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第188話「王女様、三たびのお出かけ」

「安心してください。今日は王都内ですから」

 前を歩きながらアンシが言う。

 アレスは後ろに付き従いながら、全く安心できなかった。王都内であるということが一体どんな安心材料となるというのか。王都の中も大して安全な場所では無い。特に、不浄な方位である南門近くは多くの貧民がたむろし、治安は悪い。

「出ます。供をしてください」

 簡潔なアンシの言葉にテーブルを立ったのが、少し前のことであった。アレスはルジェの護衛をズーマに任せてから、アンシに従った。

 二人は今、宮門を外に出て大通りを南に向かっている。

「すぐに着きます」

 アンシが柔らかな声を出す。フードを目深にかぶっているので、表情は見えないが平静な口調である。フードをかぶっているのは、正体を見破られないようにするためである。そんなことをしなくとも、王女の尊顔を拝することができるのは、上級貴族と側近の家来に限られているわけだから、まずもって市井(しせい)において正体がバレるわけがないのであるが、念には念を入れてということなのだろうか。それとも、このまえのナントカ教団のように王女をつけ狙うような一団がいるということなのか。何にせよ、警戒を怠らない方がよいが、アレスに抜かりはない。

「どっからでもかかって来い!」

 アレスが周囲をキョロキョロすると、「頼りにしています」と懇ろな言葉がかけられた。

「あの女官のグラジナさんは良かったのか? 連れてこなくて」

 今回王女の護衛の栄誉を賜ったのはアレス一人である。それは一体何を意味しているのだろうか。あまり考えたくないことであるが、

「グラジナには荷が重いかもしれませんので」

 得てしてそういう不安は現実となる。アレスは、安心していいと言っていたことを思い出させようとしたが、

「そんなこといいましたか?」

 しゃあしゃあと言い切る王女の所作はいっそ清々しい。

「あなたなら大丈夫ですよ」

「どうしてそう言い切れるんだよ?」

「勇者ですから」

「勇者だってやられるときはやられるだろ」

「その時はわたくしが(かたき)を取って差し上げます」

「いや、それなら二人で戦おうよ。そしたら、どっちも死ななくて済む確率が上がるだろ」

「嫌です」

「えっ!? 何でだよ」

「王女は勇者に守られるものと昔から相場は決まっています。王女が勇者と並んで戦う物語など一体、どこの世界にありますか」

「新しい伝説を作れよ」

「わたくしは古風な女ですから」

 昔からの慣習を守るのであれば、王女という立場上、王宮奥の玉座に鎮座ましましているハズである。間違っても、供を一人つけただけで、街中をうろついたりはしない。

「明日から、戴冠の儀が行われるまでの間、身を清めてから廟堂(びょうどう)にこもります。そうして、廟から出てきたら女王の出来上がりです。今のうちに言っておきたいことがあったら、言っておいた方がいいですよ、アレス?」

「言っておきたいこと?」

 アレスは歩きながら、うーん、と首をひねった。言いたいことはすぐに言ってしまう性質(たち)なので、腹に溜めてあることなどない。

 アンシはフードの中にある顔をアレスに向けた。

 アレスは、彼女の瞳が控えめな期待の光に輝いているのが見えたが、肩をすくめただけだった。特に思い当たらないのだ。その瞬間、アンシはがっかりした色を隠しもせず、はあ、と大きなため息をつき、それから歩く足を速めた。

「おいおい、言わせたいことがあるなら、そう言えよ。キミらしくも無い」

「そういうことではないんです」

 プイっと横を向いてさっさと歩いていくアンシ。アレスも足を速めて、彼女に置いて行かれないようにした。しばらく二人は都大路を無言で歩いた。人通りは多くない。快晴の空からは眩しいほどの光が降って、歩いていると汗ばんでくるほどであった。

 やがてアンシは大路の脇に入って、するすると裏道を抜けると、一軒の家の前にアレスを導いた。

 今にも倒壊しそうな家である。

 家であるというよりは、小屋であると言った方がいいかもしれない。

 アンシは、アレスに何を説明するでもなく、コンコンと戸を叩いた。

 ノックに応じて現れたのは、布衣(ほい)を身にまとった女性である。彼女はアンシを認めると、すぐに地に膝をついて敬礼した。二十代の前半くらいの年のように見えるが、もっと年上なのかもしれない。所作に風格がある。また粗末な格好をしているが、衣服はこざっぱりとしており、一本の太い三つ編みにまとめられた黒髪には艶がある。

「今日こそ色よい返事をいただくために参りました」

 アンシが言った。

 女は跪拝したままで、

「何度いらしても同じことです。殿下が真にヴァレンスの民のためを想う(まつりごと)を為さるということが分かるまでは、ご協力はいたしかねます」

 淀みの無い声を出した。

 アンシは、自分の下にある黒髪のつむじに向かって声を落とした。

「もうわたくしには時間が残されていないのです」

「それは、お気の毒さまです」

 ちっとも可哀そうに思っていない口調で女は言うと、すっと立ち上がった。

 アレスは二人のやり取りが全く分からず、ポカンとしているしかなかった。

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