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第164話「政治の話はツマラナイ」

 アレスはヴァレンスの現状について、入国してから今日までの体験も踏まえて、思うところを語った。色々と熱弁をふるったわけだが、それを一言で言ってしまえば、

「ヴァレンス、やばいよ!」 

 というところに落ち着く。そのやばい状況に対して一見何の手も打っていないように見えるヴァレンス政府であるが、本当に何もしていないのか、それとも本当は何かしているのに隠しているのか。アレスが聞きたいのはそこだった。

 王女は口を手に当てて、はわはわとあくびを漏らした。

「政治の話なんて退屈です」

「キミ、王女だろ」

「大臣たちに任せてありますので。大丈夫ですよ、みな努めてくれています」

 王女はそう言って窓の外に視線を向けたが、アレスは逃がさなかった。

「どこが大丈夫なんだよ! この国は腐ってる!」

 思わず大きくしてしまった声に自分でハッとしたアレスだったが、王女の方は動じた様子を見せず、

「アレスが政治に興味があるとは思いませんでした」

 面白そうな目で返してきた。

 アレスは憮然として横を向いた。

「オレだっていつも女の子のことばかり考えてるわけじゃない」

「別に女の子のことばかり考えているとは言ってませんが」

 アレスは、「とにかく!」と声を上げて誤魔化そうとしてから、質問に答える気があるのか尋ねた。

「……あなたはどう思います?」

「どうって、何が?」

「本当に、政府が、いえ、わたくしが何もしていないのか。それとも裏でなにやらしているのか」

「それを訊いてるんだよ」

「あなたの意見が聞きたいんです」

 王女の声は軽やかである。彼女にはいくら力で押しても効果が無いことを知っているアレスは、

「キミが現状に何の手も打っていないなんてことはないと思う。ただ何をしているにしても、それに効果が無いようならやり方を変える必要がある。まだ考えているだけの段階で何もしていないなら早めに実行に移す必要がある。『暗黒の森』に、おおっぴらに地下組織(アンダーグラウンド)を名乗る連中がうじうじしてるんだ。クヌプスの乱が終わって一年。何か事を起こすのに一年っていうのはけして短い期間じゃない」

 正直なところを述べた。

「第二のクヌプスでも現れますか?」

 王女は余裕の笑みである。アレスは思わず席から立ち上がりそうになる自分を押さえた。王女のセリフは笑いながら口にしていいような類のものではない。

「あなたはわたくしを信じているんですね?」

「当たり前だろ」

 いかにも唐突な王女の質問だったが、アレスは即答した。

「わたくしはわたくしのことがうまく信じられずにいます。これで良いのか、それとも良くないのか」

 王女の声は古い詩句でもそらんじているような優美さであったが、その中にアレスは彼女の本音を聞いた。

「アンシらしくないな。クヌプスのときのことを思い出せよ。キミが陣頭指揮を取っただろ」

「あんなことは誰にでもできます。外に敵がいるときは、国をまとめることはたやすいのです。しかし、内に敵がいるときはそう簡単ではありません。敵がいるかどうかさえ分からないのです」

「それを見極めるための一年だったって言ってくれるんだろうな?」

「そう言えるようにこれからの一カ月、わたくしを助けてください」

「言ったことは守るよ」

「口に出したことは守る。いかにもヴァレンス人ですね」

 王女は屈託の無い笑みを見せると、席を立って、アレスの隣にふわりと腰を下ろした。

「政治の話はおしまいです」

「まだ答えを聞いてない」

「すぐに分かります。あなたには何も隠しません。さ、もっと楽しいお話をしましょう」

 アレスはおしりをずらすようにして、赤毛の少女から遠ざかろうとした。それよりも早く王女のなめらかな手がアレスの頭の後ろに回った。

「どうして逃げるんです?」

「捕まえようとするからだよ」

 王女はアレスのそばに体を寄せると、艶のある唇をおもむろに突き出すようにして顔を近づかせた。

「ちょ、ちょっと! 突然、何なんだよ、キミは!」

 アレスは少女の両肩を押さえた。少し力を入れると壊れそうなほど華奢な感触に、アレスは自分の不利を悟った。あんまり力を入れてはねのけることはできない。

「再会のキスがまだだったと思いまして」

 対して王女は余裕たっぷりである。

「いや、そういうのはいいよ」

「よくありません」

 アレスは自分の後頭部に回っている二つの手に力が込められたのを感じた。間近で見る王女の顔は光を弾くような白さを見せている。緑色の瞳は光線の具合なのか、いつもより深く濃く見えて、控えめに言っても美しい。ほのかに甘い香りがふわふわと漂ってきて、アレスは、思わず覚えた胸の動悸を誰に対して申し訳なく思うべきなのか、考えてみた。そうして、そもそもそんな子はいないのかもしれないぞ、と都合のよいことを考えてみたところ、なぜか悪寒がした。

――仕方ない。

 アレスは覚悟を固めた。

「観念なさい、アレス」

 迫りくる王女の顔。

 唇がもう少しで触れるというところまで待ったところで、アレスはえいっと自分の額を突き出すようにした。

 結果は無残である。

 王女はおデコの痛みに目を開いて、一方アレスは、王族に対するデコごっちんこの罪を今後の自分の働きによって帳消しにしてもらおうと決意した。

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