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第174話「デートのお誘い」

 しずしずと歩いていく女官の後ろをついていくアレス。どうやら呼ばれているのは自分ひとりらしいので、ズーマとオソには部屋で待機してもらうことにした。前を歩く女官の娘は一言も話さない。またそのピシっとした背中が「お前も話しかけるなよ」と語っている。しかし、そういう雰囲気を出されると、逆に話しかけたくなるのが人情である。

「えーと、確か、あんた、グラジナさんだっけ?」

「…………」

 予想通り、答え無し。アレスは別段気にせず、「オレはアロス。王女殿下とは(かしこ)くも旧知の仲さ。改めてよろしくな!」と明るい声を出した。やはり答えは無い。もしも相手が男だったら、その背をドンと押してやるところであるが、女の子であるのでそんなこともできない。アレスは、「オレはよくがんばった!」と己のコミュニケーションぶりに満足し、口を閉じた。

 そのまま大分歩いたあと、少し広い渡り廊下のようなところに出て、その先がお目当ての建物らしかった。

「王家の廟堂です」

 これまでだんまりを決め込んでいたグラジナが急に声を上げたので、アレスはビクッとした。しかも、突然彼女が立ちどまったものだから、その背にぶつかりそうになった。

「ヴァレンスの代々の王の御霊(みたま)が祭られている、宮中でも最も神聖な場所です」

 振り返って言うグラジナの手に銀の煌めきが見えて、アレスは瞬間、距離を取った。

 何のつもりか、と訊く必要もない。ナイフを人に向けるという行為が、通常一通りしか解釈のしようがない行為であることは考えるまでもない。身にしみて分かっている。こちらから散々やってきたのだから。

 その立ち居から只の女官ではなかろう、とアレスは前々から推測していたわけだが、その通りである。なかなかどうしてナイフを持った姿が堂に入っている。ナイフで人を刺したことがあるような雰囲気がある。

 アレスは両手を軽く広げた。来い、という合図のつもりである。

 グラジナはすぐには襲いかかってこなかった。それが、心の準備をさせるつもりか、それとも武器の準備をさせるつもりかアレスには分からなかったが、前者であれば既にできているし、後者についてはするつもりがなかった。

 踏み込んだアレスが繰り出した拳はヒットしなかった。

 次の瞬間、肩口に襲いかかってたナイフをかわした。かわしざまその腕を取ると、腹部に向かって券撃を放つ。アレスは剣士である自身を感じた。知り合いの女拳闘家のようにはうまく行かない。かわされたのである。

――仕方ない。

 アレスは距離を取ると、腰に吊ってあった短剣を抜いた。

 それから地を蹴って突っ込むと、相手がナイフで中空に描く半円を避け、同時に短剣をピタリと相手の喉元に当てた。

 グラジナは首を反らすようにしながら、それでも瞳を鋭い光で満たしていた。

「終わりだ、短剣を捨てろ」

 半歩踏み込めば額をぶつけてやれそうな位置でアレスが言う。

 カラン、という綺麗な音が響いた。

「それで? 何のつもりだ? オレが嫌いだからって殺すことは無いだろ」

 グラジナは唇を固く引き結んでおり、それは答える気は無いという意思表示である。

 アレスは地に落ちた短剣を蹴り飛ばすと、自分の短剣をしまおうとした。グラジナに答える気がないのであれば、主人であるアンシに訊くしかない。そのときである。

「その物騒なものをわたくしの臣下から引いてください、アロス」

 当のアンシが、廊下の影になっているところから姿を現わして、言った。

 アレスは、すっと短剣を引くと、数歩距離を取って、アンシをじっと見つめた。

 アンシは、アレスの声なき声を正確に読みったらしく、

「あなたの力を試したいと言うので、そうさせていただきました」

 言った。それから、そのお話はもうそれで終わりだと言わんばかりに、別の話題を提示してきた。

「あなたにデートを申し込みます」

 アレスは、依然、短剣をしまわずに言った。

「光栄の至りですけど、どこへ行くんです?」

「ここから北に枯骨(ここつ)の山があるのは、あなたも知ってのとおりです。その麓に洞窟があり、中にはヴァレンスの神器がおさめられています。戴冠式の前に、洞窟へ行き神器の前で国の繁栄の為に力を尽くすことを誓う、という儀式があります。それにお付き合いいただきたいのです」

「そんな神聖なところにオレも行ってもいいんですか?」

「従者としてついてきてください」

 それから、王女は、

「断ってもいいんですよ」

 そう付け加えた。嫌な言い回しである。断ってもいい。ただし、断ったらどんなことになるのか。そんなちゃちな脅しなどはアンシの趣味では無い。とすると、これは言葉通りということになって、それがアレスを想ってのことだとしたら、行く手に何が待ち受けているのか推して知るべしである。

「暇なんでお供します」

 アレスはあっさりと言った。

 そんな危険なところにひとり女の子を行かせるというのも、いくらアンシが只の女の子ではないとはいえ、あんまり格好の良い話ではない。

「ただし、御はオレがします」

「頼みます」

「ズーマも置いていきますよ」

「それはあなたのご自由に。ズーマはわたくしの臣下ではありませんから」

「いつ出発するんです?」

「今すぐにでも」

 グラジナは、アンシのそばによるとさっと膝をついて言った。

「殿下、わたくしもお供します」

 アンシが何か答えようとする前に、

「アロス殿のお力は分かりました。しかし、それでもわたしはお供したいのです」

 グラジナはたたみかけた。

 アンシは、ふうとため息をついた。

「……せっかく二人きりになれるのに」

「は?」

「いえ、こちらの話です。構いませんか、アロス?」

 聞かれたアレスは、はっきりと首を横に振って、「足手まといは困ります」と言った。

「グラジナは魔導士なのです。いろいろと心強いと思いますが」

 アレスは首を縦に振った。どうせなら魔法の力を見せてくれれば良かったのにと思った。

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