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第166話「夜の訪問者」

「いえ、帰りません!」

 オソが強い声を出す。アレスの帰宅のススメへの返答である。その声は闇の中に大きく響いた。

「分かった。じゃあ、さっきオレが言った通りにしろよ」

 そう言って、アレスはちらりとズーマの方へ視線を向けた。オソは素直にうなずいた。

 賊を倒して森を大掃除する。しかもおそらくはこのパーティで。それを聞いたアレスは、

「頭がおかしいんじゃないか。だから、王族っていうのは嫌なんだ。常識ってものがない。まったくこいつもこの考え無しのところを改めればいい子なのに。ついでに、オレに対してもっと従順になればなおいい。あーあ、どっかに従順な女の子いないかなあ」

 などということは思わなかった。いや、正確に言えば後半部は思ったのだが、前半部については思っていない。というのも、

――アンシは勝算の無いことをするようなヤツじゃない。

 そういう信頼があるからである。しかし、だからといって事がスムーズに進むかどうかということとは別問題である。勝算があったって、世の中に百パーセントということはあり得ない。

「大丈夫ですよ、きっと」

 王女は上機嫌である。アレスを驚かせたのが楽しくて仕方がないという風だ。

「『きっと』で命を賭けるんですか?」とアレス。

「わたくしたちは死にません」

「なんでそう言い切れるんです?」

「あなたが守ってくれるから」

 その声にはまるで月影のような清らかさがあって、アンシに言われたのでなかったらグッと来たところだ、とアレスは思った。そのアレスの視界に、なぜだか照れた様子のオソが見える。

「守りきれなそうだったら、手を貸してくださいよ」

「わたくしが?」

「他に誰が?」

「わたくしはヴァレンスの王女ですよ」

「知ってます。国を救うために自ら立った勇猛果敢な姫であるとのもっぱらの噂です」

 キュイイイイ、とまるで怪鳥の雄たけびのような不快な音が響き渡ったのが、そのときである。

 アレスはすっと立ち上がると、短剣を引き抜きざま魔法の光を灯した。同時に、オソに声をかける。オソはすっとズーマの元へと寄った。それを見た王女が、

「わたくしは誰のところに寄れば良いのでしょう?」

 楽しげな声を出す。

「むしろオレが寄りたいくらいですよ」

「守ってくれるのでしょう?」

 背から声をかけてくる王女に、

「一応やってみますけど、いつでも役回りを代わってくれて構いませんよ」

 返してから、アレスは近くの木々を見つめた。

 音は、ズーマの魔法の効果である。ズーマが野営地周りに張った魔法の結界に侵入者があると、先のような気持ちの悪い音が鳴るようになっている。どうしてあの音なんだ、とアレスは前に訊いたことがあるが、そういうものなのだと言うだけでズーマは答えなかった。おそらくズーマの嫌がらせ精神のなせる業だろうとアレスは推測しているが、あの音を聞くと寝ていても簡単に起きることができるので、あまり文句は言えない。

 闇の中から、焚き火の光のもとへとゆらりと現れた影は、草木に溶けるような色の服を身に纏った小柄である。顔にまで覆面をしているので、男か女か、表情も分からないが、迷彩服を身にまとって、外壁と門しかないこんなところをうろうろしている時点で怪しさが爆発しており、アレスは斬りかかるのに何の躊躇も覚えなかった。

 とん、っと軽く跳躍した影が、アレスの一刀を避けた。なかなかの身のこなしである。

 少し距離を取った迷彩服に対して、アレスは剣を構えなおした。

「やれやれ、だらしないことだ。賊一人片づけられんとは」

「いや、こいつ、なかなかやる」

 ズーマの茶々に答えたところで、ヒュンと空気を切る音がして飛来した何かを、アレスは剣でたたき落とした。

 その隙をつくように、迷彩衣の影が迫る。

 しかし、アレスに隙は無い。

 敵の暗器をたたき落とした動作は、次の動作へと向かう連続性の中にある。

 アレスの剣は、迷彩服の手に握られた小剣のようなものをしっかりと受け止めた。相手の背は中背のアレスより少し低い。もう一方の手から伸びた小剣を、アレスはかわした。

 迷彩服は、両手に持った小剣を交差させて構えを作り、じりじりと間合いを詰める。

 交錯の瞬間を待って対峙する二人。

「そこまで」

 その間にかかった静かな声は王女のものである。

 アレスは剣を下ろさない。

「大丈夫です。敵ではありません」

 王女が安心させるような声で言う。

 アレスは用心を解かなかった。相手はなかなかの手練(てだれ)である。油断は即、死を招く。そもそも王女の味方がアレスにとってもそうとは限らない。

「それはあんまりじゃありませんか。わたくしは味方ですよ」

「そう信じたいけど、オレは用心深いんですよ」

「人が良くて騙されやすいあの頃の純真なあなたはどこに行ってしまったんです?」

「それ遠まわしにアホって言ってますよね」

「直接の方が良かったでしょうか」

 本気で悩むような振りで腕を組む王女を無視して、アレスは言った。

「敵じゃないとしたら、どうしてもう一人を隠してるんです?」

 光の剣がある方向に向いた。そこには一見林の闇しかなかったわけだが、その暗がりにひそむ者の息遣いを確かにアレスは感じていた。

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