第171話「会見の成否」
「単刀直入に申しましょう。わたくしの臣下になりなさい、グレハン」
自己紹介も前置きも時候の挨拶も無く、王女はいきなり言った。テーブルにはつかずに立ったままである。地下組織の長もさすがにこれには面喰ったようだった。その強面にショックの色が走るのを、アレスは見て取った。
「第二のクヌプスとなって政府の転覆を図るのではなく、政府の中に入って内側から国を変えればよい。そのための地位と力を与える準備がわたくしにはあります」
アンシはたたみかけるように言った。
戦いというものが相手の虚をつくことで決まるとしたら、この、会見という戦はどうやらアンシの優勢で始まったようである。まさか会見相手から唐突に申し出を叩きつけられるとは思ってもいなかったに違いない、とアレスは長に同情した。
「どうぞお座りください、殿下」
流れを自分のほうへ引き寄せるために間を作りたいと思ったのだろう、長がその無骨な手を自分の正面の椅子に向けるが、アンシは、「結構です」と冷然とした口調で言った。長の努力は無駄に終わった。
「さあ、どうします?」
「具体的にはどのような地位です? 負傷した『竜勇士団』の代わりに、王女……いえ、女王の親衛隊にでもしてくださるのですかな?」
これはなかなかいい切り返しである。自分たちで負傷させておいて何を言う、と王女を憤然とさせようという腹だ。アレスは感心した。
しかし、アンシは平静そのものである。
「五位です」
乱れない口調で言う。
長は呆けたような顔をした。
「は? 失礼。今、何とおっしゃいました?」
「五位の大臣の位を与えます」
これには長だけでなく、アレス自身も驚いた。まったく正気の沙汰ではない。末席とはいえ、これまで貴族しか占めたことが無い大臣の位をあろうことか賊の長に与えると言う。大臣は政治に参加できる立場だ。これは途方も無い話である。何らか企みがあることを当然に疑いたくなるアレスだったが、
――こいつは口に出したことは必ず守る。
過去の記憶が、アンシに対する疑いを許さない。
「ちょうど良いことに、今、五位の位が空いています」
確か五位のミストラス卿は謹慎処分にしただけと聞いているが、「空いている」と言い切るなら、おそらく卿を辞めさせるつもりだろう。
「さあ、どうします? 今、決めなさい。わたくしに従うか、それとも、わたくしと戦うか」
アンシはパワー全開で押しまくる。
その勢いに圧倒されつつある長。まさか王女とはいえ、十五の小娘にここまで威圧されるとは思ってもみなかったに違いない。そう思えば、アレスの長への同情はなお濃いものになる。
――これがアンシだよ、長。
ここに来てアレスはようやく自分に期待されていることが理解できた。アンシは会見などという生ぬるいことをしにきたわけではない。言葉通りである。服従を迫りに来たのだ。そうしてそれが受け入れられないときは戦うつもりなのである。それも、「後日改めて」などという貴族的優雅さとは真逆の態度、すなわち、今ここでおっぱじめるつもりなのだ。そんなおてんば王女のサポートをすることがアレスの役割である。
――オソを連れてきたのはそういうことか。
一つ合点のいったこと。アンシはオソに、自分の代わりに、か弱いお姫様役を演じさせるつもりで連れてきたのである。戦場にか弱い姫がいたら、それを守るために、力をセーブしているわけにはいかない。全力で行く必要がある。オソを、アレスに全力を出させる為のアイテムとして利用しようというわけだ。俄かに怒りを覚えたアレスは、まずコイツから斬ってやろうか、と思って斜め前にいる赤毛の王女を見たが、気持ちを押さえた。そんな場合では無い。
アレスは改めて、周囲の状況を窺った。まずテーブルについている長。どうやら武器を持っていないようだ。王女の前で礼を重んじたのか。だとすれば、なかなかの男気である。単に拳を武器にしているという可能性もある。どっかの誰かさんのように。
長の後ろに控えている二人の男女は、どちらも二十代半ばくらいの年である。男の方はぼさぼさの頭をして眠そうな目をした武人風、女の方はきっちりと結上げた黒髪に象徴される秘書風で、雰囲気こそ異なっているものの、どちらにも共通しているのが瞳にある鋭い光だった。彼らは客人が――もっとも、もはや客だとは認識していないかもしれないが――妙な動きをすれば、躊躇なくその武器を振るうだろう。男は大刀を腰に差し、女は細身の剣を腰に帯びている。
その二人の後ろに控えるようにしてダコーロがいた。その他には、人影は無い。人の気配も無い。だだっぴろく開けたところにポツネンとテーブルだけあって、その周囲にアレスを含め、八人の男女。空には相変わらず薄い雲がかかっている。
「承知しました」
長は低い声で言った。
「ただし、実際に五位の位を頂くまでは、臣下の礼を取るのはお待ち願います。それまではいかなる協力もいたしかねます」
「いいでしょう。もし、このアンシ・テラ・ファリアが言を違えることあらば、末代までの笑い話とするがよい」
そう言って、クルリと踵を返すと、「ダコーロ!」と声を上げた。
「ハ、ハイーッ」
急に自分の名を呼ばれたダコーロは声を裏返らせた。
王女は背を見せたままである。
「帰り道の案内を願います」
ダコーロは恐る恐る長を見ると、長は重々しくうなずいた。
どうやらアンシが押し切ったようである。
アレスは、なにがなにやらさっぱり分からない顔で、しかし緊張はしている様子のオソの肩を軽く叩いて歩くよう促した。
既に王女はまるで自分の配下ででもあるかのような調子でダコーロを先に歩かせて、自分はその後を歩いていた。