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第186話「持ちかけられた取引」

 そもそもミナンの諜報部の人間になぜ引き合わせたのか、そこからしてよく分からないアレスである。アレスは既にルジェの件からは手を引いている。ミナンへの興味は――ただ一人の少女のことを除いては――特にない。それにも関わらず、ライザにミナンの現状を説明させたのは、なぜか。単なる善意の情報提供である可能性もあるが。

「もう一つ。ゲイルード卿が帰国したわ」

 そう言って、澄ました顔をしているライザの期待をアレスは裏切ってやった。

「確か、『ミナンの良心』って呼ばれてる重臣だったな。利にさといミナン貴族の中で、ただ一人、義をもって政治に当たろうとしている人だ」

「詳しいわね」

「そりゃな。クヌプスの乱のとき、国の決定に逆らって、息子の一人に私兵を率いさせてヴァレンスに来させたことは、ヴァレンス貴族だったら知らないヤツはいない。まあ、オレは貴族じゃないけど。寡兵(かへい)とはいえ、孤立無援の中、救援にかけつけてくれたゴロー・ゲイルードにヴァレンス前王はいたく感激し、ゲイルード家に末長い交誼を求めたという」

「仮に太子が殿下を嫌っていたとしても、王家内部の争いをゲイルード卿が手をこまねいて見ているわけないわ。何らかの手を打って治めようとするはず。その手に乗るのも一つ」

「でも、確か卿は太傅のはずだろ。太子の教育係。あっちの味方をすることはあっても、こっちの味方にはならないんじゃないか」

「そうかしら。あっちの得になることが、こっちの損になるとは限らない。どちらも得をすることもある。まして、ゲイルード卿は一度たりとも義を踏み外したことがない方。今回の件を知れば、殿下に同情なさることも十分考えられる」

 ライザは王子の前であるというのに、まったく無遠慮な口の利き方だった。これが年の功ならぬ、年の罪だろうとアレスは思った。

「慎みの気持ちを思い出せよ、ライザさんよ」

「十五の乙女のようにわたしの気持ちは清らかよ」

「よく言うよ。じゃあ、その格好は何だよ?」

「カッコいいでしょ」

「ケバい」

「ナイフ投げていい?」

「やる気なら、今度は初めから容赦しないぞ」

「じゃあ、やめとく」

 ライザは、殿下とはツーカーの仲であるから忌憚なく物を言えるのだ、と厚かましいことを言った。ルジェは苦笑している。そのそばでターニャが、可愛らしい顔をムッとさせて立っている。

「さて、ここからが本題よ」

 ライザは手をぴしゃりと打ち付けると、テーブルの上に手をついて、アレスを覗き込むようにした。襟ぐりからのぞく白い胸の谷間がアレスの目に鮮やかに映った。しかし、それは全くの不可抗力であることをアレスの名誉のために付記しておく。

「助けてもらいたいの」

 ライザは唐突なことを言った。

 そうして、アレスの答えを得る前に、

「ルジェ王子をミナンに戻すために動いているグループがある。ただ、王子は王のご不興を買っている身。王子を助けるため、いずれ動くとしても、いまはまだ派手に動くわけにはいかない。その日まで万一のことがないように王子をお守りしてもらいたいの」

 ライザは続けた。

 アレスは呆れて開いた口が塞がらなかった。ここまで都合のいいことが言えるのだから、いっそ清々しいほどである。もちろん、ルジェのことは好きだ。多少考え方に違いはあるものの、基本はいいヤツである。旅の中でそれはよく分かった。しかし、それとこれとでは話が違う。既にアレスはルジェの件からは手を引いたのであり、それは引かざるを得ない事情があるからだ。それを知っていて、なおライザに今の言葉を言わせたのであれば、ルジェの評価を改める必要があるとアレスは思った。

 ルジェは申し訳なさそうな顔をしている。顔だけ心苦しいフリをしているとすれば、なおナメた話である。

「断っておくけど、これはわたしの一存よ」

 確認口調で言うライザの前で、アレスは席を立った。誰の考えであったとしても、できないことはできない。

「悪いけど、協力はできそうにない。先約がある」

 そう言って部屋のドアに手をかけた瞬間、

「レティーツィア」

 ライザが唱えた意味不明の言葉に、アレスは立ち止まらず、そのまま外に出ようとしたが、

「リシュが姉と慕っている、イードリ呪式研究所の元実験体の名前よ」

 続けられた言葉に、ぴたりと足を止めた。振り返ったアレスの目に、テーブルから上体を起こしたライザの余裕たっぷりの笑みがある。こちらをいらつかせようとしていることは分かっていたので、アレスは努めて平静な声を出した。

「おい! 知ってることがあるなら、洗いざらい吐いた方が身のためだぞ! オレは本来、女にも容赦ない男だからな。さあ! さっさと話しな!」

 ライザは満足そうな顔をした。自分がしかけた罠に盛大にはまってくれたことが楽しくてたまらないのだろう。

「あんたにとって楽しい事態じゃなくなるかもしれないぞ。それはあんたの態度次第だ」

 ライザはわざとらしく眉を上げた。アレスは、心の中で五数えてみて、それでも彼女が口を開かなかったら力に訴えようと物騒なことを考えた。

「そんな怖い目してもダメよ。交換条件よ。情報を知らせる代わりに、こっちに協力する。どう?」

「まずは情報を教えてもらう」

「協力してもらえる保証は?」

「無い。いやなら力づくで訊く」

 アレスの目には獰猛な光が溢れている。

 ライザは肩をすくめた。

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