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第189話「大軍師の弟子」

 アンシの秘密主義も大概にしてもらいたいものだ、とアレスは思う。どこに何をしに行くのか、ということを全く告げずに人を振り回して、楽しんでいる。今度からは、前もって何をする気なのかということをははっきりと言わせよう。主導権を握るのだ! オレは、彼女の犬じゃない!

「おかしいですね」

 アンシが小首を傾げながら言う。

――おかしいのはキミの性格だ。

 と思ったアレスだったが、思っただけで口には出さずにおいた。しかし、どうやら思いが顔に現れていたらしい、アンシは怪訝な目を向けてきた。

「何か?」

「何でもないワン」

「結構」

 アンシは、仕切り直した。女に向かって言う。

「わたくしは、こちらに三度足を運びました。古来より君主が三度来駕した場合、臣たる者、君主の要請に応えなければならないという習わしがあります。それに逆らうのですか?」

「そのような因習に、新しいヴァレンスは縛られるべきではないと存じます」

「新しいヴァレンスとは?」

「新たな女王が経営なさる国」

「その国の宰相としてあなたを迎えたいのです」

 アンシはまたとんでもないことを言い出した。ヴァレンスには宰相という位は現在のところ無い。それに代わるものとして、第一位の大臣がいる。さて、宰相というのは行政のトップであり、かつ王のアドバイザーでもある。人臣を極めた位と言えよう。当然、宰相の位についた人間は大臣たちよりも上にいくということになる。一般市民を最高位に、とは。前代未聞のことだろう。反政府組織の長を第五位の大臣とするよりも、さらに驚くべきことであった。

 女は呆れたように言った。

「それはいくらなんでも無謀です。わたしのようなものが宰相になっても、上級貴族である五大臣家が協力しないでしょう。彼らが協力しなければ、国政は立ち行かない」

「無謀ですか?」

「そうです」

「それは、やってみなければ分からないでしょう」

「やってみなければ分からないこともありますが、やらなくても分かることもあります。その二つを分かつことが、すなわち智です。お恐れながら、殿下は無智でいらっしゃる」

 この場にグラジナがいないことは、女にとって幸いだったろう、とアレスは思う。もしいたら、グラジナは、王女に対する礼を失した女の胸にナイフを突き立てようとするに違いない。アンシは平静だった。

「わたくしに智が足りないからこそ、智者を招こうとしているのです」

「わたしは世間知らずの小娘です。とても知恵ある者などではありません」

「謙遜する必要はありません。あなたは、大軍師シオネラの最後の弟子であると聞いています。かの大軍師が学の全てを注ぎ込んだ愛弟子があなたです」

 シオネラの名はアレスも聞いたことがあった。天才軍略家との誉れ高い人物である。ひとところにとどまらず、色々な国をさまよい歩いては各国の王の諮問を受けその国の強化に努めている。軍を率いて戦えば負けた戦は無い。しかし、しばらくするとふっとその国からいなくなる。その国にとどまれば、感謝した王からいくらでも礼物を受けて、一財産も二財産もなせるであろうに、なぜ出奔するのか。全く理解できないことではあるが、天才とはそういうものなのかもしれないとアレスは思った。

「師の名を汚す小才子に過ぎません。どうかお引き取りを」

「そう言われて二回帰りました。今日は帰る気はありません」

「では、どうします?」

「力づくでもお連れします」

 アンシは、白日の下で物騒なことを言った。そもそも、そういう態度は賢者を迎えるのにふさわしいものではない。

 女は大して驚きもせず、静かにしていた。それから、おもむろに口を開く。

「無駄なことはおやめください。殿下の腕では無理です」

「わたくしのことを見くびっていらっしゃるのですね」

 アンシの声が不気味な暗さを帯びた。

 女は、「いいえ」と首を横に振ると、

「殿下はわたしよりずっとお強いでしょう。しかし、わたしを生かして連れて帰ろうとするならば、加減しなければいけなくなります。死や重症の危険が無いのであれば、いくらでも手の打ちようがあります」

 なかなかにいい度胸である。アンシの力を認めたうえで恐れる気配の無い女に、アレスは内心感じ入った。

 アンシは一歩下がると、

「じゃあ、お願いしますね。アレス」

 軽やかな声を投げた。

 アレスは、いつも通り何が何やら分からないが、推測するに、目の前でこちらを不審げに見ている女をいっしょに王宮に行くように勧めてくれ、ということだと思った。

「気絶させてください」

「……は?」

「あなたがいつもやっていることを、彼女にも繰り返してもらいたいんです」

「いつもって人聞きの悪いことを言うなよ」

「じゃあ、ときどき」

 アレスは腕を組んだ。それが剣を抜く気はないことのジェスチャーだった。いつもとは違うのだ。女は別に悪いことをしたわけではなく、どちらかと言えばアンシの方が傲慢な様子だった。もっともアンシはほとんどいつも高飛車ではあるが。

「アレス、早く」

「いやです」

「そんなこと言ってる場合じゃないと思いますが」

 アレスも雰囲気がおかしなことに気がついた。

 アレスの周囲の土がもこりと膨らんだかと思うと、土の下から現れたものがある。

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