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第185話「ルジェ出国後のミナン」

 結論から言えば、ミナンは何も変わりなかった。アレス達がルジェを連れて、イードリを出た一カ月弱前とほとんど何も変わっていない。ただ一つ変わったことと言えば、第四王子が国を出て、隣国ヴァレンスに入ったということだけである。もちろん、ミナンの第四王子とはルジェのことである。

「いくら王子とはいえ、王の許しを得ずに、勝手に国外に出たことを、ミナン王はことのほかお怒りです」

 ライザが言う。

 それはやむを得ない理由――太子に命を狙われたから――があったからだと言っても詮無いことであることは、アレスには良く分かっている。王宮というところは結果が全てであって、結果に至る過程など斟酌されないのだ。この場合、王の許しを得ずに国を出たという結果だけが重要なのであって、

「でも、ぼくちんは、バカアニキに殺されかけたんです~」

 などと言っても、アホ面をさらすことになるだけで、誰からの同情も得られない。しかも、そもそも、それが真実であるということさえ、誰も信じないだろう。逆なら分かる。第四王子が太子を殺そうとするなら、まだ筋が通る。太子を殺しても自分が太子になれるわけではないが――なにせ第二王子と第三王子がいる――少なくともそのための努力をしているのだと解釈できる。しかし、太子が第四王子を殺しても何の益もない。益のない行動をミナン貴族はしない。貴族のくせに現実主義が売りなのが、ミナン貴族である。お国柄。そのミナン貴族のトップ付近にいる太子が益の無い行動など取るはずがない。ゆえに、そんな事実は無いという結論になる。証明終わり。

「でも、そうすると、なんであんたはそれを知ってるんだ?」

 アレスが訊いた。

「勇気のある後輩のおかげ」

 そう言って、ライザはフェイという名を挙げた。さすがにそれは忘れていなかったアレスである。ルジェの付き人をつとめていた青年で、単身王都に乗り込んで、太子の陰謀を明るみに出そうと覚悟を決めたものだった。

「生きてたのか?」

「軽く死にそうだったけどね」

 ライザが言うと、ルジェはぴくりと肩を震わせた。

 アレスが続ける。

「とすると、王の耳には入ったのか?」

「入ってない」

「なんで?」

「王に会えるのは諜報部の中では長だけよ。その長が言わなければ、王の耳には入らない」

「なんで言わないんだ?」

 と言ってはみたものの、問うまでもない話である。太子の悪行を言わないということは、次期王になる太子に対して(おもね)る気持ちがあるのだろう。よくある話である。

「そうじゃないわ。証拠も無しに、王に対して憶測でものを言えば首が飛ぶ。だからよ」

「理屈に合わないな。じゃあ、どうして諜報部のあんたがここにいるんだ。独断したわけじゃないんなら、あんたがここにいるのは、長の命令ってことになるだろ。証拠はどうあれ、長はこの件を信じているってことだ。違うか?」

「信じたんじゃなくて、調査に寄こしたのよ。信じられる話なのかどうか」

「随分悠長な話だなあ……それで? 信じられる話だったか?」

 アレスはルジェを見た。

 ルジェは弱く微笑んでいる。

 アレスは嫌な予感を覚えたが、

「殿下のお話だと、そんな事実は無いそうよ。確かに襲われたことはおありだったようだけれど、その賊と太子の間になんらかの関係があるなんてことは夢にもお思いではないようよ」

 えてしてそういうものは当たるものである。

 アレスは遠慮なくため息をついた。

「すみません、アレス」

 ルジェが言う。それは何に対しての謝罪なのかアレスには分からなかったが、それよりもなにより、ルジェがミナン国のことを想っている事実が胸をついた。しかし、それは報われない想いなのである。

「もとより報われたいと思う気などありません。ボクが兄の邪魔になるなら、邪魔にならないところに引っ込んでおくだけです。それがミナン国の為になるなら、ボクは本望です」

 そう言って笑う顔には一点の曇りもなく、それが心からのものであることが読み取れた。とはいえ、ルジェは大事なことを忘れているとアレスは思う。国というものがそこに住む人で構成されているとしたら、国民のことを考えることが真に国のことを憂えることになるのではないだろうか。ルジェにはその視点が欠けている。アレスがそう言うと、

「しかし、王子同士が兄弟で争うほうが、争わないより、国民の迷惑になるでしょう」

 ルジェが答えた。

「短期的にはな。でも、長期的に見ればどうだ。太子が王になれば、ミナンの国民は苦しむことになると思うけどな。自分の欲の為に弟を殺そうとするヤツだ。まして国民のことなんて毛ほども考えないだろう」

 ルジェはこの期に及んでも、なお兄の悪口を言われることが嫌なようで、その秀麗な面をしかめるようにした。お人よしも大概にしたが良い、とアレスは思ったが、人の生き方にケチをつけられるような真っ当な生き方を自分自身がしているわけでもないので、黙っておいた。

「アンシ殿下戴冠の際に、ミナンからお祝いの使者が来ます。そのとき、ルジェ王子にもお会いして、出国の理由につきお聞きするはずです。お気持ちが変わって、ミナンに戻る意思がおありだったら、その旨使者にお話しください」

 それはルジェに向けられた言葉のはずだったが、なぜかライザの目はじっとアレスを見ていた。

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