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第173話「ひまつぶしには剣を」

 軽やかな日差しの下、クエクエと鳥の鳴く、柔らかな午後。

 そんな平和な雰囲気そのままに、アレスは剣を受けていた。剣と言っても本物の鋼ではない。バンブスという植物から作られた練習用のものである。タンタンタン、という音が響いて、アレスは下がる。下がりながら好きに打たせているのである。その打ち込みは、これまで一度も剣を握ったことのない者のそれであり、不器用極まりない。

 相手の刀を受け止めるアレス。

「よし、今度はオレが打ちこむから構えろ」

 言って、構えさせてから打ちこみを始めるアレス。もちろん、かなり手加減している。二十合ほど打ち込みを続けたあと、また役を変えて打ち込ませた。アレスと剣術のお稽古をしているのはオソである。宮中、王女に割り当てられた部屋の近くにある中庭である。

 王宮に来てから、二週間と一日が経っていた。

 アレスは、非常に穏やかな日々を送っていた。王女から「力を貸して欲しい」と言われたあの運命の夜から、ボロゾーキンのようにこき使われる日々を想像してぶるぶる震えていたアレスだったわけだが、やったことと言えば、地下組織「シブノブ」の長と会いに行ったことだけで、他には何もしていなかった。たまに王女がふらりと部屋にやって来て、「ほら来た!」とアレスを警戒させるのだが、特に何を頼むわけでもなく、歓談したり、食事をしたりするだけで、帰って行く。無茶なことをさせられなくてホッとするかたわらどこか拍子抜けしてしまう気持ちを覚えたアレスは、この頃では、

「何かしてもらいたいこと無いのか、アンシ?」

 と自分から訊いてしまう始末だった。貧乏症である。

 オソの剣の稽古を始めたのは、王女から使役されなかったことでできた時間の空白を埋めるため、ということもあるのだが、オソ自身の希望の方が大きい。シブノブの隠れ家から帰ってきたあとに、

「時間のあるときに、剣を教えていただきたいんですが」

 と真摯な目をして頼んできたのである。

「また、どうして?」

 尋ねるアレスに、オソは、「強くなりたいんですっ!」と何ともはや、単純な答えを返した。アレスは快諾した。なんにせよオソの言うことならできる限りかなえてやりたいという気持ちが、アレスにはある。こういう気持ちが向かうのが男の子であるというそこにこそ自分の不幸はあるのだ、とアレスは断じた。

 そうして二週間オソと剣を合わせている。ここは宮中の外れであるらしく、バンブス刀の音を派手にさせても誰からも気にされないらしい。

 アレスの見たところ、オソの剣の筋は全くよろしくない。はっきり言ってオソには才能が無い。もちろん、まだ二週間しか教えていないわけであって、これから一年、二年、十年続けていけば物になるかもしれないが、逆に言うと、すぐに使い物になる可能性はほとんど無い。そういうことが分かるくらいのレベルにアレスはいる。本人はひたむきにやっているのでアレスはそんなことは言わなかったが、正直に言えば、オソが剣を振っても軽い運動くらいの意味しかない。人を制す術の修得、という意味は限りなくゼロに近い。

 しかし、剣の才能があることがその人にとって幸せなことかどうかについては、アレスには疑問がある。自身のことを考えれば、その問いに対しては否定的な意見を返した方が良さそうであると思われる。そんな持ち主を不幸にするような才能ではなくて、オソにはきっと他の素晴らしい才能があるだろうし、というか、もう御の才能を授かっているわけであるし、顔だって悪くない。性格も良い。おまけにミナンのイードリ市の市長の息子である。これ以上、何を望むというのか。アレスは、思わずオソに向ける剣に力を加えた。

「ま、参りました」

 刀を弾かれたオソが、礼儀正しく頭を下げて言う。

 つい力が入ってしまったアレスだったが、そんなことはおくびにも出さず、うむ、と大仰にうなずいてみせた。

 今日はこの辺でということを告げて、アレスはタオルを渡した。汗を拭うオソ。

「そろそろおやつの時間かなあ」

 アレスはあくびまじりに言った。お昼を食べたあとにお茶の時間を設けてくれており、それがなかなかいける。することが無いと食べることが楽しみになるというのはどうやら本当らしい。この頃、食べ過ぎて太ってきたような気さえする。

「そんなにヒマならリシュ嬢に会いにいったらどうだ?」

 中庭と廊下の敷居付近に立つズーマが口を出した。

「別に会いに行って悪いことはあるまい」

 確かにその通りである。王女からも、宮門は出入り自由だと言われている。

 アレスは肩をすくめた。

「来るなって言われたからな」

「それに従うような殊勝さを持っていたとはな」

「別にオレは会いたくなんかないし」

 それは明確にウソである。本心では、エリシュカがいてくれればこの退屈な宮中暮らしもいくらかマシになるだろう、と思っている。とはいえ、エリシュカを出すこととの引き換えにここにいるわけだから、そんなわけにはいかない。

「まさかとは思うが、お前、つまらないことを考えてはいまいな」

「何のことだよ?」

「言葉にするのは憚られる」

「じゃあ、分からないよ」

「断っておくがな。何をするにしてもわたしのことは理由にするなよ。あの可憐な子から恨まれたくないからな」

 しずしずと歩いてくる影が一つあって、近づいてくると、紺色の長衣を身につけた女性になった。アンシに常に付き従っている女官である。まだ二十歳前であろう。キッと強い目が印象的な娘である。彼女から完璧に嫌われている自分をアレスは感じていた。どうやら、アレスがアンシと親しく話すのが気に入らないらしい。

「殿下がお呼びです」

 アレスにかけた言葉は、いつも通り、必要最小限のものだった。

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