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第163話「西へどこまでも」

 宮中を出たあと、王女の指示で、馬車は西へと向かった。

「西門から王都内壁を出ます。アレス、案内をお願いします」

 客車の開いた窓から王女の凛とした声が鳴る。

「出たあとはどうするんです?」

「そのまま西へ」

「内壁を出てひたすら西に行くと外壁しかありませんけど」

「じゃあ外壁までお願いします」

「外壁に行ってどうするんです?」

「それは着いてからのお楽しみです」

 王女はニッコリとした笑みを作ると、客車へと戻った。

 どうにも良い予感を覚えないアレスだったが、是非も無い。昨夜、「助けて欲しい」と言われたときから分かっていたことである。分かりたくはなかったが。

――アンシが精神的な意味での助けなんて求めるはずがない。

 助けとは肉体奉仕に決まっている。しかもかなり危険を伴う類の。

「オソ、何かあったらズーマの近くにいろよ」

 アレスは真面目な声を出した。

「何かってなんです?」

「ここに来るまでにちょこちょこあったろ、騎士的暗殺団とか盗賊とかの襲撃がさ。ああいうことだよ。ズーマのところにいれば安全だ。断っておくけど、絶対に王女のそばには行くなよ」

「どうしてですか?」

「どうしてもだ。いいな、オソ。お前の夢は世界一の御者だろ。王女の騎士になることじゃないはずだ。間違っても、『王女様を守るんだっ!』的な騎士道精神は持つなよ」

 オソは納得のいった顔をした。「王女をお守りするのは勇者の仕事だということですね」

「多分な」

 アレスは浮かない顔で答えた。

 遠い昔にほろんだ都市であるかのような重たい静寂を漂わせる街並みを、馬車はゆっくりと抜けた。

 日は高い。

 その日が、一日の中でマックスパワーを得る頃、内壁の西門についた。

 西門を担当していたのは、若い男だった。ずんぐりむっくりとした体型をしているが、鈍重な雰囲気が無いのが不思議である。彼は馬車を認めると、アレス達には一言もかけず、部下に命じて門を開けさせた。王女の根回しであろうとアレスは思った。

 開いた門から外に出ると、まだ王都内とはいえ、田園風景が広がっている。

 客車から出てきたズーマがアレスと交代を申し出た。

「なんでだよ?」

「殿下がお前と話したがってる」

「奇遇だな。オレも話がある」

「じゃあ、代わろう」

「でも別に、今じゃなくてもいい」

「お前の頭に電撃の呪文を使って、斬新なヘアスタイルにしてやっても構わんのだぞ」

 アレスはため息をつくとズーマに安らぎの席を譲った。都大路(みやこおおじ)を楚々と歩く乙女たちの柳眉(りゅうび)を曇らせるような髪型にされたくない。

 客車に入ったアレスは、王女と対面するように座った。 

「ズーマには、出ている必要は無いと申したのですが」

 王女が言う。

「あいつは人の嫌がることをするのが趣味だからな。それで、話ってのは?」

「ですから、二人きりになる必要は特に無かったお話です。世間話ですよ」

 王女はそう言ったきり黙ってアレスを見ていた。何がそんなに楽しいのか、微笑みながらこちらを見てくる少女は、言葉とは裏腹に何も話す気は無いらしい。初めはアレスも、負けるものか、と王女を見返していたが、その艶やかな瞳にずっと見つめられていると、何だか居心地が悪くなって、窓の外へと視線を向けた。

 景色がゆっくりと流れていく。

「『竜勇士団』がやられたっていうのは本当なのか?」

 しばらく経っても王女が何も話し出そうとしないので、アレスはこちらから口火を切った。

「気になりますか?」

 王女は微笑したままである。

「別に。ただ、間を埋めるために訊いてみただけだよ。あいつらがどうなろうと知ったこっちゃないしな」

「何ということを。かつての仲間に対してその言いぐさはないのではありませんか? あなたには仲間を思う気持ちというのがないのですか?」

 口調だけは大げさに非難めかした王女だったが、その目には全く責めるような色は無い。アレスはそれ以上、「竜勇士団」の話をするのはやめた。愉快な話にならない過去がある。

「別のこと訊いてもいいか?」

「なんでしょう? スリーサイズ?」

「おいおい、頼むから、もう少し姫っぽくしてくれよ。オレの為じゃない。オソのために」

「無礼者! わらわに向かって何という口のきき方じゃ。たれぞおらぬか? この者の首を斬れい……みたいな?」

 王女はいたずらっぽく笑った。そうした仕草は市井の女の子と変わらない。一つしかない首をそうそう斬られたくないアレスは、やっぱり普通でいい、と返した。王女は少しアレスの方に身を傾けるようにすると、

「それで……と訊くまでも無いですね。あなたがわたくしから聞きたいことなんか一つしかないでしょうから。コウコのことでしょう?」

 確信ありげに言った。アレスはひいっと身をのけぞらせた。

「な、なんでそうなるんだよ? キミには悪いけど、あんな女のことなんか全く聞きたくないね。……いや、一つだけ訊きたいことがあった。これから一カ月の間にあいつと会う可能性があるのか、ってことだ」

「おそらくありますね」

「マジで!」

「マジです」

「キミ、オレのこと守ってくれるんだろうな、あの女から」

「それは難しいですね。わたくしとコウコが戦ったらどちらか一方が死ぬでしょう。わたくしはまだ死ねませんし、コウコにも死んでもらいたくありません」

「待て待て。その線で行くと、死ぬのはオレってことになる」

「そうなりますね」

「オイ! キミも洒落にならない子だけど、あいつはキミに輪をかけてる。しかも全く冗談が通じない子だからな」

「きっとあなたの冗談が面白くないんでしょう。わたくしは好きですけれど」

「好きっていうのは、オレの冗談が? それとも冗談の通じないあいつの性格が?」

「どっちもです」

「どっちかにしろよ」

「じゃあ、コウコを選びます」

「だと思った」

「コウコの話じゃないとしたら、一体なんです?」

 アレスが聞きたいのは、政治的な話である。

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