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第167話「訪問前の約束」

 感じていたのはアレスだけではないようである。 

 暗闇に影がひとつ潜んでいるという不気味なことを言われても、王女には全く怯えた様子が無かった。気味の悪いことを言われたときに不安そうな顔をする女の子がパーティに欲しいもんだ、とアレスはしみじみ思った。

 迷彩服の闖入者(ちんにゅうしゃ)は、いまだ二刀の小剣を構えたまま、アレスの方を向いている。王女の邪魔立てが済んだら、いつでも斬りかかろうとしているかのような格好である。

「まだやる気らしいけど、次はこっちだって容赦しないからな、コゾー」

 迷彩服に身を包んでいるせいで子どもなのか小さいおっさんなのかは分からないが、アレスは、さっきのバトルではけっして本気は出しておらずまだ実力を隠しているのだということをアピールしてビビらせようとした。キン、という音をさせて二本の小剣を擦れ合わせる敵。どうやら逆にやる気が湧いたらしい。

 王女は両手をそれぞれ迷彩服とアレスに向けて、戦いのストップを命じた。そのあと、林に向かって、「出てきなさい」と静かに声をかける。

 下生えを踏みならす音もかすかに、ひそやかに現れたのは二人目の迷彩服だった。長身である。これも顔を覆面で隠しているので男女の別も年も分からないが、先の迷彩服の方よりはデキそうな雰囲気だった。ボーっとかったるいような立ち方をした一見やる気の無い若者のようなたたずまいであるが、その実隙が無い。王女を含めて三対一で向かって来られた場合、キツい戦いになりそうである。いよいよとなったら背中の剣を抜くしかないだろう。そんなことを心の中だけでなく、ぶつぶつと口に出していると、

「どうしてわたくしまで敵側の数に入っているのです?」

 王女の心外そうなツッコミが入った。アレスは念には念を入れてみたのだと答えた。

「おかしいでしょう、それは。わたくしは味方ですよ……まあ、ともかく、二人とも剣を下ろしなさい」

 アレスは十分に彼らから距離を取ってから、剣を下ろした。それに応じるように、迷彩服の小剣が腰の後ろにしまわれる。そこに鞘が吊られているのだろう。

 アレスは、二人の紹介を待った。敵ではないと言い切るからにはいったいどういう素姓の者なのか説明してもらう必要がある。

「この二人は、『王の(まなこ)』です」

 王女が言う。

 聞いたことがあるような気がしたアレスは、しかし思い出せず、近くにいるズーマに説明を求めた。

「王に直属するヴァレンス国の特務機関だ。国内外の情報収集と反政府組織の破壊工作を主な任務としている」

 なるほど怪しげな装束も納得である。

「しかし、解せないな。じゃあ、一体どうして、オレに襲いかかってきたりしたんだ? まさか、オレが王女に仇なすワルモノに見えたわけじゃないだろうし」

 アレスのつぶやきにしては大きな声は、夜を伝って、迷彩服A(初めに出てきた方)に届いた。Aは王女と目を合わせて許しを得ると、

「お前が先に斬りかかって来たからだろうが!」

 覆面を取って顔をあらわにしてから叫ぶように言った。

 若いキレイな声である。声から推すとなかなかの美少年らしい。

 アレスは美少女は好きだが、美少年には興味が無い。

「そっちが急に林から現れたんだろうが。そりゃ斬りかかりもするだろ」

「確かめろよ。誰何(すいか)しろ! 『大変申し訳ありませんが、どなた様でしょうか?』って両手をもみ合わせながら、平身低頭しろ!」

「なんでそこまでへりくだらなけりゃいけないんだよ」

「それがヴァレンス式なんだよ」

「オレだってヴァレンス生まれだ。初めて知ったぞ、そんな習慣」

「これだから最近の若者は嫌なんだ」

「お前だって十分若いだろ。ていうか、オレより若いんじゃないか。この美少年ヤロウ!」

 微妙に悪口になっていないことを言ったアレスの前に、迷彩服Aはずんずん歩いて近寄って来た。

 アレスは間近に、繊細な造りの顔を見た。月明かりのもとで、その眉がくわわっと上がった。

「少年だと! よく見ろ! こんな可愛いオトコがいるか! わたしは女だ!」

 男と女を間違えてもアレスは動じない。すかさず言い返した。

「自分で『可愛い』とか言っちゃったよ、この人。それこそ性格ブスの証だね」

「性格だって可愛いわ。そうですよね、リーダー?」

 迷彩服B(後から出てきた方)に向かって言う少女に、返って来たのは、

「……中の上」

 というくぐもった声だった。自分を過大評価していたのだろう、少女はふらりと体を揺らして、ショックを受けた風である。しかし、すぐに回復して打たれ強いところを見せると、もう一度『リーダー』に、訊いた。

「でも、顔は可愛いですよね?」

「中の下」

「下がったよ! しかも、今度は即答!」

 初対面でさっきまで斬り結んでいたにもかかわらず、慰めの言葉をかけてやろうかという同情の念をアレスの胸に生じさせるほど、ずーんと沈みこんでいる少女をしり目に、王女はもう一人の迷彩服へと向かった。

「首尾は?」短く訊く。

「上々です。会見に応じるそうです」

「そうですか。よくやってくれました。休んでください」

「いえ、我々もお供いたします」

「結構です。あなた方の主となる人間がたかだか賊相手に見苦しい真似をするとでも思っているのですか? 手出しは無用です。いざとなれば、全て斬り伏せてくれます……アレスが」

「アレス?」

「王女のピンチに颯爽と現れる勇者ですよ。ご存知ないんですか?」

「……明日の成功をお祈りします」

 そう言って迷彩服は林の中へとすたすたと歩いていく。その背を、

「ちょおっと待ってくださいよ、リーダー! なんで可愛い部下を置いてくの! 上の下の部下を!」

 少女は慌てて追った。

 アレスは、いったいどういうことなのかと王女に尋ねた。

「シブノブの長と会う算段をつけてくれたのですよ」

 王女は何でもないことのように答えた。

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