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第172話「王女の依頼」

 ほんの数分で会見は終わったわけだが、この会見にこぎつけるためには相応の努力が必要とされたことだろう。政府転覆を目指すアンダーグラウンドと、政府中枢に座る王女の間である。そもそもが殺し合う関係の両者が同じテーブルにつくという不思議、それを現出させるためにはかなりの手間ひまがかかったに違いない。

 そうして地下組織の長があっさりと王女の言に従ったところを見ると、おそらく会見前からある程度の合意はできていたに違いない。長の驚きようは芝居では無かったように見えたので、細かい条件までは詰めてなかったのかもしれないが、多分、シブノブという組織が王女の配下に組み込まれることについては既に決まっていたのだ。王女がここまで来たのは、条件を提示して交渉することが目的なのではなく、自身で城を離れ賊の元へ出向くことができる程度の人間であるということを見せつけるためだったのではないか。アレスはそんなことまで推測した。

――いかにもありそうだ。

 と納得してしまう自分が怖い。

 元来た道を戻ると、微風に森がそよそよと鳴っている。どこからか鳥の声など聞こえてきて、空気も涼しく、非常に爽やかな気配である。

「まあ、何にせよ、めんどくさい展開にならなくて良かったよ」

 アレスはのんびりと言った。

 背後からからかうような声。

「あなたはそういうほうがお好きなのでしょう?」

「オレが?」

「ええ、なんでもかんでも斬ってしまえばよいという考えの持ち主ですから」

「オレは自他共に認める平和主義者ですよ、なあ?」

 アレスは、ちょっと振り返って王女越しに声を投げたが、返事は返ってこなかった。アレスは仲間から自分という人間が誤解されていることをひしひしと感じた。いずれ弁明しなければなるまい。

 それにしても、王女は一体なぜ地下組織などを臣下にするつもりなのか。しかも朝政に参加する立場を与えるというのだから、穏やかではない。その辺のことを訊いてみたい気もするが、訊いたら訊いたで答えてくれるかもしれず、答えを知ってしまうと深入りすることになるかもしれない。「勇者危うきに近寄らず」という言葉もあることだし、ここは無視しておいた方がいいだろう、とアレスは考えた。

「にしてもさあ、ダコーロさんよ。あんた、いいのか?」

 薄情な仲間の代わりに、新しい友達作りをアレスは始めることにした。

 前を歩く青年が不思議な顔をして振り向いた。

「何がッスか?」

「だって、あんたは国の転覆を狙ってたんだろ? 王女の配下になるっていうことはそれを諦めるってことだ」

「あっしは長に従うだけッス」

 陽気な声でお気楽に言うダコーロ。

「なんだよ、あんたには主義主張みたいなのないわけ?」

 アレスはからかってみたが、「無いッス」という即答が返ってきて鼻白んだ。

 ダコーロは前を向きながら、

「そんなの持ってても死ぬだけスから」

 相変わらずの軽さで言う。しかし、その声には陰があって、この青年にも悲しい別れがあったのだということをアレスに悟らせた。

 同じところをグルグルぐるぐる回っているような感覚にさせられる秘密の小道を抜けて、一行は馬車のところまで戻った。馬車の近くには、二人の男たちがいたが、組織の手の者である、ダコーロが声をかけるとさっと森に潜むように木の間に隠れた。おそらく見張り役なのだろう。

「では、あっしはこれで」

 ぺこりと頭を下げて、さあ帰ろうとするダコーロに、王女は声をかけた。

「また頼みます。連絡役としてあなたを使うよう、グレハンに言っておきますので」

 ダコーロは、ウッと小さく喉をつまらせるような音を出したが、何も言わず顔色も変わらなかった。アンシに特別な声を掛けられて狼狽しないとはなかなかやる男である。

 ダコーロはもと来た道をまた帰っていった。

 オソは御者台についた。ズーマがその隣に乗る。アレスは無駄に気を遣われた自分を感じた。

「それで、前もってこの後の予定を聞いておきたいんだけど、いいか?」

 馬車が走り出してすぐアレスは、王女に尋ねた。

 隣から声がする。「何のことです?」

「これから一カ月間でどういうことをさせられるのかってことだよ。地下組織に乗り込むのなんか序の口なんだろ。何する気なんだよ?」

「何も」

「そんなわけないだろ」

「いいえ、今のところは何もありません。無論、予定は未定ですが」

「何も無い、だって?」

 それでは、助けることができない。彼女は助けを求めているのではなかったか?

 アレスは自分の腕に柔らかな感触を感じて、ついで肩に重みを感じた。

「この一カ月の間にわたくしがあなたにしてもらいたいこと……それは、たまにこうして寄りかからせてもらいたいということです」

「どういうことだよ?」

「言葉どおりです」

 その声がいやに清々としていることに怪しんだアレスは赤毛の少女の顔を覗き込んだ。

 王女はアレスの腕に自分の腕を巻きつけ、アレスの肩に自分の頭を寄せるようにしたまま、目を閉じて寝息を立てていた。

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