第180話「王女暗殺未遂の罪」
鈴を振るようなキレイな音とともに発射された光の弾三つ。それらは、あやまたず目標にヒットした。
青空に伸びる断末魔の叫び。
三人のテンセイ教徒たちが物言わぬ骸と化す。
あまりに突然の凶行に、他の教徒たちはポカンと口を開けることしかできない。
アレスは逡巡しなかった。神速の一撃をアンシに向かって放つ。先にテンセイ教徒リーダーを斬ったときの動きと遜色ない。アレスの剣は王女の銅をとらえた。
「……っつ」
その瞬間、まるで固い岩でも叩いているような感触を覚えた。王女の周りに浮いた光の円が、アレスの剣を阻んだのだ。アレスは自分の迂闊さを呪った。この魔法の円盤が攻防を兼ねた代物であるということは、知っていたはずなのに。思わずさっと距離を取るアレス。それは戦闘を仕切り直したいときの彼の癖に過ぎないが、その癖が出るということがアンシを敵だと認識しているということを明確に表現していた。
「貴様、どういうつもりかっ!」
王女の隣から、グラジナが女の子らしくない大喝の声を上げた。
「殿下に向かって剣を振るうとは気でもふれたのか!」
そう言って、腰に吊ってある鞘から短剣を引き抜くと、アレスに向かって構えを取った。
巫女見習いのミラーナは、巻き添えになることを恐れるようにそそくさとその場を離れ、それから、「そうだ、そうだ。頭おかしいんじゃねーの!」と野次を投げてきた。
アレスからすれば、おかしいのはアンシの方である。せっかく穏便に事が運びそうなところを、唐突に魔法を撃ってぶち壊してくれるのだから、どうかしてる。しかも、呪文を撃たれた三人は死んだ。アンシの魔法は、アレスの持つ光の剣とは違って、人を気絶させてそれで終わりなどという甘っちょろいものではない。
「どういうことなんだよ、アンシ!」
アレスの問いに、王女は霜が降りたような冷たい顔で答えた。
「王女暗殺未遂の責を負って、彼らには死んでもらいます」
そう言ったあと、王女の近くにある魔法の光円が再びリンと鳴った。円から生まれた光の弾が飛ぶ。
アレスは地を蹴って、剣を振った。
確かな手ごたえを得て、割れた光弾は虚空に消えた。
「どきなさい、アロス」
「いやだね」
「なぜ彼らをかばうのです」
「こんなヤツラのことなんか知ったことか」
アレスは剣先をアンシに向けた。それ以上は言葉にしなかった。言葉にしなくても通じる思いというものが確かにあって、無論それは、相応の相手との間でしか通用しない高等なコミュケーション方法ではあるが、アレスはアンシとの間でならそれができるはずだと確信していた。しかし――
「では、あなたのおっしゃることは理解できないことになります」
それはどうやら恥ずかしい自惚れであったらしい。
「どきなさい。怪我をしますよ」
王女がさめた口調で言う。
アレスは無言で剣を構えた。それから、後ろに向かって、「逃げろ、お前らっ!」と声を投げる。
テンセイ教徒たちはようやく夢から覚めたような目で、自分の主人に剣を向けている少年となにやらキラキラ光っている王女の姿をみた。仲間割れでも始まったのだろうか、と彼らは目の前の光景を解釈した。ぴくりとも動かない三人の仲間たちが死んでいるのを確認したあと、どういう対処をしようか決めかねていたところ、アレスの声がかかったのである。
「グズグズするなっ! 死にたいのかっ!」
リーダーを斬ったらしき少年に言われても説得力が無い上に、彼らはそもそもが、「リーダーさえ返してもらえばこっちのものよ!」というノリで、リーダーを安全な場所に移してから、王女に対して第二回戦を挑むつもりでいた。。
アレスは舌打ちした。男たちの殺気を背に感じたのである。どうやら逃げる気は無いらしい。テンセイ教徒たちは武器を振り上げると、おたけびを上げて襲いかかってきた。
こうなるともうなす術は無かった。いったん暴徒化した者を止めることなど、アレスにはできない。アレスにできたのは、魔法の球が連続して魔法円から発射されるのを見ることだけだった。
絶叫が木々の梢を揺らした。
テンセイ教徒たちはことごとく地に沈んだ。生き残った者は誰もいない。いや、ひとりだけいた。アンシに詰め寄ったリーダーである。
「彼にはやってもらいたい役割がありますので。だから、生かしておきました」
アンシの声は平然としていた。
王女の周囲から、光の円が消えつつある。アレスは短剣から光を消さなかった。王女を斬る気はもう無い。今さら斬ったところで、ただぐったりとした女の子がひとりできるだけである。それはそれで口うるさいのが減って、非常に清々するかもしれないけれど、さすがにそんなことのために斬ることなどできはしない。では、なぜアレスが戦闘態勢を解かなかったかというと、洞窟から感じる気配が答えとなる。洞窟内で感じた息遣いを、今またアレスは感じていた。
「心配いりません」
アンシは安心させるように言うと、洞窟の方へ向かって声を投げた。
やがて闇から光の下へと姿を現したのは、いつかの覆面諜報部員だった。