第178話「洞窟の外の客」
それにしても、十数人というのは悪人が徒党を組んで行動するちょうど良い数なのだろうか。アレスは腰から引き抜いた魔法の短剣に光を灯して一振りの剣にしながら、そんなことを考えていた。今朝、蹴散らした盗賊団もそのくらいの人数だった。アンシの前に出て彼女を守るようにする。
「何か補助呪文をかけますか、アロス殿?」
隣に来たグラジナが静かな中に緊張をはらんだ声を出す。
アレスは首を横に振った。特に危険な雰囲気は無い。サポートは必要なさそうである。しかし、もちろんアレスに油断は無い。仮に相手が子どもであれ女性であれ、戦場にいる限りは力ある者である。その力は人を殺す。命は一つしかないのだ。油断で落とすには少々惜しいものである。
洞窟入り口を囲むようにしている一団はみな粗末なナリであったが、首元におそろいの青い布のようなものを巻きつけていた。剣や斧など思い思いの武器を持っていることからして、明らかに友好的な一団ではない。
「うわっ、なにこいつら、チョーこええ。早く片付けろよ、アラス」
ミラーナが言う。絶対に故意に名前を間違えてくれた少女に、アレスは反応しなかった。
「なんのつもりだ。貴様たち。ここにおわすお方がヴァレンスの王女、アンシ・テラ・ファリア様と知っての狼藉か?」
グラジナが声も高らかに、無駄な問いを投げた。
じり、と一行を囲む半円が半歩分縮まった。当然、自分たちの目の前にいるのが王女だということを知っているのである。
さて、とアレスはどうケリをつけようか、いつものように考えた。そうして、いつも通り、成り行きに任せようと決めた。何も難しく考えることはない。立っている敵を最後の一人まで斬ればそれで終わりである。大変シンプル!
そんな適当極まりない考え方をしているアレスの横に、アンシはすっと立った。慌てたグラジナが押しとどめようとするが、アンシは手でそれを逆に止めた。
「テンセイ教の信者の方々とお見受けします。わたくしは、アンシ・テラ・ファリア。何かわたくしにご用があるようですが、もしもその身が獣でないならば、まずは言葉を以って自らの思いを語りなさい」
清々とした声である。悪漢を前にしても微塵も怯えた様子は無い。それが、自分を守る者たちへの信頼によるものか、それとも王族の持つ傲慢さによるものか。そのどちらでもなく、ただ自らの力への自信の現れであろうとアレスは思った。
静まり返った場に、微風が吹いた。男たちはちらちらと互いを見合っている。アンシもなかなかうまい。アレスは感心した。敵の前にあえて身をさらすことで虚をついたわけである。これを利用するのが自分の役割、と思ってまさに攻撃に移ろうと思ったその瞬間、腕にほっそりとした手が触れた。アンシの手である。アレスは、王女に怪訝な目を向けた。今の彼女の言動は、作戦などではなく、心からのものなのだろうか。
アンシはアレスと視線を合わさない。ただ、包囲の男たちを見ている。
――無駄なことをする。
アレスは、攻撃の絶好の機を失くして、苛立った。普通にやっても勝てるにしても、楽なら楽なだけ良い。リスクを負うのは自分なのであり、そうしてそのリスクは命に関わるのだ。
それにしても解せないのは、アンシの振る舞いである。武装している人間と話し合うことなど不可能であるということを知らないような、世間知らずでは全然ないはずなのに。とすれば、他に意図があるということになるが。
一団の代表なのだろうか、まだ年若い、二十前半くらいの男がゆっくりと近づいてくると、剣先を下におろしながら、王女の前に立った。数歩の距離。相手の間合いである。
「おおそれながら申し上げます。殿下におかれましては、われわれテンセイ教の信仰の自由をお認めくださいますように」
凶器を下に向けるという最低限の礼儀は通しているものの、男は上から見下ろすような格好で、まるで畏れているような様子ではない。今のセリフにしても言葉こそ丁寧であるが、声音は傲岸そのものである。否と応えようものならば、すぐさま殺してやる、という意識が明らかである。
アンシは依然として怯えもしなければ、また押しつけがましい態度に立腹もしていないようだった。それどころか、会話を楽しんでいる風でさえあるような微笑を口元に灯していた。
「これは異なことを。ここヴァレンスでは、どのような神を信仰しても、罪に問われることはありません。どのような神でも、どうぞご自由に信仰してください」
「ふざけるなっ!」
男は、つかのまの冷静な交渉役の衣を脱ぎ捨て、さっきまでの殺気モードに戻った。アレスはよほど斬り捨てようかと思ったが、「まだいい」と言わんばかりに自分の腕を握る少女の手に力が込められたので、動かなかった。
「この国は地占道で動いている。われわれテンセイ教は、地占道などという邪道は認めない。われわれの信仰の自由を認めるということは、われわれの神を認めるということだ。そうして、われわれの神を認めるということは、地占道などという紛い物を捨てて、この国の王女自らがテンセイ教に入信することを指している!」
男は大分身勝手な理屈を並べて、並べながら興奮したのだろう、片手から伸びた剣のその先がふらふらと揺れていた。
「なるほど。よく分かりました」
「お答えはいかに」
アンシの手はアレスの腕を離した。
とうとうお許しを得た。アレスは自分が忠実な番犬のようになった気がしていた。