が返ってきた。どうやら本心のようだ。後からあの小屋に襲撃をかけて捕えようなどという物騒な考えは持ち合わせていないらしい。

「そんなことしません」

「分からないな。じゃあ、どうしてまた彼女を迎えに行ったんだ。しかも、今回で三回目なんだろ?」

「そうです。分かりませんか?」

「さっぱりだな」

 アンシは含み笑いを漏らすと、

「広く賢者を求めるという姿勢を打ち出しておきたかったのです。功績がなくとも評判が高ければ、辞を低くして知恵を乞う。己に自足しない君主でありたいと思います」

 自分の行動を説明した。それはそれはとても立派な行為であるとアレスは思ったが、

「でも、キミの行動を知っているヤツはいないわけだろ。なにせキミは喪中で部屋にこもってることになってる。まあ、今日はオレがいたわけだけど。オレが言いふらすことでも期待してるのか? 『王女殿下は賢者好き』って」

 それでも合点がいかないことを訊いてみると、アンシは首を横に振った。

「評判を良くしたいわけではありません。わたしがそうありたいと思うように行動しただけの話です。ですから、三度訪問しました。宰相の位も約束しました。それで断られたのだから、それはそれで仕方ありません。また別の方を訪ねるだけの話です」

 大路に出たところで、アレスが宮殿の方に曲がろうとすると、

「そっちじゃありません」

 アンシに逆方向に無理やり引っ張られた。まだどこか行くところがあるのかと思って素直に手を引かれていくと、着いたのは道の脇にある屋台だった。何かを焼いているようで、香ばしい匂いが漂ってきている。

「ひとつ買ってください、アレス」

 アンシは屈託なく言った。アレスはふうと息をついた。王女様の気まぐれにも困ったものである。とはいえ、「王女心得」的なものを説く気などないアレスは肩をすくめると、アンシに手を放してもらい、数人の列の後ろに並んだ。屋台は穀物の粉を薄く延ばして焼いた生地の上に、肉や野菜を乗せ、ピリ辛ソースをかけてクルクルと巻いた軽食で、「イカス」と呼ばれるものだった。

「ほら」

 買ったものを渡してやると、アンシは満面の笑みである。そういう風にしていると年相応の女の子に見える。ちょっと屋台から離れたところで、かぶりつき始めるアンシを見ながら、

「まさかキミがこんなところで油を売ってるなんて、宮中の誰も思わないだろうなあ。グラジナさんくらいか」

 言った。アンシは「イカス」と格闘しながら、

「そのグラジナがうまくやってくれているからこそわたくしがこうして外に出られるのです」

 答えた。

「どういうこと?」

「わたくしへの取り次ぎはグラジナを通してすることになっているんです。グラジナが、『殿下はお休み中です』と言えば、何も取り次ぐことはできません。もっとも、政治は五大臣に預けておりますので、わたくしに伺いを立てることなどほとんどないわけですけれど」

「ふーん。じゃあ、枯骨(ここつ)の山のときは? あのときはグラジナさんも一緒にいたけど」

「女官はグラジナだけではありませんので。ですが、グラジナが一番よくやってくれています」

「キミを崇拝してる」

「古めかしい言葉を使いますね」

「教養ある文化人だからな、オレは」

 アンシは笑った。その口元にソースがべたべたとついている。アレスが、はしたないことになっている旨を注意してやると、アンシは素知らぬ顔で口を突き出してきた。アレスは彼女の意図を正しく理解して、取り出したハンカチで彼女の口元を拭ってやった。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「もうひとつ頼まれてくれますか?」

「何なりと」 

「じゃあ、デートしましょう」

 アンシはにこりとした。それはとても魅力的な微笑みで、アレスが思わずOKしてしまいそうなところ、どうにか自制心を働かせて、こんなところに王女を引きとめて良いのかと考えたが、もちろんその答えはノーであるにせよ、そう言ったところでアンシが納得するわけが無いと思われて、結局承諾したのだった。

「でも、高いものはねだるなよ」

 アレスは念を押すように言った。

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