第170話「隠れ家へご案内」
ひょろ長い手足の青年が歩くのに従って馬車を走らせていくと、鬱蒼とした森が近付いてきた。「暗黒の森」である。森の中へと伸びていく街道の上をそのまま行って少しすると、ダコーロが立ちどまった。それから、なぜかもみ手をしながら、馬車に寄って、
「ここから先は歩いてもらうことになるんスけど」
と言って、細い道を指差した。なるほど馬車では無理そうな幅である。
「馬車はこちらでお預かりしておきますんで」
ダコーロが言うと、アレスは地に降りて、
「その辺に隠れているヤツラが馬車を見てくれるってわけか。よろしく言ってくれ」
人の悪い笑みを浮かべた。
ダコーロはまともに驚いた顔をして、なぜ仲間を隠していることが分かったのか、と正直に訊いてきたので、アレスは、
「勇者アレスの付き人ともなるとそれ相応の力が求められるんだ」
適当なことを答えた。それから、こちらも一つ訊きたいことがあると前置きして、
「あんたは組織のどの程度の位置にいるんだ?」
アレスは尋ねた。
ダコーロは即答した。
「あっしは下っ端ッス」
「確かにそういう言葉づかいしてるもんなあ。それで組織のナンバー2とかって言ったら引くね」
はあ、すいません、と何を申し訳なく思っているのか分からないが低姿勢のダコーロを見ながら、こいつが下っ端ってのは中々侮れない組織だ、とアレスは気を引き締め直した。以前、軽くやり合ったとき、放った一撃をかわされているのだ。なのに、下っ端ということは、組織というものはけっして戦闘能力で上下が決まるわけではないにしても、こういう非合法組織の場合は、他の組織よりも戦闘能力が評価される割合が高いのは事実である。
――まあ、いいか。いざとなったら、アンシの後ろに隠れればいいし。
アレスは、勇者失格……というより、男の子失格の烙印を押される資格を手に入れた。
「お足もとにご注意ください」
馬車から出てきた王女とズーマに向かって言うと、ダコーロは先に立って小道を歩き始めた。アレスがすぐ後ろにつき、そのあとに王女、オソと続き、しんがりをズーマが務める。しんとした中に、時折、鳥のさえずりなど響き、空気も涼しげであるので、まるでピクニックにでも来ているかのような気楽さだった。とても地下組織と接触する途上であるとは思われないのどかさである。
途中何度も二つに分かれる道があった。そうして奇妙なことに道が分かれるポイントはどこも非常に似通っていた。まるで同じところに戻って来たような印象を受けるほどである。隠れ家に向かっているというのにこちらに目隠しをかけるわけでもなく随分気安いな、と思っていたアレスだったが、これで得心がいった。道は迷路になっているのである。二つのうち一つを選ぶという単純な選択であるが、その選択を重ねさせることによって、一回でもミスすると容易には抜け出せなくなる造りなのだろう。
「こりゃ、案内してもらわないと帰れないなあ」とアレス。
「お帰りのときもあっしが案内するッス」
「それはどうだかな。ボスがオレ達を帰したくないと思うかもしれない」
「ボスはだまし討ちのようなことはしないッス」
「言っちゃ悪いけど、いや別に悪くも無いけどさあ、あんたらはアウトローなわけだろ。そんなヤツのいうこと信じられるわけない」
「法は貴族を守るためのもので、あっしらを守るためのものじゃありません。だからその外にいたいと思うのは当たり前じゃありませんか」
のんびりとした口調で言うダコーロだったが、すらすらと力を入れずに述べられるあたり、心から言った通りのことを思っているということである。
「そうして貴族がしていることは平民いじめなんスからね。そっちのほうがよほど悪いし、信用が置けないじゃないスか」
――そりゃ、その通り。
と思ったアレスだったが、王女の従者という立場上、そんなことは言えなかった。窮屈な立ち位置である。代わりに、
「だから、そなたらはこの森で人を襲っているのか?」
王女が発言した。
その冷ややかな声に、ダコーロは首筋にナイフを当てられたかのように身を震わせた。
「答えよ」
「お、襲ってるのはもっぱら貴族だけッス。平民には手を出してません」
「義賊でも気取っているつもりか?」
「……賊じゃないっス」
ダコーロは小声で言った。「この国を変えるためにやってることッスから」
後ろから背を押されるような圧迫感を感じて、アレスはやれやれと首を振った。同じものを感じたのか、ダコーロの足は速くなった。おそらく槍の先でも背に当てられているような感覚なのだろう。王女の後ろを歩いているはずのオソは大丈夫だろうか、とよっぽど後ろを振り返りたいアレスだったが、振り返ってしまうと恐怖の源と目を合わせなければならず、オソのことは最後尾にいるズーマに任せることにした。
それから、しばらくして、開けたところに出た。
「つ、つ、着いたッス」
ダコーロがどもりがちに言う。
そのまま案内されていった先に一台の円卓が用意されており、そこに、一組の男女を後ろに立たせて、男がひとり腰かけていた。
堂々とした巨躯の男で、これぞ地下組織の長にふさわしい重厚な威風を備えていた。