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第177話「暗闇に潜むもの」

 巫女(みこ)はどこからどう見ても立派な子どもであった。アンシの胸の辺りまでしかない背と、あどけない顔が、お子ちゃまであることを主張している。グラジナの薄い魔法の光に照らされているだけなのではっきりとは分からないが、可愛らしい子のように見えた。

「おい、お前。なにじろじろ見てんだよ! ぶっとばされたいのか!」

 甲高い声が洞窟内に反響する。前言撤回。薄い光の下でも明確に分かる。超ムカつく子どもである。

 それにしてもこの闇の中でよくこちらの視線を感じられたものだ、と思ったアレスだったが、

「夜目が利くんだよ。こんな暗いところに住んでるといやでもな。だからお前みたいなイヤラシイヤツの目とかすぐ分かるからな」

 向こうから解説してくれた。そのあと、巫女は、

「小さいからってナメンなよ。お前みたいなコゾーの十倍は長く生きてるんだからな」

 と言って、ペッと地面にツバを吐いた。

 アレスはすっかり、その子ども姿は「若返りの秘法」的なもののせいか、と感じ入ったが、

「ウソおっしゃい」

 と、アンシが少女のおデコにポンと手を当てると、へへへ、という笑いが漏れて、

「バーカ。そんなわけないだろ。信じたか? そんな人間いるか!」

 巫女は、神聖さとは対極にあるクソガキさながらのセリフをアレスに向かって投げた。

 アレスは少女のことを哀れんだ。彼女はきっとこれまで不幸にも、教育を受ける機会に恵まれなかったのである。淑女になるための教育を。しかし、禍福はあざなえる縄のごとし。今、彼女は自分という非常に素晴らしい教育係を得たのだ。なんという幸運! その素晴らしさを、お尻の痛みとともに感じてもらおうと、アレスが近寄ろうとしたところ、

「リビウはどうしたのです。ミラーナ」

 アンシの方が先に話を始めた。

「わたしを置いてどっか行った」

 チビ巫女は、面白くなさそうな口調で言った。「どこかとは?」と問うアンシに、「知るもんか」と王女に対しても遠慮した口の利き方ではない。

「わたくしに何も言わずいなくなるとは何を考えているのです、リビウは」

 珍しいことに少しいらだちの色をまぜてアンシがひとりごちると、

「なんか大事な用だから仕方ないんだって言ってたよ」

 とミラーナは答えてから、

「『神器の儀式は形式的なものでどうせアンシが一人で来るだけだから、あんたテキトーにやっといて』ってわたしに言い残してったの。一月前くらいかなあ」

 続けた声があっけらかんとしているので、アンシは怒る気をなくしたようだった。

「……まあ、あなたがいてくれただけ良しとしましょう。危うく、神器の儀式で巫女に会えない前代未聞の王女になるところでした」

「良かったね。わたしがいて」

「ありがとう。それになかなかよくできていました。リビウがやるよりよほど良かったかもしれません」

 デヘヘ、と頬に手を当てて嬉しそうな様子をする少女。

 アレスは、何でもいいがとにかくここを出ることを勧めた。どうにも洞窟というところは落ち着かない。人は地の上に立つ生きものであって、地の下に潜るものではない。もっともここは山の中であるので、その意味では地の上かもしれないが。

「とにかく儀式が済んだのなら出ましょう」

 アレスが急かすように言うと、せせら笑うような声が少女から上がった。

「アンシ。誰、このビビリヤロウ」

「わたくしの大切な人です。名はアロス」

「えっ! 大切って……恋人なの?」

「さあ、どうでしょう」

 アレスは、アンシの冗談とミラーナの悪口には構わずにおいて、一行に、もう一度、速やかにここを出るように告げた。皮膚の下に小さくざわめくような感覚がある。何かが闇の中にいるのだ。敵意はないようであるが、ミラーナではないけれど、素姓が分からない者からじろじろと見られるのは良い気持ではない。

「さっきの暴言を許してやるよ、クソガキ。さあ、出るぞ」

「ガキって言うな、殺すぞ!」

「外に出てからにしろ」

 アレスは早口に言うと、アンシのそばに寄った。一瞬の判断の遅れが、次にどんなマズい展開を生むか分からない。アレスは自分の臆病を認めていたが、それを恥だとは思わなかった。

「手を引いてくれなくとも結構です」

 アレスの意図を察したアンシはそう言うと、隣にいるグラジナに声をかけて、先に立とうとした。

「わたしも一緒に行っていいでしょ、アンシ?」

 ミラーナの声にはノーを許さないような強さがある。

「あなたはここの正式な巫女ではありません。その正式な人は勝手をしていなくなっているわけですから、どうしてあなたを束縛できるでしょう」

「やりい!」

「王宮に来ますか?」

「おいしいもの食べさせてね」

 暗闇の中を一行はもと来た道を帰った。いつ襲われてもいいようにアレスは自分の感覚を開放していたが、入口の光が見える頃になっても不意打ちは無い。しかし、後からついてくるような様子は感じられた。一体何者か。そういう気持ちは、入口から出たときに、さっぱりと消えた。

 闇に潜む影よりも、洞窟前で待ち受けていた十数名の実体のほうが注意を引くのは道理であった。

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